第85話 巨大ロボ誕生
戦争は終わった。
拍子抜けするほどあっけなく終わった。
戦争を終結へと導いた立役者はなんと言っても、エデンが技術の粋を集めて作り上げた全長十八メートルの巨大ロボットであろう。
当初のホルス王城攻略計画では、巨大ロボは王都の南大門に降下し、門を破壊して王都内へと侵入。
そこから市街地の民家を破壊しつつ王城まで前進し、城をじわじわと破壊して王への降伏を呼び掛けるつもりだった。
だが計画を実行に移した早々、想定外の事態に直面した。
巨大ロボが南大門を破壊して王城に向かっている途中で、王が城外へ逃亡しようとしているのを察知したのだ。
もし王の逃亡を許してしまえば、王を圧迫して降伏に追い込む計画が水泡と化す。
巨大ロボは事前の計画を放棄しブースターに点火。市街地を一気に飛び越え王城の敷地内へ着地した。
そこで王家の紋章入りの馬車を捕獲し、馬車内の人物が国王本人だと確認したのだ。
おかげで巨大ロボに搭載された攻城戦用の特殊装備は、出番の無いまま終わってしまった。
この巨大ロボに役立たずの烙印を押したケルビムを見返す、絶好の機会であったというのに……。
城攻めで一番問題になるのは、城の人員をどう退去させるかだ。
人命を気にしないのであれば上空からレーザー砲で粉砕してしまえばいい。
だが城に人が残っているとそういう訳にもいかない。
そんな状況下では、この巨大ロボは絶大な効果を発揮する。
巨大ロボが街を破壊しながら城へと迫れば、城の人員は恐怖におののき我先へと城から逃げ出すであろう。
今回は城の人員より先に王が逃げ出すという誤算はあったのだが、よく考えれば最重要人物なのだから、真っ先に逃げ出すのは当然と言えば当然。
これは王なら最後まで城に留まり抵抗すると思い込んでいた俺の誤算である。
作戦通りには進まなかったが王の捕獲には成功した。結果オーライというやつだ。
俺はホルス王城の窓から広場に目をやった。
そこには威風堂々とした姿の褐色の巨大ロボットが王都の街並みを見下ろすかのように立っている。
本来は白い塗装の機体なのだが、今回はゴーレム風に褐色の塗装を施しての出撃だ。
この巨大ロボ、想定以上の戦果を挙げた。やはり苦労して作った甲斐はあったのだ。
俺の脳裏にはロボ開発の苦難の日々が走馬灯のように蘇っていた。
◇◇◇
「なあケルビム。ちょっと作ってみたい物があるんだが」
俺はエデンの屋敷でソファーで寛ぎながらケルビムに相談を持ち掛けた。
『なんですか、唐突に』
「いや、このところずっと忙しかっただろ。イフリートに続いてサラマンダーとアルバトロスも完成した。今までずっとエデンやカナン島の防衛力整備に全力を注いできたんだけど、思えば今まで作ってきたものって、必要に迫られて作ったものばかりなんだよ」
『はあ、それで?』
「今は生産工場の余力もあるし、物資の備蓄量も回復しつつある。ちょっとは趣味の物作りに勤しんでもいいんじゃないかと思ってね」
『趣味ですか。それで、何を作りたいのですか?』
「世界中の男の子の憧れのあれだ」
『分かりました。今度はこそちゃんと夜のお世話が出来るセクサロイドを作るのですね』
「何でやねん!」
確かにセクサロイドは男子の憧れかも知れないが、これまでに製作した三体は顔の表情が不気味すぎて直視する事さえ困難だ。夜の御供などとんでもない。
あの不気味な表情を何とかしないうちは、セクサロイドの製造など問題外だ。
「違う! 男なら誰でも憧れるあれと言えば、乗って操縦出来る二足歩行の巨大人型戦闘用ロボットに決まってるだろ。ということで、ケルビムのお勧めロボを見せてくれ」
『私のライブラリには、そのようなロボットの情報はありません』
「えっ! 嘘だろ! お前の時代でも巨大ロボットは実現しなかったのか!?」
『いえ、建設・土木作業用ならありましたが、戦闘用とか人型とか操縦席内蔵とかの条件を付けると、該当するものはありません』
「そんな……。人型戦闘ロボットだぞ。男なら誰だって作ろうと思うだろ」
『戦場で巨大なロボットなど、ただの射撃の的でしかありません。誰がそのような物を作るとお思いで』
「ちくしょー! 男のロマンをばっさり切り捨てやがったな!」
『そもそも二足歩行の巨大ロボットなど、重すぎてまともに歩くことさえ出来ませんよ』
「身も蓋もない事を言うなー!」
趣味の物作りだと言っているのに、反論出来ない正論でボコボコにされてしまった。
ううっ。涙が出そうだよ。
「……あれ? でも建設・土木作業用の巨大ロボットならあるんだろ。それってどんなのなんだ?」
俺の目の前に人型ロボットの映像がホログラム投影された。
