episode 120
「休園3週間、か……」
正門前に掛かった『臨時休園』の看板を見て、秋希がポツリと言った。
彼女の後ろに控えた春都は、無言で頷く。
3日前の大バトルで、動物園内は大きなダメージを受けた。
敷地の3分の1は吹き飛び、飼育されていた動物も約半数が失われた。
本来なら修復に数か月を要する見通しであったが、近隣動物園からの援助や『匿名の篤志家』から高額の寄付があった事から、急ピッチで修繕が進められている。
未だ園内に入れないので、秋希は手にしていた花束を正門の前に置き、そっと手を合わせた。
春都も彼女に倣って目を閉じる。
先日のショックからようやく立ち直った秋希は、ずっと気絶していたせいもあってか、当時の状況は殆ど覚えていなかった。
彼女の回復を待ってから、春都は一連の事件に関する情報を伝えた。
不適切な部分は出来るだけ伏せたが、もともと聡明な彼女はそれだけで内容を充分に理解する事が出来た。
本日の献花は、秋希からの提案である。
「ユカから聞いたのだけれど……」
手を合わせた姿勢のまま、彼女がふと口を開いた。
「あの娘の母親……拝島の愛人だったらしいわ」
(あ、愛人?!)
春都は衝撃を受けた。
「それじゃあ、彼女と北野鍾子は……?」
「そう、義姉妹だったのよ」
哀しそうな瞳をして、秋希が答える。
これで、柚香が鍾子に対して見せていた行動の理由が、ようやく繋がった。
「おそらく拝島は始めから、彼女の連れ子が榊原燕鼠の末裔だと知っていて、ユカのお母さんに近付いたんだわ」
「へえ、結構詳しいんだね」
春都がそう言うと、彼女は少し困った顔をしながら言った。
「また単独行動だって怒られるかも知れないけれど……昨日、ユカん家に行って来たんだ」
寮に残されていた柚香の荷物の件で彼女の実家を訪れた秋希だったが、出て来た母親はもう隠す事は無いだろうと、全ての秘密を秋希に打ち明けていたのだ。
「ユカのお母さんから、最後に頼まれちゃった」
秋希は困ったような顔で言葉を続ける。
「『あの娘の身体を見つけて……そして、処分して下さい』ってね」
その台詞の中に、獣祠道が長年受け継いで来た強固な意思が込められていると、春都は感じていた。
『私の、身体を探して欲しいの』
頭の中で一瞬、柚香の台詞が過った彼は、思わず眼をしばたかせる。
その横顔をじっと眺めていた秋希は、ポツリと呟いた。
「源内室長……知っていた?」
「ん、何を?」
「ユカが高砂君と付き合う前に、片思いをしていた人が居たことを」
「えっ?」
思いもよらない無いように、春都は驚いていた。
彼の知っている彼女は、最初から高砂の事を一筋に想っていたからだ。
「高砂君にも聞いたから、間違いないわ……ユカは、ずっと言えなかったんだって」
秋希は、立ち上がって春都を見つめる。
「あなたが、好きだって事を……」
『願わくば……人間のままハル君の腕に抱かれたかったわ』
再び脳内を彼女の台詞が通過していった春都は、それを振り払うかのように大きく頭を振った。
「……ごめんなさい」
黙ってしまった彼に、責任を感じた秋希は深く頭を下げる。
春都は、柔らかく微笑んでそれを否定した。
同時に、自らの意思を確認していく。
(想いがどうだとか……そういう問題ではない)
柚香に対して自分が出来る唯一の事は、彼女と交わした最後の約束を成し遂げる事なのだ。
頭の中には、大谷の証言に基づきナタリーが作成した、白いスーツの女のAIモンタージュ画像がハッキリと焼き付いている。
(待っていろ……必ず見つけ出してやる)
「わたしも、頑張ろう」
自分なりに心を整理し終えた秋希が、ゆっくりと口を開く。
その表情には、何かを越えたような凛とした雰囲気が感じられた。
其々の胸に決意と使命を抱き、歩きはじめた春都と秋希。
暫く経った後、先ほどまで二人が居た場所に、何処からか小さなカワセミの羽根が、ひらひらと舞い降りてきたのだった。
【小説】「インベンションマン」 了




