第16話 涙ぐましい口裏合わせ。今日から君は俺の「生き別れの娘」です
――ガララ。
引き戸を開く音が響く。
まもなくして、賑やかな声が聞こえてきた。
親方、サトさん、そしてカヨちゃんが宴から戻ってきたのだ。
「がはは! 今日の酒は格別だったな!」
「もう、あなた、飲み過ぎですよ。カヨ、お父さんをしっかり支えておやり」
のんきに構えている場合じゃない。
やることが決まったとはいえ、まずは何よりも先にユキホちゃんの説明をしておかなくては。
実は、三人が帰ってくるまでのわずかな間に、俺はユキホちゃんと「作戦会議」を開いていた。
『いい、ユキホちゃん。君を俺の「生き別れの娘」ってことにするからね。いいね』
『娘……? あなたは私の父上ではありませんが』
『いやいや。国を救うとか以前に、身元不明の怪しい奴ってことになっちゃったら、いろいろと動きづらいでしょ。だから、この家の人たちを納得させるための方便だよ』
『えー。ありのままの説明じゃだめなの?』
『いきなり国を救うとか言っても誰も信じてくれないから……。あと、俺とユキホちゃんの組み合わせって、他人設定だと世間一般的によろしくない印象持たれちゃう可能性あるから……』
『ふーん。よくわからないけどまあいいわ。親子設定ね』
……そんな涙ぐましい口裏合わせだ。
俺たちは納屋を出る。
ガラリと引き戸が開くと、そこには絵に描いたような酔っ払いが立っていた。
うーん。タイミングとしてはあまり良くないかも。
「あの、親方」
「なんだ平太ぁ! お前、途中で帰るなんてつまらねえやつだな!」
赤い顔をして上機嫌に笑う親方。
まあ、機嫌が良いのは何よりだけど、なんだかものすごく面倒くさそうだ……。
「まあまあ……。あの……実は、俺の娘がですね、訪ねてきまして……」
「む、娘ぇ!?」
親方は目を丸くして固まる。
タイミングを見計らって、俺の背後からユキホちゃんが、おずおずと出てくる。
「初めまして、ユキホと申します。……父がお世話になっております」
丁寧にお辞儀をするユキホちゃんを見て、親方は目を丸くして固まる。
そりゃそうだ。流れものの居候に、いきなり娘が現れたのだから。
固まる親方の横から、サトさんが顔を覗かせた。
「あらあ! かわいらしい子じゃないの。ふっくらしていて、まるでお人形さんみたいねぇ」
(ふっくら……)
ユキホちゃんを見ると、あからさまにショックを受けたような顔をしている。
ごめん、ユキホちゃん。悪気はないんだ、サトさんには。
サトさんはそんなユキホちゃんの機微には気づかず、実にあっけらかんと微笑んだ。
「いいわよ、いいわよ。しばらくはうちで暮らしなさいな」
「えっ、いいんですか!?」
あまりの即決ぶりに俺が驚いていると、サトさんがすっと距離を詰めてきて、俺の耳元でささやく。
「行くあてがないんでしょ? 細かいことは聞かないから、気にしなくていいわよ」
なんという包容力……。
そういえば、この家族の間では、俺は「焼き討ちにあった村から流れてきた難民」ということになっていたのだった。
その後、例の「京都のコンサル」の件が、どんな影響を与えているのかは不明だが、詮索せずに受け入れてくれる優しさが、今の俺にはただただありがたい。
サトさんはユキホちゃんに向き直ると、優しく微笑みかける。
「ユキホちゃんだっけ? うちにもちょうど同じくらいの娘がいるのよ。ほら、カヨ」
促されて、サトさんの背後からカヨちゃんが恥ずかしそうに出てきた。
「わあ。可愛い着物」
「ん? ああこれね。セーラー服っていうの」
(やば。忘れてた……)
ユキホちゃんは転送されてきた時の格好のまま、つまり『ドキドキJSL』のレプリカ制服を着ている。
この世界では、どう見ても「謎の着物」にしか見えない。
「お父さんも奇天烈な格好をしてたからねえ。あなたたちの国では、そういうのが流行っているのかい?」
「あはは……。そうですね。特に流行っているわけではないんですが、まあ、自由な文化があるんです……」
サトさんは、あまり人を疑わないというか……。
俺の時と同じように、なんだか勝手に納得してくれたようだ。
「よし。お風呂を沸かすから、あなたたち一緒に入っちゃいなさい。カヨ、お風呂沸かすの手伝いな」
「はーい、お母さん」
サトさんがてきぱきと指示を出し、風呂場へと向かう。
カヨちゃんがその後ろをトコトコとついていく。
ユキホちゃんは一瞬俺の顔を見たが、促すように頷くと、大人しく二人の後を追っていった。
(ちょっと待て……。あなたたち?? まさか俺とユキホちゃんじゃないよな。そうでなくても、少女二人が一緒にお風呂。つまり、ユキホちゃんとカヨちゃんが、湯船で仲良く……!)
