2-19
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次回は第二部の最終話。本日18時に更新します。
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二日後、ダニアたちはタマリンドの木に囲まれた街を離れた。港まではザカリーとギーが馬車を出して見送りに来てくれた。
「せっかく招待してくださったのに、ごめんなさい」
ただ謝るばかりのダニアに、ザカリーは首を横に振った。
「いえ、こちらこそ、辛い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。ですが、どうか今まで通り、仲良くしていただければと思います」
「それは……もちろんです。当然です。ザカリーさんに会えなくなるのは嫌です」
「ダニアさん……」
ボルシュ商会の会長からは、謝罪の品として大量の食料品を持たされた。
「文化の違いを甘く見ていた私たちの落ち度です。これまでクラウデンの方が来ても男性でしたから、女性がどう感じるかということへの想像が足りませんでした。いい勉強をさせてもらいましたから、その授業料とでも思ってください」
押し切られてしまった。
「こういう時は遠慮なくいただいて、この後の繋がりを切らないようにした方がいい。向こうもこれで一区切り付けられるから」
「はい……」
ダニアは行きの船とは違うクルーが乗船している船に乗り込んだ。手を振るザカリーとギーの姿が見えなくなるまで、ダニアたちは甲板に立ち続けた。
「私、文化への適応力はあるほうだと思っていたけれど、そんなことなかった。スコルの食材にとても興味があって、行ってみたいと思っていたけれども、もうそんなことは思わない。食材業者を通せば高くなるのは分かっているけれども、こういったトラブルが防げるのならその値段を出す価値はあるということなのね。私も勉強させてもらったわ」
おそらく、デュシスの港に着いてノトス人の姿を見なくなれば、ダニアのストレスは軽減され、症状は緩和するはずだ。
「俺たちだって、よく知らない女たちにベタベタ触られて鳥肌が立っていたんだ。ダニアが知らない男たちに触れられたらいやだって言うのは、何にも変なことじゃないさ」
「そうかな」
「ああ、そうだ。だから、忘れてしまえ。ノトスの食材や料理、それに親切にしてくれた人たちのことだけを覚えておけばいいさ」
「そうするね。早くアルテューマに戻ってカレーを作らないと、アレクサンダー団長がしびれを切らしているかもしれないものね」
「ああ、そうだな。ルンダンも作るのか?」
「もう少し研究するわ。レモングラスに抵抗がある人もいそうだし、ココナツミルクが苦手な人もいるだろうから、ルンダン風の煮込みができればいいかなって思っている」
「そうだな。アルテューマ騎士団バージョンがあったっていいんだ。料理長も自由でいいって言っていたんだから」
「うん」
ノトスの大地が水平線の向こうに消えた。海鳥の中に紛れて、フィーニスがロンの所に戻ってきた。
『嫌なこと、あった?』
「まあな。だが、これは異文化交流の中で誰にでも、どこの文化とでも起きることだ。だから、フィーニスが怒ることじゃない。人によって許容できることとできないことの境界線は違うだろう?」
「今回は、フィーニスが離れていてくれて助かったわ。フィーニスが怒って何をしでかすか分からないもの」
「ああ、俺もそう思う」
『なんか僕、悪者みたいなんだけど』
「違うわ。フィーニスが私たちのことを心配してくれるからこそ、おもわず手が出てしまったら大変なことになってしまうから、そうならなくてよかったってことよ」
『ふうん』
納得はしていない様子だが、ロンとダニアがそれでよいのならフィーニスも構わないことにしてくれたようだ。
一晩船で夜を明かし、デュシスの港に着いた。荷物が多いので、国境の宿駅で返せばよい荷馬車を借りると、ロンとフィルが交代で御者を務める。ダニアは小さくなっているフィーニスを抱きかかえて、荷馬車の隅で寝たり起きたりを繰り返している。
『腕、痛くないの?』
包帯が巻かれたダニアの腕を、フィーニスはしきりに気にしている。
「大丈夫。ちょっとパニックになっちゃっただけなの。アルテューマに戻れば大丈夫」
『本当に?』
「……多分」
