episode 036
学園みらい1番地の校舎に、一部屋だけ明かりが灯った。
最初は来るのをためらっていた柚香だったが、冬流がキッチンで淹れたコーヒーを一口飲んで、ようやく落ち着きを見せた。
「……久しぶり、ハル君」
「ああ、河崎もまあまあみたいだな」
「うん、まあまあだね」
彼女はプッと笑った。
二人のただならぬ雰囲気に、背もたれを前にして座っていた冬流は、思わずブン屋魂をかき立てられていた。
「なんだなんだ、怪しいなぁ」
「そんなんじゃねえよ」
春都は、しれっとして言った。
「高一の時、クラスが一緒だったんだ。女子では一番仲が良かったかな」
懐かしむ様に、柚香が目を細める。
「まだ、勉強勉強と追い立てられていなかった時期でね。あたしとアキ、ハル君とタカサゴ君でよく遊んだなぁ」
「そうそう、F組の高砂の彼女なんだ」
「高砂……ブライダリーの事か?」
冬流は、実家が結婚式場を経営しているため『ブライダリータカ』と呼ばれている男の姿を思い浮かべた。
「あいつ、奥手そうに見えて、こんな可愛い娘と付き合ってたのか」
「ヤダ、可愛いなんて言われたの、初めて」
柚香は、少し顔を赤らめた。
長めの髪を後ろに括って無造作に流しているが、小顔で整った目鼻だちを持っている彼女は、美人の部類に入っていた。
(特進クラスの生徒には、なかなか居ないタイプの人間だな)
そう思った冬流は、ある事に気がついた。
「あれ、ブライダリーも天下り組だったのか?」
彼等の言う仲良し4人組のうち、3人迄が普通クラスに転籍している。
どうして、柚香は特進クラスに残ったんだろう。寂しくなかったのだろうか。
冬流の疑問に気が付いたのか、彼女は少し肩を落として口を開いた。
「私ん家、あまり裕福じゃなくて。親は気にするなって言ってくれたけれど、私立はどうしてもお金が掛かるから、絶対国公立の大学に受かりたいんだ」
「そっか、ごめん」
何か悪い事を聞いてしまったような気がした冬流は、頭を下げた。
柚香は健気にふわりと微笑んだ。
「ううん、気にしないで」
そして、黙っていた春都に向き直る。
「ハル君」
「ん?」
「特進は、変わったわ」
「……そうだな」
何となく、気まずい雰囲気が流れる。
沈黙に耐えられなくなった冬流は、大声で春都に言った。
「おい、夜遅くに女の子を引き止めているんだ。何か聞きたい事があったんじゃねえのか?」
「そうだったな」
春都も本来の目的を思い出して、彼女の方を向き直った。
「河崎、教えて欲しい事があるんだ」




