第86話 戦いの後始末
戦争は終わった。
それは素晴らしい事だ。とてもとても素晴らしい事だ。
だが俺の心はどんよりと曇りきっていた。
戦争が終わって平和が訪れたものの、俺は戦争の後始末に追われてまくっていたからだ。
「なんでこんなに忙しいんだよ!」
ホルス王城の広場に駐機させた改造型輸送機の作戦指令室で、俺はケルビム相手に毒づいていた。
ついさっきまで、アルビナ王国に対するホルス王国の賠償内容を決める会議に引っ張り出されていて、やっと解放されたところなのだ。
賠償など当事者同士で話し合いを進めて欲しかったのだが、両国の官僚たちの泣き落としに負け会議に出席させられていたのだ。
『自業自得じゃないですかね。余計な所に顔を突っ込みすぎです。何事もサラッと受け流す技量を身に付けないと、いつまで経っても忙しいのは変わりませんよ』
「正論で人を殴りつけるような事を言うなー! 今の俺はもっと優しい言葉が欲しいんだよ。俺だって精一杯頑張ってるんだ。少しぐらい労わってくれたっていいじゃないか!」
『テレーゼさんに来てもらいますか? 彼女ならマスターを甘やかしてくれますよ』
「……魅力的な提案だがそれは駄目だ。ホルス王城内はまだ完全に安全とは言えない。アルビナの王城では暗殺されかけたからな」
テレーゼとは、クラレンス商会で別れたきり会っていない。
事態が落ち着いたら迎えに行こうと思っていたのに、事態が全く落ち着く気配を見せないのだ。毎日連絡は入れているものの、こちらに呼ぶのは時期尚早だ。
とりあえず、今すぐ指示が必要なものだけでも処理してしまわないと、何時まで経ってもテレーゼを迎えに行けない。
「サラマンダーの状況はどうなってる?」
『カナン島の造船ドックに入れて検査しました。艦の外殻には問題は無く修理は可能ですが、改修方針が未定なのでドックでの作業は停止しています』
空中フリゲート艦サラマンダーは先の戦闘で地面に落とされてしまい、艦底部に多大なるダメージを受けた。
元々サラマンダーの設計においては、艦が着地するような事態を想定していなかった。
艦が地上に降りるのはドックでのメンテナンス時か、撃沈された時だけとの認識があったからだ。
そのため対地攻撃用のレーザー砲は広く地上を狙えるよう、その全てを艦底部に配置していた。おかげで墜落時に大部分のレーザー砲が損壊してしまった。
今回はその反省を生かして単純な修理ではなく、艦が接地しても損傷を与えないような改修を施すことにしたのだが、他の作業に忙殺され設計はほとんど進んでいない。
「すまんが、ケルビムの方で艦の改修設計を進めてくれないか? 要望としては砲塔は収納式にして艦内に格納できるようにしたい。それと砲塔のいくつかを艦底部から舷側や甲板上に移動させて欲しい。今回のように全兵装が一度に使用不能というのはもう御免だ」
『了解しました。こちらである程度設計を進めておきましょう』
サラマンダーはこれでいい。将来的にはサラマンダー級のフリゲート艦をもう一隻か二隻建造したいところだが、それはもっと後の話だ。
「バトルロイドだが、大破したブルー1と3の修理は可能か?」
『どちらも修理に問題はありません』
「修理は一旦保留だ。それよりバトルロイドの増強をしたい。今は四十八機しかないが百機まで増やしたい」
『素材の備蓄も進んでいますから増産は可能です。エデンの地下工場で生産させましょう』
「ブルー1については今はまだ修理は不要だが、人工知能ユニットのチェックだけは念入りに実施しておいてくれ。奴は俺の命令に従わん。なぜそんな行動を取ったのか理由が知りたい」
ブルー1はあの虐殺の起きたティトという街で、俺の撤退命令に従わず救助作業を優先させた。更には先の戦闘では大破したブルー3の破棄命令にも異を唱えた。
バトルロイドに搭載された学習型人工知能は、経験を積む事で自らの思考パターンに変更を加えて成長していく。
ブルー1の反抗が故障による動作不良なのか、それとも経験を積んで成長した結果なのか。
