第89話 本日開店、クドー魔道具店
「チリン、チリン」
扉が勢いよく開きドアベルが元気よく鳴った。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧ください」
店番をしていたテレーゼが声を掛けた。
店に入って来たのは若そうな冒険者風の男女だった。
二人は店内を巡り、棚に置いてある商品を手に取っては眺めている。
二人はしばらく品物を眺めていたが、やがて連れ立って店を出て行ってしまった。
その様子を店のバックヤードから覗いていた俺は、唸り声を上げた。
「むむっ、残念。『クドー魔道具店』最初の客になると思ったのに……。俺の自信作にあまり興味なさそうだったな」
肩を落とす俺に、テレーゼが笑いかける。
「何を言ってるんですか。まだ最初のお客さんですよ。こういう店ではお客さんの大半はひやかしです。毎回そんな顔してたらお店なんてやっていられませんよ」
商会の出だけあって、テレーゼは何とも思っていないようだ。
「でも、商品の説明は積極的にした方がいいかもしれませんね。何に使う道具か分かってなかったみたいですから」
クドー魔道具店の商品は一般の魔道具店の品揃えとは一味違う。
客としても見慣れない商品ばかりで何の用途か見当がつかないのかもしれないが、その点は考慮して商品の前にちゃんと説明書きを置いてある。
(……そう言えば、さっきの客は商品の説明書きなど全く見ていなかったな)
そう思い返して、ようやく俺は自分の失敗を悟った。
この世界では文字が読めない人が大半である。特に冒険者はその傾向が強い。
説明書きに頼っていては駄目だ。
「そうだな、あまりしつこくしない程度に声掛けした方がいいか。まあ、そこは店長のテレーゼにお任せするよ」
「はい、任されました。大丈夫ですよ。あなたの作った魔道具はどれも役に立つ商品ばかりですから、ちゃんと商品の説明をすれば絶対売れます」
「テレーゼ!」
感激のあまり思わずテレーゼを抱きしめてしまった。
だがテレーゼは再び店内に鳴り響いたドアベルの音を聞くと、俺を放り出して客の対応に行ってしまった。
「くっ。俺より客の方が大事だって言うのか?」
『あんまり馬鹿な事を言ってると、テレーゼさんに愛想を尽かされますよ』
「テレーゼが俺に愛想を尽かす事など、天と地がひっくり返ったとしてもあり得ない」
『そう思っているのはマスターだけですよ』
「おのれ、ケルビムっ! その喧嘩買ってやる。表に出やがれ!」
売り場とバックヤードを仕切るカーテンからテレーゼが顔を覗かせた。
「お客様がいるんですから静かにして下さい!」
「ごめんなさい」
◇◇◇
アルビナ王国とホルス王国の国境地帯に位置する街ギナン。
先の戦争の結果、この街はエデン帝国の直轄領としてアルビナ王国から割譲された。
ギナンの住人はこの発表に困惑した。当然である。戦争に負けて土地を奪われるならともかく、戦争に勝ったのに土地を取られてしまったのだ。
だがアルビナ王国がエデン帝国の傘下に下ったと知ると、その声も急速にしぼんでいった。
アルビナ王国を支配するような帝国に逆らえば、ただではすまないと悟ったからだ。
帝国は直轄領としたギナンの街の隣に、大きな城壁を備えた新都を建設し始めた。
帝国はこの建設中の新都を『バベル』と命名し、エデン帝国の帝都とすると宣言したのだ。
それは壮大な都市計画であった。
規則正しく縦横に広がる道幅の広い道路。
山から街までは水道が敷かれ、街中の要所要所には噴水や泉などが設置され、水はふんだんに使える。
地下には下水道も張り巡らされ、衛生にも気を配られている。
今はまだ城壁の建設や街中の地盤改良の段階で、一般の住居建設は行われていないが、城壁が完成すれば街中は一気に人で溢れかえるだろう。
帝都が完成すればギナンの住人は全て帝都に移転させられ、人のいなくなったギナンの街は取り壊される予定である。
エデン帝国の一方的な発表に当初はギナンの住人たちも反発したが、帝国が移転に応じる者に税の軽減や移転費用の負担をする事を約束した結果、大半の住人がこれを受け入れた。
そして今、ギナンの街は隣接する帝都バベルの建設により、大きな賑わいを見せていた。
各地からバベル建設のための作業者がアルビナ・ホルス両国より多数集められ、その者たちを相手にした宿屋、酒場、飲食店、その他の商店などが大盛況を見せていた。
また大幅に増えた建設作業員たちをギナンの街だけでは収容しきれず、整地と区画整理の終わった帝都の一角に、先行して宿泊施設や酒場や食堂などが建てられた。
