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ダニアが正式に子爵令嬢となった。
ロンにはこれでまたクリアしなければならない問題が生まれた。
ロンは始祖シグルドの血を引く「瞳持ち」である。そもそもロンが平民と結婚するならば、余りうるさく言われないはずだった。
だが、ロンが「ハティ」でもあることが分かってしまった。二つの血を持つ特殊性故、結婚相手は国王の承認なしには決められないと取り調べの中で告げられている。
以前からのルールで、騎士団の団長・副団長クラスの人物が地元の貴族令嬢と婚姻を結ぶ場合は地方貴族が武力を持つことになる可能性を危ぶみ、国王だけでなく軍務大臣と宰相の承認まで必要とされていた。
その上、ダニアまでもが転生者として国の監視対象となった。
ダニアを守るために貴族にしたが、それによって結婚への障害が増えたことになる。
もう一つ、ロンを悩ませていることがあった。
準王族である公爵家の娘以外、全ての貴族令嬢は結婚前に行儀見習いとして王宮に出仕しなければならないのだ。ソフィアやブリアンナ、ステファニーといったアルテューマ近郊の貴族の娘たちは、10才前後で終えている。年ごろの娘が出仕すると、結婚相手が見つからない官吏や貴族男性とのお見合いを組まれるからだ。もちろん、それが狙いで年ごろの娘を送り込む貴族家もあるが、ダニアが保護対象だからこそ狙われる可能性があった。
それに、王族の慰み者にされるケースもある。王家に目を付けられているダニアは、その意味でも危険だった。
とは言え、これは義務だ。子爵夫妻とロン、そしてアレクサンダー団長は何度も話し合い、ダニアにも意向を聞いた上で結論を出した。
「子爵令嬢としてのダニアのお披露目を、子爵夫人の実家である宮中伯家で行う。王都の魔術師たちはダニアのことを保護対象としているので、魔術師長の保護下にあることも分かるようにする。その上で、王宮への出仕についてはその部署を魔術師の棟にするよう、魔術師長から申し出てもらう。できれば玲殿の話し相手あたりを打診したい。こんなところだな」
アレクサンダー団長の言葉に、子爵夫妻も納得する。その場にいたダニアはよろしくお願いします、と頭を下げた。
「魔術師長からは了承の返事をもらっている。あとは王家からの連絡待ちだな」
「実家の方から、ダニアちゃんの準備をしたいので一度連れて来るようにと言われていますの。連れて行っても大丈夫かしら?」
「……」
呆然とした面持ちのロンに、アレクサンダー団長がその大きな手でロンの頭を掴んだ。
「ッ」
「緊張感が足りないぞ。もう一人副団長を置くことにしたから、お前は気にせずに行け」
「誰を?」
「エヴァンだ」
まあ、という声が子爵夫人から上がった。
「エヴァンって、うちのソフィアとお付き合いしているっていう方かしら?」
「……そうなのか?」
ロンは知らなかったらしい。
「そうか。エヴァンが副団長になっても、王家との面倒くさいやりとりが発生する可能性があるってことか」
アレクサンダー団長がしかめ面をしている。
「子爵家は構いません。ソフィアのためなら手を尽くします」
子爵の言葉に、アレクサンダー団長の眉間がほぐれた。
「問題がないわけではないが、ロンとダニアのために少しでもよい道を選ぼう」
全員が頷いた。
ダニアが王都へ出発する前夜、ロンはダニアを厨房の裏で待った。片付けが終わって出てきたダニアは、そのままロンの腕の中に収まった。
「怖い?」
「怖くないって言ったら、嘘になるわ。でも、子爵家に入ったことで、ブリアンナ様たちからの嫌がらせはピタリと止まったし、町の飲食店の人たちも今まで以上に丁寧に接してくれるようになったわ。感じが悪かった厨房機器の納入業者も、態度が変わったんだもの。このくらい我慢しないと、ね」
「無理させているんじゃないか?」
