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第93話 嵐の前の静けさ

 ペッキア子爵は走る馬車の窓から、巨大な城を眺めていた。


(これはいったい何だ?)


 それが城であることは明白な事実である。問題はなぜこんな城が建っているのかである。

 前に帝都を訪れた時は、帝都の広大な更地の中心地にはエデン皇帝府の建物しか建っていなかった。

 今、その皇帝府の隣には雄大で荘厳な巨大城が建っている。

 いったい何がどうなっているのか、さっぱり訳が分からない。


 同行している外交使節団の面々も馬車の窓から顔を出し、その雄大な城に感嘆の声を上げている。


「すごいですね。あんな立派な城があるなんて聞いませんでしたが」

「いや、ギナンの街に城なんて無かったはずだ。帝都に割譲されてから建てたのか?」

「何を馬鹿なことを。これだけの城を建てるには少なくとも十年は必要です」

「今まで城を隠してた? ……いや、そんなはずはないな。ここは三国の交易路だ。商人が頻繁に通行しているから、あんな大きな城が建っていれば見逃すはずがない」


 ペッキア子爵は昨晩の宿営地にて、帝都内に潜入させた数人の密偵から報告を受けていた。

 密偵たちはそれぞれ単独行動で各々情報収集に当たっていたのだが、その密偵たちが持ってきた情報は皆、示し合わせたように同じ内容であった。

『帝都に一夜にして城が建った』と。


 密偵たちは昔から使っている信頼のおける者たちだ。

 それが揃いも揃って同じ内容の報告をしてきているのだ。嘘や間違いと断ずることは出来ない。かと言って素直に信じられる話でもない。

 結局判断を保留したまま帝都までやって来たのだが、どうやら密偵の報告は正しかったようだ。


(魔法を使って幻覚を見せている? ……それは無いですね。街中の人間全てを相手に幻覚を見せるなんて不可能です)


 ペッキア子爵は考えるのを止めた。

 どうせ今から城に向かうのだ。間近で見れば城の正体が掴めるであろう。




 外交使節団を乗せた馬車の一団が城の前の広場に止まり、馬車から使節団のメンバーがぞろぞろと降りてきた。

 外交使節団は総勢で四十名の大所帯ではあるが、本来の使節団は十三名だけで、後は護衛の聖騎士や馬車の御者、それに道中の使節団の世話役を務める従者たちである。


 馬車を降りた者たちは皆、巨大な城を見上げている。

 間近で見上げると、その堂々とした威厳ある姿に思わず息を飲んでしまう。


 城の扉が開き、中から重騎士が二列縦隊にて続々と出てきた。

 彼らは完全に動きの揃った見事な動作で使節団の前まで進み出ると、そこで立ち止まり隊列を左右に広げた。

 そして背中の大剣を抜き放つと、剣先を空に向けて胸の前に一斉に掲げたのだ。


 そこには広場から城の入口まで、両側を重騎士に守られた道が出来あがっていた。


「すごい」


 外交使節団の面々は、その光景を目にして思わず声を上げた。

 大勢の騎士たちが一糸乱れず動くその光景は、とても人間技とは思えなかったのだ。


 いつの間にかペッキア子爵の前に一人の男が立っていた。

 確かこの男はエデン帝国の外務大臣であるノルベルトだ。


「ペッキア子爵。またお会いできて嬉しい限りです」

「ノルベルト外務大臣。我がセントース聖王国外交使節団の訪問を許可いただき、感謝の念に堪えません」

「遠路はるばるお疲れでしょう。すぐに部屋にご案内します。ところで使節団の団長はどちらにお見えでしょうか?」

「失礼しました。すぐに呼んでまいります」


 今回の外交使節団の団長は大司教であるリエト・カッサーノ伯爵。司教のペッキア子爵は副団長としての再訪である。

 ペッキア子爵は使節団団長のカッサーノ伯爵を連れてくると、ノルベルト外務大臣に引き合わせた。


「ノルベルト外務大臣。こちらがセントース聖王国外交使節団の団長、カッサーノ伯爵です」

「カッサーノ伯爵、エデン帝国の帝都バベルへようこそ。我々は皆さんを歓迎いたします」

「我ら外交使節団に皇帝陛下との謁見の機会を頂き、セントース聖王国を代表しお礼申し上げます」

「さあ、固い挨拶はそれくらいにして、まずは城内にお入りください」


 カッサーノ伯爵とノルベルト外務大臣が、重騎士たちが大剣を掲げて並ぶ中を城に向かって歩いていく。

 ペッキア子爵も彼らに続き歩きながら、近くにいた案内役の文官に声を掛けた。


「少しよろしいですか?」

「はい。いかがしましたか?」

「この城について教えていただきたいのですが……」


 聞かれた文官が嬉しそうに応える。


「ああ、バベル城ですね。さぞ驚かれたことでしょう。この城は皇帝陛下が一晩で建てられた城なんですよ。何もなかったはずの場所に夜が明けたら城が建っていたんですから、それはもう大騒ぎだったんですよ」