『無理しちゃ駄目だよ。こういうのはね、大丈夫だと思った頃にまたぶり返すから』
「そうね」
言われてみれば、崩壊したメティからアルテューマに戻り、日常に帰ったのだと思ったときほど、黒い服を着た人にハティの黒いローブを思い出して心臓がドキドキしたことがあった。夜も何度か、声が出せなくなる夢を見て目が覚めたことがあった。今も残る頬の傷に、あの事件は現実にあり、多くの人が巻きこまれて命を落としたのだということに怯えて、眠れなくなることもあった。
『大丈夫。人間は忘れることができる。時間はかかるけれど、きっと薄ぼんやりした記憶しか残らなくなるよ』
「はやく、そうなるといいな」
『うん』
ロンは手綱を握ったまま、そっと聞き耳を立てていた。同じように耳を欹てていたフィルがロンを見た。
「お前まで拒否されなくて良かったな」
「それだけは言える。あの時俺までダニアに拒否されたら、暴れたかもしれない」
「ダニアはそれだけお前のことは信じているんだな」
「そうだといいが」
「自信持てよ。お前とダニアとフィーニスの中に頭を突っ込める奴がいたら、そいつはただの阿呆だ」
「ふ、なんだそれ」
「お前たちは偶然であって、ただ好きだとか、愛情だとかいうもので繋がっているようには見えないんだ。そういうものではない何らかの絆があって、その絆に引き寄せられて出会ったように思えてならない。根拠があるわけじゃない、なんて言うの、魂の片割れとかさ、ソウルメイトとかさ、なんかそういう感じ」
「そう、見えるのか」
「ああ、そうだな。それを、神が認めているというか、誘導しているというか、そんなふうに感じることがある。不思議なもんだよ。
あの子に手が届かなくても、振り向いてもらえなくても、ニコッと笑って『どうぞ』って出してくるあの子のご飯を食べると、それも仕方がないと思ってしまう。
あの子は自分が作ったものをおいしく食べてくれればそれでいいんだって分かっているんだが、あの笑顔を見てしまうとな……。
それはきっと俺だけじゃない、ザカリーも同じだ。物理的に距離を取らないと、どうしても諦めきれなくなってしまう。全く、俺の胃袋がっつり掴んでくれてさ……一種の、魔性の女かもしれないぜ」
「魔性の女か。一般的なイメージとは随分かけ離れた魔性の女だな」
「そうだな」
「でも、心配するな。俺たちは支え合っているから」
「全く羨ましい奴め。お前に魔術式をこれ以上教えたくなくなる」
「おい、ダニアを守るためなんだから、出し惜しみするなよ」
「していないよ。ザカリーの家の扉を蹴破った時のあの増幅、すごかったな」
「ああ、お前が研究したものは全部教えてくれよ。お前の魔力じゃ展開できないものでも、俺なら展開できるだろうから」
「うわっ、悔しい!」
フィルが空を仰いだ。
「俺からは、お前は全部持っている奴に見える。でも、それと引き換えに、その分の苦しみも味わっている。なんだ、幸せも大きい分、不幸も大きいって、そういう感じなのかな。それって、疲れるだろうな」
「ああ。この瞳も、ハティの血も、そんなものを持たないただの人だったら、もっと小さな幸せの中で生きてくられたはずだと思うよ。
ダニアにしたって、あの街が地震で壊滅状態にならなければ、狭い世界で料理を作り続けて、顔見知りという閉じたコミュニティの中で人生を終えたはずだ。あの地震は、ダニアにとっては大きな苦しみになった。その分、大きな幸せをつかめるといいんだが」
「お前がつかませるんだろう?」
「ダニアがつかむ幸せは、いわゆる女の幸せって奴だけじゃない。ダニアの料理の才能は、クラウデンの料理界に一石を投じている。レシピはどんどん売れていて、自分一人で一生生きていけるだけの財産をもう持っているはずだ。だから、男に養ってもらおうなんて思っていないはずだ。自分の努力が成果となって帰ってくる。笑顔になって帰ってくる。それがダニアの一番の幸せだから、俺はダニアが料理を作ることを止めない」
「きーっ、格好いいこと言いやがる」
フィルはロンの肩をポンポンと叩いた。
「あんまり気負いすぎるなよ」
「ああ、大丈夫だ。やり過ぎるとダニアに怒られるから」
「そうか」
フィルが仰いだ空は、オレンジ色を帯び始めている。
「ちょっと急ぐから揺れるぞ」
「はーい」
荷馬車の後ろの方から、眠たげなダニアの返事が聞こえた。
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