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おいしいごはんは、いかがですか?  作者: 香田紗季
サルミス編

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読みに来てくださってありがとうございます。

評価・ブックマーク、ありがとうございます。うれしく思います!

よろしくお願いいたします。

 『ハティ』の拠点である町メティには、多くの人が訪れる。普通の町に見せかけているが、住人はほとんどが『ハティ』で、僅かだが隣国スコルとこの国の協力者たちも住んでいる。隠れ里の方が安全に思えるかもしれないが、堂々としていた方が気づかれにくいこともあるのだ。


 元々このメティという町は、ハティの国の都があったとされる土地だ。この町は表面上の町とは別に複雑に入り組んだ地下都市が形成されており、魔術師たちの活動やレジスタンスの動きはその地下都市で全て行われていた。


 再び目覚めたダニアは、この地下都市の部屋に軟禁されていた。


「今からお前に指示が与えられる。お前はかしこまりましたと言え。それ以外の発言は許されない。」


 ダニアを連れてきた男は無機質にそう言った。レックスのことを聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなかったので諦めた。やがてダニアは、大きな扉の前にやって来た。地下都市だというのに、地上のように明るい。ダニアはこれまで魔術師という存在を信じていなかった。おとぎ話の魔法使いに憧れて、魔法使いになったら美味しいものを目の前のテーブルに一瞬で並べられるのに、なんてことを思っていたこともあった。魔術師たちがこの世にいて、魔術なのか魔法なのか、あるいはその違いが何なのかもよく分からないダニアに取っては、第3の世界に連れて来られたようなショックであった。前世の知識も今世で得た知識も全く通用しない世界に、ダニアは恐れを抱いていた。

「マクシーン様、例の女を連れて参りました。」

「入りなさい。」


 誰の手も借りずに扉が開いた。男に連れられて中に入ると、扉がひとりでに閉まった。前世ならば自動ドアね、で終わるが、この世界に自動ドアはなかった。こういうものを広めれば、きっと『ハティ』が虐げられることもなかっただろうに、とダニアはぼんやり考える。


「頭を下げろ。」


 男に言われて、ダニアは頭を下げた。


「いい、あまり圧をかけないでやって。大事な客人なのだから。」


 マクシーン様と呼ばれた人は、心が広い方なのだろうか?


「これは大事な『生き餌』なの。『生き餌』に食いつく前に死なれたら、釣り上げたいものも釣り上げられなくなってしまうわ。」


 前言撤回。その名の通り、闇を感じさせる男だ。


「女。私は今からお前に術を掛けます。お前は何も考えなくていい。私の言葉に従えばいい。それだけよ。」


 反抗しようとして、横にいた男に足を踏まれた。かしこまりました、と言えというのだろう。ダニアはそれを拒否した。黙ったまま、動かずにいた。


「なかなか頑固なのね。いいわ、私がその気になれば、お前の心を封じ込めて人形にすることもできるのよ。」


 訳が分からずマクシーン様と呼ばれた女を思わず見上げる。この世にこれほど美しい人がいるだろうか、と思うような美貌だ。流れるようなストレートの黒髪に、燃えるような赤い瞳。目が合った瞬間に、ダニアの体が動かなくなった。


「ね、思うように体が動かないでしょう?でも、私が歩けと指示すれば。」


 突然ダニアの体が歩き始めた。


「止まれと指示すれば。」


 ダニアの足が止まる。


「自分の顔を引っかけと指示すれば。」


 ダニアの右手が、ダニアの右頬を強くひっかいた。痛みも感じない。血が流れたのも分からない。


「いいわ!その絶望したような目!最高じゃない!」


 マクシーンの機嫌が良くなった。


「ということで、お前は私の指示通りに働いてもらうわ。最初はサルミスの騎士団。お前の名前はメリッサとしよう。サルミスの騎士団には部下がいる。お前が何かおかしな動きをすれば、その男を使ってお前を消す。お前が何かしゃべってはいけないから、声は奪っておくわね。」


