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おいしいごはんは、いかがですか?  作者: 香田紗季
王都編

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3-1

読みに来てくださってありがとうございます。

第三部王都編を始めます。

よろしくお願いいたします。

 ノトスからダニアたちが帰ってきて三ヶ月が経った。


 ダニアは周囲のサポートやダニア自身の前向きな思考で、ノトスでの出来事を「過去のこと」と言っている。本当の所は周りの人には分からないが、ロンがダニアのサポートをしているので大丈夫だろうということになっている。


 とは言え、一ヶ月はダニアも完全に病んでしまった。


 初対面の男性に対する恐怖が完全に拭えなくなったダニアは、男性との距離を取るようになった。今まで仲良くしていた騎士たちまで対象になったので、嫌われたのかと不審に思う者、ダニアの人間性を疑う者などが現れ、ダニアはいっそう居心地の悪い思いをすることになった。


 もう、騎士団の食堂で働くのは無理かもしれない。

 かといって自分の店を持てば知らない男性の接客などできない。


 ダニアは騎士団で作り笑いをしながら、必死で今後の身の振り方を考えていた。


「最近、新しいレシピが出てこないが、ネタ切れか?」


 休憩時間に食堂の裏で壁にもたれかかっていた時、声を掛けられた。はっと振り返るとアレクサンダー団長が立っていた。


「あ、団長、なにかご用でしたか?」

「何を悩んでいる?」


 アレクサンダー団長の言葉に、ダニアはかぶりを振った。


「答えが出ているのに踏み切れない時にするのが悩みでしょう?私が今考えなければいけないことは、悩みではありません」

「どうしたらいいか分からない、それは悩みだ」

「そうなんですか?知りませんでした」


 ダニアは嘘をついていないと気づいたアレクサンダー団長は、眉間に皺を寄せた。


「ではこう聞けばいいか。何に困っているんだ?」

「アルテューマ騎士団を出てどうやってこれから一人で生きていこうかと考えた時、執れる手段があまりにもなくて困っています」

「おい待て、ロンと別れ話でも出ているのか?」


 慌てた様子のアレクサンダー団長にダニアは首を傾げた。


「いいえ?ただ、もうここでも町でも仕事ができないと思ったので」

「……ノトスの件か」

「はい。時間が解決してくれるってドクターは仰ったんですが、その時間がなかなか過ぎてくれないんですよ」


 俯いたダニアに、アレクサンダー団長は眉を下げた。フィルとロンから直接、ザカリーからは手紙で事情を承知しているアレクサンダーだが、ダニアの心の傷は深そうだ。


「ロンの所に身を寄せるという考えはなかったのか?」

「そんなことをしたら、ロンに迷惑がかかりますから」


 いや、違うんだよ、とアレクサンダー団長は心の中でダニアに呼びかける。


 男はね、困った時に頼ってもらいたいんだよ。一人で抱え込まれると、信頼されていないと思って拗ねちゃうんだよ。


 ロンが焦っている理由がよく分かった。きっとロンは結婚を視野に入れての同棲を提案し、拒否されたのだろう。


「頼りたくないのか?」

「そうですね。全力で男性に寄りかかれる女性を、逆に尊敬しますよ」

「ダニアは、やはり……いや、何でもない」


 ふっと息を吐いたアレクサンダー団長は、表情を作った。


「ダニア。業務命令だ。今月は新レシピを最低5つ提出しろ」

「承知しました」


 美味しい物が食べたいからというよりも業務命令とした方が、ダニアは理由にしやすいだろうから。


「異世界からの客人が、おにぎりを上手に作れるようになったそうだ。もし彼女と話をしたくなったのなら、言ってくれ。向こうは首を長くしてダニアを待っているらしい」

「そうですか。分かりました。では、厨房に戻ります」


 ロンが参っているのはこういうことか、とアレクサンダー団長はため息をついた。アレクサンダー団長が知っているダニアとはまるで別人だ。アレクサンダー団長自身も、いまだにお近づきになりたいという女性に囲まれて辟易することがある。あの男爵姉妹も、騎士団の敷地には入れなくなったが相変わらず外で追いかけられる。ロンも同じだ。だが、触れても服の上からだ。それも、そっと、さりげなく触れようとする程度。それがこの国のギリギリのラインだ。それなのに、素肌をペタペタと触られ、手を握られ、中には抱きつこうとした者もいたというのだから、ダニアが恐怖を感じたのは当然のことだ。


 それがその国の文化である以上、否定しにくい。だからダニアは余計に自分の中でこの出来事を消化しようとし、うまくできずに苦しむことになったのだ。


 ロンはそんなダニアの傍にいたのに、守ってやれなかったと意気消沈している。二人とも仕事そのものに支障はない。だが、無理矢理笑うその顔が痛々しいのだ。


「さて、どうしたものか」


 アレクサンダー団長は思案しながら団長室へと戻っていった。




 ダニアがソフィアの家の養女になったという正式な通達が届いたのは、ダニアがノトスから帰国して間もなくのことだった。直ぐにお披露目を、と子爵夫人は燥いだが、騎士団でのダニアの様子とノトスで起きた事件を聞いたソフィアは、母を叱った。事情さえ分かれば、子爵夫人だって納得する。


