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第101話 教皇と皇帝

 翌日、俺は教皇と二日目の会談に臨んでいた。

 初日の会談は儀礼的な意味合いの大きな会談であり、大聖堂の大広間で行われたのだが、二日目はこじんまりした落ち着いた感じの部屋だ。


 実務的な会談という事で、それぞれの出席者も顔ぶれが変わっている。


 こちらは、俺と秘書役メイドロイドのアリスがテーブルに座り、その後ろには護衛バトルロイドのホワイト1が立っている。相も変わらず全員が顔を隠している怪しい集団である。

 昨日護衛に付いていた黒い鎧の騎士は今日はいない。彼は重要な任務により不在である。アリスはその代わりとして連れて来たのだ。


 聖王国側からは教皇ガルヴァーニと二人の枢機卿がテーブルに座り、数人の護衛の聖騎士が部屋の隅に控えているだけだ。


「皇帝陛下。紹介しましょう。フォンタネージ枢機卿とヴァッローネ枢機卿です。どちらも私を支えてくれる聖王国の重鎮です」


 俺は二人の枢機卿と握手を交わした。

 フォンタネージ枢機卿は痩せた長身で、ヴァッローネ枢機卿は背の低い小太りだ。

 それだけ見れば、微笑ましい凸凹老人コンビなのだが、穏やかな顔立ちの教皇と違い、こちらの二人からは剣呑な雰囲気が漂っている。聖職者というよりマフィアのボスといった感じの老人たちだ。


 ガルヴァーニ教皇がマスク姿のアリスを見て遠慮がちに言った。


「もしお気に障ったら申し訳ないのですが、そちらのご婦人はお顔に傷とかやけどを負われているのですか? もしそのような理由でお顔を隠されているのでしたら、ここには高位の回復魔法を使える者が大勢おります。何かお役に立てるかもしれません」


 変な探りを入れているようには見えない。

 純粋に困っている者に手を差し延べようという、慈愛の精神から出た言葉だろう。

 そんな慈愛溢れる人物が、俺に魔王の冤罪を着せようとしているのだ。大いなる矛盾だな。


「お気遣いには感謝します。実は彼女は高貴な家の出でしてね、詳しい事情は明かせませんが、家の者から身を隠すため素顔を見せないようにしています。ですがこの場では問題ないでしょう」


 俺は隣に座るアリスに合図を出した。アリスは頷くとマスクを外した。


「ほう……、何と美しい」


 教皇と二人の枢機卿がアリスの顔を凝視している。

 俺はと言えば、隣のアリスが視界に入らないよう、一心に前に座る教皇と枢機卿たちに視線を向け続けている。顔を見たら怖くて表情に出ちゃうからね。

 横を見ないようにもう一度合図を出すと、アリスがマスクを着け直した。


「不審を抱かれたくなかったので、彼女の素顔を見せましたが、彼女のことは他言無用に願いたい。ちなみに私も顔を隠していますが、私は立場上命を狙われることも多いですから、身を守るためということで了承願いたい。……いや、アリスの素顔を晒しておきながら、自分の顔は見せないでは筋が通らないな」


 俺は顔のマスクを外して素顔を見せた。

 教皇と二人の枢機卿が俺の顔を凝視している。

 若い女性ならともかく、老人三人に見つめられても嬉しくも何ともない。


 俺は再びマスクをはめた。俺たちの秘密を見せてやったのだ。少しはこちらを信用して欲しいものだ。


「さて教皇猊下。今日は少し踏み込んだ話をさせていただきたい。セントース聖王国はエデン帝国との友誼を約束されたが、依然として帝国に不審感を持っておられるようだ」

「何をおっしゃる。そのようなことは……」


 俺は教皇の言葉を手で制した。さすがに教皇に対し不敬だったかと後悔したが、教皇が気を悪くした様子はない。


「エデン帝国がアルビナ王国とホルス王国を属国化したのはまぎれもない事実。いくら我々が友好を唱えても、簡単に信用されないのは十分承知している。そこで我々は考えた。どうしたら聖王国からの信頼を得られるのか? 答えは出た。信頼を勝ち得るには言葉ではなく、行動で示すべきだと」


 教皇と枢機卿の二人は、俺が捲くし立てる演説に口を挟めないでいる。そろそろ本題に入ろうか。


「実は少し前からエデン帝国、アルビナ王国、ホルス王国の三国に妙な噂が広まっていましてね。何でも数百年前に勇者によって倒された魔王が、現世に復活したとかしないとか」


 教皇と二人の枢機卿の顔が強張った。枢機卿のひとりからは、ゴクリと息を飲む音まで聞こえてきた。

 外交の場に出る者が、そんなに感情を表に出してはいけないのでは?