単なる故障なら修理すればいいだけの話だが、正常な思考の結果として俺に反抗したのだとしたら……。
俺は頭を振って脳裏に浮かんだ最悪の状況を頭から消し去った。
ブルー1の対応は急ぐ必要はない。人工知能ユニットの精密チェックの結果を聞いてからでも遅くはない。
「サラマンダーとバトルロイドの件は最優して進めて欲しいが、余力があれば人員輸送機を作りたい」
最近、人の移動に関する問題が顕著になってきた。
俺はいつも流星号を使って移動しているから問題はないのだが、大人数の人員を空路で移動させるとなるとエデンの輸送機を使うしかない。
だが輸送機はあくまで物資輸送用であり、人の座るシートも無ければ窓も無い。
今回、戦後処理のためアルビナ王国の宰相を始めとする高級官僚たちを、ホルス王国に呼ぶことにしたのだが、馬車での移動となると何日掛かるか分かったものではない。
仕方がないので、俺が移動作戦指令室として使っている改造型輸送機を使って人を運んだのだが、毎回そんなサービスはしていられない。
今後の事を見据えると、どうしても人員輸送用の機体が必要だ。
「なに、人員輸送用といってもやることは俺の改造型輸送機と同じだよ。輸送機のコンテナに窓とシートを取り付けて、内装をきれいに整えてトイレとギャレーを設置すればそれでいい」
『念のために言っておきますが、物資の輸送と人員の輸送は全く別ですから。人員を輸送するとなればコンテナ内部の与圧や空調も必要ですし、緊急時の装備も必要となります』
「え? 俺の輸送機はどうなってるの?」
『あれも同じです。マスターの要望の他に人員輸送に必要な機材を全て組み込んだ特別機です。マスターの知らないところでかなり手間暇掛けているんです。まあ何が言いたいかと言えば、下手な改造ではなく新規に設計から始めた方がいい物が作れますという話です』
「そんなに面倒掛けてたのか。何だかすまん。それじゃあ、人員輸送機は新規開発で設計を頼む。これは余力があればでいいからな」
『了解しました』
設計や製造に取りかかるべきものはこれぐらいだろうか……。
おっといけない。大事なものを忘れていた。
「一番大事な話を忘れていた。前に試作で作った偵察機なんだが」
『あれは量産を見送るという話でしたが』
「予定変更だ。本当は設計を見直して別のコンセプトで試作機を作るつもりだったけど、今の状況下では偵察機の新規開発を待つ余裕はない。あの試作偵察機でいいから二十機ほど作って欲しい。最優先だ。サラマンダーの改修より優先度は上だ」
『了解しました。偵察機としては優秀ですし製造に問題はありません。すぐに量産に入ります。ですがなぜそこまで急いで偵察機が必要なのですか?』
「セントース聖王国がきな臭い。あの国が何か引き起こす可能性がある。今度は後手に回らないよう事前に情報を収集したい」
アルビナ王国、ホルス王国、セントース聖王国の三国はそれぞれが他の二国と直に国境を接している。
ミルドランド大陸の他の国々との間には、どの国にも属さない空白地帯が広がっているため、直接国境を接したこの三国の結びつきは良くも悪くも密接だ。
その三国のうち二国がエデン帝国の傘下に下った。
お互いを牽制し合っていた三国の勢力バランスが大きく崩れたのだ。
セントース聖王国がそれを黙って見ているとは思えない。
必ず何らかの行動を起こすはずだ。
……という話が、先程俺の出ていた会議で話題となったのだ。
まあ、セントース聖王国の地形くらいはとっくに把握済だ。
以前大陸中に資源探査機を放って地下資源の調査をした事があるのだ。
セントースの地形どころか地下資源の埋蔵量までお見通しだ。
実は天空の島エデンでも何度もセントース聖王国の上空を通過している。
十分高度を取りつつ大きな街は避けて通過しているため、地上から見られても何か黒い不審な物体が空に浮いているという程度で、それほどの騒ぎにはなっていない。……はずだ。
天空の島エデンは空に浮いているだけだと、意外と風の影響を受けて流されやすい。
常にある程度の速度で飛行していた方が島は安定するのだ。
