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おいしいごはんは、いかがですか?  作者: 香田紗季
サルミス編

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読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 食堂で会うたびに、ロンとは一言二言程度の挨拶の言葉を交わす。だが、働き始める直前に2人で買い物に行ったような時間の使い方はしなかった。いや、しなかったというよりもできなかったと言う方が正しいのかもしれない。ダニアは食堂の仕事が休みの日は一日中部屋に籠もってレシピをまとめ、メニュー案と購入計画を立てる。それを、出勤日にマシュー料理長に見せてケネスとショーンとも話し合い、調整していくのだ。つまり、休みの日は食堂での調理作業がないだけで、実質的に仕事をしているのである。


 ロンはロンで副団長として猛獣討伐やアルテューマ周辺に出る商人狙いの盗賊への対応、王都との連絡調整、新人騎士への指導など、忙しい日々を送っている。ダニアの中にあったロンへの気持ちが失われたわけではないが、今のダニアにとってはロンとの距離を取ってあの男爵姉妹から絡まれないことの方が大切だった。


 ザカリーは1ヶ月後に約束通りやって来て、胡椒(ラダ)をたくさん運んできた。超高級品だと聞いていたが、長期契約ということで随分良心的な値段で取引してくれることになった。その上、米も長期契約してくれるという。ダニアはこれ以上ないほど喜んだ。大型契約が絡むと言うことで、事務部の経理担当者と団長代理の副団長ロンが契約に同席することになったのだが、ロンはザカリーとダニアの距離感に戸惑った。2人で顔を近づけて、こそこそ何か話をする。それも何度も、何度も。しまいには、ロンに見せなくなったあの屈託のない笑顔を、ダニアはザカリーに見せたのだ。ロンの中で何かがうごめいた。ダニアが食材を食堂に運ぶと言って席を立ったあと、ロンはザカリーに声を掛けた。


「随分ダニアと親しげにしているんだな。」

「ええ、ダニアさんのためなら難しい商品でも何とか仕入れてあげたいと思っていますよ。」

「・・・っ。」

「何でしょうか?私はダニアさんを料理人として、そして商売の相手として尊敬している。路上で倒れた私を助けてくれ、この国の病人食が合わなくて困っていた私に食べやすいものを作ってくれた。なかなか売れずに困っていた食材を嬉々として買ってくれた。その上、ノトスにまだまだ欲しいものがあるだなんて・・・正直言うとノトスに連れて行きたいくらいですよ。」

「連れて行く・・・?」

「私はダニアさんの能力、行動力、そして人柄に惚れ込んでいます。まだ片手ほどしか会ったことがない相手にそんなことを言われたらきっとダニアさんは逃げてしまう。だから、まずは取引業者として彼女の信頼を得ようとしています。副団長、あなたはどうなんですか?あんな黒い殺気を私にぶつけてきたということは、ダニアさんに対して何らかの感情をお持ちなのでしょう?」

「俺は・・・。」

「今はいいです。聞きたくありません。ただ、私は私のやり方でダニアさんと親しくなるつもりです。無理矢理攫うようなことはしませんよ。それだけはお約束します。」


 ザカリーも食材を食堂に運ぶと言って出ていってしまった。ロンは言いたいことも言えずにその場に立ち尽くした。


「副団長。ダニアさんのことは・・・他にもいいなって言っている人、文官武官問わずにたくさんいますよ。もし副団長が本当にダニアさんとの将来を考えているなら、今のままでは絶対に仕事第一のダニアさんに忘れられます。」


 経理担当の若い文官が静かに言った。


「どうすればいいんだよ・・・。」

「それは副団長が考えてください。」


 経理担当者もそれでは、といって事務部に戻ってしまった。ロンは心が落ち着かなくなって、アレクサンダー団長の部屋に行った。


「契約、うまくいったのか?」

「ああ。ダニアがほしがっていたものは長期契約もできた。」

「その割には暗い顔してるぞ。」

「・・・ボルシュ商会の息子が、ダニアを取り込もうとしている。」

「スパイとしてか?」


 目が険しくなったアレクサンダー団長に、違うよ、とロンは言った。


「ダニアのこと、女として見ているってこと。」

「ロンが後手に回るとはな。で、どうするんだ?」

「今、ダニアは自分の夢に向かって、やりたいことを精一杯やっている。俺はそんなダニアを応援したい。無理矢理自分の方に引きずり込むようなことをしたくない。やりたいことをやっているダニアと支え合える関係でいたい。」

「それなら、ボルシュ商会の息子の方が適任だな。ダニアの欲しいものを用意してくれるんだぜ?」

「だが!」

「だが、何だよ?お前、何にもしていないじゃないか。ボルシュ商会の息子の方が、ちゃんと気を惹こうと努力している。お前は今まで女から追いかけられたことはあっても追いかけたことはないだろう。だから、どうしたらいいのか分からないんじゃないのか?」

