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二部の最後になります。
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デュシスとクラウデンの国境を越える際、荷馬車を乗り換えてデュシスの宿駅に荷馬車を返した。クラウデン側の宿駅とは一つの街のように作られており、クラウデンの荷馬車にそのまま積み替えることができたので、手間はそれほどかからなかった。
「どこで返却なさいますか?」
宿駅で荷馬車の管理をしている役人に尋ねられたロンは、アルテューマまで、と答えた。
「アルテューマまでこの馬だけだと厳しいですね。馬は乗り換えた方がいいと思います」
「そうか。ミラガを経由なら王都にまで回らずに済むだろうか」
「そうですね、ミラガで馬を交換するようになさるといいでしょう。こちらの書類を、ミラガの宿駅で見せてください。追加料金なしで馬の交換ができます」
「わかった。ありがとう」
ロンは書類を受け取ると、荷馬車の中にいるダニアとフィルに出るぞ、と声を掛けた。
「ミラガに行くの?」
荷馬車はゆるゆると進んでいく。ダニアは人気がなくなったのを確認して、フィーニスを抱きかかえたまま御者台のロンの所に行った。
「ああ。やめた方が良ければ、違う街に変更するが、どうする?」
「違うの、もし寄れるならば、あの町に寄ってもらえないかと思って」
町の人たちが「自分たちの町」としか呼ばず、おそらく地図にも載っていなかったような小さな町。町と言うよりも、街道沿いに食堂と宿と酒屋と衣料品を扱う店がある程度の、名もない町。生き残った僅かな人々が、復興を諦めて放棄した町。おそらくこの機会を逃せば、ダニアがあの名もない故郷の町を訪れる機会はないだろう、とダニアは思ったのだ。
「だから、お花だけでも供えたいの」
「フィル、急がないよな?」
「全然急がないよ。俺、ダニアの故郷の町に行くのは初めてだ」
「俺は救助で行った時以来だな」
「そうね。あれからもう、一年半が経つのね」
あの震災から復興した所もあれば、復興途上の所もあるだろう。ダニアの故郷のように放棄された町もいくつかあったという噂をアルテューマで耳にしたこともある。ダニアの人生が大きく変わったあの震災。辛く悲しい出来事であるとともに、ダニアの世界が広がるきっかけとなったのは間違いない。
「ミラガから直ぐのところだったよな。ミラガで馬を交換したら、最初の休憩地としてあの町に行こう」
「ありがとう、ロン、フィルさん」
ダニアはじっと自分を見つめるフィーニスに頬ずりすると、荷物の袋に寄りかかった。クラウデンの大きな街道は石畳で舗装されている。まだ王都へと北上する街道を進んでいるため、揺れはそれほどひどくない。心地よい揺れの中で、ダニアはフィーニスを抱き込んだまま眠りへと誘われていった。
二日後、ミラガの町に到着したダニアは、まだ壊れたままの建物が放置されながらも、人々が元気に生活している様子を見て少しだけほっとしていた。それと同時に、何もせずぼーっと道ばたに座り込む人が町のあちらこちらにいるのが気になった。
「きっとあの地震で家族も家も仕事も失った人なんだろうな」
フィルが痛ましいものを見たという表情で言う。
「そんなことはないわ。仕事は選ばなければあるもの。私だって王都で料理に拘らなければ仕事はいくらでもあった。だから、彼らは仕事に拘っているか、失うものが多すぎて再び立ち上がるためのエネルギーが戻っていないか、全てを諦めてしまったか、そのいずれかよ」
ダニアの口が真一文字に引き結ばれている。同じ被災者だからこそ、ダニアの目は厳しい。
「家族全員失って、生きる気力をなくした人もいるだろう。それでも、まだ生きている。生きていればまた立ち上がることもある。実際、再び立ち上がった人たちの方が多いんだ。彼らの生命力を信じようじゃないか」
ロンの言葉に、ダニアは自分が思いのほか肩に力が入っていたのだと気づいた。
あの日、突然師匠のトラヴァーと両親を失い、一人で生きていかねばならくなった。故郷の町ではもう料理で生きていくことはできないと見切りを付け、王都に出ようとしてトラヴァーの名が足かせになった。ロンたちアルテューマ騎士団の騎士たちに声を掛けてもらって、アルテューマ騎士団で働けるようになった。
