3-11
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魔術師棟に異変が起きたのは、あと1週間でダニアの行儀見習いとしてのお勤めが終わるという日だった。
突然魔術師棟に近衛騎士団と中央騎士団の騎士たちが入り込んだのだ。
「何事か」
ベサール魔術師長が部隊長に声を掛けると、部隊長は突然「王命である」と大声を出した。
「王命により、魔術師棟を封鎖する。何人も出入りを許さぬ」
「おい、食料品の納入業者まで入れないっていうのか? 飢えて死ねと?」
魔術師たちがいきり立つのを、ベサール魔術師長が抑えた。
「説明を」
「魔術師棟において、スコルの特許を侵害するような研究や商品開発が行われたという通報があった。クラウデンはスコルと同盟関係にあり、犯罪行為を取り締まる必要があるのだ」
「スコルが仕掛けてきているって時に……あんたたちはクラウデンがスコルの餌食になってもいいんだな」
「スコルは仲間だ! 敵視すること自体が間違っている!」
ダニアは天を仰いだ。恐れていた洗脳が進んでいることを目の当たりにして、スコルの計算高さにもう遅かったかと嘆きたくなった。
「魔術師たちの勝手にさせるな、と陛下から命じられている。不都合なら餓死させよとも」
さすがのベサール魔術師長も表面を繕えなかったらしい。その握りこぶしにぎゅっと力が入り、眉間に皺が寄っている。
「承知した。今後近衛と中央の騎士団が協力を求めても、我々は一切協力できない」
「部下を死なせる気か?」
「我々は王に対して忠誠を誓っているわけではない。我らの忠誠は己の知的好奇心と民に捧げられている」
「そうか。おい、料理人たちを全て追い出せ」
料理長たちが焦っているが、ベサール魔術師長は家に帰れ、とだけ言った。ここにいては危険だと思ったのだろう。
「家族を連れて来ている者が多い。『家族』を連れていくよう、寮には寄らせてやってくれ」
ベサール魔術師長が料理長を見ている。料理長ははっとして、小さく頷いた。
「ありがとうございます。『家族』と一緒にここを出させてもらいます」
魔術師の寮には「良きハティ」たちがいる。近衛と中央の騎士団がスコルに操られる状況になっているのなら、「良きハティ」たちを王都から逃がした方がいい。王都内にいれば、以前のようにスコルの魔術師による「ハティ狩り」に狙われるだけだ。
料理人たちが出ていった後、ベサール魔術師長は部隊長に尋ねた。
「異界からの転移者と転生者の扱いは?」
「ああ、転移者はしかるべき所へお連れする。転生者については、指示がまだない」
「しかるべき所とは?」
「スコルの塔だ。あの方は元々スコルが召喚したお方なのに、座標がずれてクラウデンに現れただけ。だから、スコルに移動していただく」
「本人が拒否したら?」
「拒否はあり得ない。スコルの魔術師たちが責任を持ってお連れするだけだ」
その時、ダニアの耳に玲の叫び声が聞こえた。
「やだ、あたしはここにいるの!」
玲が暴れている。騎士たちが玲を犯罪者のように押さえつけようとしている。ダニアは玲に駆け寄ると、床にうずくまった玲を抱きかかえるようにして騎士たちを睨み付けた。
「これが客人に対する態度ですか? これでは犯罪者扱いではありませんか!」
ダニアの声に、騎士たちははっとしたような表情をした。
「すみません、どんな手段であってもお連れするようにとの指示があったものですから」
この人たちは洗脳が浅いのだろうか。正気に戻る瞬間があるようだ。
「玲さん、スコルに行って、情報を集めてもらえませんか?」
騎士たちからは聞こえない声で、ダニアは玲に耳打ちした。
「クラウデンの小型通信機とGPSを持って行って。見つからないように隠すのよ」
「ダニア……」
涙目の玲に、助けが行くはずだから、と言ってやる。
「いくら転移できるとはいえ、持っていきたいものだってあるでしょう。私室に行くだけの時間もないなんて言いませんよね?」
「ああ、大丈夫だ。必要なものを取りに行ってもらって構わない。但し、部屋の前までは騎士がついて行く」
「構いません。玲さん、行きましょう」
「うん」
二人の後ろに、騎士が二人ついている。逃がす気はないということだろう。
「スコルのこと、できるだけたくさん調べて。きっと玲さんの情報が役立つから」
「分かった。私にしかできないもんね」
「怖い思いをさせてごめんね」
「ダニアと行けたら、怖くなかったんだけど」
「おい、いつまでしゃべっているんだ」
「今、行きます」
ダニアは玲の荷物をトランクに入れるのを手伝って、何とか二つに納めた。
「一つは持つわ」
「早く、こっちだ」