「・・・否定しない。」

「そうか。それなら、ちょうどいい任務がある。」


 アレクサンダー団長は、ロンの前に分厚く綴じられた書類の束を投げた。


「討伐の応援要請だ。討伐対象は未知の生物。人や家畜の犠牲が出たので、国の方でも動いたようだ。アルテューマ騎士団から5人送るようにとの指令だ。派遣先はヴァストーク。行ったら2ヶ月は帰ってこられないだろう。」

「2ヶ月もダニアから離れろって言うのか?そもそも、これ、生きて帰れるか分からないような案件じゃないか!」

「その代わり、功績があった者には王直々の恩賞があるそうだ。」


 ロンはぐっと唇をかみしめた。


「まさかその指令、俺は」

「当然指名されている。仕方ないだろう、その『瞳』を持った者の義務だ。」


 まだダニアにも言えない「瞳」の秘密。アルテューマ騎士団でも、知っているのはアレクサンダー団長だけだ。


「他の4人は?」

「お前が人選してもいいし、希望者を募ってもいい。足りなければこちらで指名する。未知の生物なんだ、命の危険があることは伝える。」

「分かったよ。」


 ロンは立ち上がった。


「出発はいつだ?」

「できるだけ早くと言われている。明日にでも出発してもらいたい。」

「急な話だな。」

「仕方ない。討伐対象はこちらの都合なんか考えちゃくれないからな。」


 アレクサンダー団長はじっとロンを見た。


「功績をあげろ。そうすれば『瞳』の呪縛からも逃れられるはずだ。」

「そうだな。」


 ロンは静かに団長室を出た。秋風が吹き始めて、日中は過ごしやすいが朝晩少しずつ冷えを感じるようになり始めた。ダニアと出会って半年、距離を縮めなかったのは、自分の怠慢だ。ロンは夕日が沈み始めた空を見た。オレンジ色の太陽が少しずつ山の稜線に飲まれていく。今日の夕食は何だろう、それだけ考えてロンは食堂に向かって歩き始めた。


 ロンはカウンターに並ぶと、ビーフシチューの皿を並べているダニアに小さい声で声を掛けた。


「今日、どうしても話したいことがある。仕事終わりに、食堂の裏で待っているから。」


 小さく頷いたダニアに満足して、ロンはビーフシチューを取り、窓際の席に着いて静かに食べ始めた。ビーフシチューは、元々大好きな料理だった。記憶にかすかにしか残らない母が、よく作ってくれたのだ。もちろんこんなしっかりした牛肉なんて入っていない。硬いすじ肉をサイコロ状に小さく切ってしっかり煮込んで何とかかみ切れるような肉だった。それが御馳走だった。ロンの食欲が落ちると、母はいつも無理をして一番安い牛すじ肉をロンの分だけ買い、作ってくれたのだ。ダニアが来る前から食堂でもよく出されていたし、母の料理もそれなりのものだと思っていた。


 だが、ダニアが作るビーフシチューは、肉がホロホロと柔らかく、バターのくどさがなく、それでいて深い味わいだ。ダニア曰く、ブイヨンのおかげだそうだ。煮込み料理やスープのベースとして、ダニアは毎日ブイヨンを作っている。アレクサンダー団長が最初に浮き実のないコンソメスープを見た時、王宮の晩餐会で供されるようなスープだと驚いていたことを思い出す。あの金色のスープを作るために、ダニアは毎日大鍋の前で湯煙に包まれている。


 デミグラスソースも味が全然違う。この世界でまだ醤油を見つけていないダニアは、醤油を使わない、タマネギ・トマト・にんじん・セロリ等の野菜、レモンやりんご等の果物、酢、砂糖、香辛料等から発酵させた、イギリスで元々作られていたタイプのものを、ウスターソースとして故郷の食品工場で作ってもらっていた。騎士団に来てすぐにあの工場が廃業したことを確認して、アルテューマの食品工場で作ってもらうように手配していた。とは言え、使える香辛料が少なかったので、ダニアとしては100パーセントのものではなかった。ザカリーが胡椒やクローブなどの香辛料を納入するようになれば、もっと美味しいウスターソース、もっとおいしいデミグラスソースになると、ダニアは喜んでいた。これまでビーフシチューだと思っていたものは、ただの牛肉入りの煮物だったと、ダニアのシチューを食べた誰もが・・・もちろんマシュー料理長たちでさえ・・・思っている。


 今日手に入った胡椒のせいだろうか、いつもより更に肉の癖がなく、味が良い気がする。ダニアは今日の付け合わせのキャロットラペに粒胡椒を入れている。好き嫌いはあるだろうが、キャロットラペを漬ける時に粒胡椒を入れて一晩おくと、胡椒の香りが移る。粒胡椒が辛いなら、除ければいいだけだとダニアは笑っていた。香りだけでもいいですから、と。ロンはまだ香りが十分に移っていないキャロットラペの粒胡椒をガリッと噛んだ。僅かだが舌がヒリヒリする。ダニアがいいというのだから、ロンもこれでいいのだ。


 ダニアのビーフシチューを次に食べられるのは、いつになるだろうか。デミグラスソースの味が、どうしてこんなに優しいのだろうか。まだダニアに一言も話していないのに、ロンはビーフシチューを味わいながら心の中で涙を流していた。

読んでくださってありがとうございました。

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