第37話 交渉の緊迫感を一瞬で吹き飛ばす男
「平太殿、例の話だが、一度その者らと直接話をさせていただけないだろうか」
権左衛門に声をかけられ、俺の心臓がいきなりドクンと跳ね上がった。
そうだ、これは朝秀さんたち全員の未来がかかった、文字通り命懸けの交渉なのだ。
失敗すれば彼らはまた暗い山奥に逆戻りしてしまう。
「わかりました。……ですが、お話の前に、一つだけこちらからお願いをさせていただけないでしょうか」
自分がお願いできるような立場ではないのは百も承知だったが、これだけは絶対に約束させなければならなかった。
「もし……もしも過去の賊の件を『どうしても許さない』という結果だとしても、彼らを今の住処から追い出すようなことだけはしないでいただけますでしょうか。もう二度と野盗はやらないと、私が命に代えても約束させますので」
必死に訴える俺を見て、権左衛門は一瞬目を丸くしたが、すぐに優しく破顔した。
「うむ、わかった。おそらくその心配はないと思うが、男として約束しよう」
(え、おそらくその心配はない? それって、つまり……ほぼほぼOKってことか?)
「朝秀さん――! ちょっと来てくれませんかー」
朝秀さんに向かって手を振ると、彼は地面を蹴って「飛んでくる」かのような凄まじいスピードで突進してきた。
そして、俺たちの目の前にたどり着いた瞬間――。
ズサーーーッッ!!
「賊を働いた件につきまして、大変申し訳ございませんでした!!」
勢いよく地面に両手と額を擦りつける、完璧な土下座。
「責任はすべて私にあります! どんな報いでも私がすべて受けますので、何卒、他の仲間や家族のことはお許しいただきたい! もう決して、今生の一度たりとも、賊のような真似はいたしません!」
(……ダッシュ土下座、生で初めて見たわ。朝秀さん。あんたを見てると、こっちの緊張感まで吹き飛んじゃうよ)
「いやいや、頭を上げてくだされ。まずは貴殿のお名前教えてもらってもよいかな?」
権左衛門が穏やかに促すと、朝秀は泥にまみれた顔をゆっくりと上げた。
「大井朝秀と申します」
「大井、とな。ふむ、となると、足柄のほうから流れてこられたか?」
「……いえ、足柄の隣、御厨の郷にございます。元はそこで武士をしておりました」
(おいおいおい! 朝秀さん、あんた元武士だったのかよ!? ただの実直な難民リーダーじゃなかったのか!)
俺が内心でひっくり返っていると、権左衛門は深く頷いた。
「ほう、やはり武士であったか。細かい経緯は平太殿からすべて聞いておる。領地争いや夜襲での焼き討ちなど、珍しくもない世の中だからの。色々と辛い苦労をされたな」
「いえ……。いかなる理由があろうとも、賊に身を落とした事実に弁明の余地はございません」
「ふむ。その賊の件に関してだがな、幸いなことにこれまで死人や大怪我人は一人も出ておらん。こちらの上宿の名主とも話し合った結果、今回はすべて『不問』とすることに決めた。被害も大したものではなかったしな」
権左衛門の言葉に、隣に立つ上宿の名主であるお爺さんが「うん、うん」と頼りなく頷いている。
(おいあんた、自分の村の話でもあるのに、完全に権左衛門に丸投げじゃないか……。まあ、話がスムーズに進むから助かるけども)
「そこでだ、大井殿。お主らが開墾してくれたこの土地だが……下宿の区画になっている土地も含め、すべて貴殿らにお任せしたいと考えているのだが、いかがだろうか。ただし、いくばくかの土地使用料――つまり年貢は納めていただくがの」
朝秀は、今度こそ完全にキャパシティをオーバーしたように、口を半開きにしたまま固まってしまった。
声すら出ない様子だ。
そこへ、権左衛門がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、さらに畳みかける。
「大井殿、元武士というのは真だな?」
「は、はい……! 偽りはございません!」
「よし。では、これは今思いついたのだが――農業と合わせ、その腕っぷしを活かした『武士としての仕事』も、我らのために受けてはもらえないだろうか」
「と、いいますと……?」
「このあたりも、最近はめっきり物騒になってきての。上の甲斐国から、いつ何時軍勢が攻め込んでくるかも分からん状況だ。しかし、下宿も上宿も守りが弱い。と言うか、上宿にいたっては、兵力など皆無だからな」
「甲斐国……」
「そうだ。御厨におったお主なら、奴らの恐ろしさは身に染みて分かろう」
そう言って、権左衛門は隣の上宿の名主をチラリと見て、「異論はないな」と目で圧をかける。
上宿の名主は、完全に有無を言わせてもらえない雰囲気のまま、小刻みに「うん、うん」と頷く。
強い、権左衛門の政治力が強すぎる。
「そこでだ。下宿と上宿、両方の集落を守る『自警団』としての任務もお任せできればと思うのだが――いかがだろうか?」
朝秀は目を見開いたまま、完全に石化していた。
「どうだ、大井殿。わしの頼み、受けてくれるか?」
権左衛門のその決定的な言葉に、堰を切ったように、朝秀は再度地面に激しく頭を叩きつけた。
「ありがとうございます……っ!! なんという光栄、なんという御慈悲……! この大井朝秀、命に代えましても、全力でその大任を務めさせていただきます!!」
いやいや、本当に時代劇のクライマックスシーンのような熱いやり取りだ。
だが、生で見ている俺としては、時代劇というよりもどこか現代の逆転サクセスドラマを見ているかのような、呑気な錯覚すら覚えてしまう。
それくらい、後半は完全にリラックスして観賞することができた。
とりあえず、これで荒地開墾問題は、山の賊の処遇と合わせて一挙に解決(一件落着)だ。
それどころか、村の防衛力まで手に入って、一石二鳥ならぬ「一石三鳥」の大戦果である。
しかし、元山の賊の集団にいきなり公式な武力を持たせるなんて、権左衛門も相当に思い切ったことをするよな。
まあ、これも巡り巡って、俺のチート能力である「ユキホとのパラメータ共有(魅力A)」と、お蘭ちゃんコンサルで勝ち取った【信頼/忠誠:8】がもたらした結果なのだとは思うけど。
「それと、こやつらをまとめるのは平太殿、責任は重大だぞ」
そんなセリフを残し、権左衛門たちは満足そうに去っていった。
(ん? 今なんて言った??)




