第88話 エピローグ
ここはホルス王城の一室。
俺は広い部屋の奥に置かれた豪華な椅子の上で、いつものようにふんぞり返っていた。
俺の斜め後ろには秘書役のアリスが、そして部屋の壁に沿って護衛のバトルロイドたちがずらりと並んでいる。
俺は顔にはめている銀のマスクに手を沿えた。
マスクは顔全面を覆うアンドロイド用とは違い、目の周囲だけを覆うマスカレードマスクというタイプだ。
このマスクは最近新調したばかりの謁見用なのだが、まだマスクを付ける事に慣れておらず、ついつい手で触ってしまうのだ。
俺は銀のマスク越しに目の前に立つ男を観察していた。
いかにも人畜無害といった感じのするちょっと冴えない青年である。
だがこの男、只者ではない。
「ラリー・ブラッド子爵。ホルス王都在住で独身。王城の財務部門に勤務し職場での評価は極めて高い。先の戦争ではブレストーク砦司令官代理として砦内の改革に尽力。更には攻略軍の司令官代理として陣頭に立って兵士を指揮し、快進撃の末にギナンの街まで進軍。正にギナン攻略に取り掛かろうとした矢先に王都からの停戦命令を受け、ブレストーク砦まで撤退し現在に至るという訳だな。全くもって素晴らしい経歴だ。知ってるかい? ギナンの街に派遣されていたアルビナ騎士団は、君の軍勢が街に迫るのを見て逃げ出そうとしていたらしい。停戦命令がもう少し遅ければ、君はギナン攻略に成功していたはずなんだ」
ブラッド子爵は、不思議そうな顔付きで俺を見た。
そして何か言いかけて口をつぐんだ。
「ブラッド子爵。ここは謁見の場ではない。思った事は自由に発言していいよ。それに畏まった話し方も不要だ。護衛を除けばここには君と俺の二人しかいない」
「皇帝陛下。私はなぜこの場に呼び出されたのでしょうか? 王都に召還された理由を聞かされていないのですが……」
「ああ、そうか。誰も君に事情を話していないのか。では俺から説明しようか。ラリー・ブラッド子爵。君は戦争犯罪人として告発されている。この場は君の審問の場だ」
ブラッド子爵が固まっている。
呼び出しを受けた理由はいろいろと想定していたはずだが、戦争犯罪人というのは想定外だったようだ。
「戦争犯罪人ですか? 私が? 何の犯罪を? 私は確かに前線に立って部隊の指揮を執りましたが、犯罪など犯した覚えはありません」
「それは知ってる。まあ早い話、君はホルス王国に売られたんだよ。ホルス王国はアルビナ王国に宣戦布告し攻め込んだが、たった五日で降伏に追い込まれた。敗因は何だ? もちろん帝国の存在だ。帝国の力の前にホルスの国王は屈服した。戦争は終わりホルス王国は帝国の属国として存在を許されることになった。となれば今後は帝国の機嫌を損なわないよう、うまく立ち回っていくしかない」
「それがどうして戦争犯罪の話になるのですか?」
俺はうんうんと頷きながら、ブラッド子爵に説明を続ける。
「ティトの街の虐殺は君の耳にも入っているだろ。ホルス王国はあの虐殺の件で俺が激怒しているのを知っている。だから国王は自らの責任を回避するため、前線で戦った者を戦争犯罪人として帝国に差し出そうとしている。俺の怒りを鎮めようとしてな。だが街での虐殺に関わったロジェ、ルーベック、クロフの三将軍は既に俺が身柄を押さえていて、ホルス側から差し出す事はできない。自分たちから差し出せる戦争責任者といえば、国境でアルビナ軍に多大な損害を与えて活躍した君しかいない。国の命令に逆らってギナンの街を襲おうとした君は、戦争犯罪人として帝国に引き渡されたんだよ。誰かを生贄に捧げないと責任追及の矛先が国王に向くからね」
「ギナンの街への侵攻は国の了承を得ていたはずですが、私の独断でやったという話になっているのですか?」
「ああ、私腹を肥やすために国の命令を無視して街を襲い略奪行為をするつもりだった、って事らしいな」
「それで私はどうなりますか? 処刑ですか? まあ両親とも既に亡くなっていますし、独身で家族もいませんからそこまで生に執着するつもりはありません。ただ慈悲を頂けるなら苦しまずに死なせていただきたく存じます」
ブラッド子爵はもう諦めの表情をしており、瞳から輝きが失なわれている。
「自分の独断ではないと弁明しないのか? その気になれば君の身の証を立てる証拠なり証人なりは出てくると思うぞ」
「国が私を帝国に差し出したのであれば、もう何をしても無駄でしょう。証拠や証人を出しても捏造と言われて終わりです。もし無実が証明されたとしても国は私を許さないでしょう。もう私はこの国で生きてはいけない……」