「本当に一晩で建ったんですか?」

「ええ、間違いなく。突然城が現れたものですから、街から連日見物人が押し掛けてきて大変だったんですよ。今日はお客様をお迎えするので、見物人は近づけないようにしていますのでご安心ください」


 信じられない。私が帝都を発ってから二週間しか経っていない。

 二週間で建てたと言われても信じられないのに、たった一晩で建てたなどとは尚更信じられない。


「いったいどうやったら一晩で城が建つんですか?」

「それが夜のうちに建っていたので、誰も建てている所を見てないんですよ」

「そうですか……。ありがとうございました」


 城の入口を潜ると、そこは豪華な広いホールになっていた。

 全員がホールに入ったのを確認し、ノルベルト外務大臣が皆に声を掛けた。


「使節団の皆さん、バベル城へようこそ。まずはお部屋までご案内しましょう。ゆっくり旅の疲れを癒してください。ああ、そうそう。大変申し訳ありませんが、使節団の皆さんには城に滞在中の間、こちらの腕輪を腕にはめていただくようお願いします」


 ノルベルト外務大臣はそう言うと、文官が持ってきた箱の中から白い腕輪を取り出した。


「この腕輪は外交使節団の身分証明であり、同時に城内の通行証でもあります。お客様用の区画であれば、扉は腕輪に反応して勝手に開きます。扉が開く場所であれば案内の者が付いていなくても、ご自由に城内を見て回っていただいて構いません」


 文官が腕輪を配って回ると、全員が言われるままに腕輪を身に付けた。

 ノルベルト外務大臣の口元に微かな笑みが浮かんだ。


「ではお部屋までご案内いたします。皇帝陛下との謁見の時間までごゆっくりお寛ぎください」


 外交使節団の面々は城の案内係に連れられて、客室へと案内されていった。

 ノルベルト外務大臣はそれを見送ると、満足そうに頷いた。



 ◇◇◇



「陛下、皇帝陛下。ノルベルトです」

「入れ」


 俺が返事を返すと執務室の扉が開き、外務大臣のノルベルトが入って来た。

 ノルベルトは俺とブラッド宰相がテーブルを挟んで座っているのを見ると、宰相の隣に腰を降ろした。


「陛下、外交使節団を友好的にお迎えしておきました。短期間で城を建てた陛下の力に驚いてましたよ。まあ一晩で建てたってのは半信半疑みたいですが」

「疑われても構わんよ。彼らには少しずつ帝国の力を見せる予定だ。そのうち疑う事の無意味さを悟るだろ」

「言い付け通り、猫に鈴を付けておきました。彼ら何の疑いもなく腕輪を付けたんでちょっと拍子抜けですよ。危機意識が薄すぎじゃないですかね?」

「彼らの訪問が本当に親善目的なら、何があっても相手を不愉快にさせる行動など取れないでしょう。疑っていても腕輪を付けざるを得ません」

「確かに来た早々に帝国を怒らせる訳にはいかんよな。まあ腕輪なんて無くても監視手段はいくらでもあるから、拒否されても一向に構わないんだけどね」


 外交使節団にはエデン定番の腕輪を装着させた。

 城内の扉を開ける通行証と言うのは表向きの理由で、実際は装着者の位置把握と会話の盗聴用だ。

 彼らの会話は全て専用の人工知能がモニターしており、腕輪装着者が不穏な動きを見せた場合にのみ警報を出すようにしてある。

 我ながらプライバシーの侵害も甚だしいとは思うのだが、今は彼らのプライバシーより城内の警備の方が重要だ。


 正直なところ、セントース聖王国がエデン帝国を敵に回す可能性は低いと思っている。

 エデン帝国、アルビナ王国、ホルス王国。この三国が合わさればセントース聖王国との国力差は決定的だ。よほどの馬鹿でなければ俺たちと敵対などしないだろう。


 俺もホルス王国の戦争の後始末がろくに済んでいない状態で、新たな紛争に首を突っ込むつもりはない。お隣さんとは仲良くしたいというのが偽りなき俺の本音だ。


 にも関わらず俺がセントース聖王国を警戒しているのは、ペッキア子爵の存在があるからだ。


 ペッキア子爵が帝国を訪れるのはこれで二回目だ。

 最初は使者として、次は使節団の副団長として帝国にやってきた。

 聖王国が膨大な魔力を持つあの男を帝国に送り込んだ真意が、未だに見えてこない。

 そのことが俺の不安を掻き立てているのだ。



 ◇◇◇



 バベル城謁見の間。

 外国使節を迎えるこの広間は、煌びやかな装飾品で飾り付けられ、正に豪華絢爛といった言葉の似合う部屋である。


 豪華な謁見の間の奥に置かれた豪華な玉座。その玉座に座る俺の姿は更に豪華だ。

 金や銀の装飾品が付けられた黒を基調とした貴族服に、素顔を隠す銀マスク。

 どう見ても威厳あふれる皇帝というより、悪の帝国の暗黒皇帝といった趣の姿だ。

 壁際には重騎士がずらりと並んで睨みを利かせており、警護体制は万全だ。


「いいぞ、使節団を入れてくれ」


 俺が合図を出すと謁見の間の扉が開き、使節団のメンバーが入って来た。

 十数人の団員たちは部屋の中央まで進み出ると、そこで立ち止まった。

 

