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第100話 会談を終えて

「皇帝陛下。教皇猊下との会談はいかがでしたか?」


 同行したアレクシアと一緒に親善使節団に用意された宿舎に戻ると、さっそく外務大臣のノルベルトが聞いてきた。

 ノルベルトは会談の最中、聖王国の聖職者たちと外交的な話をしており別行動だったのだ。


「今日はまだ顔合わせだから何とも言えないな。勝負は明日の本会談だ。とはいえいい感触はあった。やっぱり金貨十万枚の力は絶大だよ。このまま帝国の誠意を見せ続ければ、おかしな誤解も解けて平和的に解決できそうな気がするんだけどな。アレクシアは横で聞いててどう思った?」


 会談にアレクシアを同席させたのには意味がある。

 たとえかつて戦った国であっても友好的な関係を続けていると見せつけるためだ。

 戦った国とだって友好関係を築けるのだ。どんな国とだって仲良く出来ない理由はないという俺の意思表示なのだ。


「はい、今日の会談で皇帝陛下の受け答えに問題は無かったと思います。ですが陛下が改宗を表明なさってからの教皇猊下は、心ここにあらずといった感じで……。エデン帝国に敵意がないと分かって戸惑っていただけならいいのですが、私にはまだ事態が好転しているようには思えません」


 ノルベルトがアレクシアの言を聞き、嬉しそうに笑っている。


「改宗の効果は抜群のようですね。教皇も慌てたでしょう。教会に多額の寄付をしてルーン教に改宗した熱心な信者を、そう簡単に魔王呼ばわり出来ませんからね。教会で聖書を抱かえて神に祈りを捧げる魔王だなんて、考えただけでも……、ぶははは」


 こいつは放っておこう。


 結局、教皇に申し出た洗礼の件は保留となっている。他国の元首に軽々しく洗礼を授けられないという理由で、また後日の相談となったのだ。


「確かに教皇がうわの空だったのは、俺をルーン教徒にさせない方策を考えてたんだろうな」


 ノルベルトの言った通り、もし俺をルーン教の信者にしてしまうと、後で俺を魔王だと宣言しずらくなる。

 多額の金を受け取っておきながら魔王呼ばわりなどすれば、世間からいらぬ疑惑を持たれるのは必至だ。

 それにもし受け取ったお金を各地の教会に分配すれば、教会は魔王の支援を受けているという既成事実を作ることになる。


 俺を魔王にしたいのなら、最初からお金を受け取ってはいけなかったのだ。

 たが教皇は受け取ってしまった。もはや返す事も叶わない。

 もし友好目的で提供された資金を突き返せば、聖王国に友好の意思なしと受け取らる恐れがある。

 聖王国としては勇者の準備が整うまでは、帝国の不興を買うような危険は犯さないはずだ。


 今のところ、こちらの思惑通りに事は推移している。

 こうやって外堀を埋めていけば、聖王国が俺を魔王に仕立て上げる事は難しくなる。

 帝国に対する不信感は簡単には拭えないだろうが、そこは時間を掛けて解消していくしかない。まずは俺が魔王であると言わせないのが肝要だ。


「俺は明日も引き続き教皇との話し合いだ。アレクシアはクリスティンと一緒に聖都内の教会を回ってくれ。渡した資金は全部使い切っても構わないから、よろしく頼むよ」

「かしこまりました。皇帝陛下」


 アレクシアとクリスティンには、聖都内の教会を巡り寄付をして回るよう頼んである。

 その際、聖都を訪問中のエデン帝国皇帝が教会のために莫大な寄付を行ったこと、更に皇帝がルーン教への改宗を望み教皇に洗礼を依頼したことを、さりげなく教会関係者に伝えて回るのが彼女たちの任務だ。


 こうして噂をばら撒いておけば、後からお金など受け取っていないと否定できなくなるし、もし教皇が俺への洗礼を拒否しても、数ある教会のどこかが代わって引き受けてくれるはずだ。


