第84話 戦争の終わり
ホルス王国とアルビナ王国の戦争は、ホルス王国の無条件降伏という形で終結した。
何しろ国王が捕虜として捕らえられてしまったのだ。
王としてはどんな条件を付きつけられようと、降伏を受け入れる以外に道は無かったし、王が降伏を宣言すれば国民は従わざるをえない。
中には王の降伏宣言を無視し、城の広場に立つ巨人に挑んだ勇敢な騎士たちや魔術師たちもいたが、巨人に踏まれたり蹴飛ばされたりしてあっさり撃退されてしまった。
その後も何度か巨人に挑む者たちが現れたが、巨人が暴れる度に城壁内の建物に被害が及ぶため、最後には巨人に挑む者と被害を恐れて彼らを阻止する者との戦いになっていた。
王の降伏を認めない勢力はホルス王国内の各地で騒動を起こしていたが、どう足掻こうとホルス王国の敗北が覆る事は無かった。
◇◇◇
ホルス王国の王城、謁見の間。
謁見の間の最奥には台座の上に設えられた豪勢な玉座が置かれており、俺はその玉座で足を組んでふんぞり返っていた。
玉座の両脇にはメイド服を着た仮面姿のメイドロイドが一人ずつ、そしてその外側には青い甲冑のバトルロイドが三体ずつ立ち並んでいる。
広間の両側にはアルビナ王国から派遣された、宰相を始めとする高級官僚たちがずらりと並んでいる。急遽アルビナ王宮から派遣されて来た者たちである。
そして広間の中央にはホルス王国の王侯貴族たちが整列して並んでいる。
この広間では、敗戦国ホルス王国の処遇を決めるための会議が開かれようとしているのだ。
俺は玉座から広間に居並ぶ者たちに目をやった。
俺の前には後ろ手に拘束されたホルス王国国王ルートヴィヒが、両脇をバトルロイドに支えられ立っている。
ルートヴィヒ王は壮年の彫りの深い顔立ちの男だ。
黙って立っていれば、結構威厳のある風格でさすが国王といった感じである。
アルビナ王国の前王のグスタフ王も威厳だけはあった。
こういう威厳というのは幼少の頃から王族として育てられれば身に付くものだろうか?
俺には威厳の欠片もないから、全くもってうらやましい限りである。
玉座の左に立つメイドのアリスが、俺の耳元にそっと伝える。
「マスター。全員揃ったようです」
「俺の仮面はちゃんと付いているか?」
「はい、大丈夫です」
俺は顔に手を当て、仮面がズレていないか確かめた。
大っぴらに帝国皇帝として素顔を晒してしまうと、今後街中を出歩く際に保安上の問題が出て来そうなので、メイドのブレンダから借り受けた仮面で顔を隠すことにしたのだ。
アルビナ王国では気にせず素顔を晒してきたので今更の話なのだが、ホルス王国ではまだ俺の素顔を知る者はいない。顔を隠す意味はあるはずだ。
俺は玉座から立ち上がった。
「これよりホルス王国との講和会議を始める。ホルスの者は我の事を知らぬであろうから先に名乗っておこう。我はエデン帝国皇帝タツヤである。まだ公にはしておらんが、我がエデン帝国はアルビナ王国の宗主国であり、今回のホルス王国のアルビナ王国への宣戦布告は、同時に我がエデン帝国への宣戦布告でもあると見なし参戦に至った」
俺は一旦言葉を切り、ホルス王国側の反応を見たのだが、この場にいる者たちは俺の存在を予知で知っている者ばかりのようで、特に目立った反応はない。
どちらかと言うとアルビナ王国側の方が、俺の仮面姿を見て驚いている。
「それでは、ルートヴィヒ王よ。お前はアルビナ王国に宣戦布告し戦いを挑み、その結果無残に敗北した。何か言いたい事はあるか?」
「賠償金は払おう。もっともこの戦争の準備に莫大な国費を投入しておる。もう国庫にたいした金は残っておるまい」
ルートヴィヒ王は不敵な笑みを浮かべている。無い袖は振れぬと言わんばかりの態度だ。
横目でアルビナ王国側の様子を見ると、フォルマー宰相が額に青筋を立てて怒りに震えている。
あんな態度を見せつけられれば無理もない。俺だったらルートヴィヒをぶん殴ってるところだ。