それは運だという人もいるだろう。だが、ダニアがあがいて、行動して、それを見た人たちが手を差し伸べてくれたからこそ、繋がったものなのだ。ダニアが頑張ったことは、間違っていない。ただ、それを他の人にも求めてはいけないのだと、ダニアは気づいた。
「そうね。私、随分生意気だった」
「それだけ、ダニアが頑張った証拠だよ」
フィルがダニアに言った。
「ダニアが頑張っている姿を見たから、俺はサルミスでダニアのことを監視するだけではなく、守ってあげなきゃって思うようになったんだ。ダニアがただ泣いているだけの子だったら、そんなふうには思わなかったよ」
「フィルさん」
「あのローズマリー、団長に世話を頼んであるんだ。アルテューマ騎士団に戻ったら、俺はサルミスに帰る。寒さが厳しい時期だから、新鮮な野菜をたくさん買っていこうと思っているよ」
「きっと、みんな喜びますね」
「サルミス騎士団には迷惑を掛けたから、これから今まで以上にサルミスで頑張らないといけないと思っているよ」
「そうですね」
みんながそれぞれのやり方で前に進もうとしているのだ。ダニアも前を向こう、ちょっと失敗したくらい何でもない、そう思えばいいと思えた。
ミラガの町で花束を買うと、故郷の町へ向かった。故郷の町は、がれきが山積みになったまま、誰も片付けることなく放置されていた。ダニアは荷馬車を降りた。
「ロン、俺ここで待っているから、行ってやりなよ」
「ああ、ありがとう」
ロンはダニアを追いかけていった。
ダニアはまず、トラヴァーさんの店があった所に行った。店のトレードマークだった黄色い壁の塗料がまとまっている小山を見つけると、花束を立てかけるように置いた。
「トラヴァーさん、お料理のこと教えてくださってありがとうございました。今はアルテューマ騎士団で働いています。いつかはトラヴァーさんの弟子だって大きな声で王都で叫んでやりますね」
崩れた建物の周りを見たが、何か思い出になるようなものは何もなかった。もしあったらなば、早々に盗賊などが持っていっただろうから、ないのは当然だ。
ダニアの自宅だった場所は、トラヴァーさんの店から歩いて二分ほどの所にあった。同じように花束を立てかけると、両親に呼びかけた。
「お父さん、お母さん、私は元気に頑張っているよ。料理人としてなんとか食べているよ。みんなが美味しいって言ってくれるのが、私はとってもうれしいの。もっとお父さんとお母さんと一緒にいたかったけれども……その分、頑張って長生きするよ」
「ローンヴァルドです。ダニアのことは俺に任せてください。必ず守ると約束します」
『フィーニスも頑張るよ!』
「ロン、フィーニス……」
「俺はダニアとそう遠くない内に結婚したいと思っています。直接お許しを願うことはできませんが、その時にはもう一度参ります」
「ロン……」
「駄目かな?」
「そんなことない。ロン、ありがとう」
ロンは馬車の方をチラリと見てからダニアを隠すように立つと、ダニアの唇に自分の唇を重ねた。そのままダニアをぎゅっと抱きしめてダニアを補充、と言っている。ダニアは顔だけかつては家だったがれきに向けて言った。
「お父さん、お母さん、私、すごく強い二人に守られているから、どんな事があっても守ってもらえるんだよ。すごいでしょ?でも、お父さんとお母さんも、私のこと、見守っていてね」
冬の風が通り抜けていく。夏のようだったノトスとは全く違う、冬の冷たい空気の中、ダニアはしばらくぼんやりしていた。ロンがそっと頬を撫でた。
「体が冷えてきているよ。戻ろうか」
こくん、と頷いたダニアと手を繋ぐ。
「時々、花を供えに来よう」
「うん。お父さん、お母さん、また来ます」
荷馬車に戻ると、フィルが魔術式を前に何か考え込んでいる。
「お待たせ」
「ああ、もういいのかい?」
「ええ、ありがとう」
アルテューマまではあと三日の旅路だ。荷馬車をUターンさせて、アルテューマへ向かう街道に戻る。荷馬車の後ろから、かつて町だったがれきの山を振り返る。
「雪……」
「珍しいな。風花かな」
「いや、大きいからこれはみぞれに近い。寒くなれば雪が積もるかもしれないな。早めに宿に向かおうか」
風花の向こうに、がれきの山が見えなくなっていった。
読んでくださってありがとうございました。
三部に入る前に、少しお時間をいただきます。
再開時には活動報告でお知らせします。
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