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おいしいごはんは、いかがですか?  作者: 香田紗季
ノトス編

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2-15

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 ボルシュ商会の本部は、ノトスの王都にある。タマリンドの群生地だったことからタマリンドと呼ばれているそうだ。地名にはその土地の特徴や歴史が現れると言うが、たんぽぽだらけの草原だったら地名がたんぽぽになるかと言えばそんなことはないだろう。タマリンドは二十メートルほどにもなる巨木であり、その巨木が群生し、その実を利用できる土地は周囲から見れば特徴的だったに違いない。タマリンド様様ということなのだろうか。


 ノトスに入って二日、ダニアはノトスの文化が前世でいえばインドネシア辺りのものに近いと感じている。バティックを腰に巻き、上衣にブラウスやシャツをまとった男女が通りを行き交う。その華やかな色合いや文様に、ファッションへの興味ゼロのダニアでさえも目が釘付けになる。


「衣装に興味がおありのようですね」


 ザカリーにくすくすと笑われながら言われたダニアは、顔を赤くした。


「ダニアさんはおしゃれに興味がないのかと思っていましたが、そういうわけではないのですね」

「料理をしていると、油やソースが跳ねたり、洗い物でびちょびちょになったりするでしょう?騎士団なら制服が支給されますが、トラヴァーさんの所で修行していた時は私服でしたから、できるだけ汚れてもいいような色合いのものを選んでいました……というか、買いに行く時間もなかったので、母に頼んで黒とか紺とか茶色とか、そういう汚れが目立ちにくい色の服を選んでもらっていたんです。

 自分で買わなければいけなくなってからソフィアさんがお店を紹介してくれましたが、ソフィアさんが勧めてくれる色がどうしても私には似合うと思えなくて、つい同じような色のものばかり選んでいました」

「我々の服も、日常生活のもの。もちろん正装・盛装はありますが、普段着にチャレンジしてみませんか?せっかくノトスに来たんです。料理以外のいろいろなことに挑戦して、楽しんで欲しいと思っていますよ」

「俺もダニアがあれを着ているところを見てみたいな」


 ロンの言葉に、フィルやギーも頷いている。


「……あまりにも派手なのは、嫌です」

「二、三日で帰るわけじゃない。毎日いろんなものを着てみればいいじゃないか。クラウデンの服とノトスの服では、同じ色でも似合う・似合わないが変わることもあるんだよ?」


 ギーが言う。ギーの専門は食材ではなく布製品なのだという。布を触れば素材とその配合比率がわかるというのだから、布や服が好きで、そのために努力もたくさんしたのだろう。


 言われてみれば、前世で母親がパーソナルカラー診断を受けて騒いでいたことを思い出す。服の色だけでなく、メイクや髪の色まで、その人の瞳と肌の色を元に馴染む色・似合う色を見つけ、それを四つのパターンに分けて、そのパターンの色を使うようにすればいい、というものらしかった。


 だが、その観点で親戚の結婚式で着る予定の訪問着を選ぼうとした時、しっくりこなかったのだ。後で調べたら「きもの用のパーソナルカラー」なるものがあり、着物の時には色だけでなく柄の大きさなども考えないといけないらしい。服の形が違うことが大きな原因なのだろうか、詳しいことは分からないが、服のデザインが大きく変われば似合う色が変わる可能性は高い。


 いや、それ以前に、クラウデンの洋服の色は汚れにくさ重視で選んでいるのだから、似合うに合わないで選んでいるわけではないことをダニアは失念している。ただ、自分が着ているのが黒・紺・茶である、それだけだ。

 



