第48話 前任者のハードルが高すぎて冷や汗が止まらない
「いつまでもいてくれて構わない」
そのサトさんの言葉は本当にありがたかったけれど、だからといって、何もしないでゴロゴロしているわけにはいかない。
お言葉に甘えてニート生活を決め込むほど、私のメンタルは図太くない。
(現世にいた頃は、実家の手伝いなんてこれっぽっちも、親に何度言われてもしなかったのに……。環境の変化って、人間をこうも変えるのね……)
何かできることはないかとサトさんに尋ねると、最初は「とりあえずしばらくはゆっくり休んでいて」と断られてしまった。
けれど、ここで引いては居候として肩身が狭くなる。
私がしつこく食い下がると、サトさんは困ったように笑った。
「じゃあ、私のお手伝いでもしてもらおうかしら」
というわけで、今私はこの家の洗濯を担当している。
当然ながら、全自動洗濯機なんて便利なものは影も形もない。
それどころか、水道すら存在しないのだ。
川から汲んできたのか、井戸から上げてきたのかは分からないけれど、冷たい水をタライに張り、洗濯板を使って手作業でゴシゴシと衣服をこすり合わせる。
これが、笑っちゃうくらい重労働だった。
すでに腰が痛い……。
(うーん。めちゃくちゃ大変だけど……でも、やることがあるってだけで、なんて安心するんだろう……)
無心で手を動かしていると、不意に、パタパタと足音が近づいてきた。
振り返ると、ユキホちゃんがこちらを覗き込んでいる。
「ユキホちゃん! 洗濯機がないからこの時代の家事は本当に大仕事ね。だけど、なんだかちゃんと『仕事してる』って実感が湧いて、意外と楽しいわ!」
「あはは、よかった。……あ、そうだ、タナカさん。これからは、私のことは『ユキホ』って呼び捨てにしてね。平太も、私のことはそう呼んでたから」
そう言って微笑んでいるが、その瞳はどこか遠くを見ていて、ひどく寂しげだった。
もともと彼女が持っていた儚げな雰囲気が、さらに濃くなってしまったような、痛々しい静けさ。
そう言えば、サトさんもカヨちゃんも、平太の話になると皆一様に顔を曇らせ、寂しげな表情になる。
この家の家長である源蔵さんに至っては、朝食の席にも姿を現さず、部屋の奥の布団から出てこなかった。
体調が悪いのかとサトさんに小声で尋ねたら、どうやらあの決壊した橋は、源蔵さんが主体となって作ったものだったらしい。
源蔵さんは事故の責任をすべて一人で背負い込み、ここ数日間ずっと塞ぎ込んでいるとのことだった。
時折、奥の部屋から「俺の責任だ……」「平太、すまん、すまん……」と、悪夢にうなされるような声が漏れ聞こえてきて、居たたまれない気持ちになった。
「……うん、わかったわ。これからは『ユキホ』って呼ぶね」
私がそう言うと、彼女は小さく頷いて、そのまま母屋の方へ戻ろうとした。
「あの、ユキホ! ちょっと聞いていいかな?」
「なあに?」
呼び止めると、ユキホが振り返る。
やっぱりその表情には、暗い影が落ちている。
「平太のことなんだけど……。あいつ、この世界で一体何をやらかしたの? どんな風に過ごしていたのか、教えてほしいの」
私が尋ねると、ユキホはトコトコと私の足元へ近づいてきて、その場にちょこんとしゃがみ込んだ。
そして、膝を抱えながら、平太がこの世界で残したという数々の「功績」を、ぽつりぽつりと語り始めた。
まず、隣の集落にいた、わがままで有名だった「お蘭ちゃん」という女の子を、素直な良い子に更生させたこと。
次に、川の対岸にある荒れ果てた土地の開墾を、あり得ないほどの短期間で成功させたこと。
しかもその開墾は、本来なら敵であるはずの「山の賊(野盗)」の力を借りて成し遂げたものであり、平太はその賊たちを更生させ、開墾地で真っ当に暮らす権利を村の名主に認めさせたということ。
さらに、その元野盗のリーダーたちは、今や平太の『家臣』のようになっているということ――。
(いやいやいや、すっげえな平太!! 一体全体どうやってそれを成し遂げたのよ!?)
完全に、ラノベのチート主人公のムーブじゃないか。
あの男、ただの冴えないおっさんにしか見えなかったのに、異世界適応能力が高すぎる。
(……待てよ? 昨日、ユキホは私がこの世界に来た使命について『今は言えない』って濁していたけれど……。もしかして、この平太の意志を継いで、この村や領地を発展させることが私の役目なんじゃ……?)
急に背負わされた(気がする)役割の重さに冷や汗を流しつつ、私は提案した。
「ねえ、ユキホ。そのお蘭ちゃんとか、権左衛門さんとか、平太が深く関わった人たちに、一度会わせてもらえないかな?」
私の言葉に、ユキホは黙って小さく頷いた。




