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おいしいごはんは、いかがですか?  作者: 香田紗季
ノトス編

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2-1

読みに来てくださってありがとうございます。

第二部「ノトス編」開始します。

しばらくは土曜日更新のペースで進めたいと思います。

よろしくお願いいたします。

 ダニアたちがアルテューマに戻って半年が経った。秋の、過ごしやすい天候が続いている。「ハティ」だったレックスに誘拐され、「ハティ」をまとめていたメティの領主マクシーンに声を奪われ、フィルに監視されながらサルミス騎士団の料理人とした働いていた、あの事件のことをようやく思い出と少しずつ思えるようになってきたダニアだが、ふとした折にアルテューマ騎士団の騎士たちを救って死んでしまったレックスのことや、王都に連れて行かれておそらく苦しい目に遭っているフィルのことを考えると、心に陰りが生まれるのはどうしようもないことだ。


 何よりも、ダニアは一年半前に起きた地震で両親と師匠、そして馴染みの客だった町の住民を失っているのだ。心の傷は決して浅いものではない。ロンとダニアが寄り添う様は、まるでお互いの心の傷を癒やし合おうとしているかのようだった。


 ダニアはだからと言ってロンに全てを癒やしてもらおうなどという甘えたことは考えていなかった。お互いに辛い時、辛いと素直に言える人がいる。泣きたいときにその胸で泣ける人がいる。それがどれだけ尊い存在なのかに気づき、大切にしようと思っているだけだ。それにダニアが何よりも元気になれるものといえば、ダニアが作った料理に「おいしかったよ」と言ってくれるその言葉なのだから。


 今日もダニアはアルテューマ騎士団の食堂で、マシュー料理長たちと料理を作っている。今日の夕食メニューは、メインがバジルやオレガノをパン粉に混ぜ込んで焼くチキンの香草焼きだ。粒胡椒を使ったキャロットラペと、同じ液に漬け込んだブロッコリーの茎が添えられている。スープはオニオングラタンスープ。刻んだチーズを掛けた後、そのチーズを炙ってほんのり焦げ目を付ける役目を仰せつかっているのは、このアルテューマ騎士団食堂ではオーブンではない。かつてサルミス騎士団にダニアを連れていったハティのフィルだ。


 フィルは王都にある中央騎士団に連行され、王都の魔術師団が作った自白剤でハティについて知っていることを全てしゃべらされた。一瞬しか見たことのないようなものでもかつての記憶を再現できる薬も飲まされ、破壊されたメティの地下都市の構造についても知る限りの情報を引き出された。薬は恐ろしくまずく、また強烈な不快感が続くため、フィルからこれ以上搾り取れる情報はないと判断されたときにはフィルの体重はかつての半分になっていた。


 1ヶ月前、王都に定期連絡のために来ていたアレクサンダー団長が用済みだと放り出されたフィルを偶々見つけて保護しなかったら、今頃フィルは死んでいただろう。サルミスのテレンス団長とも連絡を取り、体力が戻るまではアルテューマで過ごし、その後サルミスに戻ることになっている。フィルは歩くことすらままならないほど筋力が落ちていた。アルテューマ騎士団の医務部に入院したフィルは、ダニアの言う「筋肉を付ける料理」と「軽い運動」を続けてようやく歩行できるようになってきたところだ。


 何もしないのは申し訳ないとフィルが言うので、ダニアはマシュー料理長やアレクサンダー団長とも相談して、食堂の手伝いをしてもらうことにした。何せフィルは「温度変化」の魔術が使える。そう、熱いものを冷やすことも、冷たいものを温めることも、アイスクリームを冷やすこともできるのだ。氷だって作ってもらえる。オニオングラタンスープの最後の加熱が、オーブンではなくフィルの仕事になったのは、運命だったのだろう。おかげでオーブンが占領されず、ケーキが焼けるとダニアはご機嫌だ。そして、そのご機嫌なダニアを間近で見られることが、今のフィルにとって何よりの癒やしだった。


「フィルさん、あと30、いけますか?」

「ああ、大丈夫だ。」


 フィルがカップの上のチーズに手をかざすと、チーズの表面温度が上がり、やがてプツプツと溶け出し、ほんのりと焦げ色がつく。温かいものを提供するために、フィルは敢えて両手で二つずつ炙っていく。ダニアには、フィルの手から目に見えない高温ガスが吹き出しているバーナーのように見えてしまう。


 あ、フィルさんがいれば、プリンの上でキャラメリゼするのも簡単かもしれない?


