2-14
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翌日の昼食の手伝いをするために客船の厨房に入ったダニアは、思いがけないものを見つけて固まった。
「板海苔がある……」
「あ?ああ、それ、海苔な。試食でスコルの食材業者からもらったんだが、どうやって食べたらいいか分からなくてな。封も切っていないよ」
船の料理長は、透明なケースに入れられて密封された板海苔を、ケースごとダニアに手渡した。
透明なケースは、この世界で初めて見た。スコルはハティの兄弟国だったそうだから、魔力持ちの魔術師がたくさんいるとフィルから聞いた。きっと魔力を使った道具の開発も進んでいるのだろう。そして、それに対抗するために、クラウデン王家は王都の魔術士と玲を使って新しい道具の開発を進めているのだとダニアは理解した。
「米は、どんなものがありますか?」
「ムチェレと、スコルの米と、二種類あるぞ」
「スコルのお米?」
あっと思った。そう言えば、王都の魔術師の棟で炊いた米は、前世で言うジャポニカ種寄りのものだった。ムチェレは前世のインディカ種寄りなので、味付けしたパエーリャやカレーによく合う。一方のジャポニカ種は、粘り気と甘みが強いので、単体で食べるのに適している……もちろん「ごはんのおとも」があれば最高だ。
「スコルのお米って、もしかして寸胴で甘めの、もちもちタイプですか?」
「ああ、よく知っているな。クラウデンでは全部『ムチェレ』と呼んでいるようだが、ノトスやスコルでは区別しているんだ」
「スコルのお米と海苔で行きましょう」
「何を作るつもりだ?」
「できてからのお楽しみですよ」
ダニアは少しだけ考えた。そして、敢えてシンプルに行くことにした。
スコルの米を手に取った。あの冷や奴事件の日、玲も、醤油などをスコルから取り寄せたと言っていたことを思い出す。
もしかしたら、スコルには日本の食材に近いものがたくさんあるのかもしれない。
そう思うと、ノトスの次にスコルに行ってみたいという欲望がむくむくと湧き上がる。
「さて、始めますか」
スコルの米を研いで大鍋に入れ、水を浸す。浸水中に湯を沸かし、厨房にあった鰹節を削って出汁を濃いめに取る。出汁に醤油と砂糖を入れて冷ます。本当はみりんがほしい。大鍋を火に掛けてご飯を炊き始めると、卵を黄身と白身に分け、黄身を割りほぐしてから冷ましておいた出汁を入れて、さらに割りほぐす。白身の方もしっかりほぐす。なんならメレンゲ状にしてもいいのだが、今日はやめておく。
四角いフライパンがあれば代用できるかと思ったが、普通のフライパンしかない。ダニアは業務用にしては小さめのフライパンを熱して一度湿った布巾の上で熱を取り、再び火に掛けて黄身の液を薄めに流し入れた。手前から器用に畳んでいく様子に、船の料理長がほう、と一声あげた。どうしてもサイズが合わない部分があるが、それは仕方がない。奥から手前に畳んだ卵を引き寄せると、次いで白身だけの液を入れる。同様に畳んでいけば、黄色い卵の周りを白い卵の層でくるんだ形になる。畳んだらまた手前に引き戻して、黄色い卵液を注ぎ……。
「卵だけで二色巻か」
「はい。だしをたっぷり含んでいるので、だし巻き卵ですね」
温かいだし巻き卵も美味しいが、醒めても美味しいのがいいところだ。味としてはお弁当にもってこいだが、水分が多いために夏場は傷みやすく、お弁当には向かない料理の一つでもある。
ご飯が炊き上がったようだ。火を止め、蒸らしている間に、海苔を直火で炙る。これだけでもいい香りがして、料理長が空中の海苔の香りを全て吸い込む勢いで呼吸している。もしかしたら、ちょっと変な人かもしれない。
皿や調理道具を見回して、フィンガーボウルを二つ手に取った。フィンガーボウルの内側を水で湿らせ、少量の塩を撒く。炊きたての米を二つのフィンガーボウルそれぞれに入れると、ダニアは片方のフィンガーボウルをもう一つのフィンガーボウルと向かい合わせにして米を閉じ込めた。
「は?」
料理長が度肝を抜かれたように見つめる中、ダニアは上下、左右、手前奥にそれぞれ五回くらい振ると、片方のフィンガーボウルを開けた。
「まあ、こんなものかしらね」
そこには、歪な球体状の米があった。ダニアはそれを細長く切った板海苔に挟み込んだ。
「試食です。だし巻き卵と一緒にどうぞ」