今まで国の為に身を捧げてきたのだろう。その国に謂われなき罪を着せられたのだ。さぞ辛かろう。
「だったら帝国に来ないか?」
「え?」
「エデン帝国に来るつもりはないか? 確かにホルス王国にはもう君の居場所はないと思うよ。だが帝国は君を迎え入れる用意がある。うちは人材不足が深刻でね。とくに文官がいないんだ。無理にとは言わないし、断わったからと言って君を処罰するつもりもない」
俺は椅子から立ち上がりブラッド子爵の前へと歩み寄った。
マスクを外し素顔を晒してブラッド子爵に手を差し出した。
「君の力を俺に貸して貰えないだろうか」
「私は陛下が望まれるほどの大人物ではありません。陛下のご期待に沿えるかどうか自信がありません」
「君が大人物かどうかは問題じゃない。問題なのは君に俺を助ける気があるかどうかだ。もう一度聞くよ。ラリー・ブラッド、帝国に来て君の力を貸してくれないか。俺には君が必要なんだ」
ブラッド子爵は差し出された俺の手をじっと見ている。
長い沈黙が訪れた。
やがてブラッド子爵はその場に跪くと、両手で俺の手を取り頭を深々と下げた。
「皇帝陛下。この身が尽きるまで、全身全霊を以てお仕えいたします」
「今後は俺の側近として俺を支えて欲しい。よろしく頼む、ラリー・ブラッド」
俺は満面の笑みを浮かべた。
なかなか感動的な場面ではあったが、俺の心はそんな感動とは無縁の喜びに溢れていた。
(文官ゲットーーー! 文官だよ、文官! 俺の待ち望んでいた文官だー! ブラッドの事務処理能力はピカ一だし、これで俺の仕事の半分、いや七、八割くらいは押し付けられる。頑張って十人くらいの文官チームを作れば、もう俺は煩わしい仕事から解放されるはずだ! この調子で文官を集めまくるぞー!)
◇◇◇
ここはホルス王城の一室。
俺は広い部屋の奥に置かれた豪華な椅子の上で、いつものようにふんぞり返っていた。
俺の右後ろには秘書役のアリスが、左後ろにはエデン帝国宰相ブラッドが、そして部屋の壁に沿って護衛のバトルロイドたちがずらりと並んでいる。
俺は椅子の上で足を組み替えながらぼやいた。
「なんだか尻が痛いな。やっぱりこのふんぞり返りの姿勢に無理があるのかな?」
後ろで控えていたブラッド宰相が呆れたような声を上げた。
「陛下、その姿勢はわざとやってたんですか?」
「そうだよ。俺は威厳が全く無いから、少しでも威厳を出そうと思ってね」
「だったら似合ってませんから止めて下さい。育ちの悪いガキが粋がって格好をつけてるようにしか見えません」
「ええっ! そんなに似合ってなかった?」
「私の陛下への第一印象をお教えしましょうか? 単なる『痛い人』でしたね」
「……」
俺は背筋を伸ばし椅子に深く腰を降ろした。
「その方がずっと威厳がありますよ。では準備はよろしいですか?」
「ああ。入れてくれ」
宰相が部屋の入口に立っている護衛のバトルロイドに合図を出した。
バトルロイドが部屋の扉を大きく開け放つと、二十人の男女が部屋に入って来た。
彼らはバトルロイドの指示に従い俺の前に整列した。
「諸君。よく来てくれた。直接顔を合わせるのはこれが初めてだな。改めて名乗ろうか。私はエデン帝国皇帝タツヤだ」
俺の前に並んでいるのは、グレース平原でサラマンダーに侵入したホルス軍の部隊員と、サラマンダーを地に落とした魔術師の生き残りだ。
彼らは俺の捕縛・暗殺およびサラマンダーの鹵獲を目的に、特別に訓練されたホルス軍の特殊部隊だ。他の兵士たちと同等に扱う訳にはいかない。
「さて今日君たちを呼んだのは、君たちの今後の処遇を決めるためだ。カーティス隊長、前に出ろ」
列の先頭にいた男が一歩前に出た。部隊長のカーティスだ。
「カーティス隊長。君たちの部隊は私を暗殺し船を奪おうとした。実に許されざる行為だ。エデン帝国はホルス王国に君たちの身柄引き渡しを要求し、ホルス王国はその要求を受け入れた。つまり君たちの生殺与奪は我が帝国の手の中にある」
俺はカーティスを見た。彼の額から一筋の汗が流れ落ちた。
「実は君たちの処遇にはとても頭を悩ませている。君たちの持っている技術、エデンの電子錠を解除してしまう開錠魔法。浮遊石の浮遊反応を抑え込む反浮遊魔法。それに船内の部屋や通路を見通すマッピング魔法。更には空間を捻じ曲げ遠隔地へのゲートを開く転移魔法。これらは我が帝国にとって危険なものばかりで、決して野放しには出来ないものだ」
俺は言葉を止めてカーティスとその後ろに並ぶ部隊員に視線をやった。
「これらの魔法を世に拡散させない為には、君たち全員を処刑してしまうのが一番だ」
