21
読みに来てくださってありがとうございます。
「いいね」もありがとうございます。励みになります♪
よろしくお願いいたします。
サルミス騎士団は国の北の国境地帯サルミスに設置された騎士団である。サルミスは小麦などの畑作が難しく、牛を使った酪農もできず、山羊や羊を飼って乳製品を作り、毛織物や編み物で細々と日々の活計を立てている貧しい地域だ。風光明媚な場所に宿泊施設があるが貴族向けのリゾートではなく、登山者向けの山小屋である。登山者がそれほどの金を落とすわけでもなく、サルミスは国内最貧の地とも呼ばれるほど荒れた地域なのだ。
そんな地域にあるサルミス騎士団の任務は必然的に厳しいものとなる。登山者の救助要請に楽な任務はない。国境より北には遊牧民たちが生活しているが、彼らから見ればサルミスは食糧が貯蔵されている地域だと思われているらしく、食糧がなくなるとしばしば略奪に来る。時には若い娘が攫われることもあるため、遊牧民からの防衛こそがサルミス騎士団に課せられた最大の使命である。
現地での食糧調達に難があるため、外部からの購入が必須だ。しかし、それでは地元の経済が回らない。乳製品は基本的にサルミスのものを仕入れ、コートや騎士服の生地を地元の毛織物を使うようにするなどの工夫をしてきたが、それでもサルミスの地を潤すほどにはなれない。とはいうものの、サルミスの民は自分たちを遊牧民から守ってくれる存在としてサルミス騎士団を頼りにし、信頼している。
メリッサと名乗らされているダニアはその食糧事情の厳しさを知って、自分がいかに恵まれた環境にいたのか痛感していた。実は『ハティ』のスパイであるフィルでさえ、サルミスの民のためにメティからの道すがら、様々な食糧を買い込んでいた。騎士団の買い物かと地面に文字を書いて尋ねたら、サルミスの町の食料品店に卸すのだと言われた。その店に売れば民が購入できる。騎士団の中に入ってしまったら騎士団のものを外に出すことができなくなる。フィルは裏切り者だが、騎士として民への愛は確かに持っているのだ。
食料品店でフィルが店主と話している様子を見ていたダニアは、店主が心からフィルを信じているのが分かって何ともいえない気持ちになった。これから自分はどうなるのかという不安に押しつぶされそうだ。
「メリッサ、今ここにあるもので何か美味いもの作れるか?今すぐ作れなくていい、思いつく料理を1つ2つ教えてやってほしい。」
フィルにメリッサと呼ばれて一瞬誰だと周りを見回し、自分のことだと思い出してダニアはそろそろと荷馬車を降りた。
「店主、こいつはメリッサ。騎士団の食堂で働いてもらおうと思って連れてきたんだ。声が出せないからっていって親に捨てられたらしい。食材の納入時に顔を合わせることもあるだろうから紹介しておくよ。」
「メリッサさんか。俺はヴィンス。よろしくな。」
声が出せないダニアはヴィンスにお辞儀だけした。
「で、メリッサ、何かできる?できれば、この店にある乳製品も使ってほしいんだが。」
店の奥にはチーズが山のように積まれている。ダニアはヴィンスに、少し食べたい、というジェスチャーをした。
「ああ、試食な。全部じゃなくていいよな?」
頷いたダニアに、ヴィンスが数種類のチーズを薄く切ってその掌に載せていく。第一印象は、ダニアがよく使っていたチーズよりも濃いということだった。脂肪分が多いのだろうか、アクセントとして使うにはいいが、一度に大量に使う訳にはいかない気がする。ダニアは一つのチーズに着目した。こってりとしたその味が、カルボナーラに合うと思ったのだ。おそらく牛ではなく羊のチーズだろう。だがダニアはカルボナーラを諦めた。
平打ちの麺。卵の黄身。ベーコン。胡椒・・・、あ、胡椒がないか。
カプレーゼにも良さそうなものがあったが、冬に入ったこの地域にトマトはなさそうだ。夏にならあるかもしれない。北の山地というと雪深いように思われるが、この辺りは乾燥している。前世で言えば中央アジア、モンゴル、そういうイメージが合う。だから、標高の高い山の頂上には雪があるが、人々が暮らすところには雪はそれほどない。その代わり高山から吹き下ろす風が強く、冷たい。
体が温まるもの・・・チーズフォンデュは?