「アレクシアも外国の街を訪問するのは初めてだろ。教会を巡る合間に街で買い物とか食事とか楽しんでくるといい。費用はこちらで持つから気にするな。けどクリスティンにはあまり美味しい物を食べさせるなよ。あいつに美味しい物を食べさせると、仕事を忘れて飲食店巡りでもしかねん」

「ふふふっ、ではお言葉に甘えることにいたします。後から請求書を見て驚かれないようお願いしますね」

「……アレクシア、俺はお前の良心を信じているぞ」

「うふふふ」


 アレクシアが意味ありげな笑みを浮かべて自室に戻っていった。

 やっぱりあの娘、性格が変わってきてないか? それとも今まで猫を被っていたのか?


「さて、ノルベルト。そっちの報告を聞こうか」

「聖王国に要請していた国内施設の見学ですが、これは正式に許可が下りました。明日から何組かに分かれて見学に回る予定です」


 我々は『親善使節団』である。

 聖王国と友好を深めるのが目的なのだから、文化交流を行い相互の技術向上に努めるのは当然だ。

 そこで聖王国内の、農業、工業、商業などの各分野で優れた技術を持つ個人や集団と、技術交流を行いたい旨、事前に要請しておいたのだ。

 一方的に教えを請う訳ではない。互いに技術を出し合って相互の利益を見い出し、更なる高みを目指すのだ。


 ……とまあ、そんな崇高な目的に嘘などないが、それはあくまで表向きの理由だ。

 実際は聖王国の監視の目を親善使節団に集めるためである。


 聖王国だって使節団の目的が技術交流だけとは思っていないだろう。

 技術交流の合間に国内情勢やら機密情報を探ろうとしていると考えるはずだ。

 本音を言えば断りたいところだが、親善を大きく掲げた使節団を無下にも出来ず、許可を出さざるを得ない。


 帝国の使節団が各地に分散して交流活動を行えば、聖王国は使節団に多数の監視要員を動員しなければならなくなり、他方面の警備が手薄になる。それだけ帝国の本物の諜報員が動き易くなる。


 俺は聖王国を敵視していない。聖王国と友好を深めたいのはまぎれもない真実だ。

 その聖王国でこそこそと諜報活動を行うなど、矛盾した行為ではあるのだが、まあ、それはそれ、これはこれ。

 国際政治の世界では綺麗ごとばかり言ってはいられない。


「分かった。では手筈通り進めてくれ」

「了解しました。で、勇者の件はどうしますか?」


 セントース聖王国が召喚したと言う勇者に関しては、その存在はほぼ確実なのだが、それ以上の具体的な情報が入ってこない。勇者の名前も歳もどんな能力を持っているかも全く分からない状態なのだ。

 情報があるとすれば、聖王国の中心であるこのシャーラ大聖堂以外にないのだが、ここは前に賊に侵入されて以降、警戒が厳重になっている。再度の侵入は困難だ。


「もう少し手掛かりがないと、手が打てないなあ……」


 その時、俺のブレスレットに通信が入った。発信者は秘密諜報組織シャドウの諜報員、シャドウ2だ。

 聖都に潜入して諜報活動を行っていたシャドウ1とシャドウ3が聖都から離脱したため、現在はこのシャドー2、ニーノが現地諜報員のリーダーだ。


「ストレイカーだ。シャドー2、どうした?」

『司令官、これまでに入手した勇者の情報を報告したいのですが』

「いいタイミングだな。ちょうどその話題をしていたところだ。さっそく報告を頼む」

『勇者は確かに実在しています。実際にシャーラ大聖堂の地下施設で召還の儀が行われたのは間違いありません。召喚された勇者は召喚後数日は大聖堂にいたようですが、現在は聖騎士団の護衛のもと迷宮都市ファーゴの迷宮に潜り、魔物相手に戦闘訓練を行っています。明後日には休養のため聖都近郊の街バーデンまで戻ってくるようです。本当は聖都に帰還したかったみたいですが、エデン帝国皇帝の聖都訪問で休養先を変えたようです』