 突然体の自由が戻ってきた。ダニアは頬の痛みにくずおれた。声を出そうとしたが、全く声が出ない。悔しさに涙がにじんだ。マクシーンは魔術師だ。こんなことを魔力のない人々にしていたのであれば『ハティ』が恨まれたのも分かる、とダニアは思った。


「治療くらいはしてやらないとね。レックスに指示しておきなさい。」


 ダニアは引きずられるようにして地下都市の部屋に戻された。もちろん再び目隠しをされた上で、だ。元の部屋に戻されて俯くばかりのダニアの元に、レックスが飛び込んできた。


「ダニア!」

 

 ダニアはレックスの声を聞いてもその顔を上げることができなかった。


「傷、治すね。」


 ダニアは小さく首を横に振った。


「でも、痛いだろ?」


 イヤイヤと駄々をこねる幼子のようにダニアはレックスを拒絶した。一言も声を聞かせてくれないことに、レックスは愕然とした。


「痛みだけでも・・・」


 明確な拒絶が返ってきた。自分がしたことは、ダニアの意に反することだ。それは分かっている。だが、自分を信頼してくれていたあの目は、もう自分には向けられないのだ。


「『ハティ』が権利を取り戻せば、ダニアも解放される。それまで、我慢してほしい。」


 ダニアの虚ろな目に、レックスの言葉が聞き流されたことを思い知らされる。


 嫌われてしまった。


 レックスは目を閉じた。自分の思いを封印しなければならない。目を開けた時、レックスはダニアに告げた。


「またあの男に会いたいのなら、生きのびるんだな。死んだら二度と会えないよ。」


 ダニアの表情は動かない。だが、目から大粒の涙がこぼれた。


 ああきれいだ、とレックスは思った。生きていてくれれば、またダニアの微笑みが見られるかもしれない。だから、とにかく生き延びてほしいと心の底から思った。


「サルミスに行くって聞いた。あそこの仲間は優しくないから、気をつけて。」


 レックスは扉を閉める前にもう一度振り返ってダニアを見た。ダニアがレックスを見ることはなかった。これでいい。ダニアを誘拐したのは自分なのだから、許さなくていい。レックスは扉を閉めた。これがダニアとの今生の別れになるとも知らずに。


・・・・・・・・・・


 サルミス騎士団に向かう荷馬車の荷の間に、ダニアは1人ぽつんと座っている。マクシーンからは、フィルという騎士が休暇を終えてメティから戻るのに同行する形で、サルミス騎士団に入れという指示が下されていた。フィルは最初ちらとダニアを見たが、その後は目を合わせようとはしなかった。ダニアは右頬のひっかき傷にそっと触れた。あのあとミミズ腫れになり、ケロイド化してしまった。ダニアの右頬から、この傷は一生消えることはない。ダニアがレックスの治療を拒否したのは、この傷が美しいロンの隣に立つことを諦めるのにちょうどいいと思ったからだった。


 ガタガタと馬車は進む。数日分の食糧と何かが入った箱がいくつか積まれていた。ダニアのことはふるさとの町で出会った下働き希望の娘ということにして厨房に入れるという。


「お前、料理がうまいんだろう?何か作ってみろよ。」


 フィルに言われて食糧の袋の中を見る。保冷バッグの中には牛乳や卵、肉や魚まで入っている。ロンとアルテューマへ向かう時には、ロンは保冷バッグを持っていなかった。サルミス騎士団は・・・いや、このフィルという男が金持ちなだけかもしれない。ダニアはビスケットを細かく砕き、バターと馴染ませて生地のようにまとめた。タマネギとベーコンをしっかり炒めてから、シメジと挽肉にした鶏肉を加え、更に炒めた。鍋に炒めたものを移し、卵と塩と牛乳を加えてよく混ぜる。フライパンにビスケットとバターで作った生地を敷き、フライパンの縁に届くよう、タルト生地のような形を目指して押し付ける。そのまま一度火を入れて焼き固めると、鍋の中身をフライパンに移し、蓋をして弱火で火を入れる。卵液の部分に火が通ったのを確認すると、蓋を取って水気を飛ばし、カットしてから皿に乗せてフィルの目の前に差し出した。