「ねえ、ロン。私のような平民生まれ平民育ちの人間が、王宮に入れるだなんて、あり得ないのよ。前回王都に行った時、騎士団や魔術師の棟に入ったけれども、そこで見られるものはやはり質が違ったわ。知らないこともたくさんあった。だからね、私、勉強しに行かせてもらえてありがたいと思っているの」
「ダニア……」
「それに、トラヴァーさんの名誉を回復できるかもしれないし」
ロンはダニアを離すまいと、ぎゅっと抱きしめた。
「ロン、苦しい」
はっとしたロンが力を弱めた。
「すまない。なんだかダニアがどんどん遠くへ行ってしまう気がして、どんどん手が届かない人になっていく気がして……こんなに近くにいるのにな」
ダニアの形を確かめるように、その頬を掌でなで続けているロンは、ふっと息を吐いてダニアの肩に額を乗せた。
「ごめんなさい、私のせいで疲れさせているのね」
「そうじゃないよ。俺がダニアから離れたくないだけだ。半年も会えないなんて……拷問だ」
春も半分過ぎている。夜でも寒いことはない。それに、二人で抱き合っていれば、互いの体温で寒さなど感じない。むしろ、少し熱いほどだ。
「全部、準備しておく。王家への申請も、全部通しておく。だから、ダニアが王都から帰ってきたら、直ぐに結婚式をして一緒に暮らそう。な?」
「本当に私でいいのね?」
「ダニアじゃなきゃ嫌だ」
「ありがとう。ロンこそ、他のきれいなお姉さんたちについて行かないでね?」
「行かないよ。そんなことしたら、団長や子爵たちに殺される。いや、フィーニスに食われるかもしれない」
「ふふ、ロンにもフィーニスにも会えなくなるのは寂しいけれど、フィルさんがこの前贈ってくれた通信具があれば話だけはできるって言っていたでしょう?それでお話ししましょう?手紙よりはずっと早いわ」
「そうだな。フィルの発明した道具は、王都の魔術師たちが玲から聞いて作ったものよりもシンプルで大量生産もできるって、魔術師長も喜んでいたから、あいつの待遇も少しは改善するんじゃないだろうか?」
「そうね、そうだとうれしい」
「それにあいつは、あの道具を魔力で動かすようにした。これが広まれば、王都の魔術師だけでなく、『ハティ』として仕事にありつけない者たちの仕事にも繋がると思って開発したんだそうだ。魔力の低い『ハティ』たちが、自分の魔力を売って生活できるようになるならば、それは『ハティ』としてありがたいことだよ」
「うん。『ハティ』だからこそ雇用してもらえる、役立つ仕事だよね」
「ああ、そうなんだよ。『ハティ』に仕事があれば、底辺の生活をせずにすむ。そうなれば、クラウデンを恨むのではなく、クラウデンの民になっていけるはずだ」
「そうなるように、しましょう。私たちも手伝うの」
「ああ、そうしよう」
「そのための準備よ。私も王宮に行くなら、文官さんや武官さんの所にいるよりも、魔術師さんたちの所に行って知り合いになれれば、『ハティ』の力を有効利用する方策に近づきやすいと思わない?」
「ダニア……全くお前という奴は」
頬に、額に、唇に、ロンの口づけが降ってくる。
「ね、くすぐったいってば!」
「こっちはこれで我慢しているんだ」
言うなりロンはまたダニアを抱き込んだ。しんと静まりかえっている。満月の光だけが煌々と夜空を照らしている。
「何かあっても直ぐに助けに行けないのが悔しいが、何かあったら直ぐに呼んでくれ。フィーニスに連れて行ってもらうから」
「分かった。ロン、夜勤でしょう?明日の朝出発する時には……会えないわね」
「……」
「そうだと思ったから、用意しておいて良かった」
ダニアはごそごそとポケットから何かを取り出した。
「ロンがフィーニスだと分からずに討伐に行った時、カフスを二人で片方ずつ持っていたでしょう?あれじゃないけど」
ダニアはロンの右耳にイヤーカフを付けた。
「あなたの輝く金色の瞳の色と同じものを探すの、大変だったの。ソフィア姉様に手伝ってもらって、ようやく見つけたのよ」
ダニアは自分の耳にも同じものを付けた。
「一対のイヤーカフを、二人で持っていましょう。あの時のように」
ロンは自分のイヤーカフに触れた後、そっとダニアの耳のイヤーカフに触れた。
「ずっと付けているよ」
