第22話 未来の嗜好品で少年たちを飼い慣らしていた? やり手娘の裏の顔
木板の隙間から、やわらかな朝の日差しが差し込んでいる。
ゆっくりと目を開けると、ほこりの舞う納屋の天井が見えた。
ゆうべ、こっそり密食していた犯人――ユキホちゃんがそそくさと母屋に戻った後、俺はそのまま二度寝をしてしまったらしい。
今日は待ちに待った休日だ。
一切の義務感がない、この世界に来てこんなにのんびりとした朝を迎えるのは初めてのことだ。
筵の上で大きく伸びをして、全身の凝りをほぐす。
(今日はこれから、カヨちゃんとユキホちゃんと、三人で制服ピクニックに行くんだ。ふふふ……)
想像するだけで口元がだらしなく緩んでしまう。
そんな妄想に浸っていた、その時だった。
――ドンドンドン!
母屋の扉を、遠慮なく叩く音が響き渡った。
「おーい! カヨー! ユキホー! いるかーー!?」
聞こえてきたのは、少し甲高い、いかにも悪ガキといった風の少年の声だ。
(あぁん? なんだなんだ。 遊びにでも誘いにきたのか?)
せっかくの素晴らしい朝を邪魔された不快感と、ある種の嫌な予感が脳裏をよぎる。
(今日、ユキホちゃんとカヨちゃんは俺とピクニックに行くのだ。お前らの出る幕なんて、これっぽっちもねえんだよ!)
俺はまだ横になっていたい欲求をねじ伏せ、這い出るようにして起き上がると、納屋のドアの隙間に顔を寄せて外の様子をうかがった。
少年の数は――ええっと、一、二、三……。
後ろに隠れている奴も合わせると、結構な大所帯だ。
「はーい、今開けるねー」
トタトタという軽い足音とともに、すでに起きていたらしいカヨちゃんが母屋から出てきた。
「ごめんねー。今日はちょっと予定があるから、みんなとは遊べないんだ」
カヨちゃんは両手を胸の前で合わせて、申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
その仕草だけでも、破壊的な可愛らしさだ。
「えーっ、なんだよー! 裏の川で、めちゃくちゃデカいザリガニ見つけたから、一緒に捕りに行こうと思ったのによー」
先頭に立って、あからさまに不満げな声を上げている坊主頭の少年。
そして、その背後で「ちぇーっ」と口を尖らせつつも、もじもじとカヨちゃんの顔をまともに見られずにいる、さらに六人の少年たち。
――合計七人。
俺は彼らの様子を観察していて、男としての、そして大人としての直感ですべてを察した。
(てめえら……。俺のカヨちゃんに惚れてやがるな)
カヨちゃんの一挙手一投足に視線を奪われ、顔を赤くしている。
完全に「好きな女の子を遊びに誘いに来た」構図そのものだ。
さらに、追い打ちをかけるように、母屋の奥から「ふぁぁ……」と眠たげな声を漏らしながら、ユキホちゃんが出てきた。
その瞬間、少年たちの緊張感が跳ね上がる。
そりゃあ、そうだろう。
これほどの超弩級美少女が二人もそろっているのだ。
年ごろの少年たちが一瞬でハートを撃ち抜かれ、惚れ込んでしまうのも無理はない。
(えーえー、わかるよ。お前らの気持ちは痛いほどわかる。でもな……)
俺の口角が自然と吊り上がる。
(残念だったな。その二人、どっちも俺が「所有」してるんだよ。俺の仲間なんだ。悪いな、ガキども)
心の中で、歪んだ優越感と独占欲を爆発させつつ、俺はチッと舌打ちをした。
万が一にも俺の大事な所有物に手を出そうものなら、絶対に許さねえぞ。
俺は警告の眼差しを送りつつ、システムウィンドウを起動した。
そして、先頭に立っている、坊主頭の少年に視線のピントを合わせる。
─────
名前:吉崎太郎
年齢:12歳
属性:村の少年
体力:D
武力:E
技術力:E
知略:F
魅力:E
信頼/忠誠:10
スキル:採取
─────
(おっ、パラメータも見られるじゃん)
能力値は、まあ、うん。絵に描いたような普通の村の少年だ。
知略が「F」とか、もはや清々しくて愛せるレベルである。
しかし、俺の目は、その下部にある項目に釘付けになった。
【信頼/忠誠:10】
(は、はい……!?)