 一団の中から団長のカッサーノ伯爵と副団長のペッキア子爵が更に進み出て、俺の前で一礼した。

 俺の脇に立っていたノルベルト外務大臣が、彼らを俺に紹介する。


「皇帝陛下。こちらはセントース聖王国外交使節団の団長カッサーノ伯爵、隣が副団長のペッキア子爵にございます」

「外交使節団団長カッサーノ伯爵、遠路はるばるご苦労であった。我はエデン帝国皇帝タツヤである。副団長ペッキア子爵は二週間ぶりだな。使節団の訪問を歓迎しよう」


 カッサーノ伯爵。教会では大司教の職に就く高位の聖職者だ。

 初老の人の良さそうな雰囲気の人物だが、帝国に出張って来るということは聖王国内ではかなり有能な人物なのだろう。


「皇帝陛下、本日はセントース聖王国の外交使節団を受け入れていただき、教皇ガルヴァーニに替わりお礼申し上げます」

「いや、本来なら新興国である我が国がセントース聖王国へと使節を送るべきであった。なにぶん建国したばかりで国の運営に不備も多い。どうか許して欲しい」

「皇帝陛下! 謝罪など必要ありません。どちらが使者を送るかなどという決まり事などございません。そんな論議より今は両国がどんな友好関係を築いていくかを議論すべきかと存じます」

「我も全く同じ意見だ。エデン帝国はアルビナ王国およびホルス王国を傘下に収め、アルビナから割譲された地を国土として建国した。セントース聖王国が我がエデン帝国を警戒するのは当然であろう。だがエデン帝国はセントース聖王国と敵対する意思は全くない。今後は経済や文化の交流を深め、共に手を携えて互いに国を栄えさせていきたいと思っている」

「おお、今の皇帝陛下のお言葉、このカッサーノが責任を持って教皇ガルヴァーニに伝えます」

「カッサーノ伯爵。重ねて言うが、エデン帝国はアルビナ王国・ホルス王国共々、セントース聖王国とは友好的な関係を築いていきたいと思っている。セントース聖王国も同じ考えであると受け取って宜しいか?」

「はい、我がセントース聖王国もエデン帝国とは友好的な関係を築いていきたいと思っております」


 俺はその答えに満足し頷いた。

 神に仕える聖職者が、ここまではっきりと言い切ったのだ。後で手の平返しをする可能性は低いだろう。


 その後は差し触りの無い会話が続き、謁見は終了となった。

 外交使節団が謁見の間から退出していく。

 俺は出口へと向かう使節団を目で追った。


(使節団のメンバーは魔力量の多い者ばかりだな。彼らは回復魔法の使い手だから当然と言えば当然か。やはりペッキア子爵だけは魔力量が桁違いだ。本当に奴は何者なんだ?)




 皇帝との謁見を終えた外交使節団は、各分野の実務者ごとに分かれ、帝国の官僚相手に今後の帝国と聖王国と協力関係について確認や取り決めを進めていった。


 現在の帝都バベルの運営体制は、アルビナ王国の旧ギナンの体制に準じている。

 税制や法律は旧ギナン時代とほとんど同じであり、ルーン教の教会の扱いも変わらない。

 将来的には徐々に体制を変えていくつもりだが、現時点では大きく変わった点はない。

 外交使節団との協議は、体制に変更は無いということの確認が主であった。


 数日後、全ての協議を終えた外交使節団が帰国の途に就く事となった。

 俺は外務大臣ノルベルトと共に帰国のカッサーノ伯爵の帰国の挨拶を受けていた。


「皇帝陛下。滞在中の大層なもてなし、感謝の極みにございます。今回の訪問で帝国と聖王国の間に深い信頼関係が築かれたと思っております。この成果を持ち帰れば、ガルヴァーニ教皇もさぞ喜ぶことでしょう」

「カッサーノ伯爵。礼を言うのはこちらだ。伯爵の采配のおかげで会議が順調に進んだと聞いている。また機会があれば訪ねて来て欲しい。いつでも歓迎しよう」

「勿体なきお言葉。このカッサーノ、今後とも両国の発展に尽力させていただきます」


 外交使節団は馬車を連ね、帝都バベルからセントース聖王国へと帰っていった。


「何事もなく帰っていったな。結局あのペッキア子爵は何者だったんだ?」


 俺の呟きにノルベルトが応じた。


「魔力の多い只の人じゃないですか?」

「じゃあ俺は只の人相手に、ひとりで大騒ぎしてたのか?」


 ノルベルトが無言で肩をすくめた。




 俺がこの時感じていた不安は、やがて現実のものとなるのである。

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