第11話 京都の育児コンサルタント大作戦
今日は、『京都の育児コンサルタント大作戦』決行の日だ。
流石にノープランではまずいと、昨晩は納屋の莚の上で、朝方までシミュレーションを繰り返したのだが……。
結局、俺が今までやってきた「少女のご機嫌取り」って、ゲームの中の話だけなんだよな。アイテムを課金してプレゼントするとか、選択肢を選ぶとか。今の俺、一文なしどころかこの世界の通貨すら見たことないし……。
当然、子供を持ったことなどない。
それどころか彼女いない歴=年齢の俺だ。育児どころか異性の気持ちもさっぱりわからない……。
結局、絞り出したのは「子供が喜びそうな話を聞かせる」という、古典的な作戦だった。
ポ○モンとドラ○もんを適当にマッシュアップしたストーリー『黄色鼠と青狸』。頭の中に数話分仕込んだけど……あの悪役令嬢に、こんな子供騙しが通じるのか?
失敗すれば「都の詐欺師」として吊し上げられるか、最悪、権左衛門の怒りに触れて物理的に消される可能性もある。
午前中の仕事は、不安で全く手につかなかった。
幸い、俺の役割は「そこにいるだけ」の見習い以下なので支障はなかったが、昨夜は風呂の日ではなかったため、カヨちゃん成分の補給も不足している。
(カヨちゃん……お兄さんに勇気を分けて……!)
そんな俺の情けない祈りも虚しく、運命の時は来た。
「おい、平太といったな。昨日約束した『京都のアレ』、早速試してもらうぞ」
「はっ、はい……! よろしくお願いいたします!」
権左衛門に促され、俺は観念する。
昨日の勢いはどこへやら、俺は肩をすぼめて権左衛門の後を追った。
「おい平太! 俺に恥かかせんじゃねえぞ!」
背後から飛んできた親方の怒号に、俺は消え入りそうな声で「……頑張ります」とだけ返し、深く頭を下げた。
◇
通されたのは、屋敷の最奥にある一室だった。
厄介になっている親方の家は無骨な板張りだが、ここは一面の畳張りだ。
数えてみると十八畳程度だが、やけに広く感じる。
床の間には見事な掛け軸が一つ。
余計な調度品が一切ないことが、かえって逃げ場のない圧迫感となって俺を襲う。
俺は部屋の中央に用意された、少し薄手の座布団に正座して待った。
上座には、これでもかと分厚い座布団。
身分差を見せつけるように肘をかける台まである。
たしか「脇息」だっけか。
そこに座る者がこの場の支配者であると、無言で示している。
……しかも、上座が二つある。
お父様も同席かよ。まいったな。
大人に鼠と狸の話を聞かせるのか……。
――ガララ、と襖が勢いよく開いた。
「お前が京都の奴か。面白い話を聞かせてくれると聞いたぞ」
お蘭が、まるでお姫様のような足取りで現れた。
俺は反射的に、営業時代の「土下座一歩手前」の深い礼を繰り出す。
「わたくし、佐藤平太と申します。本日はお蘭様のご貴重な時間をいただき、誠に光栄に存じます」
「もうよい。頭を上げよ」
お蘭が席に座り、脇息に肘をつく。
隣に権左衛門が腰を下ろした。
あれほど現場では威張り散らしていた権左衛門が、ここでは妙に大人しい。
顔つきも「優しい父親」のそれだ。
……やばい。この空気の中でドラ○もんは無理だ。くだらねえってブチ切れられるのが目に見えてる……。
適当なハッタリで懐に入り、途中でボロを出して詰められる。これじゃあノルマに追われていた前の世界と同じじゃないか……。
冷汗が背中を伝う。
「おほん。では、早速始めさせていただきますが……これから行うのは『コンサルティング』という秘匿性の高い儀式でございます。講師である私と、受講者であるお蘭様、この二名のみで行うのが絶対の条件となります。……お父様、大変恐縮ながら、ご退出願えますでしょうか?」
「わしがいてはいけないのか?」
「はい。『都』の作法では、親の目があるところでは真の個性が育たぬとされております」
「……わかった。では、わしは隣の部屋にいる。終わったら呼べ」
権左衛門は意外にも素直に立ち上がり、隣の部屋へと消えた。
口から出まかせだったが、ひとまず、第一関門は突破だ。
「えー、では早速……」
お蘭が、じーっと俺を見つめている。
現場でのわがまま娘の面影は薄れ、真剣に「面白いもの」を期待している瞳。
普段なら少女の凝視に歓喜するところだが、今の俺は心臓が口から飛び出しそうだ。
(……ダメだ。やっぱり狸の話は通じねえ。通じねえよ、あの目は……)
俺は思わず、お蘭の視線から逃げるように背を向けて俯いた。
失敗すれば、この世界の「刀」でシュパーンとおさらばされるかもしれない。
(ああ、せめて手土産でもあれば。お菓子の一つでも……)
その時、ふと脳裏にあの夜の光景が浮かんだ。
三十八歳の誕生日。
ゴミ置き場の前で出会った、あのユキナちゃん似の少女。
彼女が、俺の差し出したケーキを一口食べた瞬間のあの顔。
瞳孔が開き、脳内の報酬系が焼き切れたような、あの「魂を抜かれた」無防備な表情。
あのケーキがあれば。あの、一口で思考を停止させ、欲望の虜にする文明の結晶さえあれば、この悪役令嬢を秒で陥落させられるのに。……欲しい。あの白い生クリームの山が。あの真っ赤な苺の誘惑が。今すぐ、猛烈に欲しい……!
指先に、あのプラスチック容器の冷たい感触を思い出す。
鼻腔に、あの濃厚なクリームの香りを呼び戻す。
……欲しい。あのケーキが欲しい。あのケーキが欲しい。出ろ、出ろ、出ろ……!
その時だった。
目の前の虚空に、陽炎のような輪っかが現れた。
そして、コトリ、と何かが床に落ちた。
「……は?」
それは、一ピースでパッケージされたコンビニのケーキ。
あの夜、ロー○ンで買ったものと同じ「至高の苺ショート」だ。
……なんだこりゃ? 訳わかんないけど、今は細かいことに構ってられるか!