せき立てられるように玲のいた特別室から魔術師棟の入り口に向かう。
「お前はここまでだ」
騎士に持っていたトランクを預けたダニアは、玲をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。スコルにはおいしいお米もあるから」
「うん。またご飯作ってね」
「ええ」
「きっとだよ!」
頷いたダニアを何度も振り返りながら、玲は連れられていった。今、ロンがいなくて良かったと思った。きっとフィーニスと一緒に暴れてしまっただろうから。
魔術師のみんながいる部屋に戻ると、誰も作業をしていなかった。
「道具作りは禁止だとよ」
ジェルバがふて腐れた様子で教えてくれた。
「それなら、寮に戻って攻撃や防御の魔術式をできるだけたくさん書きためておいたらどうかしら?」
小声でジェルバにささやけば、ジェルバがにやりと笑った。
「なあ、騎士さんたちよ。ここにいても何もできないのなら、寮に戻ってもいいか?」
「いいだろう。戻りたい奴は戻れ」
ジェルバが意味ありげに魔術師たちに目配せすると、ほとんどの魔術師たちが立ち上がった。ベサール魔術師長は執務室で見張られるらしい。調べ物をするなら、こちらの方が都合がいいだろう。
ダニアは厨房に行った。食材も出しっぱなしだし、火に掛けたままのブイヨンもある。片付けがてら今日の夕食の準備をはじめた。
ジェルバはみんなが寮に入ったのを確認すると、小さな魔術式の紙を取り出した。パチンと指を鳴らせば、何羽もの鳥となって魔術師たちの部屋に飛んでいく。
『ダニアからの提案。攻撃と防御の魔術式をできるだけたくさん書いて、隠しておくんだ。他にも使えそうなものがあれば、紙とインクがある限り書いておこう。ちょうどいい準備の時間になったと思って、時間を無駄にするな』
その日遅くまで魔術師棟の寮から明かりが消えることはなかった。夕食を食べにバラバラと食堂に行く者はいたが、外に出せという者はいなかった。見張りの騎士たちは、魔術師は夜行性だと聞いていたがその通りだったと、眠い目をこすりながら哨戒し続けた。
ダニアは、きっとみんな疲れているだろうから、と夕食にデザートを用意することにした。コーヒーゼリーを作った時に寒天の置き場所を教えてもらったので、寒天を取り出して煮溶かした。昨日作っておいたアーモンドミルクを取り出す。アーモンドミルクは一晩水につけて毒素を出し、ふやかしたアーモンドに水を加えて、ジェルバが作ったフードプロセッサーで細かくしていく。ブレンダーとしてつかったのだ。そうしてできたドロドロの液体を布で漉したものが、アーモンドミルクだ。
このアーモンドミルクを砂糖と一緒に溶かした寒天の中に加える。よく混ぜたら、カットしたいちごをデザート用のカップに入れ、そこに寒天入りアーモンドミルクを注いでいく。冷やせば「いちご杏仁豆腐」だ。今日は砂糖を多めにした。喜んでもらえるはずだ。
いちご杏仁豆腐を冷蔵庫に入れると、中途半端に残っていた挽肉に追加の肉を加えた。タマネギを炒めて透き通ったら一旦冷ましておく。挽肉にまず塩を入れてほどほどにこね、次いで卵、パン粉、魔術式ペッパーミルで作ったパウダー状の胡椒とハーブソルトと冷ましたタマネギを加えてよく混ぜた。作りかけた食材とそのカットを見れば、料理長が前日教えたハンバーグを作ろうとしていたのだということがダニアには分かった。完成したばかりのデミグラスソースが、所在なさそうに鍋に放置されている。
ダニアはハンバーグの表面を固める程度に火を入れると、デミグラスソースを加えて煮込みハンバーグを作っていく。本当はせいぜい四つくらいまでの方が分かりやすいが、大きなフライパンに10個程度ずつ入れて仕上げていく。オーブンで煮込んでいる間に生野菜のサラダを用意し、ニンジンを細かく刻んで仕上げたドレッシングを掛ける。スープはコンソメスープだ。ハンバーグと一緒に入れたニンジンとキノコには、味が早くしみるように隠し包丁を入れてある。
ダニアはちらほらと食堂に集まり始めた魔術師たちが料理を取りやすいよう、テキパキと盛り付け、トレーに配膳した。
「ダニア、今日は例のハンバーグ?」
「はい、デミグラスソースの煮込みハンバーグです」
丸いパン二つ、サラダとスープといちご杏仁豆腐も載せられたトレーを、次々と魔術師たちが受け取っていく。
食べ始めた魔術師たちから「美味い美味い」という声が聞こえて、ダニアはほっとした。よく考えたら、一人で厨房を回したのは初めてだ。サルミスでもルイス料理長と二人だったことを思い出すと、手際が悪く感じた理由が分かった。
そうか、みんなと一緒に分担し合っていたんだ。
