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おいしいごはんは、いかがですか?  作者: 香田紗季
王都編

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3-12

読みに来てくださってありがとうございます。

15話で終了予定でしたが、この後の話が1話につき7000字程度と長くなってしまったので、少し切ります。その代わり、今日から終わりまで毎日更新します。

よろしくお願いいたします。

 魔術師長からの連絡が途絶えた。


 あの通信機を使っても連絡が付かない。スコルの通信機に洗脳の機能があると聞いた以上、使う気にはなれない。


 サルミス騎士団の団長テレンスは、そもそも中央の騎士団や王家に対して懐疑的だった。自分の不遇もさることながら、辺境で国を守る者たちを思いやる言動が一切ない。それだけではない。むしろ自分たちが気に入らない者を送り込むのに都合がいい場所、だとしか思っていない,、そう強く感じ続けてきた。


 それでは、サルミスはまるで流刑地ではないか。


 魔術師棟という存在にも懐疑的だった。だが、ダニアを通じてベサール魔術師長はじめ魔術師たちは「変人だが国や民を思いやる心は持っている」と確認できた。そこから、各地の騎士団長たちともども魔術師棟に対する認識を改めていた。


 スコルの企みにまんまと乗せられた王家と官僚と近衛・中央騎士団。


 その企みを見破って対応してきたが、権力の前におそらく沈黙させられた魔術師。


 「良きハティ」となったフィルが以前言っていたことを、テレンス団長は思い出す。


「ハティやスコルは、量の多寡はあれど魔力を持って生まれています。そういう人種なんでしょうね。ですが、クラウデンの魔術師は生まれ持った魔力で魔法を使うのではありません。魔術式に埋め込んだ術式を展開させることで魔術を展開します。そう、魔法と魔術は別物なんですよ。魔法は、魔力がある限り身一つでも使い続けられる。魔術は魔術式が書かれた紙がなければ、どんなに元気でもどうにもできない。起動は指を鳴らすことだけであっても、そこに絶対的な差があるんです」


 フィルを今まで通りの騎士としてではなく、ハティの魔術師としても扱うようにという指示が来た時、フィルが言ったことだ。


「だから、魔術師というより、ハティやスコルは魔法使いと言った方が正しいと思っています。同じ名前で呼ぶと、同じものだと思ってしまいますからね」


 彼らは自分たちとは絶対的に価値観が異なる人種。だからこそ、こちらの価値観で考えても対策にはならない。テレンス団長は首を振った。空腹の時に考えても、いいアイディアは浮かばない。食堂に足を向けたテレンス団長は、食堂から漂う香りにダニアの顔を思い出した。


 ハティに誘拐されて声を奪われたサルミスに連れて来られたダニアは、メリッサと名乗らされていた。俯きがちで、いつも泣きそうな顔をしていたが、ダニアがサルミスに残していった「おいしいフォンダニュー」の存在やハーブ・スパイスによって、サルミスの食生活は大きく改善された。スコルの支配下に入ってしまったら魔力のない人間は奴隷扱いとなる。こんな厳しい環境の土地に心を寄せることはないだろう。


 クラウデンの騎士団の団長職は特殊だ。その地域の軍事力を一手に引き受けることで、事実上の領主のような立ち位置に立つ。つまり、テレンス団長はここサルミスの領主と同等であり、サルミスの民を全ての面で守らねばならいのだ。


 ルイス料理長は相変わらず無口だが、ダニアが置いて行ったレシピを大事にしている。今日はダニアが得意だった羊の香草焼きだ。温野菜に添えられたマヨネーズを見て、ダニアがアルテューマ騎士団に戻って直ぐのことを思い出す。


 作るのが大変だからとマヨネーズを作りたがらないルイス料理長に業を煮やした騎士の何人かがマヨネーズ作りに挑戦し、泡立て器で筋肉痛になり、騎士団の食堂で出す分を料理長一人に作らせるのは無理だと理解させられたことがあった。


 先日、ダニアから「ベサール魔術師長が作ってくれたので一つお裾分け」だと言って、魔術式が埋め込まれた泡立て器が送られてきた。魔術式を起動させるための魔力はフィルからもらえばいいと言って、ルイス料理長がいそいそとマヨネーズを作り始めた。おかげであれ以来、マヨネーズや、マヨネーズを使ったポテトサラダが週に1回は出るようになり、騎士たちの評判もいい。一緒に送られてきたフードプロセッサーも便利なようで、一人しかいない厨房を回してきたルイス料理長の負担軽減に大きく貢献している。


 ルイス料理長の髪は、いつの間にか白いものの方が多くなっている。次の料理人も見つけなければならない。やるべきことはたくさんあるのだ。いつまでもスコルなんぞに関わってはいられない。


 ローズマリーが香る。集中力を高め頭の回転をよくする効果もあるハーブなのだとフィルが言っていた。清涼感のある香りに、ふと閃いたテレンス団長は急いで香草焼きをかき込むと団長室に戻った。





 アルテューマ騎士団では、ロンがひどく動揺していた。ベサール魔術師長とも、宮中伯家とも連絡が取れない。況んやダニアをや、である。


「間違いない。スコルが王都を制圧したんだ。きっと中央騎士団や官僚たちは気づいていないだろうな」


 アレクサンダー団長の言葉に、今すぐにでもダニアを奪還するために出ていこうとするロンを引き留めて、アレクサンダー団長は言った。


「フィーニスと行けば確かにダニアを救い出すことはできるだろう。だが、人質にされているのはダニアだけではないぞ。クラウデンの魔術師たちもいるし、民だってまだ大勢残っている。そうだろう?」


