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読みに来てくださってありがとうございます。
少し先まで書けたので、次回は4月24日(水)の12時に更新します。
よろしくお願いいたします。
ザカリーは全ての商品を確認すると荷馬車に乗りこんだ。護衛を兼ねたスタッフも何人か付いている。今回はダニアに頼まれていた複数のスパイスを手に入れるのに少し時間がかかった。いや、本当は簡単に手に入るのだ。だが、ザカリーはダニアの手に渡るものだけは自分の目で選ぶことにしていた。そして、いいものだけをダニアに納入したかった。商品でありながら、心に思う女性に捧げるものでもあるのだ。妥協はできなかった。
そんなザカリーを見て、ボルシュ商会の会長である父はただ一言、赤字にはするな、とだけ言った。
「赤字にはしませんよ。彼女、見たことがないもののはずなのにいい物を知っているんです。だから安くても質が良くないものは買ってもらえません。そんな物を持っていけば無駄足になるだけです」
「見る目があるのだな」
「ええ。うちの商会に来てほしいんですけどね」
それは従業員ではなく、嫁としてということなのだろうな。
父は分かった上で、敢えてそれを言葉にしない。最初の頃は、そんなに気に入ったのであればその娘を連れて来ればいい、と父は何度も言った。だが、ダニアというその娘の隣には伝説のドラゴン「ファフニール」を従えた騎士がいるのとザカリーが話すその顔を見た時、父は知ったのだ。息子がどれほど恋い慕っても、その思いがダニアには届かないということに。これから先新しい恋が見つかるまで、ザカリーは辛い思いをしながらも、恋しい人に会いに行くのだろう。彼女が喜ぶ商品を探して、その笑顔だけを自分への褒美として生きていくのだろう。
「何とかならんかのう」
ザカリーを乗せた荷馬車がボルシュ商会を出ていった後に父がつぶやいた言葉は、誰に聞かれることもなく消えていった。
今回、ダニアがザカリーに頼んだのは、あるものを作るために必要なスパイスだ。最低三種類でいいと言われたが、可能ならばと願われていたスパイスを全て入手した。いい物ばかりだという自信がある。
「これって、カレーのスパイスですよね?」
スタッフが、ザカリーのメモ書きを見て言った。
「ダニアさん、カレーの作り方を知っているんですか?」
ノトスの人間なら、カレーはよく知る料理だ。だが、これが一歩北のクラウデン王国に入れば、誰も聞いたことがない料理になる。カレーに使われるスパイスを自国内で生産できないために郷土料理として発達しなかったこと、スパイスが高級食材という認識のクラウデンでは貴族層しか食べられない上に見た目のせいで広まらなかったことが原因だ。だから、クラウデンの料理人がカレーを知っているというだけでも、ノトスの人間からすれば十分な驚きなのである。
「ダニアさんは何でもよく知っている。よく勉強もしているし、植物図鑑を食材を探すために開くような人だ。きっと書物から知ったんだろうな」
「へえ。すさまじいですね。ほんと、そんな人がうちの商会にいたらいいのに」
「お前は黙っていろ」
「へいへい」
幼馴染みのように一緒に育ったこの護衛兼スタッフであるギーとの会話は実に気安いものだ。だが、ダニアをこちらに引き入れるという話を不用意にするべきではないとザカリーは思っている。
「ファフニールに殺されたかったら構わないが」
「それは、遠慮しますよ」
すごすごと引き下がった彼は、きっと父から何か言われているのだろう。この旅はいつもと違うものになりそうで、ザカリーは少しだけ胃が痛むような気がしていた。
「ザカリーさん、何がありますか!」
こんにちはも、お久しぶりですもなく、ダニアは走ってザカリーの傍に駆け寄ると、その顔を輝かせながら荷馬車の方を見ている。気になってどうにもならないのだろう。そんなダニアが可愛くてならず、ザカリーは思わずクスッと笑った。
「え、何ですか?」
「何でもありません。今日もダニアさんは元気で可愛いと思っただけです」
「またまたご冗談を」
「冗談ではありませんよ。ま、信じていただけないようですので、どんどん箱を開けましょうか?」
「はい!」
目を輝かせるダニアに、ザカリーは笑いがこらえきれない。
「今回は、タラゴン、カルダモン、クミン、コリアンダー、ターメリック、レッドペッパー、ホワイトペッパー、それから南のほうの辛い唐辛子を新しく仕入れてきました。それ以外には、いつものラダ(黒い粒胡椒)、シナモン、クローブも持ってきましたよ」
「わあ、これでカレーが作れる!」
カレーという言葉に、ギーの耳が反応し、大げさにこちらを見た。
「ダニアさん、カレー作れるんですか?」
「材料が手に入れられなくて作れなかったんですが、作り方は知っていますよ」
「へえ、僕たち味見できませんかね?」
「おい、ギー!」
「だって、僕らは現地の味を知っている人間ですよ?僕らから見てまがい物だと、ちょっと困るじゃないですか」
「そうですね、試食の時に一緒に参加してもらえばいいのかしら?」
「ダニアさん、マシュー料理長に確認してからじゃないと」
「ああ、いいぞ。みんなダニアにカレーという料理について散々聞かされてきたから今すぐ作らせたい位だ」
「いつの間にマシュー料理長まで来ていたんですか?」
「見に来てはいけなかったか?」
「そんなわけありませんよ。ゆっくり御覧ください」