「ああ、お前、そういえば声が出なくなったんだってな。拷問を受けてもしゃべらないっていうことで、重宝されるかもなあ。」


 死んだような目をしたダニアは、聞いているのか聞いていないのかよくわからない。ただ、悲しげで寂しそうな表情をしているダニアのことを、フィルは少しだけ気の毒に思っていた。料理が好きでなかったら。ロンとの距離が近くなかったら。ダニアはこんな大事に巻きこまれることなく、平穏無事にいきる庶民の娘として生きていただろう・・・いや、あの震災に巻きこまれた時点で、きっとダニアと何かの歯車がかみ合ってしまったに違いない。


 フィルはキッシュを見つめた。よくある料理だがあまり美味しいと思ったことはない。空腹を満たすにはいい、そう思って一口食べて、フィルは黙り込んだ。アルテューマ騎士団のメンバーが「女神」と言っていたのは、嘘ではなかった。何をどうしたら、同じ材料なのにこれだけ味が変わるのだろうか。一時期同居していた彼女の得意料理だったが、おいしいと思ったことはなかった。おいしいと言わないと叱られるのでおいしいとは言ってやっていたが、このキッシュは・・・


「うまいな。」


 フィルのつぶやきに、ダニアが寂しそうな目で微笑んだ。フィルの心臓が、今までにないほど早鐘を打った。もう一度ダニアを見たが、ダニアは何も口にせずに片付けをしている。


「食べないのか?」


 小さく首肯したダニアは、キッシュをワンカットずつ丁寧に包んで、保冷バッグに入れた。そして、フライパンと鍋を丁寧に洗って、箱にしまった。薬缶を出して湯を沸かすと、オレンジの皮を細かく刻んで干したものを紅茶に混ぜて茶を淹れた。遠征用のカップになみなみと注がれたその紅茶は、砂糖なしでも甘さを感じ、柑橘の香りが鼻に抜けて清涼感さえある。


「オレンジの皮なんてあったか?」


 ダニアはまた小さく頷いた。マグカップに注いだ紅茶を、ちびちびと飲んでいる。


「食べなくていいのか?倒れられると困るんだが?」


 ダニアは何か考え事に没入しているようで、フィルの声が聞こえていない。魂の抜けたような表情で、たき火をじっと見つめている。


「ロンとはつい最近まで、同じ任務でヴァストークにいた。」


 ダニアの目がフィルに向けられた。怪訝な顔をしている。


「未知の生物に村が襲われたって奴。知っているか?」


 こくん、とダニアが頷く。


「あいつ、すごいよ。未知の生物って封印から目覚めたファフニールだったんだけどさ、ロンの奴、そのファフニールと契約して主になっていた。」


 目が点になっているダニアの表情が面白くて、フィルは続けた。


「ファフニールに村人に謝罪しろって言ったら、ファフニールがちゃんと謝ったんだ。村人たちも、ファフニールを更に怒らせるのもまずいだろう、国からの支援さえもらえればいいって言ってた。すごい奴だよ、ロンは。」


 ダニアが遠くを見上げている。ロンを思っているのだろうが、それが何故か面白くない。『ハティ』であるフィルは、温度変化という魔法が使える。冷たい方も、熱い方も。ダニアがちびちび飲むうちに冬の空気ですっかり冷め切った紅茶を見て、フィルはそのマグカップにそっと手を触れた。見る間に紅茶が温かくなっていくのがマグカップ越しでも分かる。目を丸くするダニアに、フィルは言った。


「こういう日は、冷めたのより温かいのがいいだろう?サルミスに着くまでは、冷めたら温め直してやるから言え。」


 ダニアは小さく頷いた。今までの首肯よりも、心なしか元気な気がした。 

読んでくださってありがとうございました。

フィル、キッシュに陥落。

冷凍パイシートでお手軽に作れるキッシュですが、お菓子のタルト生地でも作りますので、クラッカータイプなんかの塩味系ビスケットなら砕いて使えますね。食感はグラハムクラッカーを砕いたのが好きですが、あれはチーズケーキがベストと思い込んでおります。

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