episode 109
スターバックの威力を痛感したのは、蔵敷だけではなかった。
『こんな、馬鹿な』
信じられない様子で前後を見回したアカカンガルーの人獣は、未だに自分の目を疑っていた。
さっきまで数十頭はいた自身の精鋭部隊が、すべて地面に倒れ込んでいる。
彼は、目の前でスターブレードを構えているケビンを睨み付けて叫んだ。
『このデジャンが……貴様ごときに負けるとでもいうのかッツ?!』
「残念ながら、そうだな」
ケビンは低い声でそう言った。
頭の中に描いた座標軸が、目標地点への到達を指し示す。
「Back!!」
『ウガアッ!!』
胸元を大きく切り裂かれたデジャンは、辺りに鮮血を吹き出して絶命した。
戻って来たエネルギー体を格納しながら、ケビンは改めて現在地を確認した。
左側の道路には、普段は園内を循環しているシルバーシャトルバスの発着所が見えている。
右側は水牛の檻が在って、その向こう側に山を登っていく坂道が見える。
彼は、ゆっくりと坂道の方に近付いていった。
麓に立っているオブジェ調の看板は、ここ迄のものとデザインが少し異なっている。
「……さあ、遂に大詰めだ」
装備をざっと再点検した彼は、ふうと息をひとつ吐き、力強く一歩を踏み出した。
目指すべきモノは、すぐそこにある。
心地良い振動に包まれながら、秋希は再び目を覚ました。
目の前の視界は、灰色一色に覆われている。
先ほどから感じているどこか野性的な異臭も、ここから漂っているように思えた。
暫く時間が経過して、彼女はようやく自分が何か大きな獣の背中に背負われている事に気がついた。
(ここは、どこかしら?)
周りの様子をもっと良く見ようとした秋希だったが、彼女の身体はまるで金縛りにあったように全く動かない。
「……気が、ついたか」
突然、頭の上から低い声が聞こえて来た。
それが耳に入った瞬間、秋希の背筋がぞくっと強張った。
(この感覚、以前感じた事がある)
何とか記憶を辿って行った彼女は、いつの日か伊勢丹の連絡通路で見かけた男の姿を思い浮かべていた。
全てのものを無に帰してしまうような、冷やかなあの眼差し。
I大学の研究室にあった写真の中で、家族に囲まれながら佇んでいた男の姿。
それらを結び合わせて、秋希は声の主が誰であるかを確信した。
「安心しろ……まだ、殺しはしない」
その声は、言葉を続ける。
「間もなく、最後の儀式が始まる。御前はその中で、メインの生贄という最高の名誉を賜った。これも燕鼠様のお引き合わせ……」
さらっと言った台詞の中に残酷な内容が含まれている事に気が付いた秋希は、スッと顔色を変えた。
「まあ、先程からネズミがうろついているらしいが、こちらの儀式には全く影響がないであろう……フフッ、グフフフフフフフフフフ!!!」
耳障りな下卑た笑い声が聞こえる中、秋希は必死に祈りを捧げている。
(誰か、助けて……助けて、室長ッツ!!!)