心の中でガッツポーズを決め、鼻血が吹き出しそうな妄想に耽っていた、その時だった。
背後から、低く、妙に真剣な声がかけられた。
「平太。ちょっと話がある」
ビクッと肩が跳ねる。
振り返ると、さっきまでの泥酔はどこへやら、親方が真剣な顔をして部屋へと歩いていくところだった。
親方は囲炉裏の前に腰を下ろすと、俺を手招きした。
俺は一気に現実へと引き戻され、促されるままに親方の隣へと腰を下ろす。
「あの、すみません。いくらなんでも、急に娘を連れ込むなんて……やっぱり困りますよね」
「そんなもんはいいんだよ。いつまでいてもらっても一向に構わんさ」
親方はあっさりと手を振った。
あれ、そうなの? てっきり「京都」の件や、俺の素性について問い詰められるものとばかり思っていたのだが。
親方は煙管に火をつけながら、真剣な目で語り出した。
「荒地の件だ。早速明日から開墾を始めるって話になってるが、例の橋が落ちちまってから、この村はめっきり人が減っちまってな。開墾の人手はもちろん、土地が広がったところで、今度は畑の面倒を見る人間が足りねえんだ」
確かに、この村の人口は決して多くない。
今日の宴は盛り上がっていたが、あれは隣の下宿からも多くの人が集まっていたからだと聞いている。
俺にたらふく酒を飲ませて潰そうとしてきたのも、確か下宿の人間だった。
「そこでよ。権左衛門とうちの名主の間で、あの荒地はうちと下宿で共同運営していこうって話になったんだが」
「なるほどですね。今回の騒動で仲違いも解消したみたいですし、それは良い着地点じゃないですか」
「まあ、そこまではいいんだ。問題はその先だよ。各集落から代表者を出せってことになったんだが――うちの村からは、お前を出せって権左衛門の奴がうるさくてよ」
「えっ!? 俺ですか? いやいや、俺は農業のノの字も知らない素人ですよ?」
「だろ。俺もそう言って断ろうとしたんだ。あいつはもともと京都のコン……何ちゃらってのをやってたやつだぞってよ」
「コンサルですか?」
「そうそう。そんなわけのわからんやつにできるわけねえだろって言ったんだが、権左衛門のやつが引き下がらないのさ」
親方はお手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。
「ともかく、そういうわけだから、明日からは俺の仕事の手伝いはいい。お前は荒地に行ってくれ」
「はあ……」
権左衛門……。
あの騒動の後、俺は何度かお蘭ちゃんに会いに行っていた。
名目はコンサルの一環、お蘭ちゃんへの「講義」ではあるが、実のところ、ただのわちゃわちゃとした触れ合いだ。
「親の立ち入りは一切厳禁」という、絶対条件を勝ち取っているため、権左衛門の目を気にすることなく、合法的にお蘭ちゃんを愛でることができるという、とても有意義な時間を過ごしていた。
すでに、俺の創作ストーリー『黄色鼠と青狸』の話は披露済みで、しかも思いのほか好評。
今では「次はどんな面白いお話をしてくれるの?」と目を輝かせて次回作をリクエストしてくる始末。
「まだ『ありがとう』が溜まってないから、ケーキはそれまでお預けね!」と、自分から言うほど、劇的な変貌を遂げていた。
――要するに、愛娘であるお蘭ちゃんの変わりようを見て、父親の権左衛門が、俺に過大すぎるほどの信頼を寄せてしまったというわけか。
完全なる誤解、しかし自業自得。
はぁ……。俺、駿河国との友好関係を築かないといけないんだけどな……。
パチリと囲炉裏の炭が弾ける。
俺は自分の意図しない方向へと転がり始めた事態に、そっと小さくため息をついた。




