第99話 帝国親善使節団
「ほう、あれがセントース聖王国の聖都セレスか。何だか真っ白な街だな」
俺は遠くに見える城壁とその向こうの白亜の建築物を馬車の車窓から眺める。
馬車に同乗している外務大臣ノルベルトが、俺の言葉に自らも窓の外へと目を向ける。
「聖都内には白亜の聖堂や教会が五十近くありますからね。そのせいで外からは街全体が白く染まっているように見えるんです。清潔感溢れる街との評価もありますが、私は白一色の街は落ち着きませんね」
実の所、聖都セレスの街の様子など、偵察機とシャドウ諜報員からの情報により、とっくの昔に把握済である。
ではなぜこんなお上りさんっぽい会話を交わしているのかと言えば、聖王国側の監視を警戒してのことだ。
親善使節団が聖都から一日の距離まで近づいた頃から、不審な騎馬の一団に後を付けられているのだ。平民風の衣装を身に付けてはいるが、聖王国の手の者に間違いないだろう。
善意に取れば我々使節団が不埒な者たちに襲われないよう、密かに護衛しているとも見えるが、親善使節団は馬車八台とアルビナ王国から借り受けた護衛騎士団からなる総勢百人近い大集団であり、盗賊はおろか軍隊とだって戦える規模だ。
これは素直にこちらの監視と情報収集のための要員と見るのが正解だろう。
となれば何らかの方法で会話を盗み聞きされる恐れも無きにしも非ず。という訳で、聞かれても困らないような会話、もしくはあえて聞かせるための会話に徹しているのだ。
何度かきわどい会話をして監視者の反応を窺ってみたのだが、全く反応が無いところを見ると取り越し苦労だったようだ。
やがてエデン帝国の親善使節団の一行は、無事セントース聖王国の聖都セレスに到着した。
先触れが到着の連絡を入れてあったため、使節団は街の城門で止められることもなく、待機していた聖都の聖騎士隊に先導され、用意された宿舎へと向かった。
今回の親善使節団の目的は、新興国であるエデン帝国による隣国セントース聖王国への表敬訪問だ。
教皇ガルヴァーニと会談を行い、帝国には聖王国と争う意思はない事を再度伝えることが第一の目的である。聖王国が帝国を敵視しなければ万事解決で、後は友好を深めて帰るだけだ。
問題は教皇が帝国への敵視を止めない場合だ。
その場合でも聖王国は表向き帝国との友好を約束するだろう。そして裏で召還した勇者の育成を急がせるはずだ。
勇者の準備が出来れば、皇帝が復活した魔王であると宣言し、勇者を魔王討伐に差し向けることになる。
セントース聖王国は勇者による魔王討伐という大義名分を掲げてくるだろうが、そんな名分など俺の知った事ではない。皇帝も魔王も関係ない。俺に剣を向けるという事は、即ち帝国に剣を向けるという事だ。エデン帝国は総力を挙げてこれを殲滅する。…………のではあるが、正直俺だってそんな不毛な争いはしたくない。
そんな最悪の事態には陥らないよう策を練ってきたが、まずは教皇との会談に力を注ぐとしよう。帝国に聖王国を攻める意思なしと納得させられれば、すべてが丸く収まる。
平和が一番だ。
◇◇◇
「教皇様、エデン帝国の親善使節団が到着したようです」
教皇付きの助祭の言葉に、教皇ガルヴァーニは窓から外を覗いた。
出迎えの聖職者たちが立ち並ぶシャーラ大聖堂前の広場へ、エデン帝国の親善使節団の馬車や騎馬が続々と入ってきている。
とりわけ豪華な馬車が広場に止まると中から一人の男が降りて来た。エデン帝国皇帝タツヤだ。髪は黒髪で顔は銀のマスクで隠されており素顔は窺えない。
(あれが復活した魔王ですか。外見は普通の人間ですね。いえ、あのマスクが気になりますね。何か魔王の特徴を隠すためのアイテムでしょうか?)
