第98話 エデンの真実(2)
数時間かけてカナン島の施設を巡り、八人のメンバーを案内して回った。
増築に増築を重ね、もはや街レベルにまで巨大化した無人のプラントや生産工場を回るごとに、彼らの口数が減っていく。
訳の分からない機械群に囲まれ、もはや理解が追い付かないのだろう。
最後に立ち寄った造船ドックでは、建造中の新造艦を目を丸くして見ていたが、口から洩れる言葉は「わあ」とか「おお」とか「すごい」とか、反射的に出る言葉ばかりだ。
「この島で見せるべきものはこれくらいだな。皆疲れたろう。最後に天空の島エデンを案内しようか。天空の島には俺の屋敷がある。そこで休息にしよう」
俺たちを乗せたシャトルがカナン島から天空の島エデンに向けて飛び立った。
現在のエデンはカナン島近くの海上に位置しており、シャトルなら十分もあれば到着する距離だ。
窓から外を覗いていたギルベルト王が、空に浮かぶ島エデンを見つけた。
「おお、島だ! 空に島が浮いているぞ。あれだ、確かにあれだよ。前にアルビナ王都の空に現れた天空の島。あの上に僕らが数日過ごした屋敷があるんですか?」
「ああ、島の上空を一周したらシャトルを屋敷の前に降ろす。今の時期はめったに見れない絶景が見られるぞ」
シャトルがエデンの上空に辿り着くと、シャトルの機内から歓声が上がった。
島の地表一面に色とりどりの花が咲き乱れ、この世のものとは思えないほどの美しい風景を作り上げていたのだ。
「アルビナ組は屋敷の庭園を知ってるだろう。あれから庭園が更に広くなって今では島全域が庭園になってる。今は一番花が咲き誇る時期だよ。いい時に来たな」
アレクシアとクリスティンが天空の花園から目を離せなくなっている。
「まるで天国にいるみたいですね」
「その通りですわ。と言っても私は天国なんて見たことございませんが……」
クリスティンよ。なぜ余計な事を言う? アレクシアが気まずい顔をしてるだろうが。
やがてシャトルが屋敷の前の芝生へとゆっくり着陸した。
シャトルから降り立った者たちが、目の前に建つ大きな洋館を見上げる。
ノルベルトがほっとした声を出した。
「大きいけど普通の屋敷だ……。普通はいいな。訳の分からない機械はもう十分だよ」
「バベル城と同じだぞ。外見はこの世界の洋館風だけど、内部は機械文明の産物だ」
「はぁ、そうですか」
屋敷の前では三人のメイドロイドと五人のガーデロイドたちが整列し、俺たちを出迎えている。もちろん全員の顔はマスクで隠されている。
「マスター。お帰りなさいませ」
「ただいま、アリス。お客様をリビングに案内してさしあげろ」
「はい。かしこまりました」
俺の後ろでクリスティンが屋敷を見上げ、両手を広げて何か叫んでいる。
「ああ、やっと帰って来れましたわ。懐かしの我が家! おや、そこにいらっしゃるのはセシリアさんではありませんか。あなたの作るフルーツケーキの味が忘れられず、私は帰ってまいりましたわ!」
クリスティンがメイドのセシリアの腕を取り、ブンブンと振り回している。
そう言えばこいつはよくセシリアに強請ってケーキを焼かせたり、食後のデザートに注文を出したりしてたな。
「おいこら、クリスティン。いつからこの屋敷はお前の家になったんだよ!」
「まあ、皇帝陛下ともあろうお方が、そんな細かいこといちいち気にしないで下さいまし」
こいつ……、今からでも追い返してやろうか。
メイドたちに先導され一行は屋敷のリビングへと案内された。
リビングに置かれたソファーに座って一息入れる面々。
「急ぎ足ではあったがカナン島の主要施設は見て貰った。このエデンにも地下工場や格納庫などがあるが、カナン島と似たような施設だ。案内は割愛させてもらう」
俺は皆の顔を順に見回した。
「さて、何か聞きたい事はあるかな?」
ノルベルトが真っ直ぐに俺の目を見た。
「皇帝陛下。大陸征服にはいつ乗り出すおつもりですか?」
外務大臣の職に就くこの男、いつもウイットに富んだジョークで場を和ませるムードメーカー的な存在である。
俺はノルベルトから投げられた冗談にどう応えようかと思案した。
そして返事を返そうとして彼の顔を見て気が付いた。
彼は真剣だ。とても冗談を言っているようには見えない。
「大陸征服? 何のことだ?」
「あれだけの武力と生産力があれば、このミルドランド大陸でエデン帝国にかなう国などありません。あの北の軍事大国であるエルドラ帝国と言えどエデン帝国の前では赤子同然。大陸を統一しその頂点に立つのは簡単だと思います。大陸征服計画があるのでしたら事前にお教え下さい。全力を持って遂行いたします」
俺は頭を抱えた。俺の真意が全く伝わっていない。
いや違うか。俺はまだ自分の真意を誰にも伝えていない……。