「ホルス王国とアルビナ王国間の講和条件は、それぞれの代表者同士で協議してもらうとして、まずはエデン帝国からホルス王国への要求を伝えよう」
俺はルートヴィヒ王の顔をしっかりと見ながら言った。
「第一に、今後ホルス王国には王位継承、内政、外交、貿易など、多岐に渡り帝国の支配を受け入れてもらう。早い話、ホルス王国をエデン帝国の属国として組み込むという事だ」
「馬鹿な! そんな話、受け入れられるか!」
ルートヴィヒ王が俺の方へと詰め寄ろうとしたが、彼を支えるバトルロイドたちはそれを許さず、ルートヴィヒ王を抑え込む。
「ルートヴィヒ王は無条件降伏に応じたのではなかったか? 無条件と言うのは何でも要求を飲むという意味だぞ。今から降伏を撤回するか? 外にいる巨人はまだ暴れ足りないみたいだから、降伏を撤回するなら喜んで受け入れるぞ」
「くっ! 悪魔め!」
ルートヴィヒ王は体を動かせないと悟ると、俺に向かって唾を吐きかけた。
隣に控えていたメイドのセシリアが瞬時に俺の前に立ちふさがったため、唾はセシリアのメイドエプロンで防がれた。
「王とは思えん下品さだな。セシリア、お返しに奴の頬を二、三発張り飛ばしてこい」
「はい、マスター」
セシリアはルートヴィヒ王の前に進み出ると平手で頬を張り飛ばした。
そのまま戻し手でもう一発。そして最後にもう一発。都合三発の平手打ちだ。
ルートヴィヒ王は無言でセシリアを睨んでいる。
「汚れてしまいましたので、これはあなたに差し上げましょう」
セシリアは唾の掛かったエプロンを外すと、それを王の首に掛けて背中の紐を結んだ。
豪華な衣装の上からメイドエプロンを付けた王様の姿。実に滑稽である。
「おのれ! 小娘!」
セシリアは仮面の上から口元に手を当て、首をかしげて王の姿を見ている。
そして何かに気付いたようにポンと手を叩くと、自分の頭からホワイトブリムを外し、それを王の頭に装着した。
俺は王の姿を見て思わず噴き出した。何だこれは。似合い過ぎじゃないか。
ふと見れば、広間の両側に立ち並ぶアルビナの官僚たちも、声を殺して笑い転げている。
セシリアも、その出来栄えに満足したのか、今度は大きく頷いている。
「お似合いですよ。これからはメイド王とお呼びしましょうか」
セシリアは王にそう言うと、俺の隣へと戻って来た。
ルートヴィヒ王はメイドに平手打ちされた悔しさからか、それとも間抜けなメイド姿にされてしまった悔しさからか、はたまたメイド王の称号を与えられた悔しさからか、俺をものすごい形相で睨んでいる。
「おのれ! この屈辱、一生忘れんぞ!」
いや、俺はそこまでしろなんて命じてないからな。
そもそもお前が唾なんて吐くからいけないんだよ。自業自得だよね。
「ホルス王国をエデン帝国の属国にするのは決定事項だ。異議は認めない」
ルートヴィヒ王はもう何も言わなかった。
「第二に、国境の街ギナンの領有権を放棄してもらう。現在ギナンの街はアルビナ王国が実効支配しているが、本来の領有権がホルス王国にあろうが無かろうが、今後ギナンの領有権を主張する事は一切許さん。領有権を永久に放棄する旨を国として宣言してもらう」
ルートヴィヒ王がまた何か言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまった。
「第三に、戦争犯罪人の引き渡し要求だ。現在はまだ引渡者のリストは無いが、引渡要求を受けたら速やかに対象者を捕縛し帝国に引き渡すこと」
「ちょっと待て。戦争犯罪人とは何だ? 何をもって犯罪だと言っておるのだ?」
「非戦闘員に対する殺傷、暴行、強盗などを行った者を指す。実行した者と命令した者、どちらも対象だ。その他にも戦争拡大を意図し扇動を行った者などだ」
「そんなのは戦争なら当たり前にある事だ。全兵士を犯罪者扱いして引き渡し要求するつもりか!? 言い掛かりも甚だしい」
まあ確かに適用範囲が広すぎて、全兵士に適用されそうだ。
そこはあえてそういう表現にしたのだが、もしかしてこちらの意図を見抜かれたか?
