第87話 帝国の影
ここはアルビナ王都のとある酒場の一室。
室内には長いテーブルが置かれており、その両側に十二人の男女が座っている。
俺は長いテーブルの一番奥に座っており、後方には仮面のメイドと青い甲冑の重騎士が一人ずつ控えている。
俺は彼らにテーブルの男女に声を掛けた。
「さて、皆よく集まってくれた。今日はエデン帝国の秘密諜報組織シャドウの記念すべき初会合だ」
そう、彼らは全員がシャドウのメンバーで、旧秘密諜報機関『梟』からの移籍者である。
梟からシャドウへの移籍交渉は俺自身が直接出向いて行ったため、ここにいるメンバーは皆俺の顔を知っている。
俺は身分を隠して移籍交渉を行ったのだが、目聡い者はとっくに俺の正体に気付いていたようだ。
「君たちは全員が元梟のメンバーだったから顔見知りも多いと思うが、中には初見の者もいるだろうから各自自己紹介といこう。まずは俺からだな。俺はエデン帝国皇帝タツヤだ。シャドウでは最高司令官を務める」
俺は自己紹介を終えると右手に座る老人に合図を送った。
「このメンバーで儂を知らん者などおらんはずだが、儂は元飛燕騎士団の団長アンジェロじゃ。シャドウでは顧問を務めさせてもらう。組織がうまく回るまでは諜報部の部長も兼任することになっておる」
本人は一時的な部長職だと思っているだろうが、退任できるのは後任を育て上げた後だ。簡単に逃げられると思うなよ。ぐはははは。
アンジェロの次は俺の顔見知りの男だ。
「俺はモーリス。飛燕騎士団では諜報部門にいた。俺は『過去視』のスキル持ちで、数日前までの過去の出来事を視ることが出来る。このスキルは一度使うと一週間くらいは使用出来なくなるから使いどころが難しくて、梟としての活動はあまりしていない」
モーリスは隣に座っていた痩せ気味の女に視線を向けた。
彼女も俺の顔見知りだ。
「私はベルタと言います。私もモーリスと同じ諜報部門の出です。『真偽判定』のスキル持ちです。よろしくお願いします」
その後も自己紹介が続き、シャドウの全員が名乗りを終えた。
「一応、俺の後ろの二人も紹介しておこう。こっちは俺の護衛ゴーレムだ。帝国には同型ゴーレムが数十体いる。会話も出来るし自己の判断で行動も出来るから人前では人間として扱うように」
護衛のバトルロイドが軽く頭を下げた。
アルビナ王城を襲った青い甲冑の重騎士たちの存在は、けっこう巷の噂になっている。
今更正体を隠す意味はあまり無いので、このメンバーには重騎士の正体を知っていて貰った方がいい。だがロボットなどと言っても説明が難しいので、当面はゴーレムとしておくことにした。
「で、こっちが俺の秘書のアリスだ。アリス、仮面を取って挨拶しろ」
仮面を付けて俺の後ろに控えているアリスの存在は、メンバーたちも気になっていたようだ。
メンバー全員の視線がアリスに集中している。
そんな視線の中、アリスが仮面に手をやりゆっくりと外した。
全員が息を呑んでアリスを見つめている。
アリスの素顔を晒したのには二つ理由がある。
一つは本人確認のためである。今後アリスもシャドウの仕事で動くことが出てくるはずだ。
その際、仮面で顔を隠したままだと、それがアリス本人であると証明出来ない。
だがらここで顔を見せておく必要がある。
もう一つは、アリスの顔を見た時のメンバーの反応を確かめたかったのだ。
俺のように不気味に感じるのか、それともテレーゼのようにその美貌に見惚れるのか。
まだ仮面を取っただけでは判断できない。ここからが問題なのだ。
「マスターの秘書を勤めさせていただいているアリスと申します。よろしくお願いいたします」
アリスが満面の微笑みを浮かべ、軽く一礼した。
さあ、メンバーの反応は如何に?
アリスの微笑みにつられて、メンバー全員の頬が緩んでいる。
特に野郎どもは目尻が下がっており、怖がっているそぶりは無い。
どうやらアンドロイドに嫌悪感を持っているのは俺だけのようだ。
何で俺だけ不気味に感じるんだ?
