第46話 決死の脱出誓約から始まる異世界モテモテライフ(予定)
――ドンッ!
鈍い衝撃とともに、腰に猛烈な痛みを感じた。
「いたたたた……っ! なんなの? 何が起きたのよ……」
ズキズキと痛む腰を押さえながら、私はゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない景色だ。
粗末な板張りの壁に、同じく板張りの天井。
どうやら夜のようだが、建物のあちこちにある隙間から、月明かりが差し込んでいる。
(ここはどこ……? どこかの倉庫か何か?)
記憶を必死に手繰り寄せる。
私は確か、あの男――ユキホちゃんのお父さんに話を聞いていたはずだ。
あの男に気絶させられて、こんな場所に運ばれてきた……?
よっぽどまずいことでも聞いてしまったのだろうか?
(まさか私、監禁されてるの!?)
心臓の鼓動が跳ね上がる。
冷や汗が背中を伝った、その時だった。
「タナカさん……?」
背後から、不意に私を呼ぶ声がした。
幼い少女の声。
どこか聞き覚えのある、愛らしい響き。
(この声の主も、私と同じようにあの男に捕まったの?)
私は恐怖のあまりガチガチと震える体を奮い立たせ、恐る恐る振り返った。
「えっ……ユ、ユキホ……ちゃん?」
そこにいたのは、時代劇で見るような粗末な村娘の格好をして、体育座りをしている少女だった。
ユキホちゃんにそっくりな、というか、ユキホちゃん本人?
面影どころではない。
「本当に、タナカさんなの……?」
「えっ? あ、はい! 私の名前はタナカです、タナカミチルです!」
混乱のあまり、なぜかフルネームでガチガチの自己紹介をしてしまう。
「わたしユキホ。忘れちゃった? ユキホだよ」
「えっ? 本当に? 本当にユキホちゃんなの!?」
「うん……っ」
差し込む月光に照らされた彼女は、触ったら壊れてしまいそうなほど儚げだった。
小さな体、細い腕。
元の世界にいた頃よりも、少し肌の色が健康的に焼けている気はするけれど、紛れもない。
私がずっと探していた、ユキホちゃんだ。
「うわああああん! ユキホちゃんーーーっ!」
堰を切ったように、私たちは激しく抱き合った。
「うわー! こんなことってあるのー!? すごい、すごい嬉しいーー!」
腕の中でユキホちゃんは無邪気にはしゃいでいる。
もちろん私も涙が出るほど嬉しい。
けれど、頭の片隅にある冷静な私が、現状への怒りをふつふつと燃え上がらせていた。
「ユキホちゃん! 一体全体、今まで何してたのよ! どんなに心配したか分かってるの!?」
「ごめんなさい……。ちょっと、いろいろとあって……」
「いいの、もう大丈夫! 色々辛かったよね……。でもこれからは私も一緒だからね!」
私はユキホちゃんの小さな肩を抱き締めながら、心の中で激しい怒りが煮えたぎっていた。
あの男(ユキホちゃんのお父さん)め……!
こんな小汚い倉庫みたいな場所で、ユキホちゃんを監禁していたのね!?
こんな村娘みたいな服を着せて、一体何を考えているんだ。
これはネグレクトなんて生易しいレベルじゃない。れっきとした虐待、凶悪犯罪よ!
私が「ユキホちゃんに会わせろ」としつこく迫ったから、口封じのために私まで監禁するつもりなんだわ。
そうは問屋が卸さないんだから!
絶対にユキホちゃんを連れてここを脱出してやる。
そしてあの男を絶対に警察に突き出して、法の裁きを受けさせてやるんだから!!
私が未来への固い復讐(と脱出)の誓いを立てていた、まさにその時。
私の腕の中で、ユキホちゃんがぽつりと呟いた。
「タナカさんがここに来たってことは……平太に会ったの?」
「平太? ああ、お父さんのことね。怖かったでしょう。でも、もう大丈夫だから」
「会ったのね……! 生きてた……。よかった……っ、本当によかった……!!」
ユキホちゃんはポロポロと大粒の涙をこぼし、安堵したように泣き崩れた。
……え?
「ええっ!? ちょっと待って、じゃあ、虐待とか監禁とか、そういうのじゃないってこと!?」
「うん……違うわ……」
違うの!?
じゃあ一体何なのだ。
何か別の、国家レベルのやんごとない事情でもあるのだろうか?
全くもって何も思いつかない……。
ユキホちゃんは涙を拭い、改まった様子で話し始めた。
「まず、どこから説明すればいいかな……。えっとね、まずこの世界はね、タナカさんがもともといた世界とは『別の世界』なの」
「えっ? ……どういうこと??」
「うんとね。平太はこの世界のことを『異世界』、自分は『異世界転移』したって言ってたわ」
「い、異世界転移ぃいい!?」
思わず裏返った声が出た。
「それって、あのラノベとかアニメとかでよくある、トラックに跳ねられたりして行くやつ!?」
「うん、ちょっと違うけど似たような感じだと思う。ネ○フリで似たアニメを見たことあったわ。だから、それで大体合ってるんじゃないかな」
「ええっ!? ってことは、ここに転移(?)してきた私には、何か、魔王を倒す的な使命があるってこと!? あと、お約束のチートスキルとか!!」
一気にテンションが上がり、鼻息荒く詰め寄る私に、ユキホちゃんは急に視線を逸らして俯いてしまった。
「それは……。今は言えないわ……」
少し影のあるユキホちゃんの態度に首を傾げつつも、私の脳内はすでに都合のいい妄想で満たされていた。
異世界転移。
いきなり言われて「はいそうですか」と信じられる話ではないけれど、目の前のユキホちゃんの姿や、この妙にリアルな空気感が何よりの証拠だ。
私は天涯孤独というわけではないけれど、元の世界に未練があるわけでもない。
両親は健在だが、これといってキャリアのある仕事もなければ、恋人もいない、気楽な独り身だ。
「今すぐ戻らないと人生が破滅する」なんていう重大な責任もない。
ユキホちゃんは「今は言えない」なんて思わせぶりに言っていたけれど、もしかすると、私のチートスキルは『超絶美少女化』とか『イケメンを引き寄せる磁石』みたいなやつで、これから異世界モテモテライフが始まる可能性だって……。
(先のことは、これからゆっくり考えればいっか!)
「ところで、タナカさん」
私が頭の中でウジウジ、いや、ワクワクと妄想を繰り広げている間に、ユキホちゃんはすっかり泣き止んでいた。
この、感情のスイッチがコロコロと切り替わる感じ。
これこそ私の知っているユキホちゃんそのものだ。
「あのさ……『愛憎の離着陸』の……ラスト三話ってどうなったの!?」
ユキホちゃんは、くりくりとした大きな目を輝かせて私を見つめている。
最高に可愛い。
最高にオタクな私の大好きなユキホちゃんだ!!
「えっ!? ちょっと、それ今ここで言っちゃっていいの!?」
「うう〜〜ん! 正直、我慢したい気持ちもあるけど……いいわ! 聞いちゃう!!」
「オッケー、じゃあ言うね!? えーとね、まずヨンジュがねえ……」
「えっ! まじで!? それやばいーーーっ!!」
隙間風の吹く異世界の古い倉庫で、私たちは元の世界と全く変わらないトーンで、韓国ドラマのネタバレトークに花を咲かせた。




