第10話 令和のハッタリ営業。名主を釣ってトライアル契約を勝ち取れ
翌朝。
昨日より荷車が重い……。
積まれた材木が増えたせいか、あるいは単純に蓄積された疲労のせいか。
だが、今の俺の心は、かつてないほど澄み渡っている。
「……ふっふっふ。漲る、漲るぞ……!」
「おい平太、朝っぱらから不気味な声出すんじゃねえ! ……つーか、お前今日妙に元気だな」
前をいく親方が、肩越しに怪訝そうな視線を投げてくる。
無理もない。昨日までの死に体とは打って変わって、俺の足取りは軽快だ。
理由は明白だ。
昨夜、俺はついに「二度と同じ過ちは犯さない」という誓いの末、念願を果たしたのだ。
苦節だいたい二ヶ月。
サトさんから、絶妙なタイミングで勝利の合図を導き出すことに成功したのだ。
『平太さん、次いいわよ』
そう。
カヨちゃんの「直後」という、この世界における最高ランクの湯船を確保したのだ。
カヨちゃんの純粋成分が微細に溶け込んだであろう、濃厚な『聖なる湯』。
昨晩はその温もりに全身を委ね、細胞一つ一つにその神聖なエネルギーを染み込ませている。
(……フルチャージだ。これが真のリカバリー、真のドーピング……!)
普段の仕事なら「明日でいいや」と先延ばしにするような案件でも、今の俺にはカヨちゃんパワーという最強のインセンティブがある。
今日、俺は仕留める。
カヨちゃんの未来を脅かす、あの強欲親子を。
◇
現場に到着するなり、親方は一息つく間もなく作業に取り掛かる。
俺の役割は相変わらずの「見習い以下」。
親方の指示を待ち、迅速に道具を差し出すだけの簡単なお仕事だ。
なるべく体力を消耗させないよう効率的に、それでいて親方の雷が落ちない程度の「やってる感」を演出することに精を出す。
宿場町であるこの街は、驚くほど人が多い。
仕事の合間、俺は街道を行き交う人々に紛れる「素材」のチェックを欠かしてはいない。
清楚な町娘、少しお転婆そうな農家の娘……。
すでにこの街の主要な少女たちの分布と属性は概ね把握済みだ。
今はより深く、彼女たちの日常の所作から「真の価値」を見出す、高度な考察フェーズに入っている。
(……ふむ、あっちの娘は活発属性だが、歩き方に少し品がある。さては良家の娘か、あるいは……)
「おい平太! 墨壺だっつってんだろ! どこ見てやがる!」
親方の怒声で現実に引き戻される。
いかんいかん。
今はターゲットの隙を炙り出す、極めて実務的な「フィールドリサーチ」の真っ最中だった。
他の素材(少女)情報収集にリソースを割きすぎて、商機を逃しては元も子もない。
◇
やがて、昼の休憩を告げる鐘が鳴った。
俺はサトさんが握ってくれた、まだ微かに温かいおにぎりを頬張る。
質素だが、噛みしめるほどに米の甘みが広がるこの「聖なる施し」を食べていると、ついに奴らが現れた。
屋敷の奥から、大きな腹を揺らしながら歩いてくるのは名主の権左衛門だ。
そしてその傍らには、鮮やかな紅色の着物を引きずり、退屈そうに唇を尖らせた少女――お蘭。
お蘭は、まさに「我儘」を煮詰めて受肉させたような存在だった。
石を蹴り飛ばし、気に入らないことがあれば父親の着物を引っ張って喚き散らす。
権左衛門はそんな娘を、目に入れても痛くないといった様子で溺愛していた。
だが、俺は見逃してはいなかった。
溺愛し、甘やかしてはいるものの、お蘭の度を超えた要求に対し、権左衛門には一瞬だけ、深い疲労の色が浮かぶ。
なだめても、機嫌を取っても、彼女の「退屈」という乾きは一向に癒えない。
その徒労感が、権左衛門の心の防壁に小さな亀裂を作っている。
突破口はそこだ。
権左衛門は、源蔵さんを見るなり、いつものようにちょっかいを出し始めた。
「今日もまた握り飯だけか? 毎日毎日飽きもせず、よくそんな飯で働けるな。これだから田舎の職人は困る」
