2-13
読みに来てくださってありがとうございます。
いいね、評価、ブックマーク、そして誤字報告もありがとうございます。
ちょっと体裁を変えてみました。詰まっているのと間を空けたのと、どちらが読みやすいでしょう?
間を空けるとブツブツと切れる感じがして、詰めて書いていたのですが・・・。
よろしくお願いいたします。
部屋に戻ると、フィルとロンが結界の作り方、考え方を話し合い始めた。
「よく考えたんだ。ロンが『反射』を厚くすることで結果的に結界を作っただろう?俺の『温度変化』も、もしかしたらと思うんだ」
「どうするんだ?」
「完全な結界と言うよりも、それこそロンの『反射』みたいなものだ。冷気で氷の障壁、高熱で炎の障壁を作る。氷の障壁に触れたら凍らせることができそうだろう?高熱の炎の障壁だったら通過しようとする物を消し炭にできるんじゃないかと思うんだ」
「厚くしないと、大きい物なら通過してしまう部分が出てくるんじゃないのか?」
「氷と炎の分厚い二重障壁ができるだけの魔力があったら、結構いい線いけたかな?」
「フィルは術式の方の研究もしているだろう?それで補えるようなやり方を考えたらどうだ?」
「その手があったか。で、ロンの『反射』から作る結界は、どのくらいの厚みのものが作れるようになったんだ?」
「全身を球形に包もうとすると、まだ3センチくらいだ。もう少し厚くしたいと思っている。俺に使えそうな術式があったら教えてほしい」
「分かった。さっきギーが、ノトスの呪い師について教えてくれるって言っていたから、ちょっと行ってくる」
「呪い師?」
「ノトスじゃ魔術師のことを呪い師っていうんだと。どうやら魔力なしで術式を使うタイプらしいから、参考になるんじゃないかと思うんだ」
「そうか。途中で迷子になるなよ」
「大丈夫、転移魔術式を持ったから、最悪飛べばいい。入り口に置いていくから、捨てないでくれよ」
「ゴミ箱に転移したら困るか」
「おい、頼むよ」
ロンとフィルの軽い会話が心地よい。平和だ、とダニアは思う。フィルがなにやらガサガサバッグの中を探しているのを横目に、ダニアはバルコニーに出た。ルーフバルコニーではないが、テーブルと椅子も置かれている。柵にもたれかかって夜空を見上げたダニアは、星の位置が随分変わっているのに気づいた。
故郷の町から王都、アルテューマに移動した時はそれほど感じなかったが、北のサルミスにいた時は北極星に当たる北の一番星の位置が少し高くなったように感じた。今は、北の一番星の緯度が随分低くなっている。その代わり、南の空にあった星座の緯度が上がり、見たことのない星がその南に散らばっている。この世界は、地球と同じ宇宙にある別の恒星系、別の銀河の中の星なのだろうか。それとも、宇宙そのものも違うのだろうか。玲は転移した。ダニアは転生だ。宇宙空間を移動するためには、どんな力が働いているのだろうか。
「赤い涙」と呼ばれる星が輝いている。炎龍座の右目が赤の一等星で、炎龍座はこの世界で学校に行かなかったダニアでも知っている数少ない星座の一つだ。ノトスまで行かないと、一番下(南)にある龍の尾の星までは見えないと両親が教えてくれたが、その黄色い龍の尾の星が、遮る物のない海上の空できれいに見えていた。
「何を見ているんだい?」
フィルがバルコニーに出てきた。
「龍の尾の星。ここまで来ると見えるんだと思って」
「龍の尾の星か。確かにアルテューマでは見えない星だ」
「ロンは星座をたくさん覚えたの?」
「いくつか目印になるような星だけだがな。夜間に遭難した場合に方向を間違えないように、北の一番星と、それぞれの季節に夜中の12時頃に南中する明るい星は覚えた。炎龍座の『赤い涙』も覚えたよ」
「例えば?」
「春なら虎座の、虎の右足の青白い星を目印にする。夏なら鷹座の嘴の先にある白い星が目印だ」
「騎士団ではいろんなことを覚えるのね」