「それは悪いことをしたな。だが近くまで戻ってくるというのは好都合だ」

『勇者本人についての情報は依然掴めていません。確証の得られていない噂レベルの情報なら入ってきていますが、まだ真偽を調査中です』

「ちなみにその噂レベルの情報ってのは?」

『勇者は黒目黒髪の十代後半の女性。剣術関連のスキル持ちで全属性の魔法が使える、まさに物語の中に出てくる勇者そのものですね。但し性格に難あり』

「性格に難とは?」

『不明です』


 勇者については想定通りだ。日本の少年少女が異世界に召喚されるのはファンタジーの王道だ。勇者として召喚されたのなら戦闘能力も当然チート級のはずだ。

 五十近くでこの世界に迷い込み、剣も魔法も使えない俺とはずいぶん待遇が違うじゃないか。

 たぶん元の世界、いや、元の時代に戻る手段なんて用意されてないんだろうな。

 魔王を倒せば帰れると騙され、魔王討伐を強いられるところまでがテンプレだろうし。


「ご苦労だった。引き続き調査を続けてくれ」

『了解』


 俺とシャドウ2との通話を横で聞いていたノルベルトがため息を付く。


「陛下直属の諜報員は優秀ですね。私の子飼いの諜報員からは、何の情報も上がってきてませんよ。で、陛下は勇者をどうなさるおつもりで? 力を付ける前にサクっと殺っちゃいますか?」

「何それ! 怖いよ! もし勇者を殺したら本当に魔王にされちゃうよ。それに勇者は若い女の子かもしれないんだぞ。罪なき少女を殺めるなんて俺に出来る訳ないだろうが」

「おや、陛下は若い少女は殺せないと? むくつけき男であれば問題ないと?」

「ぐぬぬ。揚げ足取りしやがって。男だろうが女だろうが、若かろうが老人だろうが、俺や帝国に手を出さない限り何もしないよ」


 全く、この男は俺を何だと思ってるんだ?


「まあ冗談はさておき、勇者が近くの街まで来るんですよね。どうしますか?」

「相手は若い女の子なんだろ。だったら会いに行って『お友達になって下さい』って頼んでみるよ」


 ノルベルトが驚いて俺を見た。


「勇者を帝国にスカウトするおつもりで?」

「できればそうしたい。聖王国が俺を魔王認定しないよう動いてはいるが、事がうまく運ぶ保証はないからな。勇者をこっちに引っ張り込むか、せめて中立の立場に持っていければ、聖王国はもう俺に手も足も出せなくなる。勇者が若い女の子なら、豪華なドレスとか宝飾品とか甘いスイーツとかで釣れば、こっちの陣営に取り込めるんじゃないかな。クリスティンみたいな性格なら楽勝なんだがな」

「召喚した勇者が魔王に引っこ抜かれたら、聖王国は泣いちゃいますよ」

「泣かせておけ。そもそも帝国を潰す為に勇者を召喚したこと自体が間違ってるんだよ」


 ノルベルトが俺の顔をまじまじと見てる。


「皇帝陛下」

「何だ?」

「本当に陛下は魔王じゃないんですか? 勇者を篭絡して取り込むなんて、まさに魔王の所業かと」

「ノルベルト。お前、妙に俺を魔王にしたがってないか? そうか! お前聖王国側に寝返ったな!? くそっ、セントース聖王国め! 俺の側近を裏切者にするだなんて、卑劣な手段を使いやがって!」

「やめてください! 陛下が口にすると冗談になりません! だいたい卑劣な手段って何ですか? 陛下だって勇者を寝返らせようとしてるじゃないですか」

「俺はいいんだよ。皇帝様は偉いんだから何やっても許されるんだよ」

「何て横暴な! やっぱり魔王じゃないですか!」


 この後も小一時間、二人の間で魔王論議が延々と交わされることになる。


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