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前回から今回の間に連載中注目度ランキングで3位になりました。PVも16万を超えました。感謝致します。
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「間もなく港です」
ギーの言葉に、ダニアは荷馬車から顔を出した。ダニアはノトスとクラウデンは陸続きだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「クラウデンから西のデュシスを通れば陸続きで行けますが、通過するのに1ヶ月ほどかかりますからね。クラウデンは海に面していないので、一瞬だけデュシスに入ってデュシスの港からノトスの最北端の港へ航路を使うんです。連絡船なら二日で到着します。荷馬車ごと船に乗せられますし、馬の世話もできるようになっているので、船の方が安上がりなんですよ」
ダニアはどうしてノトスとクラウデンでこれほどまでに料理が違うのか、その理由がよく分からなかった。ダニアが見た地図では、クラウデンとノトスの間には大河があるような描き方をしていたが、そもそもの地図が間違いだったのだ。クラウデンとノトスの間に僅かにデュシスの領地があり、クラウデンは海がない国となった。地図で大河に見えたものは海だったのだ。きっと海を知らないクラウデンの人間が、伝聞で描いたものだったのだろう。正確な地図がまだこの世界にないと気づき、ダニアはその必要性を強く感じた。
それと同時に船旅の方が早いという話を聞いて、きっとスペインからモロッコに行くのに、陸路だけで(川は陸路の一部と考えて)進んだら時間も移動距離も大変な行程となるが、船旅なら目と鼻の先だというのと同じだろうと理解した。
「デュシスとは言っても、この地域はクラウデンの文化圏なんですよね。だから、食材の違いはせいぜい海産物が多いくらいで、あとは基本的にはクラウデン式ですよ」
「海産物?何があるんでしょうか?」
「魚はいろいろあるな。赤いのも白いのも、それからタコやイカ、貝も色々あるよ」
「海藻はないんですか?」
「海藻?そんなもの食べるの?」
ダニアは咳払いを一つすると、ギーの耳元にささやいた。
「頭髪に関する効果があるとかないとか」
ギーの目が光った。
「効果の正確性については、私の知る限りでは完全に検証されていたわけではありませんでしたから、保証はしかねます。あとは、腸をきれいにする効果があり、ダイエットにもよいと」
「詳しく、詳しく教えてください!」
「ギー、何を騒いでいるんですか?」
「坊ちゃん、海藻の効果について、ダニア先生からご教授いただいておりました!」
「ダニアさん、ギーは新しい商売に興味を持ちすぎる傾向にあります。ギーの知らないものについては、ギーに話さない方がいいと思いますよ」
「ごめんなさい」
消え入りそうな声で謝るダニアに、ザカリーは落ち込まないで、と言った。
「ダニアさんが、前世の記憶を教えてくれる。私たちにとってはとてもありがたいことです。あなたはそれを一人のものにして、それで儲けることだってできたはず。それなのにあなたはそれを惜しげもなく私たちに教えてくれるんです。ありがたく思いこそすれ、あなたを責めるつもりは毛頭ありませんよ」
「ザカリーさんは、いつも優しい」
「坊ちゃん、僕にも優しくしてください」
「ギーはうちの従業員だから駄目」
「わー、ケチ!」
「玲様のような言い方はおやめなさい。品がありませんよ」
「へいへい」
ギーが手をひらひらさせて離れていった。
「悪い奴ではないんですが、遠慮がなくて……ダニアさんに不快な思いをさせていないか心配です」
「まったく問題ありませんよ。今まで私の周りにはいなかったタイプの人ですが、アルテューマの騎士の中にもあんな感じの人がいますから」
「まあ、暗い気持ちになった時には、ああいうタイプの人が1人いると、明るくなりますね」
ザカリーがギーを見る目は、どこまでも優しい。
「弟みたいな感じ、ですか?」
「弟?」
「ギーさんのこと、弟みたいに思っているのかしらって、お2人を見ていて思ったんです」
「……そうかもしれませんね。私には年の離れた弟と妹がいますが、彼らに対するものとは違う形で、大切な、家族のような存在です」
船に乗るための列に並んでいた馬車が、少しずつ前に移動していく。前世のカーフェリーの馬車バージョンに、馬がよく言うことを聞くものだとダニアは感動していた。騎士と馬の関係を知るようになったのは、ダニアがアルテューマ騎士団に来てからだ。騎士は厩舎の担当者がいても自分の馬の世話をし、話をする。馬はその話をよく聞いているように見える。信頼関係なんだよ、と教えてくれたのは、軍馬に曲芸までさせられるほど馬と仲がいい騎士だった。
