第91話 セントースの使者
ここはエデン皇帝府内の一室。
俺は今からセントース聖王国からの使者との謁見を行う事になっている。
現在いるのは豪華絢爛な謁見の間、……と言いたいところではあるが、実際は広い会議室に急遽装飾を施しただけの仮設の謁見の間である。
なにしろ帝都バベル内はまだ城壁と道路と下水道整備の真っ最中であり、外国の使節を迎えるような施設など存在しないのだ。
仕上がった謁見の間は、仮設とは思えないほど見栄えのいい部屋に仕上がっている。これなら仮設ではなく正規の謁見の間としても使えそうだ。
俺は銀のマスクを顔にはめると、急造の玉座に腰を降ろした。
俺の背後にはいつもの通り、秘書役のアリスと護衛のバトルロイドが控えている。
そして部屋の壁際には宰相と数人の衛兵が並んでいる。
俺は入り口に立つ衛兵に合図を送った。合図を受けて衛兵が扉を開けた。
開いた扉から入って来たのは歳の頃、四十代といった温和そうな人物だった。
使者は部屋に入り俺の顔を見ると一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこやかな顔に戻った。
(このマスクか? そんなに驚くようなマスクじゃないはずだけどな……。いやいや、顔を隠していること自体が驚きか)
使者がゆっくりとこちらに近づいて来る。
俺はその時になって、やっと使者の異常さに気が付いた。
(この男いったい何者だ?!)
使者は謁見の作法通り、頭を下げ視線を床に向けながら歩いてきたため、俺の驚愕の表情には気付いてはいない。
使者は俺の座る王座の前に進み出ると、片膝を付いて深々とお辞儀をした。
「皇帝陛下。お初にお目に掛かります。セントース聖王国、レナート・ペッキア子爵と申します。本日はセントース聖王国を代表し、ガルヴァーニ教皇よりのエデン帝国タツヤ皇帝陛下への親書と献上の品を携えてまいりました」
「ペッキア子爵。遠路ご苦労であった。親書は確かに拝見した。ガルヴァーニ教皇は我が帝国と友誼を結びたいとの事だがそれに相違ないか?」
「はい、それが教皇の意向でございます」
「良かろう。貴国が帝国に友誼を求めるのであれば、帝国も友誼をもってそれに応えよう。要請のあった外交使節団受け入れは了解した。丁重にもてなす事を約束しよう。それでその使節団はいつ頃ここに来るのか?」
「はい、皇帝陛下のご了承がいただけるのであれば二週間後を考えております。もちろんご都合が悪ければ、陛下のご都合に合わせて日程は取り決めますが」
「二週間後か……。まあ問題なかろう。細かい話はブラッド宰相と相談して決めるがよい」
「ははっ」
室内で俺とペッキア子爵のやり取りを見ていたブラッド宰相に指示を出す。
「宰相。子爵と話をして外交使節団受け入れの手筈を決めておけ」
「かしこまりました」
宰相が俺に一礼し、ペッキア子爵を促した。
「仔細は私が承ります。参りましょうか」
ペッキア子爵は俺に一礼すると、宰相と共に謁見の間を出て行った。
「ふー」
俺は椅子の背にもたれかかり、ため息をついた。
そして急いで腕のブレスレットに呼びかけた。
「シャドウゼロ、聞こえるか。ストレイカーだ。応答せよ」
シャドウゼロとは秘密諜報組織シャドウの指揮官アンジェロのコードネームで、ストレイカーとはシャドウ内での俺のコードネームだ。
個人名を隠すために取り決めたコードネームだが、実際に口にすると結構恥ずかしい。
『こちらシャドウゼロ』
「緊急指令だ。ペッキア子爵というのがセントース聖王国からの使者として皇帝府に来ている。こいつの身辺を洗え。大至急だ」
『了解じゃが、どういった事柄を知りたいのだ? 至急であれば情報収集の目的を明かしてもらわんと調査項目を絞り切れん』
「ペッキア子爵の聖王国内での役職が知りたい。いつも外交の仕事をしていて使者役もその仕事の一環なのかどうか。それと子爵が魔法やスキルが使えるか否か。使えるならどんなものか。後は聖王国内での評判。まずはそんなところか」
『セントース聖王国に潜入している諜報員に調べさせよう』
「頼んだぞ」
通信を切ると、今度はケルビムを呼び出した。
「ケルビム」
『はい、マスター。お呼びですか?』
「サラマンダーの改修状況はどうなっている?」
『改修作業はあと二日で完了。以後の三日間で運航及び兵装のテストを実施予定です』
「バトルロイドの増産状況は?」
『五十二機中、三十二機が完成。製造中の残り二十機も今後一週間で順次完成する予定です』
「セントース聖王国と紛争に発展する可能性が出て来た。作業を急いでくれ」
俺は椅子に背を預けると目を閉じた。
(あんな使者を送り込んできたということは、セントース聖王国はエデン帝国と敵対する道を選んだということか……。いや、まだそう決まった訳じゃない。結論を出すには早すぎる……)
俺が急に緊迫した態度を見せたのを訝しんだのだろう。後ろで俺の行動を見ていたアリスが俺に訊ねた。
「マスター。先程のペッキア子爵というセントースの使者、マスターの既知の人物ですか? それともあの男が何かお気に障る行動を取りましたか?」
