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今日はお料理少なめです。
よろしくお願いいたします。
ダニアのお披露目パーティーの日になった。
普通であれば主役のダニアは朝から肌の手入れやら何やらと忙しいはずであるが、ダニアは別のことで忙殺されていた。
そう、パーティーで提供する料理の仕込みである。
鶏ハムは前の日から仕込む必要がある。酢漬けも然り。紫タマネギと普通のタマネギ、それにニンジンとセロリを薄く細く切って、それぞれ合わせる物とのバランスで砂糖の量を加減したり、粒胡椒を一緒に酢漬けに加えていたりする。ニンジンは実はキャロットラペだ。フレンチドレッシングのように果実油と酢をよく混ぜ合わせ、砂糖と塩を加えている。粒胡椒も多めで、粒胡椒からしみ出すピリリとした感触がニンジンに移るのだ。
鴨肉のローストから出た肉汁を元にグレイビーソースを作って冷蔵庫に入れ、寝かせてある。バジルソースもナッツや胡椒を砕くのに時間がかかること、一晩から二晩寝かせた方が味が落ち着くために、既に完成している。ウッドチップを何とか手に入れて作ったスモークサーモンも、いい感じで仕上がっている。
あとは切って盛り付けてソースを掛ければOK。
ようやく一区切り付いたとダニアが額の汗を拭った時だった。
「ダニア、まだ準備に入っていないのですか!」
伯爵夫人が厨房に乗り込んできた。
「ご指示の通り、下準備は終わりました!」
「そうではありません、あなたの準備です!」
「私の準備?」
「ドレスを着て、ヘアメイクをすることだけが当日の準備ではないのですよ?」
「ええ~っ!」
元平民ダニアの知らぬ貴族の世界がそこにあった。
時間がないからと専属侍女以外の侍女たちにまで風呂で洗われ、ボディラインを整えられ、顔のマッサージまでされた。下着だって、元平民ダニアの想像の遙か上をゆく得体の知れないものもある。コルセットに思わずうめき声を上げ、手汗さえ付けたら叱られそうな上等な絹のドレスを着せられた。宮中伯家のアクセサリーを首に、耳に、それぞれ付けられた時には悲鳴を上げそうになった。
「あの、お願いです。そのイヤーカフだけは持っていたいのです」
「イヤリングは既に付けています。どうすると?」
「私の方でなんとかしますので、お願いですから渡してください」
「……なくしても知りませんよ」
ダニアの周りには侍女たちが常にいる。
「あの、お花摘みに……」
「お手伝いが必要でしょうね」
専属侍女が来てくれた。
「生まれながらの貴族の方であればこういう時お手伝いするのですが、お嬢様はお嫌でしょうから外で待っておりますね」
そう言って専属侍女はそっとスカート部分を持ち上げて用意だけすると、扉を閉めて出てくれた。
もしかしたら、彼女も人に見られることに抵抗があるのかもしれない、と思う。
ダニアはそっと胸元を広げると、胸元にそっとイヤーカフを忍ばせた。違和感はあるが、違和感がある限りそこにイヤーカフがあることになる。ロンがそこにいるかのように感じられて、ダニアの心は落ち着いた。
お披露目が始まった。宮中伯夫妻、そしてその娘である子爵夫妻、その間にダニアとソフィアが立っている。ソフィアの妹たちはまだデビュー前なので、子爵領で留守番をしている。
「ダニア、あなた貴族らしい格好をしても負けていないわよ」
ドレス姿のソフィアは、ダニアに言わせればまさに「お姫様」である。そんなソフィアに褒められて、少しだけダニアはうれしくなる。どうせならロンにも見てもらいたかったと思う気持ちがないわけではない。
「副団長が見たら、きっと惚れ直したでしょうに」
「忙しい人ですから」