ダニアたちが乗る荷馬車の順番が来た。ダニアの予想よりも大きなその船は、まるで豪華客船のように見える。ザカリーがチケットを見せると、人数と馬の数、荷物が入った箱があるのを確認して何か書き込んだ。
「ボルシュ商会さん、いつもありがとうございます」
真っ黒に日焼けした男が笑うと、白い歯が強調される。騎士とはまた違った、筋肉の塊のような男たちが、あちこちで大声で何かいいながら作業している。
「今日も頼みますね」
「天候の方も問題ないということです。快適な船旅を」
チケットを返してもらったザカリーは、大事そうにそのチケットの冊子をしまった。興味深そうにダニアが見ているのに気づいたのだろう、ザカリーはそのチケットを見せてくれた。
「これは、この船に乗るためのチケットです。私たちのように頻繁に乗船する商人は、事前にこの冊子式のチケットを買っておきます。1人分の乗船料はこのチケットで支払い済みになっていて、乗船毎に追加で乗った人数や馬・馬車の数などを確認してもらい、後日商会に請求書が回ってくるんです」
「でも、チケットは今、ザカリーさんの手元にあるんですよね?」
「3枚複写式になっていて、1枚を乗船時に、2枚目を下船時に渡すんです。船会社は2枚のチケットの両方が揃わないと請求できません。そして、請求したものは手元にある3枚目で確認し、問題がなければ商会から支払う、という形ですね。通し番号もついているので、不正はできないように考えられています」
「へえ、そうなんですね」
ダニアは高校生で前世を終わっているのでよく知らないが、高校の文化祭の飾り付け用のリボンや折り紙などを買う時、会計係が立て替え払いの場合は必ず領収書をもらって来い、なければクラス会計から払えないと厳しく言っていた。近所のおばあちゃんがやっているようなお店で折り紙を買って、領収書をくださいと言った時、複写式の領収書をくれたような記憶がある。魔術師に前世の記憶を覗かれてから、ダニアが思い出せる過去のエピソードが増えた。自分の名前や、どこに住んでいたか、そんな固有名詞のようなものは全く思い出せない。蓋を引き剥がされた記憶たちとうまく付き合いながら、ダニアとして今世を生きるしかないとダニアは楽観的に考えている。
荷馬車から降りると、貴重品と着替えを持って荷馬車を降りた。馬たちはこのままここで世話をされるのだという。ザカリーたちについて行くと、ホテルの受付のようなところがあり、先ほどのチケットをザカリーが見せる。
「ボルシュ商会様。本日は1人1部屋のご用意ができないのですが……」
「何部屋なら取れますか?」
「ええと……」
スタッフが提示した部屋数は、思ったより少なかったらしい。
「ロン様とフィルさんには、私とギーと同じ部屋になってもらうしかないですね」
「四人部屋なら空いているのか?我々はザカリーたちと一緒でも、護衛たちと一緒でもどちらでも構わない。騎士団では6人部屋という所もあるからな」
「問題が一つだけあるんです」
「何だ?」
「ダニアさん用に1部屋取れるのですが、我々の部屋から大分遠い部屋になりそうなのです。ダニアさんの安全を考えると、どうしたものか、と」
「ダニアの部屋は1人部屋なのか?」
「いえ、最大3人まで入れます。そうですよね?」
ザカリーがスタッフに確認すると、スタッフは頷いた。
「婚前の男女が同室で泊まるのは問題がないわけではないが、俺とフィルとで護衛を兼ねてダニアの部屋に入ろう。ダニア、それでいいか?」
「1人よりはその方が私も安心です」
ザカリーは少しだけ寂しそうな顔をしたが、それなら自分たちの部屋と交換しようと言った。
「1人部屋に3人より、4人部屋に3人の方が息苦しくないでしょう」
「それでは、われわれが坊ちゃんをお守りできません!」
護衛たちが色めき立った。
「我々が1人部屋に行く。それで、お互いに護衛対象を守れる。狭いのは問題ない。ダニアを1人にする方が不用心だ」
ロンの言葉で全ての話がまとまった。ボルシュ商会グループとアルテューマ騎士団グループに別れて、船内を案内される。こちらです、と言って鍵を開けると、客室案内係のスタッフは戻っていった。
「1人部屋と言ったが、優雅な1人旅用の部屋だな。普通の宿の4人部屋がゆうに入る広さじゃないか」
「バルコニー付きだ!高いだろうな。ダニア1人にしなくて良かったよ、バルコニーは滞在する人には素敵な設備だが、防犯上は問題があるから」
ダニアは荷物を下ろすと、フィルが教えてくれたバルコニーに出た。荷馬車の中で感じていた生臭い匂いは、海の匂いだったのだ。息を深く吸い込むと、海の匂いで肺が満たされる。前世のダニアが住んでいた辺りには海があったような気がする。歩いて行けるような所ではなかったが、台風の時などは海鳴りの音が聞こえて、その轟きに怯えてなかなか寝付けなかったことがあったようだ。海の匂いに郷愁は感じないが、海鳴りの音への恐怖を思い出してしまったようだ。