 ボルシュ商会に到着した一行は、ボルシュ商会の商会長に出迎えられた。


「ただいま戻りました」

「今回の商売はどうだった?」

「はい、カレー用スパイスの大量定期注文の契約をアルテューマ騎士団から取りました。サルミスの農家から山羊のチーズの買取契約が結べました」

「あのチーズは珍味としてこちらでも売れるはずだ。よくやった」

「ありがとうございます」


 親子なのに随分他人行儀なんだな、とダニアは思う。


「それから父上、クラウデンからのお客人です。アルテューマ騎士団副団長のロン様、料理人で私を助けてくれたダニアさん、サルミス騎士団のフィルさんです」

「俺とフィルは、ダニアの護衛という扱いだ。しばらく世話になる。よろしく頼む」


 代表者であるロンが握手のための手を差し出すと、商会長もにこやかに手を差し出した。


「ええ、これからもボルシュ商会と息子をよろしくお願いいたしますね」


 商会長がちらりとダニアを見た。ダニアはその視線に気づいたが、不快なものではなかったので気にしないことにした。むしろ、温かい目で見られたような気がする。


「お疲れでしょう。今日は宴を用意しております。それまでどうぞごゆっくり」


 ザカリーに連れられて店の奥に進む。入り口を見た時に奥行きのありそうな建物だとは思ったが、想像以上に奥へ延びる廊下は長かった。


「店は路面に、家は奥にあるんです。ウチの敷地の周りを囲むように小さい店ができていったらしいですよ。結果的にウチは周りの商店に守られているような形になっています」

「一軒の店を中心に、いろんなお店ができていくって、面白いですね」

「でしょう? このタマリンドという土地は、元々森でした。そこに人間が住み着き、中心となる家を囲むようにして町ができていったという、ちょっと変わった成立をしているんです。一番勢力の大きかった家が王宮の元になったので、町の中に突然王宮が現れてびっくりするかもしれませんね」


 所変われば、の一つかもしれない。整備された所に入るのか、元々ポツポツと人が住み着いた所から人が増えていくのか。川があれば住居の並びは川に沿ったものになるし、高低差があればそこに何らかの「差」が意味づけられていく。「高いところ」に住むのは上流階級と思いがちだが、きつい坂道を登らねばならないような「高いところ」にあるのがスラム街という地域もある。地理的要件と経済的・身分的な条件が、住む人を決めていくと言えるかもしれない、とダニアは考えた。ダニアがもし自分の店を出すなら、客層や提供する料理の値段によって、出店する地域や選ぶべき物件は変わるのだということがよく理解できた。


「面白いわ。知らないことを知るって、本当に楽しい」

「ええ、そうですね」


 ザカリーに向かって、ダニアは言った。


「連れてきてくれて、本当にありがとうございます、ザカリーさん」


 花開くようなダニアの微笑みに、ザカリーが言葉を失う。すっとダニアの手を握る者があった。


「早く部屋へ案内してくれよ」

「またこれは狭量なことですね」


 ご機嫌なダニアの笑顔は可愛い。だが、他の男にそれを見せるのは嫌だという思いが、分かりやすくロンの表情に出ている。


 気づかないのはダニアだけだ。




 その日の宴では、クラウデン人三人はノトスの衣装を着て、ノトスの料理でもてなされた。


 荷馬車から見て気になっていた衣装を着るのだ。ダニアは手伝いに来てくれた女性と一緒にバティックを選び、腰に巻いてもらった。華やかな刺繍が施された七分袖ブラウスを着てベルトのような帯を締めれば、ノトスの衣装を身にまとったダニアの姿が鏡に映った。


「着られていますね……」

「着慣れない内はそう感じるものです。肌の色も白くていらっしゃるから、濃い色だけでなく薄い色でもお似合いでしょう。明日着てみましょうね」


 クラウデン語を流ちょうに話すこの女性はザカリーの親戚筋の娘で、一族の中で結婚しているために今日の宴席にも呼ばれているのだという。クラウデンとの取引を円滑に進めるために一時期クラウデンの商家に預けられていたことがあるため、クラウデン語に不足しないのだそうだ。


「一族の娘は、娘時代に一度は必ず各国に預けられ、繋がりと知識とその国の言葉を持ってノトスに戻り、枝葉の一枚としてボルシュ商会をタマリンドのような大木を育てるべく働くのですよ」


 二人の子どもを持つというその女性は、ダニアとほぼ同じくらいの年齢に見える。


「一族みんなで支えるんですね」

「はい。ダニアさんも私たちの仲間になってくれるとうれしいんですが」

「それは……」

「聞かなかったことにしてください。ダニアさんには大切な方がいると聞いております。少しお話ししただけでも、ダニアさんとこれからもずっと仲良くできたらって、欲が出ただけですから」

