第35話 尽くすとかそういう重苦しいのはナシで! 〜主従関係を全力で拒否したい陰キャの身悶え
「皆さん! 今日はここまでにしましょう!」
俺が作業終了を告げると、遠くの区画から朝秀さんが汗を拭いながら、こちらへ向かって勢いよく駆け寄ってきた。
「佐藤殿!」
「ああ、朝秀さん。今日は本当にありがとうございました。おかげさまで、延々と続くと思っていた作業に、終わりの目処が立ちましたよ」
「感謝してもしきれぬのは我らの方だ。皆、久しぶりにお天道様のもとで思い切り体を動かすことができて、どこか晴れ晴れとした顔をしておる。本当になんとお礼をしたらよいか……」
「いやいや、お礼なんて。……あっ、そういえば織之助君は、その後どうですか? 調子は戻りましたか?」
俺が尋ねると、朝秀さんは「あっ!」と顔を輝かせた。
「織之助はすっかり元気になりましてな! 今日はまだ大事を見て、志乃と共に留守番をさせておりますが――今朝などは、自分も開墾へ行くと駄々をこねてうるさかったほどです」
「そうなんですか。本当によかった」
ゼリードリンクの効果か、マジで神アイテムだな。
「例の食料は、今日も何個か渡しますので、織之助君や皆さんのために持ち帰ってください」
「か、重ね重ねかたじけない……。この大恩、いつか必ずやお返しいたします」
朝秀さんが涙ぐみながら深く頭を下げる。
その様子を見て、俺は「よし」と息を呑む。
「あの、朝秀さん。まだこれは俺個人の勝手な構想――というか、希望なんですけど」
「はて、何でしょう?」
「この土地の開墾が終わったら――ここを、朝秀さんたちに丸ごと任せられないかと思っているんです。皆さんで山を降りて、ここで暮らしていただくというのは、どうですか?」
「っ……!?」
朝秀さんは雷に打たれたように完全に硬直した。
あまりの衝撃に、言葉を失ってしまっている。
「それは……我らが山を降りて、この場所で堂々と暮らしても良い……ということでしょうか?」
「そうなりますね。住む家をどうするかとか、細かいところまではまだ分からないですけど」
次の瞬間、朝秀さんはがっくりと地面に膝を突き俯いた。
その広い肩が、小刻みに激しく震え始める。
地面の上に、彼の目から溢れた涙がぽつぽつと大粒のシミを作っていった。
「本当に……本当にそんな夢のようなことが、我らに許されるのか。生きるためにとはいえ、賊にまで落ちた汚れた身に、そのような幸せが……」
「そうですね。確かに『賊』としての過去を許してもらう必要はあります。だからさっき、下宿の名主である権左衛門さんにすべての事情を話し、協力を求めておきました。近日中には、何かしら結果が出ると思いますよ」
「……佐藤殿は、我らのような者のために、そこまで……」
拝むように俺を見上げてくる朝秀さん。
「上宿にしても、ここの土地を開墾したところで、とにかく人手が足りなくて困っていたという現実的な事情があるんですよ。みすみすまた荒地に戻してしまうくらいなら、多少のリスクは感じつつも、新しく人を受け入れた方が村のためになる――という経営的な判断をすべきだと思うんです」
「……本当に、かたじけない」
「あっ、でも。もし偉い人たちから『やっぱり許さん!』って結果になっちゃった場合は、全力で逃げてくださいね。なので、万が一のリスクを考えて、明日以降の作業は大人の方のみで来ていただける方が安全だと思います」
現実的かつ少し情けない俺のアドバイスに、朝秀さんは、涙を拭ってハハハと声を上げて笑った。
「佐藤殿。いや――佐藤様。この土地に暮らせるか否かにかかわらず、我らは、貴方様にお仕えしたい。心からそう思っております」
「うわっ、『様』はやめてくださいよ! 何だかくすぐったいから。あと、お仕えとかそういう堅苦しいのもナシで。これからは仲間として、仲良くやっていけたら嬉しいです」
俺が苦笑いしながら言うと、朝秀さんは一瞬きょとんとした後、さらに豪快に笑った。
「あははは! 器が驚くほどにお広い」
改めてまじまじと観察してみると、朝秀さんは思っていたよりも随分と若い。
おそらく、三十八歳の俺と同年代か、少し下くらいじゃないだろうか。
出会った当初は、境遇の過酷さからなのか、堅苦しいオーラを纏っていたが、本来はもっとフランクで頼りがいのある、面倒見の良い兄貴分といった感じの人なのだろう。
そして……何より、ちくしょう。悔しいことに、めちゃくちゃイケメンである。
下宿の岩松が「筋肉陽キャイケメン」だとしたら、朝秀さんは「深みと渋みのある、圧倒的なオーラを纏った大人の男前」だ。
とにかくめちゃくちゃモテそうな雰囲気がプンプンしている。
まだ何ひとつ確定していない不透明な未来。
けれど、そこには暗闇を照らす確かな「希望」の光が灯っている。
俺と朝秀さんは、夕暮れに染まる広大な開墾地の中で、互いに肩を並べて晴れやかに笑い合った。




