第13話 三ヶ月無休のブラック労働に気づいた夜、推しの制服を着た美少女が腹に降ってきた
あの一件の後、両集落の代表が集まる会合が正式に執り行われた。
結論から言えば、交渉は大成功。
我が「上宿」──親方たちの住む集落はそう呼ばれている──が、山から正式に木を切り出してよいということになったのだ。
後から親方に聞いた話では、下宿の連中は権左衛門の「急すぎる態度豹変」に相当戸惑っていたらしい。
「おいおい、あの権左衛門が何に毒されたんだ?」と、裏でひそひそ囁かれていたそうだが、そこは村の有力者。
「これも我が集落の未来のためじゃ!」と、力技で説得し、なんとか話をまとめ上げてくれたとのこと。
あのオッサン、ツンデレが極まると意外と頼りになるじゃないか。
こうして無事に建築資材を確保した上宿は、親方が村中から人をかき集め、早速、崩落した橋の修繕工事にとりかかったのだが、なんと、あの権左衛門の呼びかけで、下宿側からも「助っ人」として人手が集まってきてくれたのだ。
昨日までいがみ合っていた二つの村の男たちが、同じ設計図を囲んで「そこはもっと削れ!」「へいよ!」などと汗を流している。
なんだかんだで両集落の仲も急速に良くなったみたいで、実にあっさりとした、けれど温かい解決だった。
「いやあ、よかったよかった。これぞ大団円ってやつだな」
などと、俺はこの一件の陰の立役者として、工事期間中は「英雄の休息」と称してのんびりお休みをもらえるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。
──が、世の中そんなに甘くなかった。
「おい、そこらで突っ立ってねえで、この材木をあっちに運べ!」
「へいっ!」
現実は非情である。
橋の工事現場において、俺に与えられたのは、再度「見習い以下」の超雑用。
重い木材の運搬、飛び散る木屑の掃除、職人たちへの麦茶配りなど、下宿での作業よりは遥かに作業量が多い……。
しかも、今回は親方だけじゃない。
他所から来た大工や村人たち、とにかく「他人の目」が多すぎる。
ちょっとでもサボろうものなら、四方八方から「おい、見習い!」と声が飛んでくるため、余計に息が抜けない……。
実は、川の対岸にある土地は、もともと上宿の農地として使われていた場所だったらしい。
数年前に橋が決壊して以来、行き来ができなくなって完全に放置され、荒れ地と化していたのだとか。
今回の橋の復活により、あの土地が再び使えるようになる。
そうなれば、再び安定した収益が期待できるということだ。
今はすっかり寂れて「落ちぶれた農村」みたいな扱いになっている上宿だが、かつてはそこそこ栄えていたのだと古参の大工が誇らしげに語ってくれた。
なるほど、この橋はただの交通路ではなく、この村の未来そのものだったわけだ。
そんなこんなで、怒涛の日々が過ぎ、橋は無事に完成した。
現在は、その完成祝いを兼ねているのか、それとも単なる季節の節目なのか、とにかく村全体で盛大なお祭りが行われている。
広場には簡易的な出店が並び、大人も子供も入り乱れての大騒ぎだ。
だが、主役級の働きをしたはずの俺はというと──。
「う、うぷ……もう飲めねえって……」
開始早々、嬉しそうな顔をした親方や村のオヤジたちにしこたま安酒を飲まされ、完全にノックアウト。
早々に戦線離脱し、今は薄暗い納屋の中、筵の上に転がっている。
そもそも、俺はもとの世界にいた頃から、こういう賑やかな祝い事とか祭りとかの類が苦手なのだ。
陰キャの防衛本能が働いた結果、酒の力を借りて自らダウンし、この静かな納屋へと逃げ込んできたというほうが正しい。
外からは、ドンドンと響く和太鼓のような音と、ピーヒャラと楽しげな笛の音が、夜風に乗って聞こえてくる。
そういえば、さっき広場を通り抜けたとき、祭りにはたくさんの子供たちが参加していた。
かつてサトさんが、「この村は年寄りばかり」的なことを自嘲気味に言っていた気がするが、実際に見てみたら思いのほか子供が多くて驚いた。
……いや、待てよ?