「私も」
深い口づけ。だが、そこには優しさが満ちていた。お互いを思い合う、そんな口づけだった。
「明日の朝早いんだろう。もう寝ないと、馬車で体調を崩すぞ。部屋に戻れ」
「うん……」
ダニアは離れた。食堂棟の角を曲がる時、一度振り返り、そして頷いて立ち去っていった。ダニアがいないなんて、「ハティ」の事件以来だ。
「耐えられるのかな?」
自問自答の声は、月だけが聞いていた。
王都に着いたダニアは、子爵夫人の実家である宮中伯家に挨拶に出向いた。
「待っていたわ。2、3日で娘たち夫婦も到着するはずだから、それまで衣装合わせやマナーの勉強をしましょうね」
子爵夫人の母である伯爵夫人が、貴族らしい笑みでダニアを迎えた。貴族らしい笑みとは、口角は上がっているのに目が笑っていない微笑みだ。
「この度は滞在を許可してくださり、ありがとうございます。ご指導よろしくお願いいたします」
子爵夫人に教えられた口上に、伯爵夫人が満足したのが見えた。
「あなたが我が家に滞在する間、専属の侍女を付けます。部屋にご案内しなさい」
「かしこまりました」
専属侍女ならば、伯爵家の使用人であっても子爵家や男爵家のご令嬢だろう。ダニアは格下の自分に付けられたことを、この侍女が不満に思うのではないかと内心ビクビクしている。
「こちらでございます」
ダニアの想像以上の広さの部屋だが、侍女の話ではこれでも狭い方なのだという。
「急に貴族になったと伺いましたので、あまり広い部屋では却って気後れするだろうという、奥様のご配慮です」
「お心遣いありがとうございますとお伝えください。私からもお会いした時にお伝えしたいと思います」
「ええ、その方がお喜びになるでしょう」
侍女はダニアの気持ちを優先してくれるようで、してほしいこと、してほしくないことを教えてほしいと言った。客として割り切ってくれたのならありがたい、とダニアは思った。
その日の夕方から、伯爵夫人によるマナー指導が始まった。姿勢が悪いダニアは、背筋を伸ばすというたった一つのことができなくて、泣きそうになった。
「この家の親戚筋としてお披露目するのです。我が家の顔に泥を塗ることだけはないように」
「かしこまりました」
「それは使用人の言葉遣いよ。まあ、しゃべらなければいいのでしょうが」
背中の筋肉が変なまま、夕食はそのまま食事のマナー講座となった。平民だったダニアにとって、テーブルマナーは本の中の知識であって実践ではない。
「カトラリーの音をたててはなりません」
「ああ、こぼさない!」
「肉は左からフォークで刺し、一口分をナイフで切るのです。右から切るなど言語道断ですよ!」
「紅茶に砂糖を入れたら、スプーンで回してかき混ぜては駄目!スプーンは前後に動かすのです」
そもそもが味のしない料理なのだろうが、極度の緊張と指導の連続で、味どころか食べた気にさえなれない。
「毎食チェックします。名目だけで実際には子爵令嬢としての生活を送らないとは言え、一旦貴族になった以上は最低限のものを身につけなければなりません。とは言え、子爵家や男爵家では貴族としての教育はそれほど厳しいものではないのよ。食事のマナーは、平民であっても知っていて損はしないわ。頑張りなさい」
「ご指導、ありがとうございます。努力いたします」
「ええ、明日も頑張りましょうね」
明日も続くのか、そう思うとダニアの表情が暗くなりそうだが、そこは根性で微笑んだ。
「あなたには、宮中に出仕する前に、お料理のことも教えてもらいたいと料理長が言っているの。お披露目のメニューについてはあなたの意見ももらいたいから、明日朝食が終わったら打ち合わせをしましょうね」
「はい、楽しみです」
「あら、分かりやすい子ね」
料理のことになれば、ダニアにアドバンテージがある。ダニアの作り笑いは、まだまだ修行が足りないようだ。
読んでくださってありがとうございました。
次回はちょっとお料理あります。
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