ノルベルトへの回答は保留し、軍務大臣のバジルに質問を投げる。
「バジル。ひとつ軍務大臣としての意見を聞かせて欲しい。空中フリゲート艦サラマンダーと空挺母艦アルバトロス。それに百機のバトルロイド。おっと、巨大ロボもあるな。それだけの戦力があれば大陸征服は可能だと思うか?」
彼らにはサラマンダーやアルバトロスの過去の戦闘記録を見せてある。
バジルはその戦闘記録を食い入るように見入っていた。ある程度、エデンの戦力把握は出来ているはずだ。
バジルが目を閉じ考え込んだ。
周囲の者たちは固唾をのんでバジルの返答を待ち受けている。
やがてバジルの目が開いた。
「無理ですね」
「その理由は?」
「確かにアルビナ王国やホルス王国のように王城を攻め落として王に降伏を迫れば、いくつかの国は支配下に置けると思います。ですがそこまでです。我々の手口を見た他の国々は、自国の王を守るため所在を隠すでしょう。そうなれば例え王城を破壊しても、王が健在である限り国は存続します。王を見つけ出し捕えない限り降伏はさせられません。国土を破壊し尽くし国力を衰弱させて降伏を迫るという手もありますが、陛下がそのような戦いを認めるとは思えません。となると勝敗など付きません。そんな戦いをいくら続けても大陸制覇など不可能です」
「ありがとう。俺の言いたい事を全て言ってくれたよ」
バジルに礼を言い、ノルベルトに向き直る。
「聞いての通りだ。確かに俺の保持する戦力は強大だ。だが敵軍が小部隊に分かれ野に山にと分散したら、その全てを相手に戦う能力はない。国レベルの戦いでは強さだけではなく数も必要だ」
「カナン島の生産施設を使えば、その数も揃えられるのでは?」
「確かに可能だ。多少時間は掛かると思うが戦力数は増やせる。だがそもそもの話、俺は大陸を制覇する必要性を感じていない。もしエデン帝国を敵視し襲いかかる国があれば全力で叩き潰す。友好を求め手を差し出すのであれば、俺はその手を握り返す。互いに不干渉を望むのであればこちらも不干渉で応える。無理に大陸中の国を統一する必要などない」
「皇帝陛下、この大陸から戦争は無くなりはしません。今この瞬間にも、大陸のどこかで戦いが繰り広げられているはずです。陛下が平和を求めても、他の国々は常に領土拡大を狙って侵略準備を進めています。であれば我々が大陸中の国々を平定し、大陸統一を果たす方が平和への近道ではないですか?」
宰相のブラッドがノルベルトの肩に手を掛け、諭すような口調で言う。
「ノルベルト、お止めなさい。どうしたんですか? あなたらしくない。あなたはそんな覇権主義者ではなかったはずです」
ノルベルトはハッとした表情を浮かべ、ブラッドを見た。
「ブラッド。…………すまん。どうやらエデンの戦闘記録やカナン島の生産施設を見て、気が大きくなっていたようだ」
「確かにあれだけのものを見せられれば、無理もないですが……」
突然転がり込んできた絶大なる力を目の当たりにして、戦いの本能に目覚めたのだろう。
これは皆に念押ししておいた方がいいかも知れない。
俺はノルベルトに語り掛ける体をして、部屋の全員に俺の意思を伝えた。
「ノルベルト。俺は大陸を支配するために帝国を建国した訳じゃない。無用な戦いをしなくて済むように帝国を建国したんだ。だから大陸征服など興味はないし、仮に興味があったとしても、今の帝国の戦力では大陸征服など不可能だ」
ノルベルトが俺に頭を下げる。
「陛下の御心は理解しました。つい興奮してしまいお恥ずかしい限りです。申し訳ありませんでした」
「分かってくれればそれでいい。今日、皆にエデンの真の姿を見せたのは、帝国の保持する力を正確に把握し、今後の国政に生かしてもらうためだ」
リビングに座る者たちに視線を向けると、全員が頷いて了解の意思を示した。
それを見て俺も大きく頷く。
「俺の思いを理解してもらえて嬉しいよ。では最後にエデンの最大の秘密を伝えるとしよう。ギルベルト王、アレクシア。これを腕にはめてくれ。ライザーとクリスティンに渡してあるのと同じブレスレットだ」
俺がブレスレットを手渡すと、二人は素直にブレスレットを身に付けた。
元々ライザーとクリスティンにはエデンとアルビナ王国の連絡要員として通信用ブレスレットを渡してあった。帝国の宰相と三大臣もその職に就いた時に渡してある。
「これでここにいる者たちは全員がブレスレット持ちとなった訳だ。そこで君たちに紹介しておきたい者がいる。エデンの守護神ケルビムだ」
俺がケルビムの名を口にすると、八人のブレスレットが一斉に鳴った。
『只今ご紹介に預かりました、エデンの総合管理ユニット、ケルビムです。以後お見知り置き下さい。……とは言っても、私の本体はエデンの地下深くにあり、姿をお見せすることはできないのですが』
