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読みに来てくださってありがとうございます。
今日はお料理ありますよ。
よろしくお願いいたします。
「ダニアがほしがるんじゃないかと思って持ってきたけれども、もっとあってもよかったわね!」
到着した子爵夫妻とパーティーで出す料理について打ち合わせをしていたところ、子爵夫人が大きな声で言った。
「大きな声で、はしたない」
伯爵夫人が扇で口元を隠して注意したが、子爵夫人はニコニコとしていった。
「大きな声が出なかったら、牧場に狼が出たと知らせることもできないし、厨房でも声が通らないわ。心配しないで、お客様がいらっしゃるような所では弁えるから」
「本当かしら?普段の行動が咄嗟の時に出てしまうのよ? 忘れたの?」
伯爵夫人は、酪農を主産業とする子爵家に娘が嫁ぐと聞いた時、経営には参加するだろうが、自ら牛の世話をしたり乳搾りをしたりするなんて想像もしていなかったらしい。嫁いで最初に届いた手紙に楽しくてならないと元気よく書かれていたその内容に、伯爵夫人は激高し、この縁談をまとめた夫伯爵に食ってかかったのだという。
「あら、でも私が望んだのよ?自然豊かな所がいいって。お父さまは私の望み通りの領地を持つ、望み通りの旦那様を探してくださった。幸せで、とってもとっても感謝しているのに、いつまでもお母さまはぐちぐち仰って本当に困るわ」
伯爵夫人は眉間に一瞬皺を寄せたが、この話は切り上げだとばかりに咳払いをした。
「それで、ダニア。お前が言っていたものはこれで作れるのね?」
「はい。お許しいただけるのでしたら、今すぐに作って参ります」
「いいでしょう」
「私も手伝ってくるわ!」
「お前はここに居なさい。私と二人にされる子爵様の気持ちを考えられないの?」
「あ、そうね。ごめんなさい、あなた」
「い、いや、私の存在を思い出してくれてありがとう」
ダニアは教えられたお辞儀をしてすました顔で応接室を出ると、ご機嫌で厨房に向かった。
「料理長、材料が届きましたので試食を作ります。厨房をお借りできますか?」
「奥様の許可は取ってきましたか?」
「はい、もちろんです」
「それならばどうぞ。こちらは昼食の仕込み中ですので、お手伝いできませんが……」
「構いません。私の本来の仕事場は、厨房なんですから」
「そうでしたね」
ダニアは昨日のうちに取り寄せてもらったクラッカーを並べた。バターを薄く塗った面を上にして乾かすようにしておく。プチトマトを半分に切り、子爵夫人が持ってきたモッツァレラチーズをダイスにカットする。松の実がないのでアーモンドを細かく粒感が残る程度に砕く。ニンニクもみじん切りにする。それからバジルの葉を刻んで刻んで、葉っぱの形が残らないようにと刻みまくる。
ああ、フードプロセッサーがほしい。魔術師の棟に無事配属されたら、魔術師さんに作ってもらおう。
ある程度細かくなったところで、アーモンドとニンニク、塩少々、オリーブオイルを半分入れて潰しながら混ぜる。混ぜると言うより潰すの方がふさわしいかもしれない。ある程度ペースト状になったところで、残りのオリーブオイルを加えて更によく混ぜ合わせる。
ちょっと味見。やっぱり塩・胡椒が足りない。
「ラダはありますか?」
「そんな高級品、ここにはないよ」
「やっぱり。持ってきて良かった」
ダニアが粒胡椒の入った瓶を取り出すと、料理人たちがぎょっとした。
「おい、最近ラダが手に入りやすくなったとは言え、そんな量をどうやって手に入れた?」
「クラウデンにラダを入れているのは、私の知り合いのノトスの商人さんです。いろいろあって、アルテューマ騎士団には卸値ギリギリで納めてくれるんですよ。私が個人的に買えるくらいの値段なので、今回も一応持ってきたんですよね」
「……いくらで売ってくれる?」
「え、これは私の……」
「頼む、今度のお嬢さんのお披露目の料理に使う分だけでいいんだ。頼む!」
「そうですね……ラダの使い方はご存じなんですよね?」
「最近知ったばかりだ。肉の臭みがあそこまで消えるとは思わなかった」
「でしょう?」
ダニアは考えた。
「私の知り合いの方と、直接取引するお気持ちはありますか?」
「ある、あるとも!」
「分かりました。この瓶のラダは、ザカリーさん……あ、知り合いの商人さんですが、今度会ったらこちらに寄るようにお願いしておきます。その時に、この瓶の分を返してください。どうですか?」
「わかった。家令に話を通しておこう」
「ノトスの、ボルシュ商会のザカリーさんです。必ず伝えてくださいね」
ノトスで迷惑を掛けたお詫びになればいい、とダニアは思う。
「さて、続きをしましょう」
粒胡椒をすり鉢で砕く。黒い粒胡椒の殻は固く、これも重労働だ。
ミルもほしい、とダニアは思った。ノトスにコーヒーがあるのは確認済みだから、コーヒーミルと一緒に売ればいい。ノトスのコーヒーは、前世の「バリコピ」だった。炒って挽いた豆を、フィルターで漉して飲むスタイルではなく、炒って挽いた豆をそのままカップに入れてお湯を注ぎ、砕かれた豆が水中を浮かぶ中ミルクや砂糖を加え、完全に沈殿したら飲む、インドネシアのコーヒーの飲み方だ。
あ、フィルターもいるってことかな?