今日のパーティーは、あくまで貴族向けのお披露目である。騎士団関係者として招かれた者はいない。宮中伯夫妻と子爵夫妻の間に挟まれたダニアは、ただ作った笑顔を貼り付けて、ゲストの貴族たちに挨拶する。
「そう言えば、今日のフードメニューはアミューズ風で、なかなか面白い趣向ね。王都ではなかなかいただけないようなものばかりな上、とっても美味だわ」
「ええ。このダニアがメニューを決めたんですのよ」
「あら、そうなの?うちもレシピを買いたいわ」
ゲストの貴族にそう言われ、伯爵夫人がええ、また後ほどね、とごまかしてくれる。
「皆さん普通はお酒を嗜まれてフードメニューには見向きもしないことがほとんどなのに、今日はみなさん囲むテーブルがいつもと違うようね」
見ればフードが置かれたテーブルに、人だかりができている。
「お口に合ったのならよいのですが」
「お口に合わなかったらああならないわ」
なぜか子爵夫人が得意気である。
「さあ、もうじきダンスよ。特訓したとおり、頑張りなさい」
「はい……」
マナーや知識を覚えることも大変だったが、ダニアが一番苦労したのは、実はダンスだった。平民が踊るような踊りとは違うのだ。体幹がしっかりしていないと踊れないと知ったダニアは、貴族令嬢がどうしてぽっちゃりしていないのか分かった。食べる量が少ない上に、ダンスや歩き方・仕草の指導などで体を作っているからなのだ。
義父となる子爵とファーストダンスを踊ることになっている。だが、義父の方が何故かそわそわしている。
やっぱり私なんかと踊りたくないわよね。愛妻の目の前で踊るなんて……
その時だった。子爵があ、と小さく声を上げた。
「お義父さま?」
「入り口を見てごらん」
子爵に言われてホールの入り口を見ると、そこには居るはずのない人が立っていた。騎士団の正装姿で現れたその人物は遅れてやって来たにもかかわらず、客たちからもほう、と賞賛の目を向けられている。
その人物はダニアと視線があうと、そっと右耳に手を添えた。ダニアは微笑むと、胸元に手を置いた。その人物も微笑んでいる。そして、ゆっくりとこちらに向かって来る。まずは宮中伯夫妻に遅れたお詫びとお披露目のお祝いを、そして子爵夫妻の元にも同様に言祝ぎをした。
「ダニア……」
「来てくれたの?」
「ああ、子爵が手を回してくれた。ダニアとファーストダンスを踊れって」
「……うれしい」
「子爵、ではお嬢様をお借りします」
「ああ、頼んだよ」
宮中伯夫妻は、これが有名なアルテューマ騎士団の副団長かと目を細めている。招待客の中には若い令嬢もいて、ロンを見て頬を赤く染めている。
音楽が始まった。ロンと貴族のダンスを踊るのは初めてだ。だが、ロンがリードしてくれるので、慣れないダニアでもまごつくことがなかった。
「慣れているの?」
「そんなわけない。招待状をもらってから、アレクサンダー団長たちに特訓させられたよ」
「そうなの?」
「ダニアに恥をかかせるなって。フィーニスにも言われた」
「今日はどうやってきたの?」
「フィーニスに乗ってきたさ。今は屋根の上にでもいるだろう。あとで少し料理をもらっていいか? フィーニスがダニアのご飯を食べたいと半泣きなんだ」
「ええ、持っていってね」
無骨な騎士と平民上がりの娘のファーストダンスに期待する客などいなかったはずなのに、踊る二人の姿に感嘆の声が上がり始める。
音楽が終わって礼を取ると、拍手が起きた。と同時に、ロンの元に令嬢たちが駆け寄る。
「私と踊ってくださいませんか?」
「いえ、私と」
「申し訳ありません。今日は婚約者のために参りましたので、どうぞお許しを」
「婚約者?」
「ええ、今日お披露目のダニア嬢ですよ」
うそ、あんな子と?