『戦プリ』において、【信頼/忠誠】の最大値は「10」だ。
もしこのシステムがその基準を踏襲しているのだとしたら、この「10」という数字は異常極まりない。
主君のために自ら進んで盾になり、命を喜んで投げ捨てるレベルの絶対服従・狂信状態である。
(お、お前ら、そこまで惚れ込んでるのか……)
いや、待てよ。
【信頼/忠誠】というパラメータは、そもそもシステム保有者である俺に対して向けられているもののはずだ。
しかし、俺はこの世界に来てからというもの、この吉崎太郎という少年をはじめ、村の少年たちとは関わり合いになったことすらない。
挨拶すら交わした記憶がないのだ。
なのに、なぜ命を捨てるレベルの忠誠心が芽生えているんだ……?
訝しげにステータス画面を凝視していると、太郎が諦めきれなそうに言った。
「なんだよー。あれ獲ったら、また『エナドリ』がもらえると思ったのによー」
(エナドリ……?)
聞き捨てならない単語が耳に飛び込んできた。
俺は考えるより先に、勢いよく納屋の扉を蹴り開けて外へと飛び出していた。
「あっ、おはようございます、平太さん!」
俺の突然の登場に、カヨちゃんがパッと表情を輝かせて、いつもの極上の笑顔を向けてくれる。
一方、太郎をはじめとする少年たちは、突然現れた俺に対して、あからさまに敵意に満ちた、生意気な視線を向けてきた。
「ちぇっ、お前が平太か! なんだよ!」
そう吐き捨てるように言い放つと、少年たちは、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
(おい、誰が平太だ。「平太さん」だろ、このクソガキどもが)
少年たちの後ろ姿を見送りながら、俺は冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
ゆっくりと首を巡らせ、眠たげに佇んでいるユキホちゃんに呆れたような視線を送る。
「……ねえ、ユキホちゃん」
「なぁに? 私まだ眠いんだけど」
「ひょっとして……あの少年たちに、ケーキとかエナドリあげたりした?」
「あげたわよ」
ユキホちゃんは、悪びれる様子も一切なく、むしろ当然のことのように言い放った。
あまりにも堂々とした態度に、俺の脳が一瞬フリーズする。
「でも、彼らにあげたのはエナドリだけよ。ケーキはあげてないわ。カヨには何回か分けてあげたけどね」
「えっ……? ユキホちゃん、今日探しに行く宝って、ケーキとエナドリなの?」
横で話を聞いていたカヨちゃんが、目をキラキラと輝かせてユキホちゃんに詰め寄った。
「あー……。秘密にして驚かせようと思ったのに、バレちゃったわね。そうよ」
「やったー! たくさん見つけたいね、ユキホちゃん!」
手を取り合ってキャッキャと喜ぶ二人。
どうりで……。
開墾の合間に必死に回収していた宝箱のアイテム。
獲得した累計数と、システム内の在庫数の差分がどう考えても多すぎて、「いくらユキホちゃんが大食らいでも、こんなに消費できるか?」と薄々疑問に思っていたのだ。
その謎が解けた。
ユキホちゃんは、あの中毒性の高いエナジードリンク(翼を授けるやつ)という、未来の嗜好品を報酬としてチラつかせ、村の子供たちを完璧に飼い慣らしていたのだ。
あの吉崎太郎の【信頼/忠誠:10(命を捨てるレベル)】は、俺にではなく、エナドリの魔力、そしてそれを配給してくれる「ユキホ・カヨ陣営」に対する、狂信的な絶対服従の数値も含まれているというわけだ……。
「カヨー! 朝食の準備を手伝いなさいー!」
母屋から、サトさんの呼ぶ声が響いてきた。
「はーい! 今行きます! 平太さん、ユキホちゃん、また後でね!」
カヨちゃんは嬉しそうに手を振りながら、トタトタと母屋の中へ駆け込んでいった。
カヨちゃんが部屋に入ったのを見届けてから、俺はユキホちゃんにジト目を向ける。
「えっと……。ユキホちゃんも自分で宝箱を見つけたりしてたのかな?」
「したわよ」
フン、と誇らしげに鼻を鳴らすユキホちゃん。
うーん……。
ということは、結局のところ、俺が把握する消えた在庫の大部分(ヘタをすればもっと多い数量)は、やっぱりユキホちゃん自身の胃袋に消えていた、ということになるのかな……。
しかし、それにしてもだ。
この時代において、時代を超越した現代のアイテムをむやみやたらに使うべきではないと自重していた俺の苦悩と葛藤は、一体なんだったのだろうか。
すでに村の少年たちは、エナジードリンクの魔力に取り憑かれてしまっている。
俺は眩しい朝の太陽を見上げながら、深い、本当に深いため息を漏らした。




