episode 114
暗い広場に、柚香の声だけが深々と響いていた。
『でも、それは大きな間違いだった。私の能力を研究し、自ら獣祠道を会得し始めた彼は、当初の約束を反故にして生徒達を次々生贄にして行った』
彼女の声に、堪えきれない悔しさが混じる。
『そして、拝島は自分の娘のコピーを大量に造り出した。獣祠道を応用してその一つに自らの脳を移し、永遠の若さを手に入れようとしたのよ。世界の支配者として君臨する為にね』
(伊勢丹で飛び降りたのが、オリジナルの北野鍾子だったんだな……)
あの日、現場に花を添えていた柚香の思い詰めた表情を思い出した春都は、その時の心中を慮った。
『結果として拝島の脱け殻は、生き血を求めて暴走する吸血鬼になったわ』
柚香は、冬流と夏純が倒した拝島の身体について語った。
『彼の人獣交換は、まだまだ安定していない。わたしも無理やり身体を引き剥がされ、こんな姿になってしまった……』
暫くの間、辺りに彼女の哀しい言葉だけが彷徨っていた。
『獣祠道は、人道に非ず』
唐突に、彼女が口を開いた。
『私のひいおばあちゃんがよく言っていた。……獣祠道は人道に非ず、また獣道にも非ず。人と獣が幾ら相混じわっても、真に双方が融合した事にはならない……とね』
柚香は、哀しそうにそう締め括った。
『その時は、何の事か理解出来なかったけど、今なら分かる。獣祠道は禁道だった。決して世に出してはいけなかったのよ』
そこまで話し終わった彼女は、ゴフッと大量の血を吐いた。
人間の心を持っていても、姿カタチは小さなカワセミである。
生命の限界が、すぐそこまで近付いていた。
「柚香……」
人の道に反した祖先を罵られ、名前を変えて必死に隠し通して来た禁道を、形こそどうあれ自らが開放してしまったという責任と重圧は、恐らく計り知れないものがあったのだろう。
『……ハル君、最後に頼みがあるの』
「ん?」
『私の……身体を探して欲しいの』
必死の眼差しで、彼女は言った。
『獣祠道を一度発動させたら、術者の肉体は消滅するまで無尽蔵に人獣を造り出すことができる媒介物となる。私がこの姿に変えられた時、拝島がどこかに身体を隠してしまった。お願い、あれは危険だわ!』
柚香の熱意を正面から受け止めた春都は、彼女に向かって大きく頷いた。
「必ず探し出す、任せておけ」
『ああ、良かったぁ……』
ようやく心のつかえが取れたのか、彼女の目元がスウッと細くなった。
『もうひとつ願いが叶うなら……人間のまま、ハル君の腕に抱かれたかったわ』
「よせやい、ブライダリーに恨まれる」
『そう、ね……』
フフッと笑顔を見せた柚香は、そのまま首を静かに落とした。




