episode 037
「教えるって……何を?」
柚香は、軽く身構えて聞き返した。
「同じクラスの、北野鐘子さんの事」
その名前が出た途端、彼女の表情は更に陰った様に見えた。
「……知らないわ」
ややあって、彼女はポツリと呟いた。
「鍾子、いつも一人だったから。私もそんなに親しくなかったし」
「自殺する前、普段と比べて何か変わった事などは……」
「久しぶりに会ったのに」
春都の言葉を途中で遮った柚香が、冷ややかな口調で言った。
「随分、取り調べみたいな事ばかり言うのね」
「……悪い」
「私、帰る。さよなら」
すっかり気分を害してしまった様子の彼女は、椅子の脇に立て掛けてあった鞄を取り上げげると、脇目も振らずに出て行ってしまった。
「かーっ、デリカシー0」
成行をニヤニヤしながら見守っていた冬流は、頭の後ろで腕を組みながら茶化した。
「るせー」
手元にあった雑誌を投げつける。
それをひょいっと受け止めた冬流は、柚香が出て行った扉をチラリと眺めて言った。
「彼女、何か知ってるな」
春都はうむと頷いた。
「何らかの理由があって、他人には話せない。それはあいつにとって、一番危険なんだが……」
冬流は、台詞の語尾に生まれた若干の変化を聞き逃さなかった。
「やっぱり怪しい。ユカちゃん、本当はブライダリーじゃなくてお前と付き合っているんじゃないか?」
「馬鹿な事言ってないで、片付けるぞ」
立ち上がった春都は、無断で使用していた家庭科室を閉める準備に移った。
「ユカちゃんの事、新聞部でも調べてみるわ」
窓の施錠を確認してカーテンを引いていた彼の背中に、冬流が声をかける。
「ん、えらく気前がいいな。彼女に惚れたか?」
「左尾冬流は、美しい女性の味方です」
柚香が使っていたコーヒーカップに頬をすり寄せた冬流は、キリッと真面目な表情をして答えた。
「はいはい」
冬流の台詞を、適当に流した春都。
彼は、先ほど柚香とのやり取りの中で、一つだけ引っ掛かった台詞を思い出していた。
―鍾子、いつも一人だったから。私もそんなに親しくなかったし。
「そんなに親しくないのに、『鍾子』か……」
春都は、周囲を取り巻く空気の濃度が更に濃くなった感じを覚えて、そう呟いた。




