第36話 筋肉の狂宴を遠目に眺めながら 〜インドア派が企てる、痩せた土地への生物学的ハック
荒地の開墾作業は、驚くべき結末を迎えていた。
朝秀さん率いるフィジカルモンスター集団の圧倒的な働き(ぶっちゃけ、ほぼそれだけ)によって、我が上宿に割り当てられていた区画の開墾が、早くもすべて終わってしまったのだ。
現在、手持ち無沙汰になった朝秀さんたちは、道を挟んで向こう側にある下宿側の区画へと手伝いに行っている。
下宿側の区画からは、岩松たちと競い合うようにして、
「おりゃあああ!」
「ちくしょう、負けるかよお!」
という、威勢の良い掛け声だか単なる絶叫だか分からない声が絶え間なく響いてきていた。
元野盗と村の力自慢だ、最初は衝突するかとハラハラしたが、どうやら妙に気が合ったらしく、時折ガハハと楽しそうな笑い声まで聞こえてくる。
(なるほどな。筋肉野郎の似た者同士、通じ合うものがあるんだろう。近づかないでおこう……)
そんな筋肉の狂宴を遠目に眺めながら、俺は久蔵、五助の二人と、この土地を今後どのように運用していくか、つまり「まず何を育てていくか」という作戦会議を開いていた。
「で、ここからが本番なわけだが。何度も言うが、俺は農業の知識が完全にゼロだ。今の時期から、この開墾したての畑で育てられる、都合のいい作物ってなんかあるか?」
俺が二人に問いかけると、久蔵と五助は顔を見合わせ、同時に「ふふっ……」と陰キャ特有の含み笑いを浮かべた。
「お任せください、平太さん。私の見地から言えば、この時期、しかも開墾直後の『痩せた土』に植えるべき最適解は二つしかありません。――『蕎麦』と『大根』です」
久蔵が一歩前に出て、自信満々に人差し指を立てた。
「蕎麦と大根? 米とか麦じゃないのか?」
「ええ。開墾したての土壌は栄養がスッカラカンですから、通常の作物を植えてもまず育ちません。しかし蕎麦は別です。あいつは生命力のバケモノでして、むしろ痩せた土地ほどよく育ちます。さらに大根は、あの太くて硬い根が地中に向かって力強く伸びることで、我々の鍬が届かなかった地中深くの土層を内側から砕き、ふかふかの土に変えてくれるのです」
人力で耕すのが難しい深層の土を、植物自体の成長パワーを使ってオートで改良(耕作)させる気か。
まさに自然の力を利用した生物学的なハック術である。
「さらに、算術的な見地からも、それが最も理にかなっているのです」
今度は五助が、いつもの架空の眼鏡をクイッと指で押し上げるような仕草をしながら口を開いた。
「通常、作物は収穫までにかなりの日数を要します。しかし蕎麦は、種を蒔いてからわずか『七十日あまり』で収穫にこぎ着けられる、圧倒的な超短期・高回転率の作物です。今から蒔けば、本格的に寒くなる前には、確実な食糧として我々の胃袋を満たしてくれます」
五助は足元の土に木の枝でスラスラと数字を書き込みながら、熱弁を続ける。
「そして大根ですが、こちらは一反あたりの『収穫重量』が他の作物に比べて段違いに多い。しかも冬を越すための保存食――つまり漬物として、これ以上ない費用対効果を叩き出します。つまり、蕎麦で『越冬前の短期的な食糧不足』を回避し、大根で『冬の間の長期的な備蓄』を確保する。リスクヘッジとして完璧な布陣です」
(リスクヘッジって……。こいつらと話す際、説明が面倒だからって現代の横文字言葉を気にせず使ってたんだけど、すっかり移っちまいやがったな)
とはいえ、実に素晴らしい提案だ。
「なるほどね。うん、完璧だ。その方向でいこう」
そんなこんなで話がまとまった、その時だった。
「平太殿」
振り返ると、権左衛門に連れられて、上宿の名主、そして――なぜか我が居候先の親方までもが、揃ってこちらへ歩いてきていた。
もう例の話の決着がついたのか?
だとしたら権左衛門、いくらなんでも仕事が早すぎるぞ。