「使わないことが一番いいが、いざというときに役に立つ。生き延びるための知識だよ」
そうだった。この人は騎士団に所属する人であり、クラウデンの国から騎士になることを強制された「金の瞳持ち」だ。自分の命を危険にさらしてその他多数の民や貴族や王族を守ってきたのだ。
2人の間に沈黙が降りる。ただ、静かな波が船にそっとぶつかって砕ける音が聞こえるだけだ。
ロンが何か言おうとして、やめた。2人の間にある15センチの隙間を、海の風が吹き抜けていく。なぜかその15センチがとてつもなく遠い距離のように感じて、ダニアは俯いて海面を見下ろした。夜の海は黒く、水が粘りを持つもののように重く見える。この中に吸い込まれたら生きては出られないだろうと本能が教えてくれる。深い深い闇が、海のもう一つの顔だと思い知らされる。
「王都で、俺とフィーニスは王を恫喝してなんとかダニアの自由をもぎ取った。だが、これでまた王は俺に一つ貸しを作ったと思っているかもしれない」
王を恫喝とは……命に関わるし、騎士の資格だって取り上げられかねない危険な行動だ。
「王はダニアを何としてでも自分の手元に置こうとした。玲という女も、王が召喚したわけではない。偶然転がり込んできた。玲のアイディアで新しい道具の開発が進み、貴族や外国に売って、その利益で贅沢三昧だ。それに、転移者という珍しい存在を保護しているということで他の国から一目置かれているらしい」
ロンが続ける。
「その次に、同じ世界から転生したと思われるダニアが見つかった。転移者と転生者、その両方を保護している、そういう特別な者が現れる国だ……そうやって他国にクラウデンの王家が優れていることをアピールするために、ダニアを玲と一緒にコレクションにしようとしていたんだ」
「コレクション?私、人間よ?」
「ダニアの言うとおり、ダニアも玲も人間だ。だが、あの男にはそれが理解できない。クラウデンに存在するものは、全て自分の所有物だと思っている。ダニアたちの存在が自分にメリットがあると思えば、ダニアたちを大切にするだろう。だが、メリットがないと思えば簡単に切り捨てるような人たちだ。
もしあの男が、ダニアが料理人で他の料理人よりおいしいものを作ると知れば、あの男はダニアに料理させるようになるだろう。だが、王家や貴族家では毒殺や食中毒に対する警戒が強い。少し変な味がする、その一言で料理人は毒殺を企てたとされ、処刑されてしまう。切り捨てるために罪を捏造することだって平気な人間だ。俺はダニアをそんな目に遭わせたくない。だから、無理をしてでもダニアの行動の自由を確保したかった」
貴族社会が恐ろしいところだというのはよく聞く話だ。平民が貴族の気まぐれで死ぬことがあるのも知っていた。だが、それが現実に自分に関わりのある話だと言うことになるのとは別のことだ。
「私はみんなに少しでも美味しい物を食べてほしい、それだけなのに」
「それを知っているから、絶対にダニアを取り上げられないように頑張ったんだよ」
「ありがとう、ロン」
「ん」
それから後は、あまり意味のないような下らないことを話しているうちに、2人はいつしか黙ったまま夜空を見上げていた。ロンが守ってくれることをダニアは疑ってはいない。だが、どうしても、どうしようもないほどに、所詮は他人だという醒めた視点がダニアの中にはあった。他人は他人。どんなに大切に思い合っていても、自分が一番大切なのだ。身代わりになって死ぬなんて、それは物語の中の話に過ぎない。身代わりどころか、自分の罪すら人に負わせて自分は逃げようとする人の方が多いではないか。
そんなことを言ったら、きっとそれはダニアが人を真剣に愛していないからなのだろうと言われるに違いない。だが、それは違うとダニアは思う。どれほど相手を思い、相手を愛していても、自分が死んだら残された者は結局他人の手を取らなければならないことになる。そうでなければ、死ぬまで一人でいろ、何十年も自分のことを思い続けることしか許さない、ということになる。そんなことを他人に強制するのは、傲慢でしかない。