「どうした?気分が悪いか?」
もう船酔いか、とフィルも言っている。
「ううん、何でもない」
とにかく今は夕食のことを考えよう。夜になったら闇に紛れてフィーニスが来てくれることになっているから、きっと大丈夫。ダニアはノートのレシピにチェックを入れたり、新しい料理を書いたりして、不安な気持ちを落ち着かせた。
船の夕食は、驚いたことにアラカルトでもコースでもなかった。
「お好きなものを、お好きなだけどうぞ」
スタッフの言葉にを聞いたロンとフィルは、初めてのスタイルに興味津々だ。
「食べ放題なんですね。ザカリーさん、このスタイルをザカリーさんたちは何と呼んでいるんですか?」
「特には……ノトスにこのスタイルの食事形式はありません。デュシスでは飲み屋をバルというのですが、そのバルで提供される小皿料理である、タパスを提供するようなスタイルですね」
「居酒屋ですか?タパスってどんな意味なんでしょう?」
「蓋だったかな?蓋をするだったかな?酒のつまみとして提供される小皿料理のことらしいです。そういえば、王都で鰹節をもらったダニアさんがタッパーが欲しいといって騒いだことがありましたよね?」
「あ……ええ……」
「タッパーというのは、食べ物を持ち運ぶための入れ物だとダニアさんが教えてくれた時、私はタパスのことを思い出したんです。同じような語源なのかもしれないですね。あるいは、異世界から来た人が、デュシスで広めたとか」
「タッパーとタパスの語源が同じだとしたら……興味深いですね」
「言葉の面白い所でもあり、難しいところでもありますよね。なぜりんごを『りんご』をと言うのか、と違う言語の人に尋ねられても、我々としては昔の人がそう決めたからと言う他ありません。元は同じ言葉が次第に変化していったのか、元々自然発生的に世界中で言葉が生まれていったのか、それさえ今を生きる私たちには分からないのですから」
今日のザカリーさんは、言語学について語っている。ダニアも前世で英語を勉強し始めた時、どうして英語ではそう名付けたのか、どうしてそういう言い方になるのかと気になったことがあった。英語はゲルマン系だが、ラテン語ベースの言語には女性と男性の区別があると言われて、何を言っているのか分からなかった。日本には方言周圏論というものがあって、京都を中心として円を描くように同様の方言が分布しているということを国語の先生が話していたような気がする。言葉は難しいが、面白い。古典が苦手だったという人も多いが、ダニアの前世は古典、特に古文が好きだった。言葉の仕組みを考えるのも好きだったし、助動詞や単語の解釈を一つ間違えると全く違う意味になってしまうことが恐ろしくもあり、面白くもあった。そして、1000年後にも人間が文化を持ち続けていたならば、今自分たちが使っている言葉が古典語となるのだと思うと、妙に感慨深かった。尤も、その文章を書いた人々が、1000年後の中学生高校生に顰めっ面で自分の作品を読まれていたり、テストを作られたりするだなんてことは想像もしていなかっただろうが。
「言葉って、面白いですよね」
「ええ、そうですね。面白い、でも、難しい。だからこそ、違う言葉を習得することは楽しいし、使いこなせるようになったら素晴らしいと思います」
「ノトスの言葉を、私も少しは覚えて帰りたいと思っていますよ」
「ええ、是非学んでください。でも通訳は私がしますから、心配しなくていいですよ」
ザカリーが先に料理を取りに行った。いくつか小皿の料理を皿に取ってテーブルに着くと、ウエイターがやって来て飲み物の注文を取っていく。
「乗船料に含まれているので、飲食代金のことは気にしないでください。お好きなだけどうぞ」
ダニアはそれを聞いてから、ロンとフィルと一緒に料理を取りに立ち上がった。
「面白い提供の仕方だな。こうすれば、誰もが好きなだけ好きなものを食べられる」
「でも、アルテューマ騎士団ではできませんね」
「どうして?」
「だって、みんなお肉ばっかり取るでしょう?」
ロンもフィルも呆気にとられた顔をした後、ブフフ、と笑った。
「そうだな。肉だけなくなるかもしれない。あのポテトサラダもなくなるだろうな。スープもカレーもシチューも……」
「それって結局全部じゃないか?」
「ダニアが作れば、みんななくなるか」
ダニアは話を斜めに聞き流しながら、テーブルの上の料理を見た。デュシスの料理、クラウデンの料理、ノトスの料理が混在している。デュシス料理を初めて見たが、ざっくり見た感じで言えば地中海周辺の料理だと思われる。
つまり、美味しい可能性があるということね!