「建設・土木作業用の二十メートル級の二足歩行ロボットです。この機種は建設業界で爆発的なヒットを飛ばしたベストセラー機ですね」
確かに手足のあるロボットではあるが、とても人型とは言えない外観だ。
何しろ足が太い。腕も太い。頭は小さい。人には見えない。
「何だか足が太いぞ」
『これだけの重量物となると、自重や運搬物を支えるのに丈夫な太い足が必要です。それに機体のバランスを取る為にも足底はある程度の大きさが必要です』
「腕も異様に太いぞ」
『左右の腕の中にはそれぞれ五種類の建設用ツールが内蔵可能で、そのために腕は太くなっています。ツールは作業に合わて自由に選択が可能で、装着できるオプションツールは何と百二十種類。これこそが当機がベストセラーとなった理由ですね』
「頭が小さいぞ」
『全周カメラや測量用センサーが入っているだけですから、そんなものです』
「とても人には見えないんだけど」
『これは単なる二足歩行の重機ですから、人に似せる必要などありません』
「これ本当に歩くの?」
『勿論です。二足歩行タイプは大型重機が進入出来ない複雑な地形でも楽々入り込めるため、結構便利なんですよ』
ホロ映像のロボットが足を交互に動かして歩いている。
あまり期待していなかったが、動きが鈍いことを除けば歩き方はしっかりしている。
「操縦席は胸の中なのか?」
『操縦席は機内ではなく機外にあります。これは無線操縦方式ですよ』
「駄目じゃん!」
確かにこれは分類上は二足歩行ロボットだ。
だがこいつは単なる重機でしかない。俺の望んでいるロボットなどではない。
「ケルビム、この重機を改造して巨大人型ロボットを作ろうよ。協力してくれよ」
『マスターがお望みならお手伝いはしますが、改造してもマスターの希望には添えないと思いますよ』
「俺は大丈夫だと思うけどな。建築用途の機材を全て外せば、もっとスマートな人型に出来るだろ」
『腕はいいとしても足はたいして細く出来ません。自重を支えるにはかなりの強度が必要となります』
「忘れたのか? 俺たちには浮遊石がある。あれを使えば機体重量なんて問題にはならん。今回はベースになる機体はあるんだ。一から作るより遥かに楽だろ」
『マスターの要望を全て取り入れると、もはや改造とは呼べません。ゼロからの設計と同じです。まずは実際に作れるのか検証してからにしましょう』
「よろしく頼むよ」
こうして巨大人型戦闘ロボットの開発が始まった。
開発と言っても俺は要望を伝えるだけで、実際に頑張るのは設計用人工知能だ。
設計用人工知能と何度も仕様のすり合わせを行って設計を進めた結果、二週間ほどで巨大ロボットの設計は完了した。
このロボットには俺の要望がふんだんに盛り込まれた。
機体デザインは『連邦の白い悪魔』と恐れられたあの機動する戦士っぽいのを参考にさせてもらった。別にパクった訳ではない。あくまで参考にしただけだ。
操縦は腹部のコクピットで行う。外部からの遠隔操縦という無粋な機能は敢えて付けていない。実用性は低下するが、趣味の機体なので問題はない。
武装は左右の目に仕込んだ小型レーザー砲のみである。
本来は頭部に二門のバルカン砲というのがセオリーなのだが、バルカン砲は弾切れの心配があるので、ここは敢えて『目からビーム』という古典的な方式を採用したのだ。
また武装ではないが、モデルとした重機ロボの建設・土木作業用オプションツールから二つを選んで両腕に仕込んである。
ひとつは左腕のパイルバンカー。建物などに大きな金属柱を撃ち込み一撃で破壊する解体用ツールだ。
もうひとつは右腕の回転ドリルだ。どんな強固な建材でもこのドリルがあればきれいな穴が開けられる。
どちらも解体作業用ツールだが、カタログ映像の雄姿が俺の心の琴線に触れたため、腕の内蔵装備として採用したのだ。
まあそんなこんなで設計は完了した。
設計が終われば後は工作機械にお任せだ。機体の完成まで俺の出番はない。
「ケルビム。あれの製造進捗はどうなっている?」
『製造は予定通り今日中に完了します。明日、動作テストを実施する予定ですが、マスターがご自分でテストしますか?』
「ああ、初日のテストは俺がするよ。実を言うと早く操縦したくてうずうずしてるんだ」
このロボットの操縦は人手による直接操作が必要なので、動作テストには操縦者が必須なのだ。
俺はロボット製造に先立ち、操縦訓練用シミュレータで毎日ロボット操作の練習を重ねてきたのだ。ロボット操縦にはいささか自信がある。
明朝、俺は巨大ロボットのコクピットに座り、ロボの起動チェックを行っていた。
パイロットスーツとヘルメットを身に付け、気分は最高潮だ。