ダニアは、地面に(チーズフォンデュは?)と書いた。
「何だ、それ?聞いたことないぞ?」
ヴィンスに言われて、ダニアはにこりとした。
(このチーズだと普通のチーズフォンデュより濃くなるかもしれないけれども・・・チーズを鍋に入れて、白ワインかミルクで溶かして、ドロドロにします。そこにパンや野菜や肉を付けて食べるの。)
「へえ、そんなものがあるのか。」
(生野菜や干しぶどう、オリーブ漬けがあれば、山羊のチーズと合わせてサラダになります。羊のチーズはパスタに合わせると美味しいですよ。)
「へえ、だが、今ここにないものも多いから作れないな。でも、チーズフォンデュって言ったか、それなら作れそうだな。」
(子どもがいる家なら、ミルクの方がいいと思います。だた、羊のチーズやミルクだけだと味が濃くなりすぎると思うので、山羊か牛をのものを混ぜた方がいいかと。)
「メリッサって言ったか、また色々教えてくれ。」
ダニアは頭を下げた。ふと、いつまでメリッサと呼ばれるのだろうと思った。私はダニアだと叫びたい。アルテューマに帰りたいと泣きたい。だが、あのマクシーンという女はそれを許さないだろう。このフィルという男に消される可能性だってあるのだ。ダニアの表情が暗いことに気づいたヴィンスが首を傾げたが、フィルはじゃ、と言ってダニアを荷馬車に乗せ、サルミス騎士団に向かった。その道すがら、フィルはダニアに言った。
「バラせば俺はあんたを切らなきゃならなくなる。そうならないようにしてくれ。俺は、あんたを切りたくないから。」
ダニアは俯いたままだ。フィルは小さくため息をついて、サルミス騎士団への道を急いだ。
・・・・・・・・・・
サルミス騎士団の団長テレンスは、厳しい環境にあるこのサルミスを守って20年というベテランだ。この地を守り続けていると言えば聞こえはいいが、後任の団長が決まらないためにずっと異動できずにいる、ある意味では被害者とも言える人物だ。本来であれば軍の人事異動に口を挟むようなことはできないはずなのだが、残念ながら1000年も続く王朝ともなれば腐敗もはびこる。テレンスはまさにその腐敗の犠牲者と言ってもよい人間だった。
騎士の食に与る料理人は、その身を厳しく検められる。騎士団に毒を盛られたらおしまいだからだ。フィルは『ハティ』の幹部から与えられた、メティ出身の「メリッサ」の身元保証書をテレンスに提出した。もちろん偽造されたものである。書類に目を通した後、テレンス団長自らの目で審議される。アルテューマ騎士団の食堂に入った時も同じだったとダニアはぼんやり思い出していた。フィルがメリッサがいかに料理上手か熱弁を振るう。テレンスは厳しい声で言った。
「フィル、お前がそこまでいうのなら、きっとうまいものを作れるのだろう。だが、この騎士団では食糧に割ける金が少ないことも分かっているな?」
「ええ、もちろんです。どうやら薬草を香辛料として使うことに長けているようです。」
「薬草・・・本当にこの娘の出自は信用できるのだな?」
「メティの長官が発行した身元証明書ですよ?」
「そうか。間違いはなさそうか。メリッサ、お前はぼんやりしているようだが、本当にこの騎士団で働く気はあるのか?」
ちらとフィルを見た。その目が怖い。ダニアは頭を下げた。
「本当に話せないのか?」
小さく頷いたダニアに、テレンス団長は言った。
「この騎士団には、話せないからとお前を迷惑に思う奴はいない。だが、お前が声を上げられないと知ってお前に手を出そうとする者がいないとは言い切れない。お前には笛を持たせるから、危険を感じたら笛を吹け。」