「でも、半年以内にはお披露目するのよ」


 そんなふうに息巻いていた子爵夫人だったが、帰国してもあの喫茶店に全く顔を出さないことに気づいたところで、ソフィアを呼び出して状況を聞いた。そして、ダニアの精神状態が思いのほかよくないことを知ると、さめざめと涙を流した。


「いくら文化とはいえ、受け入れられないことがあるわ。ソフィアが同じ目に遭ったら、きっと剣を抜いてしまっていたでしょうね」

「貴族よりもその辺りの感覚が緩かったダニアがそうなるんだから、発狂したかもしれないわ」


 二人は考えた。知らない男性がいると怖くなってしまう。女性は問題ない。


「ソフィア、あの子を子爵領(うち)の牧場でファームスティさせたらどうかしら。うちの牧場ならダニアはみんな知っているわ。確かに観光客も来るけれども、コテージの一角を貸し切りにしてしまえばお客さんも来ない。ゆっくりするにはちょうどいいわ」

「でも、そんなことでうまくいくかしら?」

「去年の冬に、王都から引きこもりになった伯爵令嬢がいらっしゃったの。友人関係でトラブルがあったとかで、王都から離れたところで静養したいということだったのよ。その家も宮中伯で領地がないから、どこか自然が豊かで静かな場所、かつきちんと貴族が管理している所はないかということで子爵領(うち)に白羽の矢が立ったというわけ。それでね、そのお嬢様が馬や牛たちに触れ、新鮮な食材でできた食事を取り、人間関係のストレスから解放されてゆったりとした時間を過ごした結果、とっても元気になってお帰りになったの。私はそういうお嬢さんたちのセラピーの施設を建てるのもいいかと思っているのよ。だから、ダニアを私たちの手で回復させてあげたい。あの子には今まで我が家がどれだけお世話になったか、そう考えると、恩返しできるチャンスになると思うのよ」


 それに、もう「娘」だから、帰省扱いになるでしょう?


 子爵夫人の言葉に、ソフィアはなるほどと思った。ダニアにこのことを伝えようと思ってアルテューマ騎士団に戻った。




 昼食の時にダニアに声を掛けようとしていたソフィアだったが、午前中にアレクサンダー団長から呼び出しを受けた。


「ダニアがソフィアの家の養女になったことは聞いているな?」

「はい。ダニアは私の義妹になりました」

「そこで、義姉であるソフィアに頼みたい。ダニアをしばらく領地で療養させてもらえるよう、子爵たちに話を通してもらえないだろうか?」

「へっ?」

「何を驚く」

「いえ、今日の昼に、ダニアにそう言うつもりだったんです……母が言い出したのですが、父の方も大賛成で……」

「本当か!」

「はい。何でも心を閉ざしたご令嬢が子爵領(うち)でのセラピーで立ち直ったそうで、母が是非にと申しております」

「そうか。ダニアには新しいレシピを今月中に5つ提出しろと言ってある。出張としてそちらに向かわせよう。ロンやフィーニスが行っても大丈夫だろうか?」

「フィーニスのことは、どうでしょう?牛や馬たちが怯えると乳の出が悪くなります」

「ロンの肩に乗っている時のサイズなら、カラスだと思ってくれるだろうか?」

「……分かりかねます」

「そ、そうだよな。すまない。では、昼にダニアに伝えてもらってもいいだろうか?」

「承知致しました」




 そういう次第で、ダニアは強制的に子爵領のコテージを一つ、自由に使ってよいということになった。新しい両親となった子爵と夫人は、ダニアが欲しいと言った食材を用意し、馬や牛に触れること、散歩を一緒にすることを条件に、それ以外の時間は自由に過ごさせてくれた。


 豊かな自然の中で規則正しい生活を送り、牛や馬や鶏たちと戯れ、知らぬ人のいない環境の中で穏やかに暮らしたからだろうか、ダニアの目に生気が少しずつ戻り、笑顔が見られるようになっていった。知り合いの酪農家のおじさんたちは大変だったねえといたわり、ダニアを責める人は誰もいなかった。休みの度にフィーニスに乗って会いに来るロンとたくさん話をして、ロンの隣はダニアの専用席だと何度も言われて落ち着いたのだろう、ダニアはリハビリとして、少しずつ観光客の姿が見える所に出るようになった。


 最初は10分。次は20分。まどろっこしいまでにじっくりと時間を掛けて、世の男性が全員ダニアを怖がらせる訳ではないことを思い出させた。


 そして一ヶ月半かけて、ダニアは迎えに来たロンに連れられて、騎士団の食堂に復帰したのだった。

読んでくださってありがとうございました。

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