『クドー魔道具店』はそんな帝都バベルの先行地の一角に建てられた魔道具店である。
三階建ての建物で、窓にはこの世界では貴重なガラスがふんだんに使われており、店内は非常に明るい。
店主はテレーゼ。俺は店舗の裏手にある工房で魔道具の開発と製造を担当する。
俺にとって魔道具職人はこの世界で初めて手にした真っ当な職業だ。
一応冒険者としての経歴はあるのだが、あれは冒険者ギルドのギルドカードが欲しさにやった短期間の仕事だ。真っ当な職業とは言えないだろう。
えっ、エデン帝国皇帝? あれも真っ当な職業とは言えないよね。
◇◇◇
夕刻、店を閉め売り上げ計算をしているテレーゼに声を掛けた。
「テレーゼ。売上はどうだった?」
「初日ということで客の入りはまあまあでしたけど、やっぱり品物を買ってくださったお客様は少な目でしたね」
「へこむなあ。何がまずかったのかな? やっぱり商品に魅力が無かったのかな?」
「いえ、お客様に商品説明をするようにしたら、皆さん興味を持たれたようですけど、値段を聞いて躊躇する人が多いですね」
「値段かぁー。原価に利益を乗せて計算した額だからあまり安くも出来ないし。でも開店セールと銘打って安く売り出すのはありか? うーん、最初から値引きに頼るのもなぁ。最初は低価格帯の商品を前面に出して割安感を強調するか? ああ、商売って難しいな」
「そうですよ、商売は甘くありません。開店初日なんてこんなものですよ」
「いやいや、開店初日だからこそ大入り満員にしたかったんだよ。ああ、販売戦略を間違えたか」
「そろそろお店を閉めて帰りましょうか。今日はお店の開店祝いにセシリアさんが腕によりをかけた夕食を用意してくれてるはずですよ」
俺たちは店舗と工房の戸締りを確認し、裏庭のガレージへ足を踏み入れた。
ガレージの中では流星号が俺たちを待っていた。
「お待たせ、流星号。エデンの屋敷に帰ろうか」
『ラジャー』
俺とテレーゼが流星号に乗り込むと、ガレージの天井が音も無く開いていく。
大きく開いた天井から、流星号が闇に紛れて大空へと上昇していく。
『マスター、お店はどんな調子だったんだ?』
「可もなく不可もなく、ぼちぼちってところだな」
『俺も何か手伝ってやろうか? 空からビラ撒きとか得意だぜ』
「嘘付くなよ、お前ビラ撒きなんて一度もしたこと無いだろうが。……いや、それいいかもな。空からビラを撒いて店名を連呼するか……。いかんいかん、それやると大騒ぎになる」
俺たちの会話を聞いていたテレーゼが、声を殺して笑っている。
「テレーゼ、……何だか嬉しそうだね」
「ええ、何だかやっと自分のお店が持てたって実感が湧いてきて」
「自分の店か……。そうだよな。まずは順調なスタートを素直に喜ぼうか。売上向上は何か対策を練るよ」
「そこは一緒に考えましょう。私たち二人の店ですから」
そう言うと、テレーゼは俺の肩にもたれ掛かった。
俺とテレーゼはエデンの屋敷で夫婦生活を送ってはいるものの、実はまだ結婚していない。
本当はすぐにでも結婚式を挙げるつもりであったが、皇帝の仕事が忙しくて予定が立てられなくなてしまったのだ。
最近になってブラッド宰相配下の帝国家臣団が充実してきて、俺にも時間の余裕が出て来たのだが、その空いた時間を店の開店準備に当ててしまい、店はオープンしたものの結婚の話の方はうやむやになってしまったのだ。
非常にまずい状況であるのは承知しているが、こういうのはタイミングの問題もあってなかなか難しいのだ。
◇◇◇
開店二日目。
俺はクドー魔道具店の店舗前にテーブルを設置し、その上へ商品サンプルを並べていく。うちで扱う商品のうち、低価格帯に属する品々だ。
クドー魔道具店の前を男女三人連れの冒険者が通り掛かった。
「さあー、いやっしゃい、いらっしゃい。さあ、そこの綺麗なお嬢さん。あなた冒険者さんですか? いや、これはちょうどいい。ここに並べてあるのは当店が冒険者向けに開発した商品です。見るだけなら無料。気に入らなければ買わなければいい。どうです、ちょっと手に取って見てみませんか?」
しばらく立ち止まってこちらを見ていた女冒険者が、こちらに歩み寄ってきた。
「お嬢さん、冒険者っていうのは、遠くに出掛けて野営することなんて日常茶飯事ですよね。野営では食事は何を食べているのですか?」
「食事? 野営の食事は干し肉と固パンを齧って終わりです」
「ちゃんとした調理した食事をしないと、イザという時に力が出ないのでは?」