まあいい。メイドロイドを人前に出しても問題はないと分かっただけでも収穫だ。
一人の若い男が手を上げた。シャドウの最年少諜報員であるディーンだ。確か歳は十九だったような。
「何だね。ディーン」
「皇帝陛下! あ、あの……、アリスさんは陛下のお手付きなんですか?」
おおっ、直球ど真ん中で勝負に出たな。何というか……、若いってすごいね。
普通はそんな事は思っても聞かないし、ましてや相手は皇帝様なんだぞ。
見てみろ、周囲の者たちがディーンの暴走に青い顔をしているぞ。
アンジェロなどディーンを捻り殺しそうな形相で睨んでいる。
まあ今の発言は聞かなかったことにしてもいいが、下手に希望を抱かせないよう今のうちに釘を刺しておくか。
「お手付きではないが、お手付きにするつもりはある。帝国を敵に回す覚悟が無ければ下手な夢は見ないことだ」
これだけ言っておけば、望みは無いと諦めるだろう。
俺の言葉を聞いてディーンが項垂れてしまった。目尻に涙が滲んでいる。
どうやら俺は彼の心に五寸釘を打ち込んでしまったようだ。
でもどうせ実らぬ恋ならば、早めに引導を下しておくのが彼のためであろう。
「さて、メンバー紹介も終わった事だし本題に入ろう。俺がシャドウを組織した理由や今後の方針を伝える」
俺はメンバーを前にシャドウ結成の目的や、今後の方針を説明していった。
ミルドランド大陸には戦いが満ちている。
エデン帝国が今後戦争に巻き込まれないようにするには、世界の情勢を正しく知る必要がある。
帝国の技術を使えば、大陸各国の地形や人の動きなどを調べるのは簡単だ。だが空の上から眺めっているだけでは世界の本当の姿は見えてこない。
人々の暮らす世界に入り込んで、生きた情報を集めてくることが必要なのだ。
「まあはっきり言って梟とやるべき事に違いはない。明日になればエデン帝国の存在と、アルビナ・ホルス両国が帝国の傘下に入った事実が大きく発表される。そうなると俺は皇帝稼業で自由に動けなくなるはずだ。そこで俺に代わり帝国の影の活動を担ってもらうのがシャドウという組織だ」
そこまで説明し、今後のいくつかの任務について指示を出した。
「まずはグレース平原で捕虜にしたホルス兵四千名の中から、ティトの街の虐殺に関わった者を選別したい。これは真偽判定の出来るベルタ向けの仕事だな。調査対象数が多いから誰かサポートを付けよう。大変だが何とか頑張って欲しい」
ホルス軍の四千名の騎士や兵士たちは、降伏させて以降ずっとグレース平原に留め置いている。
彼らが持参した兵糧は後数日で底を尽くため、虐殺行為に手を染めていない者については開放しホルス王国に送り返したいのだ。
本来はアルビナ王国の仕事であってシャドウの仕事ではないのだが、一人一人を詳しく調査していては時間が掛かり過ぎるため、有罪無罪の判別だけは帝国で引き受けたのだ。
ベルタの『真偽判定』のスキルを使って効率良く進めれば、早ければ一日か二日で終わらせることが出来るはずだ。
「次に身辺調査を頼みたい。エデン帝国には国の運営に必要な人材が全くいない。これから有能そうな人物をスカウトして組織作りを進めるが、その対象者の身辺を念入りに調査して欲しい。家柄、家族構成、趣味、友好関係、犯罪歴、周囲からの評判、その他調査員が必要と判断した事があればそれも調べてくれ」
今集めようとしている文官たちは、これから先エデン帝国を担っていく者たちだ。
能力は勿論必要だが、同時に清廉潔白さも必要なのだ。
エデン帝国の中枢部に敵国のスパイが入り込むような事態は絶対に許容できない。
採用前に身辺を洗っておくことは必要だ。
「最後にセントース聖王国だ。この宗教国家が帝国に対して何か敵対行動に出ないかどうか、セントース聖王国に潜入して現地で情報を収集してもらいたい」
敵地に潜入しての諜報活動。これぞ諜報の王道いうべき仕事である。
「それと今すぐではないが、調査して欲しい人物が二人いる。一人はホルス王国に転移魔法を伝えた謎の魔法使い。世に知られていない数々の魔法をホルス王国に伝えた後、忽然と姿を消したらしい。もう一人は半年も前に俺の出現を予言したホルス王国の予知者。何でも『紫炎の予知姫』と呼ばれている女らしいが、こっちも実態がよく分からん人物だ。そのうち調査指示を出すから頭の片隅に入れておいてくれ」