「…………、オートバランサーOK。全アクチュエータOK。魔石給電ユニットOK。浮遊反応正常レベル。システムオールグリーン」
『それでは動作テストを開始します。まずは機体をハンガーから外に出して下さい』
「了解」
俺はゆっくりと操縦桿を前に倒す。
巨大ロボットの右足が持ち上がり前へと踏み出す。
「こいつ、動くぞ!」
『当たり前です。動くように作ったんですから』
「いや、これはロボットを初めて動かす時に必ず言わないといけない、お決まりのセリフなんだよ」
『そんな習慣、聞いた事ありませんが』
全くノリの悪いやつだ。流星号ならもっと気の利いたツッコミを返すぞ。
「ズシン!」
ロボットの右足が地面を踏みしめ、周囲に地響きを轟かせる。
一旦操縦桿を戻して機体に異常が無いのを確認。そして再度操縦桿を前に倒す。
今度は左足が前へと踏み出される。
「ズシン!」
いい感じだ。歩行に問題は無さそうだ。俺は操縦桿を更に前に倒した。
「ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!」
歩行の動きはスムーズなのだが、上下の揺れがけっこう激しい。
やがて巨大ロボットはハンガーから外へと出た。
俺は今、巨大ロボットを操縦している。
感激である。子供の頃からの夢が叶ったのだ。
まさか生きているうちに巨大ロボットを自らの手で操縦出来る日が来ようとは。
俺の胸に何か熱いものがこみ上げてきた。目にはうっすらと涙が滲んでいる。
俺は堪えきれずにコクピットに突っ伏した。
「うっぷ。おえーーーーーーーーっ」
コクピット中に俺の吐瀉物が飛び散った。
ロボの動作テストは中止された。
駄目だ。この巨大ロボ、歩くとものすごく揺れる。
数歩歩いただけで気分が悪くなり、胃の中のものをぶちまける羽目になる。
コクピットの清掃と消臭をしっかりとした上で巨大ロボの動作テストは再開されたのだが、以降のテストはメイドのブレンダに交代してもらった。
戦闘用のバトルロイドや庭園管理用のガーデロイドは、体格の問題でコクピットに納まらずパイロットには出来ない。
その点、メイドロイドなら体格の問題はないし繊細な動作も得意だ。
操縦方法をインストールしてやれば、パイロットとして十分に使えるのだ。
『マスター。ロボの動作テストは全て完了しましたが、これからどうしますか? また操縦に挑戦してみますか?』
「ああ、休憩しながら慣らしていけば何とかなるだろ。コクピットにゲロ袋を用意しておいてくれ」
だが世の中そんなに甘くは無かった。数分間の操縦で早くも限界に達してしまった。
俺はロボを操縦してハンガーまで戻すと、コクピットから飛び出し床の上に寝転がった。
「ああ、気分が悪い。吐きそうだ。ケルビム、これ何とかならないか?」
『揺れを抑えるのは無理です。設計のベースにした重機を覚えていますか? 操縦席を機外に設けて無線方式にしてあったのには意味があったと言うことですね。今から改修してコクピットを外に出しますか?』
「いや、俺が欲しいのはリモコン操作のロボットじゃない。乗って操縦できるロボットなんだよ。コクピットのないロボットに興味はない」
『全く我儘ですね。……そうですね。でしたらロボにはブレンダを乗せましょう』
「それ解決になってない。俺は自分で操縦したいんだよ」
『マスターが操縦するのはロボではなくブレンダです。コクピットにブレンダを座らせて、そのブレンダをマスターが操縦すればいいんですよ。ロボの改修は不要ですし、アンドロイド用の操縦システムを使えばブレンダはマスターの分身として動かせます。マスター自身でロボを操縦するのと感覚的には何も変わりません』
「理屈は分かった。でも何か納得がいかん。まだ結論を出すのは早いし、もう少し頑張ってみるよ」
ロボの操縦訓練を続けて五日が経った。
結果はまあご推察の通りだ。
『マスター。そろそろ操縦訓練の時間ですが』
「ケルビム、もういいよ。短時間だが一応操縦は出来たんだ。俺は満足した。当分あれには乗らないから倉庫にしまっておいてくれ」
『大量の資材と時間を使って作ったというのに、もう要らないと?』
「まともに操縦出来ないんだから仕方ないだろ」
『私はあれだけ苦労して、巨大な粗大ゴミを作ったという訳ですね』
「嫌な言い方をするなよ。あれは男のロマンの塊だ。建造したことに意義がある」
『おや? 操縦することに意義があったのでは?』
「ううっ、俺だって悔しいんだよ。見てると悲しくなるから、あれはさっさとしまってくれ。いつか気が向いたらまた挑戦するよ」
こうしてエデンの技術の粋を集めて建造された巨大人型戦闘用ロボットは、命名される事もなく倉庫にしまい込まれることとなるのであった。