「でははっきり言おうか。アルビナ王国グレース平原の南にティトという小さな街がある。この街の全住人がホルスの騎士に虐殺された。既に実行犯約千名の目星はつけてあるが、確定するまでもう少し時間が掛かる。確定次第身柄の引き渡しを要求するつもりだ」
「虐殺など儂は知らんぞ。それはロジェかルーベックの独断であろう」
「であればロジェ将軍なりルーベック将軍なりの引き渡しを要求するまでだ。異議はあるか?」
「……ない」
「であれば、これも了承だな。実際のところ転移魔法でアルビナ王国に侵入した遠征軍は、武装解除の上で全員確保済みだ。罪なき者はいずれ解放し帰国させるが、罪を犯した者はこちらで処罰する。遠征軍以外の者も引き渡し要求が出たら直ちに拘束して帝国に引き渡しを行うように」
「……いいだろう」
ルートヴィヒ王との話は一旦終わった。
後はルートヴィヒ王とアルビナの官僚との間で講和条件を詰めてくれればいい。
俺はアルビナ王国の代表としてこの場に来ている宰相のフォルマーを呼び寄せた。
「皇帝陛下。お呼びですか?」
「フォルマー宰相。実はアルビナ王国にも要請と要求がある」
「お伺いしましょう」
「まずは要請だが、この機にエデン帝国の存在とアルビナ王国及びホルス王国のエデン帝国への編入を国内外に公表する。ギルベルト王には公表は半年ぐらい先と伝えてあるが、状況が変わった。予定を前倒しして即時公表としたい」
「これまでの根回しが無駄になりますが、これは致し方ありませんね。ギルベルト陛下には私からお伝えしておきます」
「よろしく頼む」
ここまではいい。大変なのは次だな。
「次に要求の方だが、エデン帝国は今回の戦争に介入しアルビナ王都を守った報酬として、ギナンの街の割譲をアルビナ王国に要求する」
「皇帝陛下! どういう事ですか! まさか初めからギナンを狙って戦争に介入したのですか!? それではホルスのやった事と同じではないですか!」
フォルマー宰相がいきなり気色ばんでいる。
「フォルマー、まずは俺の話を聞け。今回、ホルスには敗戦の代償としてギナンの街の領有権を放棄させた。だがそんな話は十年、二十年経てばすっかり忘れ去られて、またギナンを返せと言い出すのは目に見えている。そうなればまた戦争だ」
「それについては私も同意見ですが……」
「ひとつの街をホルスとアルビナが取り合うからいつまで経っても問題が解決しない。だからギナンの街は帝国が貰い受け帝国直轄地として管理する。第三者が取り上げてしまえば両国の争いは無くなる」
「お待ち下さい。街には大勢の住人が住んでいます。彼らを街から追い出すお積りですか?」
「ギナンの街を帝国領としたら、街に隣接して新しい都市を建設するつもりだ。ギナンの数倍の広さを持つ交易都市だ。ギナンの街に住んでいる者たちには、新都市が完成したら優先的に土地を割り当てるので、そこに移り住んでもらう。全員がギナンから退去したらギナンは更地にして新都市に組み込む。ギナンの痕跡を消して別の都市にしてしまえば、もうホルスだって何も言わなくなるだろう」
「街の住人が移転に反対したら?」
「移転が気に入らず街を出て行くのなら金銭での保障を考えている。今の住居から離れたくないという者にはしっかり説明し納得してもらう。最後まで説得に応じなければ強権を発動するが、そうならんよう努力するよ」
「我が国はギナンの街に莫大な資金を投入しています。黙って街を手放す訳には参りません」
「ギナンはアルビナ、ホルス、セントースの三国の境にある交易都市だ。今はアルビナとホルスの間の問題があって交易規模は頭打ち状態だが、帝国が管理すれば交易量は確実に増やせる。アルビナ王国も貿易収入が増えるはずだし、ギナンの街の防衛費も削減できる。ちゃんと投資額の回収が出来るよう帝国としても支援はするよ」
フォルマー宰相はまだ納得のいかないような顔をしている。
「これはホルスとアルビナ間の懸案事項を取り除くための施策だ。自分たちで解決出来ずに戦争まで引き起こしたからこそ帝国が間に入っているんだ。本来であれば問答無用でギナンを取り上げてもいいんだが、アルビナを思って最大限譲歩している。まあ、一度持ち帰ってギルベルト王と話し合ってくれ」
「はあ、国王陛下に何とお伝えすれば良いのか……」
「帝国の要求はそれだけだ。後はアルビナ王国とホルス王国の間で講和条件を話し合ってくれ。賠償金を取るなり領土を削り取るなりすればいい。ただホルス王国も帝国の支配下に入った。国を潰すまで搾り取るのは止めてくれ」
「御意に」
とりあえず国レベルでの話し合いは済んだ。だが、面倒なのはこれからだ。
今回の戦争で対処が必要な案件が山と出て来たのだが、手が回らなくほとんど放置状態なのだ。
これから順に片づけていく必要があるが、最早一人で対応できる量ではない。
全くどうしたら良いものやら……。