ダニアはデミタスカップのような小さなカップに入れられたガスパチョ、フィデウア、大きなマッシュルームの肉詰めのようなものの3種類を選び、小皿をトレー代わりの皿に乗せて席に着いた。アルコールが苦手なダニアは、ウエイターにその旨を伝えて相談した上で、モスト(フレッシュグレープジュース)を頼むことにした。
モストはダニアの予想よりも濃く、氷を入れて飲む人がいるというのも頷けた。ガスパチョはひんやりとしていて、食欲増進効果抜群……のはずだった。トマト、きゅうり、ニンニク、玉ねぎ、ピーマン、パンを少量の水と一緒にすりつぶして、レモン、ワインビネガー、オリーブオイル等で味を調えて冷やしたもの、というのが前世スペインのガスパチョだった。こちらのガスパチョは、トマトジュースに塩とオリーブオイルを入れて冷やしただけのものだった。詐欺だ、とダニアは思った。
「ダニア、どうした?」
「これは、詐欺です」
「詐欺?」
聞き捨てならない言葉に、ロンの目が光る。
「ガスパチョはトマトジュースではありません。スープなのに、これは……」
「ダニア、待って。それはダニアのレシピでは、ということだよね」
「……そう、ですね」
はっとしてからうなだれたダニアに、ザカリーが声を掛けた。
「ダニアさん、まずは食べてみましょう。その上で、もっと美味しくするための方策を船の料理長に伝えればいいんです。それを使うか否かは、向こう次第。ノトスに到着するのは明日の午後ですから、それまでの時間で料理教室が開けるかもしれませんよ」
「はい、まずは全部一口食べてみます」
フィデウアは、パエーリャのパスタバージョンと思えばいい。ただし、基本のパエーリャの具は獣の肉だったのに対して、フィデウアは海岸沿いの町が発祥ということもあってシーフードで作られることが多い。エビとムール貝が載ったマカロニのようなショートパスタのフィデウアは、エビとムール貝の出汁を吸って味がしっかりしているし、軽いお焦げのような所もカリカリしていておいしい。
「フィデウアは問題ありません」
逆にこの素材で美味しくなく作ろうとしたら、パスタがぐじゅぐじゅになるほど水が多かった場合になるだろうか。次はマッシュルームの肉詰め、チャンピニョーネス・ア・ラ・プランチャだ。椎茸のかさの内側に挽肉を詰めた「椎茸の肉詰め」なんていうのがあるが、しいたけが大きなマッシュルームになり、挽肉とパセリとニンニクが詰められている。この料理は挽肉ではなくパセリとニンニクとチョリソーを詰めて焼いたものと記憶していたダニアだが、さて、こちらはどうだろう。
「私の知る料理だと、挽肉ではなくチョリソーを使っていました。チョリソーの方が肉そのものに味が付いている分、余り調味料を必要としないはずなのですが、これは挽肉なのでもう少しスパイスを加えた方が美味しくなるでしょうね。唐辛子のような少し辛みのあるもの、胡椒のような刺激のあるもの、塩をしっかりきかせればもっと美味しくなるはずだわ」
「なるほどね」
ザカリーが頷いている。
「だそうですよ、料理長」
「確かに、その方が美味そうだ」
突然背後から聞こえた声に、ダニアの体が跳ね上がりそうになる。料理長がダニアのコメントを聞くために背後に隠れていたのだ。ノトスの人間だというが、流ちょうなクラウデン語が話せる人だ。
「気づいていなかったの、ダニアだけだよ?」
ロンがクスクスと笑っている。
「え?私だけ?」
「そう。お嬢さんだけ、私に気づいていなかった。料理の分析に必死だったからだろうよ」
「あ、あの、ええと……」
「気にしないでくれ、ザカリーから聞いているよ」
「え、ええ?」
「料理上手なお嬢ちゃんがクラウデンの騎士団にいるって、船に乗る度に話をするんだよ」
「料理長、それは言わない約束でしょう!」
「まあまあ、減るもんでもないし。でお嬢ちゃん、明日の昼食の仕込みを手伝ってくれるんだろう?」
「いいんですか?」