これまでダニアが誰とも交際せずにいた理由の一つ目は料理であることに間違いはない。だが二つ目は、ダニアでさえ掴み切れていないこと……対人関係だけはスパッと竹を割ったような性格をしていることもあるのかもしれない。自分が気づかぬ内に引いてしまっているその一線に気づいた周りの男たちは、ダニアにそれ以上近づかなかった。トラヴァーさんは料理を教えて欲しかったから、ダニア自らその線を飛び越えた。アルテューマ騎士団の面々も、ここを居場所にしたいと思ったダニアの意識がその線を越えさせた。
そうか、とダニアは気づいた。今までダニアは料理以上に「欲しい」と思ったものがなかったのだ。それと同時に、料理しか取り柄がない今の自分から料理がなくなったら幻滅されるのではないかという不安が気づかぬ内に心の中に巣くい、料理以外の人間関係から一歩引いて自分を守ろうとしていたのだ。
どうしても手放したくないと思えるものをどうして初めから手放せるように準備しているのかと、ダニアは自分で自分がおかしくなった。ふふっと笑ったダニアにロンがどうした、と声を掛けた。
「私、ちょっとだけ自分のことが分かったみたい。馬鹿だなって、そう思って」
ダニアは再び海面を見下ろした。暗い底なしの海水に感じていた粘つきが取れたように思えるのは、見る者の心理状態が変化したからだろう。その暗い海と空の際に、満月が姿を現し始めた。海面に映る月は次第にその姿を長くし、まるでダニアたちの船に手を伸ばしているようにさえ感じられる。
「何だか月に手が届きそうだな」
「おんなじことを考えていたわ」
「そうか。同じことを」
ロンがふっと息を吐いた。
「同じものを見て、同じように思えるって、いいな。一人じゃないって感じがする」
「そうね」
月の中に、黒い点が見えた。やがてその小さな点は黒い大きなドラゴンの姿になった。船に近づくとふっとその姿が消え、小さなドラゴンがバルコニーに下り立った。
「ファフニールに翼があるなんて、誰も思っていなかったよな」
『僕は特別なファフニールだからね。他のファフニールは、黒いオオトカゲだよ。でも』
姿を小さくしたフィーニスが、ロンの肩に載った。
『封印が解けてから、仲間のファフニールの気配を感じない。もう、僕の他には誰もいないのかもしれない』
悲しげなフィーニスの声に、ダニアがフィーニスを撫でながら言った。
「フィーニスは一人じゃないわ。私も、ロンもいる」
フィーニスはうれしいのだろう、猫が喉を鳴らすようにダニアに体をすり寄せてゴロゴロと言っている。
「三人なら、どこへでも行けるし、どこででも生きていける。ロンとフィーニスは強いし、私が食べ物を探して料理すればいい。三人でいようね」
ロンの目に何か光るものが浮かんだように見えた次の瞬間、バルコニーの手すりにつかまっていたダニアは後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「一人じゃないって……本当に、うれしいな」
「そうね」
『うん』
三人は満月が空高く登る頃まで、バルコニーで将来の夢を話し続けた。途中でフィルが部屋に戻ってきてそっと扉を開けたが、そのまま扉を締めた。フィルが戻らないことを心配したロンが扉を開けて、扉の前に立っているフィルを見つけた。
「ロンに教えられる限りを教えたら、できるだけ早くサルミスに戻ろうと思う」
ロンは何も言わずにフィルを部屋に入れた。フィーニスとダニアがじゃれ合っている。
「いいのか?」
「俺が入り込む余地はないから」
「そうか」
ノトスの北の港へ向かう船は、静かに進み続けた。
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