「いや、使者とは初対面だし、無礼を働いた訳でもないよ。ただ……」
「ただ?」
「俺には魔力操作のスキルがある。おかげで人の体内の魔力量や魔力の流れをはっきり視ることが出来るんだ……。ペッキア子爵の体の中には、魔力の流れなど意味を成さないほどの高濃度の魔力に満ち溢れていた。あんな膨大な魔力を持った者など俺は今まで見た事が無い。魔術師を刺客として送り込んだのかとも思ったが、どうも違うようだ。いったい奴は何者だ?」
◇◇◇
エデン帝国皇帝タツヤは黒目黒髪の異国風の容貌の男であり、その経歴は謎に包まれている。
記録上、アルビナ王国のレマーンで冒険者として登録されたのが最初の経歴である。
彼は浮遊石を巡り前アルビナ王と諍いを起こし処断されそうになったが、逆に王城を制圧し前アルビナ王の退位とギルベルト新王の即位に尽力したらしい。
その後はホルス王国とアルビナ王国の戦争に介入し、空飛ぶ船と不死身の重騎士団、更には巨大なゴーレムを操り、ホルス王国を瞬く間に降伏へと追い込んだ。
そして現在。彼はアルビナ王国とホルス王国を傘下に収め、紛争地であったギナンの街をバベルと改名し、この地にエデン帝国の建国を宣言した。
まるで吟遊詩人の歌う英雄の物語のようだ。
セントース聖王国は、アルビナ王国が彼に敗北した時から彼の情報を集めていた。
その結果、彼が浮遊石を手にしているのは間違いなく、更には一国を攻め落とすだけの軍事力をも保有しているとの結論に達した。
聖王国は彼を危険視してはいたが、当面は静観するとの判断を下した。
実際のところは彼の拠点が不明であり、手出し出来なかったというのが本当のところではあるが……。
そんな静観の判断も、彼がホルス王国を下し帝国を建国した事で状況が一変した。
帝国は危険である。このまま座して待っていればいずれ聖王国にも魔の手は迫るであろう。
可能なら友好関係を築き、それが無理なら帝国の情報を集め後日の備えとする。
ペッキア子爵はその初手として帝国へと送り込まれたのだ。
(そんな彗星の如く現れ短期間で帝国を興した皇帝様と、今からご対面という訳だが……)
セントース聖王国からの使者、ペッキア子爵は謁見の間の前で身嗜みを整えていた。
(服装はいいな。親書は既に渡してあるし献上品の目録も持った。よし、大丈夫だ)
謁見の間への扉が開き、案内係がペッキア子爵を部屋の中に導いた。
(ではエデン帝国皇帝様のご尊顔を拝謁するとしましょうか)
ペッキア子爵は部屋に入ると、チラと玉座に目をやった。
マスク姿の一人の男が玉座に座っている。黒目黒髪の若い男だ。
だがペッキア子爵の目には、そんな外観とは全く異なる男の姿が映っていた。
(何だ! 何だ! 何だこれ! こいつは本当に人間か?!)
ペッキア子爵が目にしたのは、まさしく闇としか言いようのないものであった。
深い深い一切の光が消し去られた、見ているだけで引きずり込まれそうになる暗き闇だった。
その男の姿を見た瞬間、彼は全身が凍り付くのを感じた。
(これは魔力か! そうか! あまりにも膨大で濃密な魔力を、私の目は暗き闇と感じているんだ! 落ち着け! 落ち着くんだ! 動揺を相手に悟られるな! 平静を装え!)
ペッキア子爵はゆっくりと皇帝に近づいた。
「皇帝陛下。お初にお目に掛かります。セントース聖王国、レナート・ペッキア子爵と申します。本日はセントース聖王国を代表し、ガルヴァーニ教皇よりのエデン帝国タツヤ皇帝陛下への親書と献上の品を携えてまいりました」
「ペッキア子爵。遠路ご苦労であった。親書は確かに受け取った。ガルヴァーニ教皇は我が帝国と友誼を結びたいとの事だがそれに相違ないか?」
一瞬、言葉に詰まった。
(我々は本当にこんな得体の知れない男と友誼を結ぼうというのか?)
だがここでのペッキア子爵はあくまで使者でしかない。
「はい、それが我が教皇の意向でございます」
「良かろう。貴国が帝国に友誼を求めるのであれば、帝国も友誼をもってそれに応えよう。要請のあった外交使節団受け入れは了解した。丁重にもてなす事を約束しよう。それでその使節団はいつ頃ここに来るのかな?」
「はい、皇帝陛下のご了承がいただけるのであれば二週間後を考えております。もちろんご都合が悪ければ、陛下のご都合に合わせて日程は取り決めますが」
「二週間後か……。まあ問題なかろう。細かい話はブラッド宰相と相談して決めるがよい」
「ははっ」
ペッキア子爵は部屋の出口へと向かうが、緊張のあまり足がガクガクとしている。
(何てことだ! 奴だ、奴に間違いない! あの噂は本当だったのか! すぐにガルヴァーニ教皇に連絡だ! 早く対抗策を立てないと我が国、いや、この大陸は終わりだぞ!)
聖王国の使者が帝国に遣わされた理由が、今後の友誼を結ぶためというのは本当の話である。
だが皇帝と使者との謁見は、その穏やかな会話とは裏腹にお互いを異常な魔力の持ち主と認識し、それぞれの思惑を隠したまま裏で大きなうねりを作り出すことになるのである。