「聞き及ぶところでは、セントース聖王国はいち早く魔王の復活を察知し、魔王討伐のための準備を進めているとか」


 教皇の手が固く握り締められた。よく見ればその手は震えている。


「しかも聖王国は秘中の儀式を行い、異世界から勇者を召喚したとか」


 教皇の目が見開かれ顔が真っ青だ。

 こんな高齢の老人をネチネチと締め上げるなど、我ながら性格が悪いと思わないでもないが、これも我が身を守るため、仕方がない。


 フォンタネージ枢機卿は部屋の隅に控えている数人の聖騎士たちに、そっと目配せをした。

 聖騎士たちは腰に手をやり、いつでも剣を抜けるよう身構えている。

 それを横目に俺は言葉を続けた。


「素晴らしい! 魔王に立ち向かい、密かに大陸の平和を守ろうとするその姿。このエデン帝国皇帝タツヤ、誠に感服の至り。ですがそのような重い責務を我が朋友である聖王国だけに負わせるつもりはありません。我、エデン帝国皇帝タツヤはここに誓う! エデン帝国はセントース聖王国による魔王討伐を全面的に支援すると! ルーンの神の導きにより、勇者と共に手を携え悪しき魔王を打ち倒しましょうぞ。大陸には平和を! セントース聖王国とエデン帝国には深い友誼の絆を!」


 俺の白々しい演説に、教皇がぽかんと口を開けてしまった。


 何とかうまく丸め込めそうな雰囲気だ。

 魔王認定される前に『勇者と一緒に魔王を討伐します』と公言してしまえば、聖王国はもう俺に手出しできなくなる。

 後はこちらで偽の魔王でも用意して、勇者に討伐させれば一件落着だ。


 これで魔王冤罪事件は未然に防ぐことが出来そうだ。

 教皇様もそんな顔していないで、今後は帝国と仲良くやっていこうよ。



 ◇◇◇



 帝国皇帝タツヤとの会談は終わった。エデン帝国皇帝は、秘書と護衛を連れて帰っていった。

 部屋の中には、教皇と二人の枢機卿が残っているだけだ。護衛の聖騎士たちも部屋から出されており、他には誰もいない。


「魔王め、やってくれたな。もう八方塞がりだ」


 枢機卿のひとり、ヴァッローネが力無く呟いた。

 もうひとりの枢機卿フォンタネージがこれに応じる。


「そうだな。魔王はこちらの内情を全て知ったうえで聖都に乗り込んで来たんだ。我々に魔王認定させないよう、今もあちこちに手を回している。『勇者と共に魔王を討ち取ろう』だと? 馬鹿にしおって。こちらはもう打つ手がない。お手上げだ」

「今すぐ奴が魔王だと公表するか? 今ならまだ間に合う」

「公表してどうする? 勇者の育成は遅々として進んでいない。使い物になるまでに一年は必要だ。今魔王を敵に回せば確実に我が国は終わる」

「ではこのまま指を咥えて見ていろと言うのか? 魔王の存在を公表し大陸中から魔王討伐軍を募れば、たとえ勇者が間に合わなくとも魔王に勝てるやもしれん」

「討伐軍が組織されるのを魔王が黙って見ている訳なかろう。いたずらに戦火を大陸中に広げるだけだ」


 ヴァッローネ枢機卿がテーブルを叩いた。


「ではどうすると言うのだ!! 何かいい代案を出してみろ、フォンタネージ!」


 フォンタネージ枢機卿が何も答えられずに黙り込む。

 それまで二人のやりとりを黙って聞いていたガルヴァーニ教皇が代わって声を上げた。


「魔王が正体を隠し友好的に振舞っている理由は何だと思いますか?」


 二人の枢機卿が教皇を見た。フォンタネージ枢機卿が口を開く。


「今更何を? 復活したばかりの魔王は、まだその力を存分に発揮できません。魔王の魂が新しい身体に馴染むのには数年の時間が必要だからです。帝国を作り上げる力はあっても、大陸全体を相手に攻勢に出られるほどではないのでしょう。だから今は雌伏の時を過ごしている」

「その通りです。この大聖堂の地下宝物殿には、過去の魔王と勇者の戦いを記した聖典が収められています。聖典のおかげで我々は魔王がどんな存在であるかを知っているし、どうすれば討ち取る事ができるかも知っています。だから我々は聖典に従い勇者を召喚しました。ですが勇者の育成にはまだまだ時間が必要です。今の状況を鑑みると、勇者が力をつけるより魔王が力を取り戻し大陸に魔の手を伸ばす方が先でしょう」


 教皇が苦悩の表情を浮かべた。


「スパーノを使いましょう。事を起こすのであれば、魔王が正体を隠し人前に姿を見せている今しかありません。魔王が帝都バベルに戻ってしまえば、我々にはもう手の出しようがありません」