「うるせえ! 俺にはこれが最高なんだよ」
……やれやれ。
毎度中身は小学生の言い合いレベルだ。
だが、タイミングとしては完璧だ。
俺は最後のおにぎりを飲み込むと、煤にまみれた見習いの顔を、一瞬で「エグゼクティブ・営業マン」のものへと作り替えた。
ゆっくりと立ち上がり、俺は権左衛門に向かって、この時代にはあり得ないほど洗練された角度で一礼する。
「こんにちは。名主様」
「誰だお前は。……ああ、源蔵のところの下男か。なんの用だ、汚らわしい」
(汚らわしいってひどい……)
「用と言いますか、少し感銘を受けまして。お隣の──お嬢様ですね? 驚きました、なんとも活発で、そして溢れんばかりの可愛らしさをお持ちだ」
営業トークの基本、まずは相手の最も大切にしている「資産」を褒めちぎる。
ただ今回は嘘ではない。少女好きの俺からすれば、お蘭の素材の良さは紛れもない事実だからだ。
「ほう。……ふん、お前、見かけによらず目が高いな。そうだ、お蘭はわしの宝よ」
権左衛門の顔が、「親馬鹿丸出し」に緩んだ。
やはり、ターゲットの価値観を肯定するのは営業の基本中の基本だ。
「名主様。不躾ながら……実はお困りごとはございませんか? 差し出がましいようですが、大切なお嬢様が、少々『退屈』を持て余していらっしゃるように見受けられましたので」
「困っていること? ……お前のような汚い身なりの若造に何ができるというんだ」
鼻で笑う権左衛門。
だが、ここからが本番だ。
「私、かつて都会……都におりました折には、子供に関わる仕事に従事しておりまして。お子様についての困りごとであれば、お力になれるかと思いまして」
「都だと……?」
都というワードが出た瞬間、権左衛門の目の色が明らかに変わった。
やはり、都の流行りというブランドは、田舎の権力者にとって喉から手が出るほど魅力的なステータスなのだ。
「子供に関わる仕事だと? そんなもの聞いたこともないぞ。子守りの類か?」
「いえいえ。京都では近ごろ多いのですよ。お子様の個性を伸ばし、さらに『良い子』へと導く仕事……いわば、将来の貴婦人を育てるための手助けです」
「京都のやり方というやつか……」
「左様でございます。……宜しければ、お試しになりますか?」
「面白い。お蘭の気性には、わしも手を焼いておる。そこまで言うなら、一度やってみせよ」
……よし、落ちた。
まずはトライアル契約成立だ。
俺は心の内で小さくガッツポーズを決める。
権左衛門が「ならば期待しているぞ」とでも言いたげに鼻を鳴らして、屋敷の奥へと引き上げていった。
「……お前、京都から来たのか」
背後から、低く地を這うような声。
振り返ると、じっと俺を見つめる親方の姿があった。
「いやぁ、親方。……来たというか。その、働いていたことがあるというか……」
俺は愛想笑いを顔面に貼り付け、曖昧な言葉でお茶を濁した。
営業マン時代、京都の支店に数ヶ月応援に行ったこともあるし……文脈が致命的に違うだけで。
親方は、値踏みするように俺の顔を数秒間見つめていたが、やがて「ふん」と短く鼻を鳴らした。
「……まあいい。好きにしろ」
それだけ言うと、親方は何事もなかったように、いつもの調子で木材と向き合い始めた。
親方は納得したのか、それとも「この流れ者には、追求しても仕方のない過去がある」と割り切ってくれたのか。
……危なかった……。
これ以上嘘を重ねると、後々厄介になりそうだな。
正直、ここから先は完全にノープランだが、少女のご機嫌を取るなんて、ロリコンの俺的には朝飯前だ。
……あれ? そんなことしたことあったっけ?
俺がこれまでご機嫌を取ってきた少女は、全て画面の中……ゲームに登場する少女たち……。
いや、まあ似たようなもんだろ。