ザカリーもギーもちょっとだけ焦ってしまった。マシュー料理長はいい人なのだが、如何せん元騎士であり、兵站を担当していた隊長であり、なによりもかなりの強面なのである。怪我で前線に出られなくなったときに野営料理に目覚め、そこから料理人を目指したという異色の経歴を持つマシュー料理長のことを、ダニアは尊敬し、そして納入業者たちはダニアを守る父のように恐れている。
「今日はまだカレー作れませんよ?全部パウダーにしないといけませんからね。しばらくかかりますよ」
「そりゃそうでしょう。でも、ダニアさんはパウダーのものよりホールの方が欲しかったんですよね?」
「ええ、ホールを砕くのに手間はかかりますが、パウダーにしたものだと風味がその分早く落ちてしまいますからね。タラゴンがあるならキッシュの味もよくなるなあ、わあ、うれしいなあ」
ダニアは嬉々としてスパイスに囲まれている。まるで、コレクションの昆虫に囲まれている少年のようなまぶしさだ。ザカリーは意を決した。
「ダニアさん。一度ノトスに来てみませんか?」
「え?ノトスに?」
「ここまで持ってくることができないような食材もたくさんあるんですよ。可能であれば、そういった食材をどう料理したらいいか教えてほしいということもあります。加工したら遠くまで運べるものもあるかもしれない。そういうものの商品開発をするためにも、一度ノトスに来てくれたらって思うんです。もちろん経費は全てボルシュ商会が負担します。一度団長に相談してもらえませんか?」
「行ってみたいけれども、他国の騎士団の人間がうろうろするのっていいのかしら……あまり期待しないでくださいね。食堂でご飯を作ることが私の仕事ですから」
「ええ、私としてもあくまで提案ですから」
翌日アレクサンダー団長とロン副団長から呼び出されたザカリーは、難しい顔をする二人にこう言ってのけた。
「貸しがありますよね?」
二人の顔が、強気なものから一気に弱気なものに変わった。
「あれは相当ナイーブな問題で、サルミス騎士団とも話を合わせないといけないくらいなのですよね?」
「あ、ああ、そうだな」
もちろん、ザカリーを間諜のようにしてサルミス騎士団に入り込ませ、ダニアを救出した件である。ザカリーはギーにも口止めして、父親にも知られないようにしている。間諜に他国の商人を使ったことが中央に知られれば、アレクサンダー団長も無処分というわけにはいかないことになる。
「だが、その間の食堂は……」
「マシュー料理長たちが大分レシピを覚えました。何度も作っていますから、ダニアさんがいなくても『ダニアレシピ』は問題ありません」
「確かに我々にはザカリーに大きな借りがあるが、ダニアをしばらく連れて行かれるのは辛いな」
「別に永久に連れて行くというわけではありません。いや、ダニアさんが望んでくれたら私はうれしいと思いますが。ダニアさんは夏の長期休暇も取らずに食堂にいたと聞いていますし、休みの日だって新しいレシピや改良レシピの考案、それにソフィア嬢の実家の手伝いばかりで、実際休みが取れていないでしょう?ですから旅行に出て知らなかった料理や食材という刺激を受けるのも、ダニアさんにとっていいリフレッシュになるのではないかと思ったんです」
「ああ、ダニアは確かにワーカホリックだな」
アレクサンダー団長はちらとロンを見た。ロンは平然とした顔をしているが、その手は白くなるほど握り込められている。
「ザカリー。ダニアだけでは許可できないが、ロンも一緒ならいい。それで構わないか?」
「団長!」
ロンの目が揺れている。副団長として任務を果たすべきだという気持ちと、ダニアの傍にいたいという気持ちの板挟みになっているのだ。
「王都への冬の初めの定期報告と、お前の王家への報告と合わせて、王都へは行ってもらうつもりでいたんだ。そのまま糧食の研究のために研究員兼料理人を護衛するという名目で出張扱いにできるが、どうする?」
「行きます」
即答しかない。これにはザカリーも思わず苦笑いした。
「分かりました。私はカレーの試食が終わったらサルミスの方を回って、もう一度アルテューマに戻ってきます。その時に一緒に出ましょう。一月くらいで戻ってきますから、ご準備ください」
「ああ、よろしく頼む」
ロンは笑顔だ。とはいえ、騎士が国外に出るには手続きが必要だ。アレクサンダー団長は、面倒な仕事が一つ増えたとは思ったが、ロンの精神がやられればフィーニスが何をしでかすか分からない。そう言ったら押し通せそうだな、とアレクサンダー団長は申請理由を考え始めた。
使いたい分だけスパイスをパウダーにしたダニアは、既に疲労困憊である。マスク代わりに口元を布で覆って作業したが、ものによっては……そう、レッドペッパーなどの超刺激物は、目にもしみる。ダニアは咳き込み、涙を流しながら作業した。みんなの迷惑にならないようにと別室に閉じこもっていたから、姿をなかなか見せないダニアを心配してショーンが様子を見に来た時には、ダニアに何か辛いことがあったのではないかと心配されてしまった。が、数秒後に空気中に漂うレッドペッパーに攻撃されたショーンはダニアの涙の理由を悟り、安心とその刺激に、ダニア同様涙を流すことになったのだった。
読んでくださってありがとうございました。
先日来ずっと選べずにいた、ダニアの国の名前が決まりました。「クラウデン」です。ちなみに、クラウデンはオランダ語で「香辛料」。「アルテューマ」は古代ギリシャ語で同じく「香辛料」です。
次回ついに「あれ」を作ります。
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