「スパーノに魔王を暗殺させるのですか?! あんな教会の汚点…………。いや、そうですな。確かにスパーノは適任かもしれませんな。聖職者の資格は剥奪済みだし、牢に入っている事を知る者は少ない。失敗しても聖王国に累が及ぶことはない。あ奴なら暗殺技術にも長けている」


 ヴァッローネ枢機卿が慌てて抗議の声を上げた。


「いや、待て待て! 仮にもエデン帝国の皇帝だぞ。聖都で皇帝を暗殺すれば聖王国の関与を疑われる。下手をすれば帝国との戦争になるぞ。そもそも戦争になれば勝ち目がないから、勇者を召喚したんだろうが」


 ヴァッローネ枢機卿が捲くし立てるのを、フォンタネージ枢機卿がいなす。


「黙って見ていても状況は悪くなる一方です。エデン帝国は皇帝ありきの国。皇帝である魔王さえ倒してしまえば帝国は自然と瓦解するはず。戦争にはなりません」

「そんなのは希望的観測だ! それにスパーノを使うなんて無茶すぎる。あの狂信者がこれまでどれだけの人命を奪ってきたのか忘れたのか!? 奴を野に放てば、また何人の命が犠牲になるか分からん!」

「では代案を出してください。そう言ったのはあなたですよ、ヴァッローネ枢機卿。スパーノを使えば、確かに犠牲者は出るかもしれません。ですがここで魔王を倒さなければ、将来比較にならない程の大勢の犠牲者が出ますよ」


 今度はヴァッローネ枢機卿が黙り込んでしまった。

 万人が納得するような解決策が存在しないことなど、彼らは十分に承知している。

 問題なのは、どの策が一番ましかである。


「最終的に実行するか否かはもう少し検討するとして、魔王が聖都に滞在する時間は限られています。準備だけは進めておきましょう。フォンタネージ枢機卿、この件はあなたにお任せします。スパーノを牢から出して、いつでも動かせるようにしておいて下さい。信仰の深い彼の事です。魔王の復活を伝えれば逃げたりはしないでしょう」

「承りました」


 フォンタネージ枢機卿はスパーノの経歴を思い浮かべていた。


 スパーノは元々回復魔法に秀でた若き司祭であった。神への信仰も厚く、将来有望な人材として同世代の聖職者たちから頭一つ飛び抜けた存在だった。

 そんな彼の優秀さを見込んで、聖都セレスの教皇庁が彼に声を掛けた。異端審問所の一員として招聘したのだ。


 異端とは正統なるルーンの教義を曲解し、誤った解釈や有害な解釈を行うことであり、神への冒涜以外の何ものでもない。その異端の者たちを調査し更生させるのが異端審問官の仕事である。

 異端審問官は教皇の直轄であり権限は強大だ。独自の裁量で異端の摘発が可能で、更生の余地無しと判断すれば処罰も行える。

 神への信仰に厚いスパーノにとっては、正に天職を得た思いであった。


 異端審問官となった当初、スパーノは各地の教会に蔓延る異端の教えを調査摘発し、これを次々と是正していった。

 だが徐々に権力に物を言わせ、心証だけで異端と決めつけ処罰を下すようになる。

 また拷問により自白を強要し、異端と認めれば即座に自らの手で処刑をも行った。

 そしてある街では、教会の司教が異端の教えを広めているとし、司教は勿論、その教会の信者を百名近く処刑してしまったのだ。


 その目に余る行為の数々は、やがて教皇の耳に届くことになる。

 スパーノには教皇から出頭命令が出されたが、彼はその命令を伝えに来た同僚の異端審問官を異端と決めつけ、殺害し逃亡してしまった。


 スパーノは逃走を続ける傍らにも、自らが異端と認定した者を次々と殺害し続けた。

 逃亡してから二年後、彼が聖騎士団に捕縛されるまで、スパーノは実に五十人以上を異端者として殺害している。


 殺害方法は多岐に渡る。刺殺、撲殺、殴殺、絞殺、毒殺など枚挙にいとまがない。

 身を隠しながら単独で異端者を探し出し密かに処断するには、己の技術を磨く必要があったからだ。

 将来を見込まれ異端審問官となった男は、多才な技術を持つ暗殺者へと姿を変えていた。


 何が彼を狂気へと駆り立てたのかは分からない。大きな権限が彼を神の代行者と誤解させたのかもしれない。

 ただ、彼の凶行が私利私欲の為ではなく、神への深い信仰から来ていることだけは疑いようのない事実であった。


 教皇は聖騎士によって捕縛されたスパーノを、厳重に警備された地下牢へと押し込めただけで処刑はしなかった。教皇はその理由を誰にも語っていない。

 フォンタネージ枢機卿は、教皇がスパーノを生かしておいた理由に思いを馳せた。


(教皇猊下は、こんな事態を予想していたのだろうか? スパーノを暗殺者として使う事態を……。しかし神の教えを説く者が、大陸の未来を狂信者に託すとは……)


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