俺は自分の首に親指を当て、首を切り裂く真似をして見せた。
「ひいっ!」
立ち並ぶ部隊員の間から、女性隊員と思わしき悲鳴が聞こえて来た。
「皇帝陛下!」
声の主は、つい先ほどエデン帝国の宰相に就任したブラッドだ。
「お待ちください、陛下! 彼らは命令に従って動いていただけです。彼ら個人には何の罪もありません」
「ブラッド宰相。お前はホルス王国の出だ。元同胞を助けたいという想いは立派だが、我がエデン帝国に仇なす者は今のうちに排除しておかねばならん」
「陛下! 陛下は彼らの命をお望みなのですか? それとも危険な魔法の対処をお望みなのですか?」
「当然、危険な魔法への対処だ。彼らの命など貰っても嬉しくも何ともない」
ブラッドは俺の前に膝を付き頭を下げた。
「彼らの処遇はこのブラッドめにお任せ願えないでしょうか? 決して陛下にご迷惑はお掛けしません」
「どうするつもりだ?」
「彼ら全員をエデン帝国軍に編入します。軍の管理下に置いて秘密の拡散を抑えます」
「ふむ。帝国軍に編入か。悪くないな」
俺は顎に手をやりしばし考え込んだ。……ふりをした。
全ては事前の打ち合わせ通りだ。俺は悪の皇帝役でブラッドは正義の救世主役だ。
こういう流れで話を持っていけば、カーティスたちはブラッドに信頼を寄せ、帝国軍入りがすんなりと進むであろう。
ちょっとずるい方法ではあるが、事がうまく運ばないと本当に彼らを始末しないといけなくなる。
「いいだろう。仔細は宰相に任す。お前が責任を持って彼らの面倒を見ると言うのであれば、好きにするがいい」
「はっ。ありがたき幸せ」
ブラッドは俺に代わり部隊員の前に立った。
「聞いた通りだ。君たちには今後、帝国軍に所属してもらうことになる。これは強制で拒否は許さない。だが三年間軍務に付けば、秘密保持誓約書へのサインと引き換えに除隊を認めよう。除隊後は国に帰るも何をするも自由だ」
無期限で軍に縛り付けるとなればそれは奴隷と同じだ。期限付きならば、まだ受け入れやすいであろう。
カーティスが恐る恐る訊ねた。
「帝国軍に入るのは拒否出来ないとしても、我々が軍の命令に従わなかったらどうするつもりですか?」
「どうしても軍に入りたくない者、故意に軍務の妨害に出た者は、五年間監獄で暮らしてもらう。こちらは秘密保持誓約書へのサインが無くとも五年過ぎれば解放しよう」
「そういう話ではないんだ。帝国軍に入ったとしても、俺はホルス王国に剣を向けるような事は出来そうにない」
こういう話は事前の想定に無かった。ブラッドが振り返って俺を見る。
「陛下」
「ブラッド宰相。この件はお前に任すと言った。お前の判断は帝国の判断だ。良きに計らえ」
ブラッドは俺に頭を下げ、カーティスに向き直った。
「皇帝陛下のお許しが出た。故国との争いには君たちを使わないと約束しよう」
「少し皆と話をさせて欲しい」
ブラッドには任すと言ったが、援護はしておくべきだな。
「言っておくが今の帝国軍には人材が全くいない。だから君たちの活躍次第でいくらでも昇進は可能だ。帝国軍は成果を出せばすぐに結果に反映されるやりがいのある職場だぞ。いい返事を期待している」
彼らの覚えた魔法の数々は帝国にとって極めて危険な魔法だ。
だからこそ他国へ流出しないよう魔術師たちを帝国に取り込む必要がある。
取り込みに失敗しても、五年もすればそれらの魔法に対抗する技術が生み出されているはずだ。そうすれば彼らを自由にしても問題ない。
結局カーティスたち全員が帝国軍への編入に同意した。
三年間の兵役と五年間の懲役。どちらを取ると聞かれれば皆兵役を取るだろう。
給料だって出るし行動の自由もある。
元々軍人だったのだからやるべき仕事が大きく変わる訳でもない。
「おめでとう。今日から君たちはエデン帝国の軍人だ。職務に励んでくれたまえ」
俺は満面の笑みを浮かべた。
今日は何と良き日であろうか。俺の心は踊り出さんばかりの喜びに満ちていた。
(軍人ゲットーーー! 文官に続いて軍人も手に入ったー! 優秀な魔術師もいるし帝国に欲しい人材が一気に揃ったぞ! これでまた俺の生活にゆとりが出来るというものだ)
◇◇◇
名目だけの存在であったエデン帝国に今、命の灯が吹き込まれた。
直属の軍隊、影の諜報部、帝国の首脳部。三つの組織が揃ったのだ。
後は徐々に各組織の人員増強に努めていけば、真の帝国が完成する。
アルビナ王国とホルス王国を配下に収め、国としての陣容を露わにしたエデン帝国は、やがて大陸中にその名を轟かせていくことになる。