そんなことを考えながら、粗挽き胡椒ができあがる。本当はパウダーにしたいが、敢えて胡椒を感じさせるために粗挽きで止めておくことにする。
塩と胡椒で味を調えれば、バジルのソースのできあがりだ。これにパルメザンチーズが加われば、ジェノベーゼソースになる。
クラッカーの上に切ったトマトとモッツァレラチーズを載せ、上からバジルソースをそっと垂らす。バジルの葉は横に添えた。好き嫌いがあるだろうから、試してもらえればいい。
「これは?」
「トマトのカプレーゼ風のカナッペです」
何枚かを皿に乗せ、料理人たちにも食べてもらう。
「食前にもいいが、白ワインに合いそうだな」
「クラッカーに載せないといけないのか?」
「いえ、普通のトマトを使って、チーズも大きく切ってサラダにすることもありますし、串刺しにして手を汚さずに食べる方法もあります。初めは串刺し型を考えたのですが、先が鋭利なものはパーティーのような場にはそぐわないかと思いまして」
「そうだな、トラブルの元になる可能性があるものはできるだけ排除すべきだと思う」
「そうですよね。あ、アーモンドのアレルギーがある方がいらっしゃるようなら、アーモンドは抜かないといけませんね」
「アレルギー?」
料理人たちが不思議そうな顔をしている。
「あ、苦手な方もいるかなって、思ったんです」
ごまかせただろうか?
ちょっと不安になったダニアに、料理長が声を掛けてくれた。
「お嬢さん、奥様たちがお待ちだろうから応接にお行きなさい。片付けはこちらでしておくから」
「すみません、お願いします。あ、チーズは冷蔵庫にお願いします!子爵夫人のところのものなので、勝手に食べると怒られますよ~!」
ダニアが皿にきれいに盛り付けたカナッペを運んでいくと、料理人たちが顔を見合わせた。
「料理長。ラダをこんなに手に入れるなんて、とんでもない子ですね」
「ああ、それに、作ったものが美味い。ここにいるうちに、いろいろ教えてもらった方がいいかもしれないな」
「いいですね。俺も参加しますよ」
「あ、ずるいぞ。俺もお願いします!」
「待て、とにかく奥様のお許しがなければどうにもならないんだから、お前たちはとにかく待っていろ。いいな?」
「「「はーい」」」
厨房でこんなやりとりが為されていた頃、ダニアは緊張しながら応接室をノックした。
「ダニアです。試食の品をお持ちしました」
「入りなさい」
侍女に扉を開けてもらって中に入ると、ダニアは三人の前のテーブルにカナッペが乗った皿を置いた。侍女が手拭き用のおしぼりを置いて行く。ありがたい。
「パーティーなどの場で軽く食べられるものです。今日は子爵がお持ちくださったモッツァレラチーズを使いましたが、ハムとフルーツを合わせても美味しいですよ」
ダニアは毒味を兼ねて一口食べた。オリーブの実を添えてもいいかもしれない、とふと考えた。
「では、私たちもいただきましょう」
伯爵夫人の声に、三人が順番に手を伸ばす。
「ああ、ダニアらしいわね。おいしいわ」
「そうだね、うちのチーズもしっかり主張している」
子爵夫妻は二つ目に手を伸ばしている。
「あの、奥様……」
一口食べて動かなくなった伯爵夫人に、ダニアは声を掛けたが、無視された。駄目だったかと下を向く。
「ダニア。お前がこれを作ったの?」
「はい。お口に合わなかったようで」
「おいしいわ」
「はいっ?」
「乗せるものを変えれば、全部クラッカーでもいいわ。晩餐ではないのだもの、軽食としてお出しするなら、こういうものとケーキとフルーツで十分じゃない」
伯爵夫人のギラついた目がダニアを細くした。ダニアは「蛇に睨まれた蛙」という表現がどれほど正しいのか、この時初めて実感した。
「これはサラダっぽいのね。肉や魚を使うとどんなものが考えられる?」
「鴨肉を胡椒でしっかり焼いたものや鶏ハムがいいと思います。魚でしたら、オイル漬けにした鰯を小さくカットして。トマトソースを少し掛ける、薄くスライスしたタマネギの酢漬けやパセリやディルといったハーブと合わせる、チーズもモッツァレラだけでなくカッテージチーズやカマンベールチーズと合わせれば……」
「レシピは買いましょう。直ぐにまとめていらっしゃい」
「あの、午後の授業は……」
「今日はレシピです!」
「はい!」
慌てて部屋を出ていったダニアに、またあの子は走って……と伯爵夫人がため息をつく。
「あの子が走らなければと思うほどの勢いで追い立てておいて、それはないでしょう、お母様」
「あらそう?そんなことないと思うけれども」
そういって、伯爵夫人は三つ目のカナッペをかじっている。
ダニア、あなた伯爵夫人の胃袋まで掴んでしまったわね。
普段褒めることがない母の心を動かしたダニアに、子爵夫人は感謝したのだった。
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