「冒険者は、基本徒歩ですから重たい荷物や嵩張る物は持ち歩けません。それに調理となると竈を作って火を起こしたり、水を確保したりと大変ですから、わざわざ調理なんてしませんよ」
俺はテーブルに並べた商品の中から二つの小さな道具を手に取り、そのうち一つを女冒険者に差し出した。
女冒険者は俺の差し出した商品を受け取って眺めている。
「そうですね、調理で面倒なものの一つが火起こし。火打石を使って火種をつくるだけでも結構大変ですよね。火魔法の使える魔術師がいれば簡単ですが、魔術師のいないパーティーだとそれはもう大変。でも私どもの開発したこのライターを使えば、ほら」
俺はライターを手に持ち、指でレバーを押した。
「ボッ」
ライターの先端に火が点いた。女冒険者がその火をじっと見ている。
いつの間にか、女冒険者の周りにポツポツと人だかりが出来ており、彼らも同じようにライターの火を見ている。
「何これ? 着火の魔道具?」
「お嬢さんもやってみましょうか。ここを親指で押してみてください」
女冒険者が同じようにライターを持ちレバーを押した。
「ボッ」
火が点いた。女冒険者がレバーから指を放すと火は消えた。
またレバーを押すと、また火が点いた。
「火がこんなに簡単に点くなんて……。ねえ、これお幾ら?」
「小銀貨五枚です。このライターは中に魔石が組み込んであり約百回繰り返し使えます。魔石が消耗して火が点かなくなったら当店にお持ちください。小銀貨一枚で新しい魔石に交換します。そうすればまた百回使えますよ。本日はこのライター、限定四十個のみの販売になります。こちらは展示サンプルになりますので、お買い上げは店内でお願いいたします」
「おかしいわね。着火の魔道具ってもっと大きくて値段も銀貨五枚はしたはず……」
女冒険者は後ろを振り返り、連れの男の冒険者に命じた。
「このライターってのを五個買って来て。急いで!」
命じられた男が店内へと駆け込む。
それを見た周囲の何人かが、つられて店内に入っていく。
他にも何人かが店内を覗き込んで入ろうかどうか迷っているようだ。
「さすがお嬢さんはお目が高いですね。ではこちらの商品もご覧になりますか?」
俺は金属製の筒を手に持って女冒険者の前に差し出した。
「野営で調理をしない理由の一つが、水の確保が難しいって事でしたよね。野営に限らず、旅の途中で水の補給というのは大変です。水が手に入らないと命に係わる事もありますからね。そこでご紹介したいのがこの魔水筒」
俺は筒の先端を手に持ちクルクルと回し蓋を外した。
「ご覧ください。この蓋の部分に水を生成する魔道具が入っています」
俺は外した蓋をもう一度筒に嵌めた。
「こうして水を生成する蓋を筒にはめておけば、約一時間で筒の中は水で一杯になります。飲んで良し、料理に使っても良し、これがあれば水場を探して時間を無駄に使う必要がなくなります。こちらも魔石が組み込まれていて、繰り返し五十回ほど使えます。こちらも魔石の交換が出来ますので経済的ですよ」
「この水、本当に飲めるんでしょうね?」
「もちろんです。これ、この通り」
俺は別に用意していた魔水筒の蓋を開け、中の水をグラスに注ぐと一気に飲み干した。
女冒険者は俺から魔水筒を受け取り中を覗いて見ていたが、やがて水筒に直接口を付けて中の水を飲んだ。
「この水、なかなかおいしいわね。これはお幾ら?」
「こちらは少々お高めで銀貨二枚になります。魔石の交換は小銀貨四枚で承ります」
「これも数量限定?」
「はい、本日は三十本ご用意しております。こちらも売り切れ御免で、再入荷は未定です」
女冒険者は後ろを振り返り、もう一人の連れである小柄な女冒険者にお金を渡した。
「これを三本、いえ、買えるだけ買ってきて! 大丈夫、こんな便利な道具なら皆欲しがるわ。高値で転売すればすぐに元は取れます!」
お金を握り締め店内へと駆け込む女冒険者と、それに続いて店内へと駆け込む十人程の男たち。
どうやら周りで見ていた者たちも冒険者のようで、旅の最中に飲み水に困らない事の素晴らしさを熟知しているようだ。……いや、転売の言葉に反応しただけかもしれないな。
いつの間にか、俺と女冒険者の周囲を大勢の通行人が取り囲んでいた。
「お嬢さん、あまり堂々と転売なんて言われると困るんですが、まあいいか。では次なる商品ですが、これは闇夜でも周囲を明るく照らしてくれるという……」
さあさあ、俺の商品はまだまだたくさんあるぞ。財布を握り締めて俺の説明を聞くがいい!