そんな声が上がった。その声の方に向かって、ロンは一言だけ言った。
「掌中の珠ですので」
ぽかんとする令嬢たちを尻目に、ロンはダニアの手を取って子爵たちのところに戻った。
「副団長、やり過ぎないでくださいね」
「だがあのくらいは許容範囲だろう」
「あ~あ、ダニアが来る前のロン様が戻ってきたわ」
「え?」
「女性に追いかけられるのに疲れて、いつも不機嫌だったのよ」
「あらあら。ブリアンナ様だけではなかったのですね」
「アルテューマの町の娘は、アレクサンダー団長かロン様か、そのどちらかを追いかけていたわよ」
「ロン、大変だったのね」
「そうだ。だから、ダニアに逃げられると困る」
ダニアは思わずロンを見上げる。ロンが優しい目をしてダニアを見下ろしている。
「アルテューマに帰ってくるまでは会えないと思っていたのに、会えることになったでしょう? 副団長のテンションが誰にでも分かるほど上がったのよ。ダニアがいなくて寂しかったのね」
「うるさい、お前はしゃべるな」
「ふふふ、ダニアの前ではロン様も形無しねえ」
形無しと言われようが、心細かったダニアにとって救世主であったことは間違いない。
「終わったらすぐに帰らなければいけないんだ。だから、終わるまではずっと手を握らせて?」
ロンの言葉にダニアが頷けば、ぎゅっとその手が握られた。
「他の男に声をかけられていないな?」
「お祖父様お祖母様とうちの両親と私の五人でガードしているのよ? それは無理ね」
ソフィアが褒めて、という顔で言う。
「褒められるようなことじゃない、当然のことだ」
「あら、ケチな男は嫌われるわよ」
「ダニアはそんなことない」
「はいはい、熱いわね」
そんな軽口を叩いていた所に、家令が慌てたように伯爵夫妻のところにやって来て耳打ちしているのに気づいた。
「何かあったのかしら?」
子爵夫人の元に、家令がやって来た。
「魔術師長がお見えです。お通しするそうですので、ダニアさんはご挨拶するようにと伯爵様からのご伝言です」
「わ、分かりました」
ロンの手に力が入った。ダニアの手に、その力が伝わる。ダニアもその手を握り返した。
「魔術師長様がいらっしゃいました」
伯爵の声に、客たちは壁際に引いた。
恐れられているのね。
ダニアは前回、魔術師長には会っていない。ただ、魔術師たちは自分の興味を追いかける余り、他人の心の機微に疎いということを思い出し、心のガードを厚くした。
「お披露目をしているとは知らずに来た無礼をお許しいただきたい」
入ってきたのは、物腰柔らかな人物だった。思ったよりも常識がありそうだ。
「宮中伯殿、ここで陛下からのお言葉を伝えてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
少しばかり引きつった顔で、伯爵が許可した。いや、許可せざるを得ない。国王の言葉を遮るだけの権限は、宮中伯にはない。ダニアは伯爵夫人に目で促された。ロンの手を離して、魔術師長の前に立ち、カーテシーを取る。魔術師長が右手の掌を上にすると、ポンと筒が現れた。筒の中から紙を取り出すと、魔術師長は声高らかに読み上げた。
「子爵家令嬢ダニアを行儀見習いとして召し出す件、魔術省の所属とする。なお期間は4ヶ月とする」
「承知致しました。職務に励むことをお誓い申し上げます」
「ということだ。ダニア嬢、よろしく頼む。それから、昨年はうちの部下が大変失礼なことをしたと聞いている。その件についても、責任者としてお詫び申し上げる。大変申し訳なかった」
「あの、どうぞ頭をお上げください。上司となる方にそんなふうにされたら、私が困ります」
「そうか。許していただけたようでありがたい。こちらも、王家からあなたを守ると約束しよう」
招待客の中に動揺が走った。魔術師長の言葉は、王家がダニアを狙っていること、それを魔術師長自らの手で守ると誓ったことになるのだ。
あの娘に、王家から狙われるようなものがあるのか?
客たちの目が、始まりの時とは違う意味でダニアを値踏みし始める。
「魔術師長、お言葉感謝する。私がそばにいられない間は、どうかダニアのことをお願いしたい」
微妙な空気の中、ロンの声が響いた。
「ああ、アルテューマ騎士団の副団長殿か。もちろんだ。あなた方の婚約を正式に認めるよう、魔術省が責任を持って王家を説得するよ」
「それは助かる。ダニアの才能を使い潰そうとする者からは、何としても守らねばならないのでね」
「同感だ」
なんだ、この微妙なバチバチ感は。
ダニアにはよく分からなかったが、とにかく魔術師長が後ろに立ってくれるのなら、前回のような嫌がらせは起きないだろうと考える。
「だが、魔術師長がダニアを使い潰さないように見張る者がいないというのは、すこし困ったことだと思うが」
うっとダニアは呻いてしまった。その可能性があったか。
「心配するな。玲だって半分遊んで暮らしているようなものだ。ほぼ同待遇を約束するよ」
それはいいのか悪いのか。
ダニアは、三日後から始まる宮中生活に、開始前からめまいを覚えた。
読んでくださってありがとうございました。
キャロットラペに粒胡椒、私はお気に入りです。
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