手渡された笛を一度鳴らせと言われて、ダニアは息を吹き込んだ。ピーっという、甲高く澄んだ鳥の鳴き声ような音がした。
「そうだ。それが鳴ったらメリッサが危険な状態だと分かる。常にそれは身につけているように。」
部屋から出されたダニアは、フィルではない騎士に連れられて食堂の厨房に向かった。テレンス団長は見た目は怖いが悪い人ではないと知って安心する気持ちと、そのテレンス団長を騙すことになることへの罪悪感で、ダニアは心が痛かった。立ち止まって震えるダニアに、騎士はきっと団長が怖かったんだね、大丈夫だよ、と言ってくれた。ダニアは曖昧に頷いてその後ろに従った。
・・・・・・・・・・
ダニアが攫われた。アルテューマ騎士団からの連絡を受けたロンは荒れた。エヴァンを殴りつけて4人がかりで止められた。ダニアが攫われて既に1週間が経っていた。ヴァストークから帰還するロンとアルテューマから来たエヴァンが合流できたのは、ちょうど中間地点の町だったのだ。
「状況から、ダニアが狙われたのは明らかだ。誘拐したのは『ハティ』だと推定される。だが、『ハティ』がダニアを狙った理由はロン、お前だろうと俺もアレクサンダー団長も考えている。ダニアはお前をおびき寄せるために攫われたとしか思えない。」
「『ハティ』ね。」
エヴァンが口の端から血を流しながらロンに伝えると、ロンはそのまま地べたに座り込んだ。フィーニスが心配そうにロンを見つめている。
『ロン、ダニアが大変?』
「そうだな。」
『やっつける?』
「やっつけたいが、ダニアがどこにいるのかも、それから『ハティ』の拠点がどこにあるのかもまだ分からないからなあ。」
『ん~僕がダニアを知っていれば良かったのだけれども、知らないから追えないんだよね。残念。』
「ファフニールっていうのは、そんなこともできるのか。すごいな。」
『『ハティ』の魔術師たちだってできるよ?』
「魔術師っていうのは、すごい力を持っているんだな。」
『うん。だけど、『ハティ』は己の力を神の力と同一視し、魔力がない者を虐げた。だから、シグルズと僕が立ち上がらなければいけなくなってしまったんだ。今の『ハティ』がどんな状況なのか分からないから、僕も動きにくいな。』
「フィーニス、『ハティ』の弱点って何だ?」
『1000年前は魔力頼みだったから、魔力を封じればただの人だったことだよ。今は分からない。学習して武人になっているかもしれないからさ。』
「そうか。」
その晩、ロンたちは宿場町に泊まった。ダニアがいないならアルテューマに急いで戻る必要もない。それよりもダニアを探す方が重要だ。エヴァンはアレクサンダー団長の名前で出された、ダニア救出指令をちゃんと持ってきていた。
「どこにいる、ダニア。」
ロンは片方渡したカフスボタンをいじりながらぽつんとひとりごちた。冬の静寂の中に、ロンの言葉だけがぽつんと落ちていく。
『あれ、そのカフスボタン・・・。』
「ん?知っているのか?」
『どこかで見た気がするんだよね。どこだったかなあ?』
「思い出したら教えてくれ。」
『ねえロン、どうして一つしかないの?』
「もう片方は、ダニアに渡してあるから。」
『そんなに大切に思っている子なんだね!』
「ああ、そうだよ?」
『何か方法がないか、僕も考えてみる。』
「頼む。一秒でも早く、助けてやりたい。」
1人じゃない。ダニア、君もだ。ロンはどこかにいるダニアに向かって、心の中で呼びかけた。
読んでくださってありがとうございました。
サルミス=にんにく だったりする。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