「手伝ってくれたら、お嬢ちゃんにノトス料理の基本、スパイスの使い方辞典をプレゼントしよう」
「本当ですか!」
思わず立ち上がって叫んだ後で、ダニアは周りを見回し、顔を赤くして座りなおした。随分縮こまっている。
「ごめんなさい、みなさん食事中なのに……」
「気にしなさんな。明日の昼の料理はお嬢ちゃんのおかげで美味くなるはずなんだから」
「でも……」
「な、今は食べよう?ダニアが合格だと思える料理があるなんて、滅多にないことだ。ってことは、ここの料理は『アタリ』だ。そうだろう?」
フィルの言葉に、料理長が笑顔になる。
「ははっ、『アタリ』か。いい響きだな。では、一つ頼もうかな。後でいい、『アタリ』だった料理を教えてくれ。その料理のレシピはそのまま、それ以外のものを考え直す、そのために必要な情報だ」
「ああそうしよう」
ロンの一言で食事は再開された。他のテーブルからは、俺はこれが好きだ、いや僕はこっちだ、なんていう声が上がり始めた。
「本当に、よかったのかしら?」
「ダニアは、これはおいしかったって言われたらうれしいだろう?それと同じくらい、この料理はこれが足りないとか、食感が良くないとか、はっきり教えてもらえるとありがたいと思わないのか?」
「私は思うわ。でも、そうじゃない料理人の方が多いのよ」
「助言を受け入れないってことか?」
「そうねえ、自分の好みの味を否定されると、自分を否定されたような気分になるからじゃないかしら?トラヴァーさんは、はっきりと味の白黒を言ってしまう人だった。だから王宮からも王都の料理人からも疎まれてしまった。こだわった味付けをしている自負がある人ほど、助言を受け入れられないんだと思う」
「その点、ダニアが関わった料理長たちは素直というか、自分のこだわりよりも食べる人の評価を優先させるタイプだって言えそうだな」
「ええ。おかげで、私の作りたいものを作らせてもらえているわ。サルミスでも、アルテューマでも、ソフィアさんのご実家も、街の料理屋さんも」
「そうだな。人間って、慣れた味を美味しいと感じる傾向があると思わないか?」
「確かに。これはおいしいんだって、子どもの時から親が刷り込んでいくのね。だから、脳がこれ美味しいんだって理解し、記憶していく。自分の家の味付けが一番になるのも同じ理屈なんだわ」
「味覚は刷り込みか。つまり俺たちはダニアに再刷り込みされているってことになるのか?」
「なんだか失礼な感じがするわ。そこは単純においしかった、でいいと思うのだけれど」
「怒るな、喩えだよ」
「もう」
刷り込み、とダニアは心の中で反復してみた。幼少時から様々な物を食べ、いわゆる美味な物を食べた経験がたくさんある人と、あまり工夫されない単調な食生活を送ってきた人とでは、確かに味覚の経験値が違うだろう。様々な食べ物に触れた経験を持つ人の方が、新しい食材、新しい料理に対する抵抗感も少ないのではないだろうか。そういう意味でも、幼少時から食事や食材に意識を向けさせることは大切なことなのだとダニアは再確認した。慣れない食はストレスにも繋がる。納豆やオーストラリアのベジマイト、フィリピンのバロットなど、現地では故郷の味のように扱われながら他国・多文化の人から受け入れられにくいものもある。
「大切なことは、どんな料理であっても、自分の価値観だけでその価値を決めつけないことなのね。私も気をつけないと」
「ダニアの場合は、騎士団の食堂で出した時にみんなが食べられるかどうかっていう基準で動いているだろう?大丈夫さ」
「うん」
明日船の厨房で手伝わせてもらって、食材や技術を勉強させてもらおう。そして、スパイスの使い方辞典を手に入れるのだ。ダニアの頬は緩みっぱなしであった。
読んでくださってありがとうございました。
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