episode 020
梅雨にはまだ早い時期だが、その日は鬱蒼とした天気が続いていた。
夕方になっても降っては止み、また降るといった気まぐれな雨雲に、人々の足は自然と早くなり、視線も伏目がちになる。
JR立川駅の2階にある北口を出ると、目の前に大きな高架歩道が伸びている。
わざわざ地上に降りなくても、付近の建物へアクセス可能となっている。
その通路を100メートル程行くと、伊勢丹の玄関が口を空けている。
玄関口は通路に対して見通しが良く、待ち合わせの場所に使われたりしているのだが、今日は少し様子が違っていた。
そこにいる男性、中学生から老人までがある一点に視線を注いでいる。
彼等が見つめる先、ちょうど通路を挟んだ向かい側にある喫茶店の窓際に、一人の女性が腰掛けていた。
待ち合わせだろうか、退屈そうに外を眺めているその姿は、一瞬芸能人かなにかと見紛う程スレンダーな美女である。
清潔な白のスーツに身を固めているのだが、深いスリットの入ったタイトミニの脚を組み換える度、男性陣からはーっという溜息が漏れていた。
彼女は、そうした男共の視線には全く目もくれず、ひたすら何かを待っていた。
暫く経っただろうか、いきなり空気が変わった。
それに気が付いたのは、彼女を見ていた群衆の一人だった。
「おい、あれは何だ?」
隣に居た友人に声を掛ける。
何だと思い見上げた友人は、目を見開いた。
「危ねえ、落ちるぞっ!」
たちまち、辺りは騒然となった。
伊勢丹の駅側壁面、3・4階部分に据えつけられた巨大スクリーン『I vision』の頂上に、制服を着た一人の女生徒が立っている。
遠目にしか見えないが、そのすがたはどこか頼り無げで、今にも倒れ込みそうである。
「何だ一体、どうやって上がったんだ?」
「テレビの撮影?」
「馬鹿、そんなんじゃねーだろ」
「誰か警察を呼んで、早く!」
スクリーンの下に、続々と人が詰めかけて来た。
付近を警邏していた警察官も駆けつけ、メガホンを使って少女の説得を開始している。
「……」
未だ焦点を結ばない瞳を持った彼女は、足を一歩前に踏み出した。
スクリーンの厚みは1メートル程しかないので、たちまち縁に足がかかる。
短いスカートが風になびいたが、足元で喜んでいる者は誰もいない。
これから起こるであろう悲劇を想像してしまった群衆の中から、女性の悲鳴が聞こえた。
『君、早まった事をしちゃいかん、待ちなさい!』
警察官の絶叫が、虚しく空を彷徨う。
次の瞬間、少女はそこに地面があるかの様に足を踏み出した。
時間が、一瞬だけ止まる。
続いて起こった女性の金切り声の中、少女の身体は落下して、2階の手摺りに叩きつけられた。
そのままバウンドして、階下へと消えていく。