「お友だちなら、なれるじゃないですか」

「え?」

「お友だち、ですよ。私、故郷の町で料理の修業をしていた時には、お友だちなんて作る暇もなかったんです。地震で故郷の町がなくなってアルテューマに来てから、お友だちって言えるほどの人がまだ片手でも余るほどしかいないんです。だから、ムティアラさん。お友だちになってください」

「ダニアさん……本当にいい子ね」


 ムティアラと呼ばれた女性はダニアの手を取った。


「ええ、お友だちになりましょう。クラウデンとまた一つ縁が結べて、うれしいわ」

「ありがとう、ムティアラさん」

「ね、ムティアラって呼んで?」

「じゃ、私もダニアって呼んでね?」


 二人はすっかり意気投合して宴会場に向かった。


「お、来たね。似合っているじゃない」


 ギーが軽口を叩いたのを聞いて、ムティアラがツンとした。


「あら、妻の方は褒めないのね?」

「先にお客様からだろう、拗ねるなよムティアラ」

「え?」

「あ、言ってなかったね。ムティアラは俺の奥さんなんだ」

「二児の父なの?」

「ノトスじゃ普通。むしろザカリーが遅すぎ。だから、親父さんが焦るんだよ」


 ダニアはザカリーを目で探した。胡座を描いて座るザカリーの周りには、一族の未婚の娘だろうか、数人が話しかけている。隣にいる商会長は、その様子を静かに見守っているようだ。


「大変ね」

「誰かさんのせいでね」

「?」

「何でもないよ。、それより、あれはいいの?」


 ギーが指さす方を見ると、ロンとフィルがザカリーと同じように若い娘たちに囲まれて、酌を受けている。


「あら、ロンもフィルさんも人気ね」

「いいの?」

「ええ、たまには羽を伸ばした方がいいのよ。それに、私たちの繋がりはそんなことで切れるような柔なものじゃないから」

「……そうなんだ」


 そんなことよりもお料理を見たいわ!


 目の前に広げられた大皿料理に目を輝かせるダニアに、ギーとムティアラは思わず目を見合わせ、そして何とも言えない表情でダニアを見たのだった。




 宴会料理は思った以上の素晴らしさだった。


 前世のダニアにとって、東南アジアの料理はあまり身近ではなかった。南アジアのカレーには馴染みがあったが、友人たちがタイやベトナムの料理に興奮していても、余り興味が持てなかった。


 原因は、パクチーである。パクチーが好きな人はたくさんいるが、パクチーの香りが強すぎて苦手だという人も一定数いる。実はダニアの前世はパクチーが苦手だった。セロリも苦手で、スプラウトの状態なら何とか食べられるほどだ。あの大きなセロリの状態にマヨネーズを付けてかぶりついている人を見ると、あの香気に耐えられるなんてすごい、と思ってしまったほどだ。


 タイ料理だけではないが、酸味と何かが混ざった味も苦手だった。大好物だという人もたくさんいるトムヤムクンが食べられないダニアの前世にとって、東南アジアの料理はハードルが高かった。


 ノトスの料理は前世の知識から言えばインドネシア料理に近いものだとは気づいたが、馴染みがない。前世でも一度食べて美味しかったのだが、次にその店に行った時には閉店しており、いろいろなものを食べられなかったのだ。