続いて護衛と思われる黒い鎧に身を包んだ騎士が出て来た。この護衛も皇帝同様にマスクで顔を隠している。
さらにもう一人、今度はドレスに身を包んだ銀髪の女性が出て来た。だが彼女もまた白いマスクで顔を隠している。こちらは目も口もない顔全面を覆うマスクだ。
(帝都バベルでは顔を隠すマスクが流行っているのでしょうかね?)
そんな他愛ない疑問を振り払い、ガルヴァーニはお付きの助祭に声を掛けた。
「ではこちらも行きましょうか」
会談場所である大聖堂に向かう道すがら、教皇は今日の会談の行く末に思いを巡らしていた。
半月ほど前、聖都にエデン帝国からの使者がやってきた。
先日エデン帝国に派遣した外交使節団への返礼として、帝国からも聖王国に親善使節団を派遣したいとの事だった。しかも皇帝自らが使節団に加わると言うのだ。
エデン帝国皇帝を魔王と認定し討伐しようとしていたセントース聖王国は、帝国の真意を計りかねパニックに襲われた。
使節団の目的は本当に友好目的なのか?
それとも魔王討伐の意図に気付き、先手を打ってセントース聖王国に攻め込もうとしているのではないか?
聖王国は枢機卿会議を開き帝国への対応を検討した。会議は紛糾しなかなか結論は出なかった。最終的には教皇の判断に一任されることとなった。
教皇は熟慮の末、帝国の親善使節団を迎え入れることを決断した。
正直、皇帝を聖都に入れるのは危険である。
とは言えまだ魔王を討つ準備は整っていない。
今は帝国の使節団を歓待し、気分良く帰ってもらうしかない。
教皇ガルヴァーニは大聖堂に用意された会談のための広間に、エデン帝国の皇帝タツヤを迎え入れた。
タツヤ皇帝は背後に同伴者を連れていた。気品溢れるドレスに身を包んだ若い少女である。
皇帝と少女の後ろには二名の護衛が付き添っている。一人は先程見かけた黒い鎧の騎士。もう一人は全身を白い甲冑で固めた偉丈夫の重騎士だ。こちら重騎士も兜を被っており、素顔を窺うことはできない。
「エデン帝国皇帝陛下。セントース聖王国聖都セレスまで遠路はるばるよくお越しいただきました」
「ガルヴァーニ教皇猊下。お初にお目に掛かる。私はエデン帝国皇帝タツヤ。以後お見知りおき願いたい。我らの急な訪問要請を受け入れていただき、感謝の極み」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。こちらこそ帝都に派遣した外交使節団が破格のもてなしを受けたと聞いております。皇帝陛下の寛大なお心に感謝を」
ガルヴァーニは皇帝から差し出された手を握り返した。
握手が終わるとタツヤ皇帝は隣に立つ同伴者を紹介した。
「彼女は我が朋友国であるアルビナ王国、アレクシア王姉殿下。今回、私の親善使節団が聖都を訪問すると聞き及び、同行を申し出られたのです」
少女がガルヴァーニに向かい、ドレスの裾を軽く持ち上げる。
「ガルヴァーニ教皇猊下。アルビナ王国王姉アレクシアと申します。国王ギルベルトに成り代わりご挨拶に参りました」
「アレクシア殿下。ギルベルト国王陛下はお元気ですかな? 王の戴冠式にはぜひ出席したかったのですが、なにぶん歳がいっておりまして、国から出るのはままなりません」
その後もしばらく、三人で当たり障りのない社交辞令的な会話が続いた。
タツヤ皇帝と会話を交わすガルヴァーニ教皇は、大きな違和感を覚えていた。
以前に皇帝と相まみえた賢者ペッキアは、皇帝の持つ膨大な魔力を見て彼は魔王であると教皇に連絡してきた。
念話を使った連絡であったため、彼が感じた魔王への恐怖はガルヴァーニにもしっかり伝わっていた。
だが目の前にいるこの男からは、賢者ペッキアの感じた魔力が全く感じられない。
