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読みに来てくださってありがとうございます。
今日はお料理なしですが、ちょっと甘いシーンが・・・。
よろしくお願いいたします。
ちょっと遅くなっちゃったな。
ダニアは片付けを終えると急いで着替えて食堂の裏に走った。ロンは月明かりの影になって壁にもたれかかり、物思いに耽っていた。様になる姿に思わず近づくのが躊躇われる。だが、いつまでも待たせるわけにはいかない。
「ロンさん、遅くなってごめんなさい。」
小走りに駆け寄ると、ダニアはそのままロンにスポッと抱き込まれた。
「ロン、さん?」
「ちょっとだけ、このままで。頼む。」
ロンの様子がいつもと違うことに気づいたダニアは、ロンの言葉に頷いた。寒いほどではないが、空気はひんやりし始めた晩秋の夜。月の光も青白さを増して、冷たく感じるようになりつつある。ロンの体の温かみに、心地よささえ覚えてしまう。
「ダニア、聞いて。」
ダニアちゃんではなく、ダニア。こう呼ぶ時のロンは、重たい話をしようとする時や真剣な時だと、ダニアは知っている。
「俺、明日から討伐に行くことになった。最低2ヶ月は戻ってくることができない。いや、相手が未知の生物ということだから、生きて帰ってこられるかどうかも分からない。」
「え・・・」
ダニアを抱き込む力が一段強くなった。
「絶対に帰ってくるって言いたいが、言えないんだ。」
「どうして、そんな危険な任務に行かなきゃいけないんですか?」
僅かに鼻声になったダニアに、ロンはそっと言った。
「前に、俺の瞳の色が変わるのを見ただろう?金の瞳を持つ者は3歳の血統検査の時から国に管理され、全員騎士にならねばならないんだ。それはね、この国の初代の王の血を受け継ぎ、その力を持って生まれてきた証だとされているからなんだ。」
「ロンさんは、王族なんですか?」
「いや、違うよ。王家も長く続けば、臣籍に降りる者もいるし、犯罪によって平民に落とされる者もいる。それから、いわゆる御落胤という者もいる。ある時点では高貴だとされる人の血も、いつしか市井に紛れ込んでいくものなんだ。俺はそういう血を持つ、いわば先祖返りだな。」
「先祖返り・・・それって・・・。」
「ああ、初代の王は、見えないものを見る目を持っていたという建国神話があるだろう?それが、金色の瞳なんだ。人によって見えるものの内容は違う。俺の場合は・・・戦う相手の力や弱点が見える。だから、その情報を元に戦える。」
「・・・すごいのね。」
「俺の力を知った連中からは、ずるいと言われたよ。」
「でも、その力を使いこなせるだけの努力をしなければ、自分のものにはならないわ。」
「ダニア?」
「どんな素晴らしい食材が目の前にあったとしても、その食材を生かす調理方を知らなければ食材をダメにするだけ。ロンさんは、その食材を生かすための技術を自分でちゃんと身につけたのだわ。」
「ダニア・・・。」
ロンはダニアの顔を見たくなって腕を開いた。
「だから、大丈夫。ちゃんと帰ってきてください。」
ダニアの言葉に、ロンは息を呑む。
「帰ってきたら、喜んでくれるか?」
「ええ、もちろん。」
多分、ダニアとロンとは同じ気持ちではない、とロンは思う。きっと友だちの出征を見送る気持ちだろう。それでも、ロンは言わずにはいられなかった。
「俺が帰ってくるまでは、どこにも行かないで、俺を待っていて。ダニアのビーフシチューが食べたいから。」
「分かったわ。ビーフシチューが好きなのね。」
ロンはもう一度ダニアの頭をかき抱くようにして抱きしめた。ロンの背にダニアの手がそっと回された。ロンの中で、ダニアが抱きしめ返してくれたことへの喜びが膨れ上がった。
「明日の朝、早いんだ。だから、君が起きる頃にはもう俺はいない。帰ってきたら、もっと色々話そう。2人でいろんな所に行こう。」
「ええ、約束よ。」
ロンはそっと指でダニアの唇に触れた。
「ロンさん、今、金色の瞳をしている。とってもきれいだわ。」
ロンはダニアの目に涙が浮かんでいるのに気づいた。
「俺のこと、心配してくれるの?」
「当たり前でしょう。だって」
「だって?」
「あなたのことが好きなんだもの。身分違いだから言わないでおこうと思っていたけれど、私、今言っておかなかったら後悔する気がして」
ロンはそのままダニアの唇を塞ぐように口づけた。初めてのキスにダニアは一瞬ビクッとしたが、ロンにしがみついて委ねた。ロンが唇を離した時、ダニアの目に涙が溜まっていた。そっと眦にキスをして、涙を吸った。ダニアはロンの肩にくたりと額をつけた。しばらくそのまま抱き合っていたが、ロンは意を決してダニアを己から離した。
「これを俺の代わりだと思って、持っていて。」
ロンは小箱を取り出すと、押し付けるようにしてダニアに持たせた。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
ロンは後ろを振り返らずに立ち去った。ダニアは再び溢れた涙を拭って小箱を開けた。小箱の中には、金の台に緑の七宝で何かの紋章が描かれたカフスボタンが1つだけ入っていた。
もう1つは、俺が持っていく。
そう書かれたメモが入っていた。
・・・・・・・・・・・
「ロン様が討伐に出たって、知っているかしら?」