そこでエデンは常に大きな円を描くように、アルビナ、ホルス、セントースの三国の上空を飛行し続けているのだ。
そんな理由でセントースの地形や街の位置などは全て把握済だが、今後を見据えるともっと詳細な情報が必要なのだ。
『確かに情報収集は必要ですね。直ちに偵察機の製造に入ります』
これでエデンでの開発・製造関係の話は大分片付いてきた。
まあほとんどケルビムに丸投げだけどな。
ここから先は丸投げ出来ない面倒な話ばかりが残っている。
俺はアルビナ王宮にいるライザーを呼び出した。
『はい、ライザーです』
「連絡が遅くなってすまん。そっちの状況を教えて欲しい。ティトの街へ人を派遣してもらう件はどうなった?」
『軍から人員を出して対処させている。といっても少し前に街に到着したばかりで、埋葬の準備はこれからなんだけどな。実は俺も軍に同行してティトの街に来てるんだけど、少しばかり困ってることになってる』
「どうした?」
『あの赤ん坊の名前が分からない』
「は?」
『今赤ん坊を保護した家にいて家の中を調べてるんだけど、赤ん坊の名前が書かれたものが何もないんだ。母親も街の住人もみんな死んでるから、赤ん坊の名前を知る者が誰もいない』
「そうか、名前か……。今となってはもう名前なんて分からないだろうな。新しく名前を付けるしかないだろう。で、赤ん坊はどんな具合だ?」
『クリスティンが面倒見てくれているよ。俺が王都を発つ時はすっかり元気になってた』
「良かった。俺も後でクリスティンに礼を言っておくよ。じゃあライザー、後でまた連絡する」
親からもらった名前が分からないとは悲しい話だが、こればかりはどうしようもない。
赤ん坊の命はもう問題ないようだし、街の住人の埋葬の準備も始まった。
心の重荷が少しだけ軽くなったような気がする。
本当は俺もティトの街に行きたかったが、今の状況ではそれは叶わない。
そちらはライザーに任せよう。
「ケルビム、シャドウのメンバーに招集をかけろ」
エデン帝国の秘密諜報組織『シャドウ』。
シャドウはアルビナ王国飛燕騎士団を隠れ蓑にして組織された非合法秘密諜報機関『梟』を解体・再編し、エデン帝国の組織として再構築した機関である。
以前、梟の存在を聞かされた時は中二病集団のレッテルを張ってしまったが、皇帝を名乗るようになって初めて分かった。国を運営するのに諜報組織は必須である。
例え中二病と罵られようが大馬鹿者と後ろ指を差されようが、秘密諜報組織は絶対に必要なのだ。
シャドウは様々な紆余曲折の末に設立された。
元々は梟所属のスキル持ちを引き抜く目的で新組織を立ち上げたのだが、さすが非合法を謳う組織だけあって、大半が容認できない犯罪行為に手を染めていた。
それら犯罪者どもを監獄送りにし、残った者の中から新組織への移籍希望者を募ったのだが、国籍を移し帝国国民となる事を前提条件としたためか、移籍に応じたのはごく僅かしかいなかったのだ。
更には組織のトップに梟の創始者、元飛燕騎士団長アンジェロを据えようとしたのだが、老齢を理由に拒否されてしまった。
過去に梟メンバーの犯してきた犯罪行為をあげつらい、お前にもその責任はあるだろうとネチネチと責め立てた結果、何とか顧問として在籍させる事には成功した。
少しばかり強引な手段に出てしまったが、さすがに諜報組織となると経験もノウハウもない俺には組織運営は無理である。
一応、正式な組織長が決まるまでという条件付きで引き受けさせたが、一度捕まえたからにはそう簡単に逃がすつもりはない。このままなし崩しにトップに据えてしまう腹積もりだ。
そんな経緯もありシャドウのスキル持ちはたった四人しかおらず、残りはスキルこそ無いものの優秀な諜報員が五人。秘密組織の運営にたけた事務方が二人。これにアンジェロを加えて総勢十二名でのスタートだ。
シャドウはまだ組織として成立させただけで何の活動実績もなく、メンバー同士の顔合わせさえされていない。今回がシャドウとしての初の任務となるのだ。
さあ、これからは帝国の礎として馬車馬のように働いてもらおうか!