俺はこれまで、夜明け前に出発し、日暮れと共に疲れ果てて帰ってくるという、親方との泥臭い修行生活をひたすら繰り返していた。
つまり、昼間の村の様子や、そこにどんな人々が暮らしているのかを、実は「何一つ把握できていなかった」のだ。
ってことは、俺、今まで約三ヶ月間……無休で働いてたってことか?
今さらながらに気がついて愕然とする。
やばい。超がつくほどのブラック環境じゃん……もとの世界なら一発で労働基準監督署が飛んでくるレベルだ。
よく心が折れなかったな、俺。
ただ、悪いことばかりでもない。
先ほどのお祭りでちらりと見かけたが、この上宿にも、俺の異能「ロリセンサー」が反応する、素朴で可愛らしい少女たちが結構な数いることに気づいてしまった。
よし……明日からの「フィールドリサーチ」に、大いに期待するとしよう……。
下卑た笑みを浮かべつつ、薄い筵の上で仰向けになる。
なんだかんだ言いつつも、この世界での生活に少しずつ慣れてきている自分がいる。
でも、今後俺はどうなっちゃうんだろう。
それを言ったら、もとの世界にいたところで、似たようなものかもしれない。
けれど、右も左も、先も後もわからない異世界。
それなのに不思議と不安がないのは──うん、やっぱり、カヨちゃんという癒やしが身近にいてくれるおかげだろう。
とはいえ、いつまでも居候の身でご厄介になり続けるわけにもいかない。
何か自立する手段を考えないと。
そういえば……。
天井の梁を見上げながら、記憶の引き出しをひっくり返す。
この世界に来る前日。
俺の誕生日の夜に現れたあのユキナちゃん似の少女は、今ごろどうしているのだろう?
結果から見れば、彼女はロリコン美人局の犯人グループとは全く無関係だった(そもそもロリコン美人局ではなかった)。
じゃあ、一体彼女は何者だったのか?
俺のこの「ケーキを出せる」というふざけた能力。
あれから何度かお蘭に呼び出され、怪しみながらも都度試してみたのだが、毎回ちゃんと「至高の苺ショート」が出現した。
そんなおかしな現象が実在する以上、ここは間違いなく「異世界」ってやつだ。
ということは、だ。
この世界に俺を強制転移させたのは、やっぱりあの少女なのだろうか?
もし彼女に再び会うことができれば、その理由がわかるのかもしれない。
やはり理由くらいは知ってはおきたい。
ただ単純に、あの美少女にまた会いたいってものあるが……あの少女に会わなければ前には進むことはできない。
そう思った。
彼女に会う必要がある。
美少女は正義。ロリは至高。
会いたいな。
会いたい。
また会いたいな、あの少女に──……。
まぶたが重くなり、意識が夢の境界へと沈みかけようとした、その瞬間だった。
ジワリ、と。
目の前の空間に、陽炎のような歪んだ光の輪が現れた。
ケーキを出現させるときよりも、遥かに大きい輪。
ハッと目を見開いた直後、
──どすんッ!!!
「おえっ!? な、何、何ぃ!?」
輪が弾けて消えるのと同時に、俺の胃袋の上に、とてつもない質量を持った「何か」が、ピンポイントで落下してきた。
息を詰まらせながら視線を上げると、その「何か」は、俺の腹の上にちょこんと膝を立てて座っている。
だが、その表情はどこかぽかんとしていて、びっくりしたように目を見張っている。
まさに、どこかでくつろいでいたところを、不意に飛ばされてきてしまったかのような、無防備な姿だ。
「え……?」
少女は困惑したようにぱちくりと目を瞬かせて周囲を見回し、最後に自分が「何の上」に座っているのかにようやく気づいた。
瞬間、彼女は「あ」と小さく声を漏らし、俺の腹にまたがるように座り直した。
そして、さっきまでの驚きが嘘だったかのように、冷ややかな瞳で、俺のことをじっと見下ろしてきた。
制服に身を包んだ少女。
あれは、『戦国乙女☆プリンセス』──通称『戦プリ』内でのイベント、『ドキドキJSL』での、ユキナちゃんの衣装だ。
「……ユキナ、ちゃん?」