翌日の昼食の時に、ソフィアが小声でダニアに声を掛けた。
「はい。昨晩、ロンさんから直接伺いました。」
「そう・・・ロン様、やっぱりあなたのことが特別なのね。」
ダニアは肯定も否定もしなかった。それが肯定の意味になることも気づかずに。
「現地にたどり着くまでに2週間くらいかかるんですって。少し手前の村に本部を置いて、そこで作戦を決定、その後兵站を確保しながら進むそうよ。移動だけでも疲れちゃうわよね。」
「・・・そうですね。」
「あなたは仕事をしっかりしなさい。それが彼の望みなんだから。」
「・・・はい。」
ダニアは明らかに元気がない。それは厨房の3人も気づいている。だから、そっとしておいてくれる。だが、こういう時に限って心をざわつかせるようなことが起きる。
仕込みの最中にマシュー料理長に頼まれ、事務部の経理担当者に来月分の食堂の購入計画を持っていく途中に、男爵家姉妹のステファニーとブリアンナが立ちはだかったのだ。
「あら、そこにいるのは男を誑かすのがうまいと噂のダニアではなくて?」
「本当ですわ、お姉様。」
相変わらずその後ろには侍女さんが申し訳なさそうに立っている。
「まだ騎士団にいたんですの?さっさと出ていけばよろしいのに。」
ステファニーとブリアンナは今日も派手な化粧と衣装に身を包んでいる。男爵家といえば貴族としては底辺になるが、金満家でなければさすがに娘2人をこれだけ着飾らせることはできないはず。大きな商会を持っているのか、民から税を搾り取っているのかは分からないが、男爵家がアルテューマに影響力を持つ限り、ダニアがこの地で自分の店を持つことは不可能だろう。
「行く場所、帰る場所がございませんので、ここにおります。それに、ここで待つと約束しましたから。」
「待つって?」
「ええ。ある方が仕事からお戻りになったら、お出しするようにと依頼されているお食事がございますので、その方がお戻りになるまではどこへも行けません。」
「そんなもの、いくらでも潰して」
「そこでやめておきなさい。」
凜とした声がブリアンナを制した。ソフィアだ。
「あなたたちが貴族の娘だということで平民のダニアを従わせようとするのなら、男爵令嬢であるあなた方は格上の子爵令嬢である私の命令に従うのは当然ですわよね?」
「な、貧乏子爵のくせに!」
「論理が破綻しています。そのような頭だから、騎士団事務部の入団試験を何度受けても落ちるのです。それから、あなたたち姉妹には団長から敷地内立ち入り禁止命令が出ました。これがその証拠です。今すぐに出ていきなさい!」
「嘘よ、そんな・・・。」
「お姉様、どうしましょう。」
後ろから侍女が2人の首根っこを掴んだ。
「さあ、帰りますよ、ステファニーお嬢様、ブリアンナお嬢様。」
「「いやあ~!」」
「うちのお嬢様がお騒がせ致しました。」
やっぱり侍女さんの方が良識的で・・・なかなか力もあるようだ。ダニアは引きずられていく2人を呆然と見送った。
「ダニア、大丈夫?」
ソフィアが気づかわしげにダニアの肩に手を置いた。
「団長がね、もうやっていられない、ダニアの安全を確保しないとロン様に殺されるって、あの命令書を出したのよ。」
「団長が?」
「そうよ。あなたが事務部に来るはずの時間になっても来ないから、もしかしてと思ってあの命令書を持って外に出てきたら、やっぱりあの2人に捕まっていた。持ってきて良かったわ。」
「ソフィアさん、ありがとうございます。」
「いいのよ。ロン様から手紙で、ダニアのこと守ってやってくれって。本当に失礼よね、こっちはやっと失恋から立ち直ろうとしているのに。」
「ソフィアさん・・・。」
「いいのよ。私はあなたからアイスクリームの作り方を教わって、それを休みの日に領民に教えているわ。来年の春の終わりに、領民でアイスクリームの品評会をすることになったわ。みんな、いろいろ工夫しているわ。自分たちが作っているものに価値があるって分かって、みんなうれしいの。あなたのおかげよ、ダニア。」
「いえ、私は自分の持っている知識をおわけしただけです。」
「それが大切なの。得た知識を自分だけのものにして、それで自分だけ儲けようという人が世の中にはたくさんいるわ。もちろん、その知識を得たのはその人の努力だから、知識を分け与えないことを悪だというつもりはない。でもね、その知識をダニアのように他のみんなが幸せになるようにと使った方が、自分も周りの人も幸せにできると思うの。」
「そうですね。私のレシピも、是非皆さんにつくってもらって、もっといい、美味しいものができたらいいと思っています。」
「ええ。だからあなたのやり方は間違っていないわ。団長もそれを認めている。ロン様もね。ボルシュ商会もうまく利用しなさいね。」
ソフィアが書類を届けてくれるというので預けた。
「今日の夕食のデザートは何?」
「ホットアップルパイです。林檎が美味しい時期になりましたので。あ、アイスクリーム付きですよ。」
「あら、それは楽しみだわ。」
ソフィアが手をひらひらさせながら事務部へ戻っていった。助けてくれる人がいる。それがうれしい。自分を助けてくれる人のためにも、美味しいものを作ろうとダニアは気持ちを新たにした。
読んでくださってありがとうございました。
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