第33話 泥まみれの桃源郷と、人間の形をした重機集団(元野盗)
「久蔵、五助、おはよう」
人の輪から完全に外れ、借りてきた猫のように立ち尽くしている二人に声をかける。
すると二人は、猫背のまま俺にすり寄ってきて、小さい声で話し始めた。
「ちょ、ちょっと平太さん、何なんですかこの人たちは……!?」
「何なんですかって……あはは、驚かせて悪かったね。この間、山の中で知り合った人たちでさ。人手が足りないって話をしたら、開墾を手伝ってもらえることになったんだよ」
「な、なんなんですかそれは……。人手が増えるのは全然助かるんですが……。そういう重大なことは事前に伝えておいてくださいよ!」
激しく取り乱す五助に、俺は「悪い悪い、すっかり伝えるの忘れてたわ」と頭を掻いた。
(本当に忘れていた……)
「でさ、相談なんだけど。これだけ人数がいるとなると、本日の作業の割り振りはどうすれば良いかね?」
俺がそう話を振ると、二人の目が一瞬にして「知性派のそれ」へと切り替わった。
二人は顔を突き合わせ、ボソボソと小さな声で作戦会議を始める。
ほんの数十秒の密談の後、まず久蔵が眼鏡を押し上げるような仕草(眼鏡はかけていないが)で話し出す。
「本日は地盤を緩める作戦の検分として、あらかじめ手前の区画のみに水を張ってみました。先ほど見た限り、土壌が程よくふやけており、見立て通りうまく行っているように思われます」
続いて、五助が淀みない口調で引き継ぐ。
「助っ人の方々の中には、女性や子供も結構な数が含まれていますが、こちらも全員、労働力として数に入れてよろしいのですね?」
「うーん、山からの人たちはよく分かんないけど、そこのガキどもは、数に入れちゃって大丈夫だよ。あいつら今日、やる気だけはカンストしてるから」
そう言って俺は、太郎たちを指さす。
「分かりました。あらかじめ水を張って地盤を緩めた区画であれば、さほどの腕力は必要としないでしょう。草を根こそぎ引き抜く作業は非力な者でも容易です。なので――」
五助は一度言葉を区切り、広大な荒地を指さした。
「手伝っていただける女性と子供、および太郎たちは、その検分用区画へ配置します。そして、それ以外の大人たちには、私たちがまだ手を付けられていない、奥の区画の掘り返しをお願いする、というのはいかがでしょう?」
何だろう、この頼もしさ。
「オールオッケー。その作戦で行こう。じゃあ俺、向こうの人たちに伝えてくるから、久蔵と五助は手前の検分区画の準備を進めておいて」
俺がそう言って朝秀さんのところへ向かおうとすると、二人は「えっ?」という顔で顔を見合わせた。
(あ、このシーン、前にも見たことあるな……)
◇
作業が始まると、現場は予想を遥かに超えるスピードで、驚くほど順調に進み始めた。
久蔵と五助が発案した「水引き開墾大作戦」がどれほど理論通りに功を奏したかは正直微妙なところだったが、「子供の腕力でも十分にリソースになる」という点においては、確実に効果があったと言っていい。
ただ、正直なところ……。
久蔵と五助の指示を終始真面目に聞き、必死に「作業」をこなしていたのは、吉崎太郎率いる『カヨ・ユキホ親衛隊』の連中だけだった。
親衛隊の奴ら、カヨとユキホに格好いいところを見せたいという不純な動機もあるが、どうやら同じ村のお兄ちゃん格である久蔵や五助に対しては、そもそも頭が上がらないという縦社会の心理も働いているらしい。
結果的にめちゃくちゃ働いてくれている。
一方で、肝心のユキホとカヨはというと……。
「わあ、なんか泥がニュルニュルして気持ちいいねー!」
「きゃー! ユキホちゃんやめてよー! もう、えい!」
……一体お前らは何をしに来たんだと言いたくなるような、ただの楽しげな泥遊びに興じていた。
挙げ句の果てに、ユキホを筆頭として「ちゃんと働きなさいよ!」と、あろうことか作業中の親衛隊に向けて泥玉を投げつける始末。
それに便乗してカヨも笑いながら泥玉を投げ、さらに大井家のツムギちゃんまで「えいっ!」と楽しそうに参戦する。
さらに最悪(最高)なことに、たまたま権左衛門親子が現場の見回りに来ており、それを見つけたカヨが「あ、お蘭ちゃーーん! 一緒に遊ぼうよー」と、元悪役令嬢のお蘭まで泥の渦に巻き込んでしまったのだ。
まさにドリームチームである。
美少女四人が揃ったことにより、泥玉の乱射攻撃力はさらに増加。
対する親衛隊のガキどもはというと、「や、やめろよー、作業の邪魔だろー」などと口では言いつつも、美少女たちから放たれる泥玉を全身で喜んで受け止め、その表情はなんだか満足げ、というか完全に恍惚とした表情を浮かべていた……。
(ユキホ、カヨ、ツムギ、お蘭……。この奇跡の四天王が集まっちゃったらしょうがないよな。うん、気持ちよくなるのはめちゃくちゃよく分かる。だって、俺も泥団子ぶつけられたいもん……)
たまに空気を読まない有象無象の少年が投げた泥玉が混ざることがあったのだが、親衛隊の面々はそれをフンッと冷静に叩き落として完全スルーしていた。
(うん、嫌なもんは嫌だもんな。実に分かりやすい)
そんな泥まみれの桃源郷が広がる手前区画とは対照的に、奥の未開墾区画では、凄まじい光景が広がっていた。
朝秀さん率いる、フィジカルチーム(元野盗集団)。
彼らの開墾スピードは、まさに「人間の形をした重機」だ。
「そりゃあああッ!」という地鳴りのような雄叫びと共に、硬い土壌を凄まじい勢いで掘り返していく。
五助いわく、このペースなら、あと数日もあれば、水路の修繕と畦の復旧を含め、この荒地すべての開墾が完了するだろうとのことだ。
下宿の岩松たちとは、比べ物にならないパワーと効率だ。
一体、朝秀さんたちは何者なんだ?
ふと視線をやると、開墾地の端で「うそだろ……」と呆然と立ち尽くしている岩松らの姿が見えた。
(これが俺の力だ! 下宿の陽キャのマッチョどもめ!)
想像以上にすべてがうまくいきすぎちゃって逆に怖いなと思いつつ、泥まみれの桃源郷を眺めていると、いつの間にか俺のすぐ背後に立っていた権左衛門に声をかけられた。
「平太殿……」