ガルヴァーニは教皇だけあって上級の回復魔法を思いのままに行使でき、僅かだが魔力を感知する力も持っている。
にも関わらず、タツヤ皇帝からは一般人より遥かに弱い魔力しか感じられないのだ。
それに帝国皇帝らしからぬ物腰の柔らかさ。
アルビナ王国、ホルス王国を力でねじ伏せた大国の皇帝としては異様なほどである。
教皇の戸惑いなど知らぬげに、皇帝タツヤは会話を続けている。
「先日我が国を訪れた外交使節団の方々に、セントース聖王国と固い友誼を結びたいと申し出たところ即座に快諾をいただいた。新興国である我が国に温かい言葉をいただき感謝の言葉もない。セントース聖王国への友好の印に、贈り物を持参しました。お収め下さい」
大聖堂の聖騎士たちが、数個の木箱を広間に運び込み蓋を開いた。
帝国からの贈り物として広間に持ち込まれたのは、木箱にぎっしつと詰まった金貨の山だった。
「セントース聖王国が各国に教会を建て、貧しき弱者に手を差し伸べる姿に以前より感銘を受けておりました。ですが昨今お布施が集まらず難儀していると聞き及びます。ささやかながら教会へのお布施として金貨十万枚を用意させていただいた。これを各地の教会の活動費として使っていただければ幸いです」
「何と、金貨十万枚。本当にそれほどの額を頂いて宜しいのか?」
「もちろんです。聖王国とは互いに助け合い、共に発展していきたいと願っております」
皇帝の指摘は否定のしようのない事実である。
聖王国はルーン教の教えを広めるため、国内はもちろん国外にも多くの教会を建て、信者を増やそうとしている。
教会の運営費は大半を信者からのお布施で賄っているが、貧民の多い地区ではお布施など微々たる額しか集まらない。貧しい者たちへの救済に力を入れると、持ち出しばかりで教会の維持が困難になる。各地の教会からは支援の要請が絶えず、維持不能となって放棄された教会も数知れない。
教会には聖王国からも補助金を出しているが、国の財源も有限である以上、出せる額には限度がある。正直金貨十万枚のお布施は喉から手が出るほど欲しい。
だが、これほどの額を供出するとなれば、それなりの見返りを要求されるはずだ。
いきなり大金を差し出してきた所を見ると、どうやら皇帝は回りくどいやり取りをするつもりはないようだ。であればこちらも合わせるべきか。
「皇帝陛下の弱者への慈愛の心、大変感銘を受けました。これで飢え苦しむ者が大勢救われるでしょう。……皇帝陛下のお心に報いるために、何か私にお手伝いできる事はございますかな?」
「私の望みはただ一つ。変わらぬ友好を」
教皇はその言葉を聞いて寒気を覚えた。
タツヤ皇帝は聖王国の企みに気付いているのではないか?
魔王討伐など考えるなと釘を刺しに来たのか?
教皇の焦りをよそに、タツヤ皇帝は言葉を続けた。
「私はセントース聖王国という国に非常に感銘を受けております。我が帝国も聖王国の理念を取り入れ、神の名の下で民に優しい国を作って行こうと考えています」
教皇の焦燥感が一気に膨れ上がる。
何かとんでもない事が起ころうとしている気がする。
「教皇猊下。先ほど望みは一つと申し上げたが、訂正させていただきたい。変わらぬ友好の他にも猊下にお願いしたい儀が」
駄目だ。聞いてはいけない。教皇の本能がそう告げていた。
だがタツヤ皇帝は言葉を止めない。
「どうかこの私に、猊下おんみずから洗礼を授けていただきたく。エデン帝国皇帝タツヤはルーン教に改宗いたします」
そう宣言する皇帝タツヤ。
目元はマスクで覆われているが、その口元を見れば彼の表情は手に取るように分かる。
彼は笑っていた。
ガルヴァーニ教皇は心の中で悪態を付いた。
(この悪魔め!)