 ロンはぐっと拳に力を入れた。昨日爪を切っておいて良かった。そうでければ、きっと今頃爪が掌に食い込んで血が流れていたに違いない。


「アレクサンダー団長、サルミスのテレンス団長から通信です」


 秘書官の言葉にアレクサンダー団長が通信機を受け取った。出ていこうとするロンを椅子に座らせて、アレクサンダー団長はテレンス団長からの話をしばらく黙って聞いていた。


「分かった。王都から西の騎士団にはこちらから連絡する。テレンス殿は東側に。ああ、そうだな。では明日また連絡しよう」


 アレクサンダー団長は通信機を置いた。


「ロン、魔力を補充できるか?しばらく通信機を使うのに、魔力切れになると困るから」


 クラウデンの通信機とは言え、スコルの通信機から余計な機能を取り払っただけなので、魔力で動かす機構はそのままだ。こういう作業に「良きハティ」たちが使われ、提供した魔力量分の手当が支払われる仕組みができあがりつつある。地方にいた「良きハティ」は騎士団に監視されながら保護されているのだ。


「テレンス団長から、地方騎士団が結集してスコルとその侵略を許す王家に反旗を翻さないか、というお誘いだった」

「クーデター、ですか」

「そうとも言えるが、このままではクラウデンは滅び、スコルの属国になるだけだ。そうなれば苦しむのは民だ。魔力のない民は魔力持ちに対抗できない。かつての国『ハティ』の時と同じ目に遭うことになる。各地の騎士団は、スコルの通信機による洗脳を受けていない。テレンス団長と2人で分担して、各地の騎士団長に呼びかけることになった」

「ですが、もし既に洗脳されている団長がいたら?筒抜けになりますよ」

「何もしないより、行動すべきだ」

「ですが……」

「ならば、洗脳の疑いがある団長には、お前がフィーニスと一緒に行って脅してくるか?」


 ぐっと唇をかみしめたロンの耳に、再び通信機の着信音が鳴る。


「団長、今度はヴァストーク騎士団の団長から通信が入っています」

「ああ、わかった」

「団長、プラソン騎士団の団長から」

「団長、ハルダル騎士団の……」

「イムビーリ騎士団の……」

「あの、マヌル騎士団から……」


 通信が終わると直ぐに次の着信がある。気づけば、国内全ての地方騎士団の団長から通信が来ていたのだ。


「こちらから掛ける手間が省けたな

「団長たちは何を?」


 ロンの声に、アレクサンダー団長は瞳をきらめかせた。


「みんな、あるべき形に国を戻そうと」

「相談の結果ではなく?」

「みんな、個々に考えての結果だそうだ」


 中央の騎士団は強い。だからこそ、スコルに用心深く近づかれて、骨抜きにされているだろう。王族を捕らえ、洗脳された官僚と中央騎士団を抑え、国内に入り込んだスコルを叩き潰す。スコルを侵略する気はないが、スコルが攻めるというのなら相手になる。


「スコルの魔術師が面倒だな」

「王都の魔術師たちが洗脳されていなければいいのだが」

「ダニアが心配です」

「通信機は?」

「繋がりません」

「ダニアを助け出さねばならないな」

「……俺一人でも」

「駄目だ。お前は目立ちすぎる。王族にも近衛や中央騎士団にも、魔術師棟にも面が割れている。洗脳されていない者が他にもいる可能性があるのに、ダニアだけ助けるのもおかしいことになる。まずは計画を立てなければならん」

「アレクサンダー団長、サルミス騎士団のフィルと話をさせてもらえませんか?彼が通信機を持っているとは思えないので、フィルと話したいとサルミスの団長に連絡してください」

「サルミスのフィルを使うのか?」

「あいつはダニアを大切に思っている一人です」

「……話だけはさせてやる。向こうが納得したら、明日お前の通信機に連絡するよう、伝える。お前は直ぐにこの通信機に魔力を補充しろ」

「ありがとうございます」


 ロンは部屋に戻った。心が落ち着かない。フィーニスもそわそわと外を見ている。何か感じるものがあるのだろう。


 その時だった。ロンの通信機に着信音が鳴った。そこに表示された名前を見て、ロンは急いで通信機を手に取った。


「ダニア! 無事だったか!」

「ロン? ああ、良かった。今から言うこと、よく聞いて。時間がないから、何も言わないで」


 ダニアの勢いに飲まれたロンがああ、と言うと、ダニアは話し始めた。


「私は今、王族の厨房にいるわ。宮中伯様もご存じではないので伝えてほしい。王都はそう遠くない未来に火山の噴火によって沈む。その火山の爆発の後、規模によるけれど、最悪の場合は10年単位で農作物が不作になる可能性がある。王都近くの街には噴石が飛来して大けがをする人がたくさん出ることが予測される。王都から逃げ出した人たちを、直ぐにもっと遠くに移動させてほしい。魔術師棟も騎士たちに制圧されたので動けない」


 ダニアの言葉を、ロンはただ、黙って受け止めた。


「私は駄目かもしれないけれども、せめて王都の外に逃げ延びた人だけでも助かって欲しいから。それから……この通信機は多分この後取り上げられる。魔力の補充もできないから、もう繋がらなくなる」


 ロンが声を掛けようとした時だった。


「ロン、今までありがとう。さようなら。ずっとあなただけを愛しています」


 ダニアからの通信が切れた。慌てたロンはダニアに折り返したが、通信不能を知らせる音が聞こえるだけ。ダニアの通信機のエネルギーが切れたのだろう。ロンの叫び声が、アルテューマ騎士団に響いた。






読んでくださってありがとうございました。

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