episode 119
「結局、今回の事件は左と夏純のお手柄となった訳だ」
技術準備室内、手元にあった新聞を広げた春都が、三面記事を指差して言った。
そこには、女生徒連続殺人事件の犯人を追い詰め、返り討ちにした二人として、左尾冬流と成田夏純の写真が紹介されていた。
「まあ、いいんじゃないの」
大して興味無さそうな蔵敷は、ナタリーを相手にコンピューター囲碁に興じている。
「ホントの事を言っても、皆んなは信じてくれないよ」
「それもそうだな」
春都も納得した様子で、新聞をテーブルに放り出した。
「それよりも……集合を掛けたということは、何か掴んだな?」
春都が催促する中、蔵敷は両手を上げて投了した。
これで10戦10勝となり、得意顔を浮かべているナタリーから眼を外した彼は、ゆっくりと話し始めた。
「ああ、この間大谷さんが目撃した車が映っていたドライブレコーダーから、黒幕らしきトコロを割り出した。一体どこだと思う?」
「お前が掴んだのなら……永田町関係か?」
「正解、なんと外務省だ」
蔵敷は、声を潜めて囁いた。
「正確に言えば、動いていたのは外郭グループに属している非合法な戦闘集団らしいな。以前ほど派手じゃないが、あそこには使途不明の項目が紐付いた予算がゴロゴロしている。拝島のパトロンとなっていた奴も、多分その中からカネを拠出していたのだろう」
「なぜ外務省が、獣祠道なんて特殊なモノに目を付けたんだ?」
春都の疑問に、蔵敷は真顔になって答えた。
「前に言っただろう、軍需産業はカネになるんだよ」
「なるほど……人獣兵器の輸出か」
「世界では、未だに戦争や内紛が続いている国はごまんとある。膠着・泥沼化した戦いに終止符を打つ為には、今までに存在しない『新兵器』の投入は大歓迎されるのだろうな」
それを聞いた春都は、軽い吐き気を覚えた。
人間同志が殺し合う兵器を仲買する事で、旨い汁を啜ろうとする連中が居るのだ。
その兵器により、何千何万もの人々の血が流れる事も考えずに。
「まあ、最近あそこも何か注目を集めているからな、表立った動きは当面出来ないと思うぜ」
蔵敷は、やや沈みつつあった空気を変えようとした。
「旭納会長の目も光っているしな。それに、獣祠道はまだまだ不完全なんだろう?」
「ああ」
彼から問い掛けられた春都は、カワセミの丘で見た不死鳥の最後の姿を思い出した。
獣祠道の集大成と言うべき怪鳥は、確かに強烈な破壊力を有していたが、身体の組織が全く安定しておらず、そのまま放置していても勝手に崩れてしまいそうな造りであった。
獣祠道に一番精通していた拝島でさえ、ここまで手こずっていたのだ。
彼が亡きあとは、更に苦戦していることは間違いない。
少しだけ安堵した春都は、ここで話題を変える事にした。
「まあそれはいい、ところで……」
彼と目が合ったナタリーは、慌てて顔を反らしたまま動かなくなった。
「……ナタリー」
『ナ……ナニカシラ?』
務めて冷静に振る舞おうとしている彼女見た彼は、業を煮やして言った。
「とぼけるな、何だあの『プログラムゲンナイ』ってのは?!」
『シッ、シラナーイ』
「専属AIのお前が、知らない訳は無いだろ!」
マウスのポインタを彼女の画像の上に動かした彼は、その場でカチカチと連続でクリックした。
『痛イ!痛イ!』
ナタリーは堪らず画面上を逃げ回る。
「バッテリーが切れている状態で、あんな大技は普通使えると思うかっ!!」
「まあ待て、ケビン」
マウスを握った春都の手を制した蔵敷が、画面に近付きながらそっと囁いた。
「先週の伊勢丹のチラシ……『イケてるティーンエイジャーのモテ水着特集』だったんだよなぁ」
隅っこで蹲っていたナタリーの耳が、ピクリと動く。
「可愛い水着も沢山あったし、今回の件を教えてくれたら、ケビンが幾らでも画像を取り込むと言っているのだけれど」
いつの間にか画面中央に戻っている彼女は、指を咥えながら物欲しそうな眼をしている。
蔵敷は、もう一押しとばかりに春都の方を向いた。
「な、ケビン」
「あ、ああ」
『……ワカッタワ』
遂に折れたナタリーは、覚悟を決めて話し始めた。
『トハイッテモ、私ハ人工ぷろぐらむダカラ、詳シイ事ハアマリ分カラナイ。タダ、コノ世界ニ送リ込マレタノハ、先生ノ意思ガアッテノ事』
「先生、って?」
『平賀・源内サマ』
あっさりと、ナタリーは答えた。
『コノ時代ニ、遠縁デアル子孫ニ困ッタコトガ起コルダロウカラ、助ケテヤッテ欲シイト言ワレタノ』
それを聞いた春都は、かなりの衝撃を受けた。
(彼は、こんな未来の出来事まで予測して、超科学と呼ぶに相応しいAIを自分宛てに寄越してきたのか……)
しかも、電子メールである。
彼には将来、自分が倒した獣祠道使い榊原燕鼠の血が再び復活し、邪悪な人獣交換が行われるであろう事が分かっていたのだ。
「宿命……か」
春都はふと、人間の姿だった頃の柚香の姿を思い浮かべた。
いつも明るくて可愛いと評判だった彼女が、榊原燕鼠の血を継いだ継承者だとは、いったい誰が予想出来たのだろう。
再びゲームを始めた蔵敷とナタリーを眺めながら、春都は先ほどから鼻先に付き纏っているほろ苦いものを、独りで堪えなければならなかった。




