第29話 ニセ医者おじさんが処方する、冷たくて甘い文明の結晶
「お、お医者さんですか……!?」
志乃さんの目が、驚きから、すがるような必死なものへと変わる。
「あはは、まあ『元』ですけどね……」
苦笑いで誤魔化しながら、志乃さんに促されるように少年のもとへと向かった。
横たわる織之助くんは、他の二人以上に痩せこけていた。
意識はあるようだが、どこか目の焦点が合っておらず、呼吸も浅くて苦しそうだ。
おでこにそっと手を置いてみると、軽くではあるが熱があるようだ。
(栄養失調は間違いなさそうだな。あとは風邪でもひいているのか……)
俺は真っ先に、先ほど手に入れた現代医療品である「風邪薬」を思い浮かべた。
だが、風邪薬は基本的に食後に飲むものだ。
何より、衰弱しているこの少年に、現代の化学合成薬をいきなり投与するのは、流石にリスクがある気がする。
今、俺のインベントリにあるもので、一番有効そうなものは――。
「栄養が足りず、体がかなり弱っているように見受けられます。簡単な治療を施しますので、少しの間、向こうを向いていてもらえますか?」
「わかりました……。よろしくお願いいたします」
志乃さんは少し訝しげな顔をしながらも、藁をも掴む思いなのだろう、素直に俺の指示に従って後ろを向いてくれた。
よし、まずはこっちからだな。
俺が目の前の空間に意識を集中させると、小さな光の輪が出現した。
光が弾け、輪が消えたのと同時に――コトリ。
目の前の地面に、白と青のパッケージが出現する。
「もうこちらを見ていただいて大丈夫です」
志乃さんが振り返り、俺が手に持つ「謎の物体」を見て目を丸くした。
「あの……。それは一体……?」
「これは、薬……というよりは、簡単に栄養補給ができる特別な食料です。『亜米利加』という異国から伝わってきたものなのですが、都人の間で流行しているんですよ」
俺がすらすらと大嘘を並べ立てると、志乃さんは「なるほど、都の……」と納得してくれたようだ。
奇天烈な印象という設定と「都」のワードは、こういうとき本当に便利である。
「こちらをお子さんに食べさせてみてください。急にたくさん食べるとお腹を壊してしまう可能性がありますので、なるべく時間をかけて、ゆっくりと」
そう言って手渡すと、志乃さんは織之助くんをそっと抱き起こして半身を支え、「食べられるかい?」と口元へ運んだ。
ちなみに、この「バニラアイス」には親切にも木の匙が付いている。
運営さん、こういう細かいところの気が利きすぎる。
ひんやりとした白い塊を一口、織之助くんの口に含ませる。
すると、少年はハッと目を開け、驚いたように母親の顔を見た。
「もっと、食べたいのかい……?」
志乃さんが尋ねると、少年は小さく、だが確かに頷いた。
そして二口、三口と求め、食べ進めていく。
志乃さんは、俺が言った「なるべくゆっくりと」という言葉が気になったのか、心配そうにこちらを見てきたが、俺が頷くと、そのまま少しずつ少年に食べさせ続けた。
(ユキホもカヨもバクバク食べてたし、まあ問題ないだろう)
冷たくて甘いスイーツは、あっという間に織之助くんのお腹に収まった。
心なしか、少年の顔色がさっきより良くなっている気がする。
彼はそのまま、気持ちよさげな寝息を立てて眠りについた。
「おそらく、栄養が不足していたんでしょう。これで少しは容態も良くなるはずです」
「あのっ……本当に、ありがとうございました……!」
志乃さんは涙ぐみながら、何度も頭を下げた。
「ただ、またすぐに体調が悪くなる可能性もありますので……。あっ、すみませんが、またちょっと後ろを向いていてもらえますか?」
志乃さんは今度は何の疑いもなく、素直に後ろを向いてくれた。
信用を得るって素晴らしい。
俺は次のアイテムを取り出す。
脳内で某未来のネコ型ロボットアニメに出てきそうな効果音が流れる。
――ゼリードリンクー(チャラらちゃっちゃらー)
完全に○ィダーインゼリーである……。
しかも、パッケージにはデカデカと「エネルギー」の文字。
これなら寝たきりでも手軽に栄養が摂れる。何個かまとめて渡しておいたほうがいいだろう。
先の山林探索で、ゼリードリンクはかなりの数を獲得していた。
俺は追加で複数のゼリードリンクを取り出す。
エネルギー、ビタミン、ファイバー。
素晴らしい、現代科学の栄養素が勢揃いだ。
ただ、種類がバラバラなのは、運営側在庫の都合だろうか?
「じー……」
ふと気配を感じて視線をやると、いつの間にかユキホが這うような目つきでこちらを凝視していた。
「……欲しいの?」
「うんっ!」
勢いよく、これ以上ないほどの可愛らしさでコクコクと頷く。
そんな顔をされたら断れるはずがない。
「じゃあ、これあげるよ」
俺は食物繊維たっぷりの「ファイバー」を三つ手渡した。
ユキホは嬉しそうにそれを受け取ると、トコトコと輪に戻り、さっそくカヨとツムギちゃんに配る。
「あっ、もう大丈夫です」
向き直った志乃さんに、俺は地面に並べた銀色のパッケージを指差して説明する。
「これも、同じように栄養が補給できるものです。先ほどのもの同様、体調を見ながら、できるだけゆっくりと小分けにして与えてみてください」
志乃さんは神妙な顔つきで深く頷く。
「ちなみに、体調が悪い方以外が食べても全く問題ありませんので、お母さんやツムギちゃんも、お腹が空いたら遠慮なく食べてみてくださいね」
そんな説明をしている背後から、子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
「何これ……! すごく、おいしい……!」
「でしょー!」
ユキホのドヤ顔が目に浮かぶような満足げな声。
微笑ましくなって振り返った俺は、思わず二度見、いや三度見した。
なんと、ツムギちゃんの腕には、茶色くてモコモコした「アレ」がしっかりと抱きしめられていたのだ。
(おい……ユキホよ。あまりにも予想通りすぎるぞ……)
ツッコミを入れる気力すら失いかけていると、志乃さんが再び深く頭を下げた。
「ありがとうございます。このような高価なものをいくつも……なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「いえいえ、たくさんありますので。もしなくなったら、また持ってきま――」
――ガララッ!
突如、小屋の戸が、大きな音を立てて勢いよく開け放たれた。
音のした方を驚いて振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
その表情は――まさに、不審者を捉えたような、これ以上ないほど険しく訝しげなものだ。
「お前ら、誰だ」
男は地を這うような低い声で言い放ち、腰に下げた刀の柄へ手をかけた。
「ひえっ!? あっ、怪しいものではありません! あの、ええと……」