「今日は料理人たちが、料理人のダニアに認めてもらいたいって気合いを入れて作っていたのよ。口に合うといいわね」


 ムティアラ情報に、ダニアは料理人たちに感謝するほかない。


「いただきます」


 まずはサラダだ。ガドガドというらしい。一口口に含むと、ピーナッツソースの香りが鼻に抜ける。甘いソースに、食欲がそそられる。


「このガドガド、というかピーナッツのソース、どんな野菜にも合いそう。茹でたブロッコリーやニンジンに掛ければ、子どもが喜んで食べそうね」

「茹でたニンジンに掛けるの?」

「ええ、よりピーナッツの香りが立って、子どもは絶対に好きなはず。ただ、ピーナッツはアレルギーが出ることもあるから気をつけてね」

「温かい野菜にピーナッツのソースを……うちの子にも試してみるか」

「そうね、ニンジン嫌いはここにもいるけれど」


 うぐっという声は聞こえなかったことにしよう。次いでダニアはエビが目立つ焼きそばのようなものに手を伸ばした。


「ミーゴレンね」


 甘辛のソースの海鮮焼きそばと思えばいいだろうか。ダニアの口に合う。大きなエビ、目玉焼き、肉や野菜も入っていて子どもが好きそうな味だ。


「ナシゴレンは出ていないのね?」


 ミーゴレンがあるならナシゴレンもあるはずだと考えたダニアは、その名を口にした。


「ナシゴレンは朝飯だろ?」


 ギーの言葉に、ダニアは驚いた。


「そうなの?」

「ミーゴレンはいつでも食べるが、ナシゴレンは朝飯、というのが俺の感覚だ」

「へえ……」


 私はいつでも食べたいな。あ、でも焼塩鮭は朝食だ、夕食に出すなっていった人がいるとかいないとか、それで喧嘩したとかしなかったとか、なんだかそんな話があったような気がする。焼塩鮭が好きな外国人なら、食べるタイミングなんていつでもいいのに、と思うのと同じなのかもしれない。


「ダニア、これを食べて」


 ムティアラが自慢の一品だと言って渡してきた皿には、牛肉と思われる塊がいくつか乗っている。大きめビーフシチューの肉のようなサイズ感だ。


「ルンダンというのよ。辛みが欲しかったらサンバルを足すから言ってね」


 何だか楽しそうな名前だ。ダニアは一口サイズに切ってから大きな口を開けて食べた。


「んんっ!」


 なに、このスパイスとハーブの香り。ココナツミルクがあるからまろやか。お肉も柔らかくて……


「……言わなくてもいいわ。おいしいのね。その顔で分かるわ」


 ムティアラが笑いをこらえながらダニアの気持ちを代弁してくれた。


「うまかったなら、良かった。どうせレシピ教えろって言うんだろ?」


 口をもぐもぐさせながら大きく頷いたダニアは、次の瞬間むせた。咳き込むダニアの背をムティアラが笑いながらさすってくれた。と、かがり火が暗くなったように感じて、ふと顔を上げると、ロンがムティアラを睨んでいる。


「何を食べさせたらこうなるんだ?」

「美味しすぎて食べながら頷くからよ。別に悪いものを食べさせてなんかいないわ。ねえ、ダニア?」


 ようやく口の中が空いたダニアは、ロンに自分が調子に乗っただけだと説明した。


「本当だな?」

「あ?俺の奥様に難癖付ける気か?」


 ギーの言葉に、ロンも目を丸くする。


「すまない、ギーの奥さんか。だが、俺はダニアを優先する」

「シッテイルヨ」


 急に片言のクラウデン語でギーが話すから、みんなでぷっと吹き出してしまう。


「大丈夫。ロンはお嬢さんたちと楽しんできて」

「俺は早くダニアの所に来たかったのに」

「きれいなお嬢さんたちなのに、お相手しなくていいの?」

「相手なんかしていたらいつの間にか縁談成立って、言われるぞ。フィルさんは大丈夫なのか?」

「もう酔い潰れている。危ないから運ばないといけないな。ギー、手伝ってくれるか?」

「えー、仕方がないな。ムティアラ、ダニア、二人ともここを動くなよ」

「はい」

「待っています」


 女性たちにまとわりつかれてフラフラしているフィルを、ロンとギーが両側から支えて立たせると、あてがわれた客室に向かって行った。


「ダニアに何かあったら、直ぐに来るのね、あの人」

「え?」

「あの子たちの相手をしながら、ずっとダニアのことを見ていたわ。ダニアがむせた瞬間に、すごい勢いであの子たちを引き剥がしてこっちに来たのよ。愛されているわね」


 ダニアの耳が、オレンジ色のかがり火を受けても真っ赤なのがムティアラには見えた。


 かわいい、素直な子だ、これは守りたくなるのも分かる。ザカリーったら、いつも一歩遅いんだから。


 ムティアラは次期商会長の不甲斐なさを残念に思うばかりだった。 

ムティアラ:ねえ、ダニアっていう名前、パクチー(コリアンダー)っていう意味よね?

ギー   :そうだね。

ムティアラ:それなのに、パクチーが苦手なの?

ギー   :名前に「大」っていう漢字があっても背が高いとは限らないだろう?

ムティアラ:結構失礼なことを言っている自覚ある?

ギー   :ごめんなさい。



読んでくださってありがとうございました。

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