忙しさのピークを越えてから気づく辺りがダニアと言えそうだが、ダニアはそれに気づけてよかったと思っている。
アルテューマに戻ったら、みんなにお礼を言わないと。
食堂の片付けも今日は一人だ。魔術師たちが気を遣って、皿の種類毎にまとめて置いてくれる。みんな優しいな、と思った。あんなに魔術師のことを怖がって申し訳なかったと思った。
片付けをしながら、そう言えばベサール魔術師長が来ていなかったと気づいた。きっと執務室に籠もっているのだろう。ある程度食器を片付けたところでトレーに一人分を用意して、ベサール魔術師長の所に持っていくことにした。
魔術師長執務室の前には、見張りの騎士が四人立っていた。随分警戒されているようだ。
「ベサール魔術師長のお食事をお持ちしました。通していただけますか?」
「食事だって?」
騎士の一人が睨めつけるようにダニアを見ると、トレーの上に埃よけとして掛けておいた布を取り払った。
「うまそうじゃないか。魔術師なんぞに食わせるのも癪だな。俺たちだって飯抜きで立っているって言うのにさ」
この制服は近衛騎士団のものだ。近衛騎士団の騎士がこんなに粗野な物言いをすることが信じがたくて、ダニアは開いた口が塞がらない。
「どれ、毒味だ」
スプーンを勝手に取ってハンバーグに突き刺すと、大きな一口でハンバーグの固まりを口の中に入れてしまった。
「え……」
「おい、うまいぞ。騎士団の食堂よりうまい。これ、王族に言えば褒賞もんだ。おい女、こっちに来い。お前たち、後は頼んだ」
「ずるい奴だな」
「代わりに残りは食べておいてやるよ」
「ベサール様、助けてください!」
だが、魔術師長の執務室の扉が開くことはなかった。
下品な近衛騎士に引きずられるようにして、ダニアは魔術師棟から連れ出されたのだった。
翌日、ダニアは王族専用の厨房にいた。あの騎士が持ち込んだいちご杏仁豆腐は毒味の後、王妃の口に入り、気に入ったので翌日から厨房で勤務するようにと命じられたのだ。
本来行儀見習いの貴族の子女が厨房で料理人として働くことはない。魔術師棟で料理ができたのは、ダニアの本職だからとベサール魔術師長や料理長が気を利かせてくれたからだ。
もしダニアが王族の料理人をさせられていると知れば、義理祖父となった宮中伯が黙っていないだろう。とは言えこのクラウデンは王権が強い。どんなに能なしの王であっても、周囲がそれをフォローして無能な王であることが民に気づかれぬようにしているのだ。
つまり、王宮勤務の貴族は忙しく、毎日参内して働いている宮中伯ならどこかで出会す可能性がある。ダニアは頭を抱えたが、王妃の名で命じられたことを断ったら死ぬほかない。
ダニアは王族専用の厨房でに入って愕然とした。高級な食材が大量に積み上げられ、料理となる前に傷んでそのほとんどを捨てていたのだ。大量に作られた料理は初めから食べきることを想定していない。残ったものを料理人や使用人が食べることは禁じられており、発覚した場合には処刑されるという。実際に処刑されたものがいたため、料理人たちももったいないと思いながらも、命令に従うほかないのだと下っ端の料理人が教えてくれた。
「民からの税を使っているという意識はないのね」
「あったらこんなことできないよな。お前、これ以上この話はするな。それだけで処刑された奴もいるから」
「わかったわ、ありがとう」
人々の中には苦しい生活を送っている者もいるというのに、王族の厨房には食糧が大量に保管され、珍味や高級食材が無駄に使われている。
ダニアは王族の腐敗ぶりを直接目にし、なぜ自分たちの税がこんな者たちのために使われていたのかと怒りに震えた。
だが、ダニアは所詮元平民であり、なんらかの権力を持つ存在ではない。魔術師棟に保護された「転生者」であることを、王族も忘れているのだろう。
怒りに震えながらもダニアは指示された通りに料理を作った。トラヴァーさんはこんな窮屈な中で仕事をしていたのだなと思うと、王宮を出て正解だったのだと思えた。
数日勤めた中で、スコルと噴火の脅威を何とも思わず、享楽に耽る王家への嫌悪感がただただ募った。
そういえば、本当は今日がお勤め最後の日のはずだったのに。
ダニアは魔術師棟の部屋に戻してもらえず、王族専用区間、いわゆる内宮に勤務する使用人の寮に入れられている。通信機も自室に置かれたままだ。自分の状況を宮中伯にもロンにも伝えられないことをもどかしく思いながら、ダニアはただ料理を作り続けた。
読んでくださってありがとうございました。
3-15で完結する予定です。
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