シャドウの初仕事はこれくらいにしておこう。
本当はグレース平原で捕虜にした反浮遊魔法を使った魔術師や、サラマンダー艦内に侵入した部隊、それにホルス国内で転移魔法を使った魔術師たちなど、詳しく尋問して情報を引き出したい者たちが山のようにいるのだが、これらは自分で何とかするとしよう。
「ではアンジェロ、人の割り振りを頼む。事務方の二人は組織運営に回すから現場には出さないで欲しい」
「儂の仕事は顧問であって、単なるご意見番のはずじゃがのう」
「でも今は諜報部の部長も兼任でしょ。采配を頼むよ」
「はあ、いいようにこき使いおって」
アンジェロは手元のメモを見ながら指示を出す。
「チームを二つ編成しようかの。まず第一班はホルス兵四千名の調査じゃな。トリスタンをリーダーとして、ベルタ、モーリス、イリスの四人で担当する。四人で掛かれば一日で終わるじゃろう。それが終わったら四人ともスカウト対象者の身辺調査に移ってくれ。第二班はセントース聖王国への潜入じゃな。こっちはセドリックをリーダーとしてニーノ、ステファン、ディーン、ジャンヌの五人じゃ。潜入の詳細の打ち合わせは別途行うとしよう」
アンジェロはそこまで言うと俺を見た。
「事務方のレイモンドとヒルダは何に使うつもりじゃ?」
「いつまでも会合を酒場で開く訳にもいかないだろ。アンジェロとその二人とで王都内のどこかに家を借りてシャドウの仮司令部を作って欲しい。拠点は一年以内にエデン帝国の帝都に移すことになるから、あくまで仮の司令部ということで」
組織の運営資金は既にアンジェロに渡してある。後の細かい話は彼らに任せよう。
その後は俺とメンバーとの間で任務に対する質疑応答が続いた。
「ところでセントースに潜入する第二班は本名のままで活動するのか? 偽名とかコードネームは使わないのか?」
俺の質問にセントース潜入組のリーダー、セドリックが不思議そうな顔をしている。
「我々は皆、偽名で活動してますが」
「へ?」
どうやらアンジェロ以外は、梟に入る際に偽名を与えられその名前を使っているそうだ。
「諜報活動に従事する者は、身元を探られんよう偽名を使わせておる。何かあった際に弱みを握られたり家族を人質に取られると面倒じゃからな」
「アンジェロは本名だよね?」
「儂はこれでも伯爵じゃ。名も顔も知られておるから偽名を使う意味はない」
「そうか、それじゃあ俺も偽名を使った方がいいかな?」
「その方がいいじゃろう。秘密組織のトップが皇帝と知られるのはまずい。それでは秘密の組織とは呼べまい。組織の活動にも支障が出る」
「では俺も偽名を名乗るとしよう。そうだな、今後シャドウ内では俺の事はストレイカーと呼んでくれ。ストレイカー司令官だ。今後は顔もマスクで隠すようにするよ」
今後は皇帝としてもシャドウ司令官としても、あまり素顔を見せないようにするのが良さそうだ。
俺は後ろに控えていたアリスに合図をした。
アリスはテーブルを回りながらメンバーに黒いブレスレットを手渡している。
「これはシャドウ専用の装備だ。遠距離にいても会話が出来るようになる通信機だ。これを使えばここアルビナとセントース聖王国の間でも会話が可能になる」
「何ですって! もし本当にそんな遠く離れた所と会話が出来るなら……、諜報の常識が変わるぞ!」
メンバーたちが騒ぎ始めた。特にセントースに潜入する第二班は目の色が変わっている。
「後でアリスから使い方を説明させる。これを使えば日々の報告や、メンバー間の連絡も可能になる。万一の場合には救援も呼べるぞ」
「救援は不要です。我々諜報員は任務に赴く際には死の覚悟を決めています。敵地の真ん中で苦境に陥ったら、組織や仲間を危険に晒さないよう自決の道を選びます」
「何を馬鹿な事を言っている。いいか、シャドウは絶対に仲間を見捨てない。ピンチになったら躊躇わずに助けを呼べ。他の仲間か司令部が必ず救助に駆け付ける。シャドウは仲間を見捨てない。絶対にだ!」