 ダニアの思考があちこちに飛び回る。そんなダニアの様子を傍で見ることができて、フィルはやはりダニアは可愛い子だと思いを新たにしている。もちろん、番犬ロンがいるのでこれ以上近づく気はないが、二人の間に何かあればフィルは全面的にダニアの味方をするつもりである。


「この冬を越えて春になったら、俺はサルミスに戻ることになるだろう。サルミスの春は遅いから、ここを出るのはきっと5月だ。それまで、いろいろダニアの料理を教えてくれ。体にいい飯の作り方、教えてくれ」

「あと半年……そこまでにある程度筋肉が付くといいですね」

「ああ。それからな。もしダニアに辛いことがあって、ここを逃げ出したくなったら、ザカリーの所に行くのもありだが、サルミスのみんなも受け入れてくれるはずだ。逃げ場は多い方がいい。それだけは覚えていてくれ」

「ありがとう、フィルさん」

「その必要はないがな」

「あ、ロン」


 いつの間にか、カウンターの向こうからロンがピクピクとこめかみに皺を寄せてこちらを見ていた。フィーニスはロンの肩に止まって、フィルが温度変化でチーズを炙っているのを興味深そうに見ている。


『おいしそう!』


 フィーニスがダリアに向かって大きな声で言った。フィーニスはアルテューマ騎士団に来てから様々な人と話し、考え、眠っていた間に変化した人間の世界についての知識を増やしているようだ。


『ダニア、今日のご飯は鶏肉?』

「そうよ。フィーニスのご飯には、フィーニスの大好きな赤唐辛子を入れたよ」

『やったーっ!』


 フィーニスはなぜか赤唐辛子にはまった。辛い辛いと泣きながら、喜んで食べている。これがないと刺激が足りないなどと言い出す。フィーニスが赤唐辛子を好むために食堂でも赤唐辛子を使ったメニューが増えた。大根の酢漬けに少し赤唐辛子を落としたら女性陣が妙に気に入ったようで、ソフィアがそっとダニアの所に来て「おかわり」をリクエストしていったこともある。


「赤唐辛子、きっとサルミスでも喜ばれると思う」


 フィルが隣で言った。


「サルミスは冬の往来が難しいから、どうしても保存食が多くなる。防腐効果や殺菌効果がある上、味に変化も付けられる。ローズマリー同様、これからのサルミスの必需品になるだろうな」

「それなら今のうちに、赤唐辛子をサルミスのルイス料理長の所と、ヴィンスさんの所に送ってもらいませんか?」

「レシピを付けてやれば、二人とも直ぐにやってくれるだろう。今度ザカリーが来たら頼むとするか」

「そうね」


 ダニアがフィルのことを恐れずに話せるようになったのは、この2週間ほどだ。ロンは楽しげに話す2人に何も言わずにテーブルに着いた。面白くない。面白いわけがない。とはいえあの二人が話せるということは、ダニアの心の傷が少しずつでも塞がれてきたということだ。あれはダニアの心のリハビリなのだとアレクサンダー団長は言った。だから目くじらを立てるなとも釘を刺された。


 面白くない、と思いながらキャロットラペを口に入れた。粒胡椒を思い切り噛んで、口の中に胡椒の辛

みが広がっていく。ダニアが来るまでは王都でも滅多に入らなかった超高級品だが、このアルテューマ騎士団とサルミス騎士団だけは格安で手に入る。その噂を聞きつけた王都の料理人たちから、一部譲ってもらえないかという問い合わせがあったらしいが、アレクサンダー団長はこう言って却下した。


「ノトスの食料品が格安で手に入るのは、ダニアの人徳だ。そのダニアが就職したいと言った時に、お前たちはトラヴァーの弟子だからという理由だけで追い返したのだろう?今更ダニアに尻尾を振っても無駄だ。それに、アルテューマ騎士団が食糧を横流ししているなんていうでっち上げに使われても困るからな」


 仰せの通りである。


 粒胡椒の辛みがひいたところで、オニオングラタンスープに口を付けた。最近ダニアは鶏ベース、牛ベース、羊ベースの三種類のブイヨンを仕込み、料理毎に使い分けている。今日は鶏ベースだ。あっさりしたスープに、よく炒められたタマネギが甘く、ほどよく焦げ色の付いたチーズがとろとろと溶けておいしい。添えられたパセリのほのかな苦みが、スープの甘みを引き立てる。


 ああ、おいしい。


 ダニアの作る料理こそが、ロンの力の源だ。


『ロン、食べないの?』

「ん?」

『肉、食べないの?』

「食べるよ。フィーニスは……おかわりか?」


 黒い小さなドラゴンがニカッと笑う。ロンは立ち上がった。


 仕方がない、ダニアにお替わりを頼もう。


 片付けが始まっている厨房から、楽しそうな笑い声が聞こえる。ダニアの笑顔を守る人は多ければ多いほどいい。ロンも小さく微笑んで、フィーニスとカウンターに向かって行った。

 

読んでくださってありがとうございました。

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