俺はこのエデンにおけるケルビムの役割を皆に伝えた。
ケルビムはエデンのほとんどの機器を管理する人工知能であり、ケルビムの存在無くしてはエデン帝国の存続はありえないと。
「ケルビムはエデン帝国の守護神だ。権限的には俺に次ぐナンバー2の地位だが、その能力や知識においては帝国随一、文字通り神と呼ぶべき存在だ。君たちの手に余る緊急事態が発生した場合、ケルビムに連絡を取りその指示に従え。緊急ではなく日常の生活でも構わない。何か困りごとがあればケルビムを呼び出すといい。相談に乗ってくれるはずだ」
『はい、お任せ下さい。相談無料、秘密厳守で二十四時間いつでもご相談をお受けします。仕事のお悩みや生活相談はもちろん、恋愛相談とか、人生に疲れたとか、上司の皇帝が我儘で困るとか、上司の皇帝からパワハラを受けたとか、上司の皇帝から性的ないたずらを受けて……』
「やめんか! 途中から上司の皇帝相談室になってるじゃねーか!」
『借金の申し込みとか、保証人のサイン以外でしたら、お気軽にご相談を』
俺はため息を付いてケルビムとの通信を切った。
何だか一気に気が抜けた。
「これで君たちは帝国の秘密のほとんどを知った訳だ。まだ秘密にしている事が無いではないが、それはセキュリティの問題など、君たちと言えど明かすべきでないと判断したものだけだ。そこは理解して欲しい」
「皇帝陛下は十分過ぎるほど、我々に手の内、胸の内をお見せ下さいました。今後二度と陛下のお心を疑うような真似はいたしません」
「いや、それは困る。臣下の忠言は大歓迎だ。俺が欲しいのは主君の間違いを諫められる臣下であって、盲目的に従うイエスマンではない。もちろん進言を受け入れるか否かはその場その時の判断になるが、少なくとも臣下の忠言に耳を閉ざすつもりはない」
「心得ました」
「それにエデンの秘密はいつかは教えるつもりだったから、今回はいい機会だったと思うよ。……言うまでも無いと思うが、ここで知り得た情報は全て機密事項だ。不用意に機密を口にしないよう十分注意してくれ」
これでエデンの秘密の大部分は共有できた。今後は国政がやり易くなるだろう。
「ずいぶん遠回りになってしまったが、ついでだから本来の議題も済ませておこう。セントース聖王国に親善使節団を送る件だ」
ブラッド宰相が怪訝そうな顔をしている。
「ブラッド、その顔は何だよ。忘れたのか? セントース聖王国に送る親善使節団に俺も加わるって宣言しただろ。そうしたら危険だから駄目って話になって、その流れでエデンの秘密を見せることになったんだろ」
「ああ、そうでした。いろいろ驚きの連続で、すっかり忘れていました」
「エデンの真の姿を見たからには、セントース聖王国への訪問に駄目出しはしないよな」
「具体的にどんな準備をされるのか聞かないと、やはり承諾致しかねます」
「それでこそ俺の信頼する宰相様だ。では説明しよう。セントース聖王国は俺を魔王認定し倒そうとしている。つまり魔王だけが標的であって、親善使節団に危害を加えるつもりは全く無いという事だ。親善使節団に危害を加えれば国家間の戦争になり聖王国に勝ち目はない。聖王国は皇帝である俺には手を出せない。とはいえ聖王国訪問中に魔王認定されると状況は一変する。それで俺は考えた。つまりだな……」
俺は部屋にいる者全員に、俺のセントース訪問計画を詳細に語って聞かせた。
「まだ構想だから修正は入るかもしれないが、基本は今説明した方向で考えている」
反応は様々だった。
ブラッド宰相は渋い顔をしている。
「それなら陛下は確かに安全です。ですがそれは反則のような気がします」
ノルベルトは腹を抱えて大笑いだ。
「黒い! 陛下が黒い! 何だかセントースの連中の方が正しい気がしてきました。陛下は確かに魔王です。もう認めてしまいましょうよ。大丈夫です。私は陛下が魔王でも忠誠を誓いますよ」
アレクシアが俺ににじり寄る。
「皇帝陛下。使節団の安全は確保されているのですよね。でしたら私もアルビナ王国の代表として同行させて下さい。陛下のお役に立てると思います」
おかしいな。何だか面白がっているような……。
いや、この娘はちょっと堅物な真面目な娘だ。たぶん俺の気のせいだろう。
「アレクシア様が行くのであれば、このクリスティンもお供致しましょう。そのような楽しいイベント、見逃す訳にはまいりませんわ」
……こいつにエデンの秘密を見せたのは間違いだったかもしれない。
「俺がセントース聖王国に行く事は同意が取れたようなので、その方向で進める。ノルベルト、手配を頼む」
「お任せ下さい、魔王陛下」
「やかましいわ!!」