「これは?」
「一種のおにぎりです」
「おにぎり」
「本来は手で三角形にするんですが、衛生上の問題もあるので今日はフィンガーボウルで形を作りました。あんまり振りすぎると、米の形が潰れて別の料理になりますから、気をつけてくださいね」
口にいれた途端、海苔がパリッと音を立てた。米の表面に塩味が付き、これだけでもおいしい。そこに、カットしただし巻き卵が添えられている。一口含むと、出汁のうまみがじゅわっと染み出てくる。
米に合う。合いすぎる。
船の料理長は、次のおにぎりを作ろうとしているダニアの手元を見て怪訝な顔をした。
「あ、先ほどの、出汁を取った鰹節に、醤油を加えたものです」
本当はわさびも少しだけ加えたい。
出汁ガラの鰹節と醤油を少しつまんで米の上に置くと、またフィンガーボウル同志を向かい合わせにして振り、おにぎりにする。
「こちらも試食を」
おにぎりの具を考えるだけでも楽しいものだが、できるだけゴミにせず食べられる物を有効利用したいダニアは、今日は「おかかおにぎり風」を作ったのだ。
「こういった具材は、本当に何でもいいのか?」
「ええ、何でもいいんです。あまり水っぽいものはお勧めできませんし、直ぐ食べる場合のみ生のものを入れられます。
ダニアの口の中で、ネギトロを求める暴動が起きようとしている。だが、ダニアがネギトロに出会うまでの道のりは、まだまだ遠そうだ。
ノトスの港は、多くの人で賑わっていた。デュシスの港はもう少し落ち着いていたように思えたが、ダニアはその理由に思い当たらない。
「文化の違いなのかな」
ダニアのつぶやきに、ザカリーが反応した。
「どうかしました?」
「ここの港、随分賑わっているように思えるんです」
「ああ、そうですね。それで文化の違い、と」
「はい」
ザカリーは愛しい者を見るような目で周囲を見やった。
「ノトスは開放的な国です。言いたいことをいい、食べたい物を食べ、やりたいことをやる。悪く言えば嫌なことはしない、我慢しない、わがままな国だとも言えますね」
「嫌なこと、我慢はしない……」
「ええ。私は仕事上いろんな国に行きますし、商売の上ではどうしても我慢や言えないことも出てきます。自分の本心を美味く隠せなければ、ノトス国内の仕事しかさせてもらえません。私の叔父など、ノトスでの商売では売り上げナンバーワンの商人ですが、腹芸ができませんので外国での商売を禁じられているほどです」
「適材適所、なんですね」
「ある程度人数がいる商会だからできることではありますが、おかげで私がノトスにあまりいなくても、父に小言を言われるくらいで済んでいます」
「ザカリーさん……」
「それに私は、一生ダニアさんに質の良い香辛料をお届けすると約束しましたからね。命の恩人に対する感謝の気持ちとして、当たり前のことをしていると父も認めてくれています」
ザカリーはにこりとした。
「そうだ、開放的なので、見知らぬ異性がこんなふうに手に触れてくることも『普通のこと』なので、慣れてくださいね。ロン様も、ですよ」
ダニアの手をそっと握っているザカリーに目くじらを立てたロンだが、ザカリーの次の言葉に思わずうめき声を上げることになる。
「まさかお気づきでないとは思いませんが、女性から男性に触れてくることだって『普通のこと』ですからね。ロン様も大変なことになると思いますよ」
人と人の距離感は、個人でも異なるが文化の違いは相当に大きい。前世でも「ラテンの血」なんていう言い方があったが、ラテン語系の文化を持つ国の人々はパーソナルスペースが狭くて、どんどん距離を詰めてくる。一方で、親しくなるまでに時間がかかる文化もある。前世の日本やベトナムなどが、自分の心の内をさらけ出すことに抵抗感がある人が多い文化圏だったとダニアは思う。
「そういう所も含めて、ノトスを楽しんでください」
ザカリーがぎゅっとダニアの手を握った。
「クラウデンでは、クラウデンのやり方を尊重しますが、ノトスではノトスのやり方でいきますからね?」
別の意味で前途多難な気がする、とダニアは空を見上げた。アルテューマよりも強い日差しが降り注ぐ、初冬とは思えない南国ノトスの日々の始まりだ。
読んでくださってありがとうございました。
や、やっとノトスに到着しました・・・
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