第14話 勝手に使われた○イ○イ♪。怖いお兄さんの影に現実逃避を決める
「ユキナ? 誰よそれ? 私の名前は『雪穂』よ」
ユキナちゃんじゃない?
冷静に考えるとユキナちゃんなわけないか。
って、輪っかの中から少女が現れて、その少女は今俺の腹の上に乗っかっている……冷静に考えられるか!
ああもう、情報量が多すぎて脳みそが完全にバグってる。
「……ユキホちゃん、って言うんだね」
「随分と遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ」
「待ちくたびれたって……どういうこと?」
「あなた、こちらの世界に来る前、私に会ったの覚えてない?」
もちろん覚えている。
ちょうどさっき、君のことを考え、求めていたところだ。
「あなたをこの世界に転送させたのは私。あなたが私を召喚してくれないと、私はこの世界には戻ってこられなかったのよ」
「……なんだかいきなりすぎて、いまいち頭の整理が追いつかないんだけど。つまり、君──ユキホちゃんは俺をあっちの世界からこっちに転送させた。で、俺がユキホちゃんをこの世界に呼び戻すトリガー(役割)だったってこと?」
「そうよ。さっき言ったじゃない。私はあっちの世界でずーっと待ってたんだから。色々と大変だったんだからね」
ユキホちゃんは小さくため息を漏らし、やれやれと肩をすくめた。
「……ごめんね。でもさ、そんな役割があるなんて全く知らされてなかったんだけど……」
「そりゃそうでしょ。教えたら、あなたを転送させられなくなっちゃうんだから」
「えっ、何で?」
「知らないわよ。そうだって父上に教えてもらっただけなんだから」
……なるほど。ファンタジー小説でよくある『事情を話すとややこしくなるから黙っておく』タイプの設定か。
「とにかく、無事に戻ってこられてよかったわ。でもさぁ……」
ユキホちゃんは急に口を尖らせ、不満げにそっぽを向いた。
「あと一日、せめて半日くらい後に呼び出してくれればよかったのに。おかげで、韓流ドラマ『愛憎の離着陸』の最終回が見られなかったじゃない……あと三話だったのに。それに、あの黄色い看板のラーメン屋さんにもう一回行っておきたかったわ。映画館にも行ってみたかったし……来週はタナカさんと約束してたのに……」
ユキホちゃんは、何か不満げにぶつぶつ呟いていたが、やがて癇癪を起こしたようにキーキー騒きだす。
(俺の腹の上で……。いいぞ、もっとやってくれ)
「あのさ。ユキホちゃんは、あっちの世界にどれくらい過ごしていたことになるの?」
「あなたがここで過ごした期間と同じよ」
ということは、約三ヶ月ということになるのか。
ユキホちゃんはどう見ても十歳前後の少女だ。
そんな小さな子が、身寄りのない現代日本で一体どうやって過ごしていたのだろうか?
「寝泊まりは……俺の部屋ってことになるのかな?」
「そうよ。他にどこがあるっていうの?」
「ご飯とかはどうしてたの?」
「コンビニもあったし、ウー○ーもよく使ったわ。あと黄色い看板のラーメン屋さんが最高に美味しかったわ。ニンニクマシマシってやつ」
「ん? コンビニとかウー○ーとか……支払いはどうしてたの?」
「○イ○イよ。スマートフォンで『○イ○イ♪』って音がするやつ。あれとっても便利ね。あと、ウー○ーは支払いをしなくても大丈夫って、タナカさんが言ってたわ」
タナカさんって誰だ?
いや、ということは、俺のスマホを勝手に使ってたってことか……。おそらく、いや、間違いなく。
そういえば、この美少女との(内緒の)繋がりを築くべく、彼女が寝ている間に、こっそり彼女の顔を顔認証(Face ID)に登録したんだった。
まさかそれをフル活用されるとは……。
改めて眼の前のユキホちゃんを観察する。
初めて会ったときの印象に比べると、今の彼女は少し、いや、結構ふっくらしているように見える。
あごのラインが丸みを帯び、お腹のあたりも心なしか柔らかそうだ。
それはそれで可愛らしく、むしろさらに俺好みになったと言えるのだが……。
まあ、そんな高カロリーなジャンクフードばかりの食生活を三ヶ月も続けていれば……ラーメン○郎にも行ってたみたいだし。
──いや、待て。
のんきに彼女のふっくら具合を愛でている場合か?
向こうの世界でも同じように時が流れているのだとしたら。
家賃は?
光熱費は?
そもそも、ユキホちゃんは俺のスマホ決済で、一体どれだけのお金を使い込んだのだろう?
貯金残高から鑑み、支払いはすでに滞っているはずだ。
多分カードはそろそろ止まる。
自宅のポストには督促状が溢れ返り、家に怖いお兄さんとかがやってきているんじゃないだろうか……。
なんか、急に元の世界に戻りたくなくなってきたな。
うん、そういったリアルなことは考えるのはやめよう。
今はユキホちゃんとの劇的な再会を、純粋に心から祝福する時間なのだ。
「あー……なるほど。どおりでちょっとふっくら、いや、一段と健康的に可愛らしい体型になったと思ったよ」
「ふっくら?」
ピキリ、と空気が凍りついた。
ユキホちゃんが冷ややかな、それこそゴミを見るかのような瞳で俺を睨みつけてくる。
「うそうそ! 冗談だって! とにかく、食べ物とかに困らず元気に過ごしてくれていたようで本当に良かったよ!」
俺が必死に手を振って弁解すると、ユキホちゃんはもう一度大きなため息をつき、俺の腹の上からずるずると滑り下りた。
あーあ、せっかくの至福の重みだったのに、降りなくていいのに……。




